第397話、友達の帰還を喜ぶも複雑な錬金術師
『『『『『キャー!』』』』』
「ん、誰か来たの?」
弟子が二人で出ている一番暇な時間帯に、精霊達がやけに騒ぎ出した。
リュナドさんだろうかと思い庭に向かうと、どうも彼とは違う様だ。
彼の場合は通路の向こうから、もっと精霊達の鳴き声が大きく聞こえて来る。
となれば我が家に来る人なんて・・・ライナぐらいしか居ないと思うんだけど。
一体誰が来たのか首を傾げながら庭で待っていると、すぐにその正体は解った。
「あ、フルヴァドさんだ!」
『『『『『『キャー♪』』』』』
彼女の姿が見えたと同時に、パタパタと彼女の元へと駆けよって行く。
何故か精霊達も一緒に駆け寄って、むしろ私を追い抜いて行った。
そして精霊達に囲まれるフルヴァドさん。でもアスバちゃんと違って登られないんだよね。
これがアスバちゃんだと精霊の山になったりする。
「おかえり、フルヴァドさん」
「ただいま、セレス殿。家精霊殿も」
『『『『『キャー!』』』』』
「ああごめん、君達は一緒に居たから久しぶりと言う気がしないんだよ。すまない。ただいま」
笑顔で彼女を歓迎すると、彼女も笑顔で応えてくれた。
声をかけて貰えた家精霊もニコーっと良い笑顔だ。
山精霊達は不満そうに鳴いていたけど、応えて貰ったらすぐ笑顔に戻った。
良かった。元気そうだ。帰りが遅いから結構心配だったんだよね。
精霊殺しが付いてるって言っても、あの剣の力には色々制限が有るみたいだし。
アスバちゃんは大丈夫だとは思うけど、フルヴァドさんはやっぱり少し不安だ。
とはいえ彼女の事が心配じゃないって訳じゃないけど・・・あれ、そういえば彼女は?
軽く探っても彼女の魔力の気配は一切ない。まさか、何か、あったのかな。
「フルヴァドさん、アスバちゃんは? 大丈夫? 元気、なの?」
「彼女なら元気だろうさ。今頃イーリエ殿の弟君を張り切って鍛えているだろうね。帰って来れない事に文句は言っていたけど、アレはかなり楽しんでる顔だったな」
イーリエ殿・・・ああ、そうか、あの魔法使いの女の子の名前だ。
あの子の弟を鍛えている・・・にしては彼女の魔力を感じない。
一体どこで弟君を鍛えているんだろう。そもそも何でそんな話に。
「あの様子では暫くは帰って来ないだろう。リュナド殿から書簡を受け取った王子は、快く滞在させると言ってくれたし、イーリエ殿が弟君と会う事は許可が出るまであるまいさ。弟君も姉がそう言うのであれば従う、と言っていたしね」
「・・・ああ、リュナドさんに、相談したんだ、あの子」
「その様だ」
あの子は弟に会えないとか、合いたくないとか、そんなを事を言っていたもんね。
それをリュナドさんに相談して、海の王子に弟君を引き留めて貰ったんだろう。
いや、そもそも私が心配するよりもっと前から、そういう形になる様に進めていたのかも。
だって彼女の身の上を詳しく聞いていたのは、他ならないリュナドさんな訳だし。
彼は気の利く優しい人だから、相談をされる前から対処していた可能性がある。
やっぱり凄いなリュナドさんは。私とは大違いだ。
「弟君も彼女に鍛えて貰える事を喜んでいたし、きっとあの子にとっても良い事なのだろうな」
「アスバちゃん程の魔法使いに教えて貰えるなんて、そうそう無いから良い事だろうね」
「みたいだな。あの子のアスバ殿を見る目は輝いていた。おそらく今回の件が片付いた後も、彼女の後を付いて回る予感がするよ。彼女の強さに惚れ込んでしまったみたいだからね。勿論アスバ殿が望むかどうかは解らないが」
それは・・・良い事、で良いのかな? 多分悪い事ではないよね。
少なくともアスバちゃんが嫌がってなければ、きっと良い事なんだろう。
それはまた改めて、彼女が帰って来てから聞けば良いか。
「そっか、兎に角元気なら良かった」
「おそらく元気じゃないのは私だけだろうな。ははっ」
「何か、あったの?」
「あ・・・いや、自業自得な恥ずかしい話なんだけどね」
何か有ったのかと心配になって眉を顰めると、彼女は気まずそうに目を逸らした。
「体の制御を一時テオに任せた結果、全身に激痛が走る様な状態になって動けなくなってね。その影響が未だ少し残ってる感じがするんだ。どうも体の違和感が拭えない。情けない話だよ」
それは、もしかして、精霊殺しと初めて会った時と同じ感じって事かな。
あの時の精霊殺しは『自分とは別の体』を作って、その体で戦っていた。
明らかにフルヴァドさんには真似出来ないあの動きを、彼女の体で再現したのなら。
それはかなりの負担だ。激痛で済めばいい方な気がする。
精霊殺しの『力』が使えれば別だけど、痛いという事は使わずに動かしたんだろうし。
でもそういう事なら良かった。もっと想像も出来ない大事かと思った。
「フルヴァドさん、塗り薬あげるよ。痛かった所に塗っておけば明日には治ると思うから」
「え、いやだが、もう動けなくはないんだよ?」
「でも違和感が有るんだよね?」
「まあ・・・その・・・うん」
「じゃあ薬を塗っておいた方が良いと思うよ。あ、何なら今日は泊まって行く? フルヴァドさんなら家精霊の力で回復すると思うし、明日には楽になってるかもしれないよ」
そう告げると、彼女は少し困った様な顔をした。
どうしよう。まさか余計な事を言ったんだろうか。
体が辛いなら良かれと思っての事だったんだけど・・・。
「ありがたい申し出だが・・・薬だけ頂こう。家に、テオが待っているんでね」
「あ・・・うん、そっか。そうだね」
家に帰りを待つ人が居るなら、それは帰りたくて当然だよね。私も同じだし。
なら薬を渡した方が良いだろう。あ、そうだ、ついでに作っておいた防具も渡しておこう。
「じゃあ、ちょっと待っててね。あ、色々取って来るから、家で待ってて。家精霊、お茶の用意をお願いして良いかな」
「あ、ああ。解った。では家で待たせて貰う。行こうか、家精霊殿」
彼女と家精霊が笑顔で頷いてくれたのを確認してから、私も笑顔で返して倉庫へ向かう。
あ、そういえばアスバちゃんの装備はどうしよう。うーん・・・精霊に送って貰おうかな。
海の方のあのお城に居るなら、そんなにかからないだろうし。うん、後でお願いしておこう。
「でも、アスバちゃんまだ暫く帰って来ないのか。ちょっと残念だな・・・」
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この数日間の生活は、俺にとって一番充実している時間だと思う。
未熟なガキが何を言っていると言われるかもしれないが、心からそう思っている。
だって俺は未熟なのだから。そう、余りに未熟だ。俺は余りに世界を知らなさ過ぎた。
イーリア姉さんを偉大な魔法使いだと信じて、自分はそれに次ぐ魔法使いだと疑わなかった。
カルアの一族の教えが正しいのだと、俺の魔法は他者とは別格なのだと自惚れていた。
自分が、強いのだと、そう、自惚れていたんだ。
『くっ、あ、当たらな―――――がはっ!?』
『魔法の威力は高いし、当たったら不味いとは思う。けど反応が致命的に遅い。接近戦に長けた相手と近距離でやるなら、そんな反応じゃ間に合わない。少なくとも私には通じない』
聖女を守る少年、テオさんと全力で試合をして完膚なきまでに負けた。
近接戦で負けた訳じゃない。開始位置は遠かったのに接近戦にまでもっていかれて。
一つも魔法を当てる事が出来ず、それどころか掠らせる事すら出来ずに。
アレは俺の意志で魔法を撃っていたんじゃない。完全に撃たされていたんだ。
『アスバとの戦いを見て動きを覚えたから、というのも有るけど、それは君が覚えられ易い動きだという事でもある。単調な動きを続ける戦士はすぐに死ぬ。余程強くない限りは』
つまり単調な俺の動きを見て、予想通りの行動で倒しに来た。
それは俺が動いたんじゃなく、彼の都合の良いように動かされただけだ。
『私には関係ない話ね! 単調でも大魔力で制圧すれば良いだけだもの!』
『アスバの魔法は単調とは言わない』
あの凄まじい魔法使い、アスバさんの戦い方は単調な類だと思っていた。
足を余り動かさず、強力な魔法をただぶつけ、相手を呑み込んでいく魔法使い。
それは彼の言う『余程強い』からこそ出来る単調な戦い方なのではと。
『彼女の魔法は一見膨大な魔力によるごり押しに見える。けれどそれは正解じゃない。彼女は常にその時に『必要な魔法』を選んでいる。ただの慣れで放つ魔法ではああは行かないから』
『アンタねぇ、勝手に人の技をばらすんじゃないわよ』
『・・・隠していたの?』
『別に隠しちゃいないけどね』
『・・・じゃあ何で怒られたの』
二人の会話は俺とは別次元だ。俺とは見ている物がまるで違う。
だって『選んでいる』と言われても、何をどう選んでいるのかが解らない。
もし放つ魔法を選んでいるというだけの意味であるなら、俺だってやっているのだから。
単純に俺の使う魔法の選択が悪いのだろうか。未だその正解は見えていない。
そんな二人に時間の有る限りずっと稽古をつけて貰った。
この時間が今までで一番充実していない訳が無い。
ただ残念ながら、テオさんは街に帰ると去ってしまった。
聖女を守る為だから仕方ない事なのだろう。彼は聖女の護衛なのだから。
そしてそれは当然聖女も・・・フルヴァドさんも一緒に去るという事でもある。
彼女の事を思い返すと、彼女に言われた事も同時に思い返す。
『少年。私は君が何も悪くないとは言わない。だが君にはそれしかなかったのだろう。ならば怒りをぶつける先は君ではない。君達を道具にした者共だ。この怒りはその者達に向けよう』
『お姉さんの事は安心すると良い。あの街には、頼りになる人が居る』
『ん、ああ。私はこの中で一番弱いよ。おそらく王子殿下よりね。けど、それでも私がやらなければいけない事が有る。ならば私は喜んで一番前に踏み出そう』
『怖いさ。だが怖い事と弱い事は、戦わない理由にはならない』
『いっ、いづっ・・・ううっ、解っていたとはいえ辛い。痛い・・・ははっ、無様だろう? だがこの無様な姿に後悔はない。どれだけ無様でも私は胸を張れる・・・あづっ!?』
『少年、お姉さんの事、良かったな。ほら、私の言った通りだっただろう? あの街にはとても頼りになる錬金術師が居るんだ。そう簡単に悪い事は起きないさ。もう・・・大丈夫だよ』
この中で誰よりも弱いのに、けれど何時だって凛と立っていた素敵な人。
魔法に長けている事で調子に乗っていた自分が、物凄く恥ずかしくなるぐらいに強い人。
自分の弱さを認め、弱い事からけして逃げず、そしてとても優しい人だった。
あの人が大丈夫だと言うのであれば、俺は信じてこの国に留まろう。
「あの人に、胸を張れる人間に、なりたいしな」
初めて、姉さん以外に、背中を追いたい人が出来た。
幸いアスバさんにはまだ稽古をつけて貰える。
なら俺は俺の出来る事をやろう。俺のやらなければいけない事をしよう。
あの人の様に、無様な自分に胸を張れる様になる為に。
だからそれまで、姉さんを、宜しくお願いします。フルヴァドさん。
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