第396話、弟子に必要な事を告げる錬金術師

今日は何時もと鍛錬の時間が違うのか、それとも自分が望んだからなのか。

魔法使いの少女は少々遅い時間になっても、まだ魔法の鍛錬を続けている。

竜の魔法に段々容赦が無くなってるのは気のせいじゃないだろうなぁ。


「今日も頑張ってるね、あの子。ほんとに凄いなぁ」

「ほんと・・・ですね・・・」

「才能の差、というのを叩きつけられた気分ですね」

『『『『『キャー♪』』』』


今日は庭で魔法の訓練をしているから、弟子達もその光景を一緒に見ている。

メイラは何故か警戒する様な表情で、パックは少し悔しそうに見える、かな?

精霊達は正反対に楽しそうだけど。何が楽しいのかは解らない。


「セレスさん、私達にも何時かああいう事が出来るんでしょうか」

「ん、メイラとパックに? それは無理じゃないかな」

「そ、そう、ですか・・・」

「・・・僕は間違い無くそうでしょうね」


メイラの質問に素直に答えると、何故か二人は少し落ち込む様子を見せた。

どうしたんだろう。もしかして二人は彼女と同じように魔法を使いたかったのかな。

一時アスバちゃんに教えられていた事も有るし、自分もと期待していたのかも。


「二人も同じ様に魔法を使いたかったの?」

「だ、だって、セレスさんに教えて貰ってる訳ですから、何時かセレスさんの使う魔法と同じとはいかなくても、近い事はしたいって思いますよ」

「ええ。才能が無い事は自覚しておりますが、先生の恥にならない程度にはと」


私と近い事・・・私の恥にならない様に? いや、えっと、うん?

それなら別にあんな魔法は使えなくて良いんだけどな。だって私も出来ないし。

そもそも恥とか何とか言い出したら、出来ない事が多い私が一番恥の様な。


まさか私が彼女と同じ魔法が使えると勘違いしているんだろうか。

おかしいな。その辺りは前に説明したはずなんだけど。


「私にあの子の様な魔法は使えないよ?」


あの子の魔法は先ず大前提として『膨大な魔力』を有している必要がある。

けれど私にはそんな魔力は無いし、当然二人だって持っていない。つまり無理だ。


「え、で、でも、セレスさんは魔法石で同じぐらいの事できてます、よね?」

「それは・・・うん、出来るね。二人もその内出来るんじゃないかな」

「「・・・え?」」


何故か二人は首を傾げてしまい、私も同じ様に首を傾げる。

何か変な事を言っただろうか。おかしな事は言ってないと思うんだけど。


「二人の魔力は私と同じ程度で、魔法石を作るのに苦労はしない程度の魔力量だし、二人とも魔法の訓練の成果が出てない訳じゃない。ならその内、私と同じ事も出来ると思うよ」

「は、はい、ありがとうございます・・・! が、頑張ります・・・!」

「・・・そうか。僕は少し、見るべき所を間違えていた、か。先生。ありがとうござます」

『『『『『キャー!』』』』』


えと、うん、喜んでくれたなら、良かった・・・けど何で二人共そんなに喜んでるんだろう。

今日は感情の浮き沈みが激しいなぁ。精霊達は何時も通りだけど。

そもそも君達は全員集まれば、あれぐらいの魔法は使えるんじゃないの?


まあ落ち込んでいるよりは良いか。解決したならきっとそれで良いんだろう。

ただそうなると、今後は余りアスバちゃんに鍛錬して貰わない方が良いのかな?


「・・・そういえば二人にアスバちゃん達が帰ってくる事って伝えてたっけ」

「え、ええ、その・・・すみません、知ってます。精霊さんから聞いて」

『『『『『キャー』』』』』


山精霊達が一斉に目を逸らした。

いや別に、伝えちゃまずい事じゃないから良いんだけど。


「謝る必要は無いと思うけど・・・そっか。あの子の弟の事も聞いてるのかな」

「弟さん、ですか? 一応、知ってます、けど」


どうやらメイラは精霊達に全部聞いているらしい。

ついでにパックにも訊ねると、メイラから話を聞いているとか。

そっか、なら別に、私から言う事は無いかな。


「・・・弟君の事、本当に良いのかな。会わせない方が良い気がするんだけど」


ふと先日に気なった事が口から出て、けどそれを答えてくれる相手はここに居ない。

まあ彼女が本当に嫌なら、きっとリュナドさんに伝えているよね。


「さて、今日の訓練はこの辺りにしようか。もうそろそろ夕食が出来るんじゃないかな」


家から良い匂いが香って来ている。夕食の準備はほぼ出来ているだろう。

そう思い鍛錬の終了を告げると、二人は地面に座り込んだ。

これは暫く動けないかな。私は先に家精霊に準備をお願いしに行こう。


「夕食の準備は私達がするから、二人は動ける様になってからで良いからね」

「はい、先生」

「わかりました・・・疲れたぁ・・・」


ただまあ二人共喋る余裕がある時点で、大分良くなって来たと思うけど。

今日やった事を最初の頃にやっていたら、途中で意識が確実に飛んでいる。


「ただいま、家精霊。二人は庭で休ませてるから、夕食の準備手伝うね」


家に入って声をかけると、家精霊はニコーっと笑って迎えてくれた。

ただ少しして何故か死んだような目になって、凄く心配になったけど。

どうかしたのか訊ねても、困った様な顔で首をフルフルと横に振るし・・・。


一応少しすると普段の様子に戻りはしたから、大丈夫、なのかな?

二人も準備が終わった頃には回復していて、皆で何時もの夕食の時間を過ごす。

そうしてパックが何時も通り帰る際、何故かメイラが絨毯で送ると言い出した。


「良い、ですか?」


上目遣いで許可を求めるメイラに否という理由は特にない。

頷き返すと喜んで飛んで行き、少し寂しい気持ちでそれを見送った。

山どころか街の方にまで自力で行き始めたかぁ・・・くすん。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


魔法使いの少女の魔法。それはまさしくアスバ殿や先生と同じ世界に住む力。

自分の魔法の鍛錬の出来と比べると、そんな事は烏滸がましいと言われかねない差。

きっとそれはメイラ様も同じで、だから先生に問うてしまったのだろう。


本当に、何時か、私達もあの領域に辿り着けるのかと。


けれど先生の答えは『無理』であり、その言葉の意味を僕達は受けとり損ねた。

だからだろう。先生が丁寧に『お前達が見るべきは別だ』と教えてくれたのは。

僕達は魔法使いではない。僕達は『錬金術師』の弟子なのだと。


あの魔法を目指すのが僕達のやるべき事じゃない。

僕達がやるべきは先生の教えに応える事で、結果としてその領域に辿り着けるだけ。

最近魔法石を使える様になりつつあったせいで、そんな当たり前の事を勘違いしていた。


そうだ。僕達は魔法使いになりたいんじゃない。アレを目指しても仕方ない。

改めて自分に戒める様思っていると、ふと先生がアスバ殿の事を話し出した。

最初は彼女が帰ってきた後の、魔法の鍛錬の話かと思って聞いていのだが・・・・


「・・・弟君の事、本当に良いのかな。会わせない方が良い気がするんだけど」


それは独り言にしては大きい呟きだったと思う。

けれどその言葉の真意を問う暇を与えず、先生は家に入って行った。

まるで「質問は受け付けない」と言わんばかりの態度だった。


「メイラ様、どう思います、さっきの先生の言葉」

「私には、二人を会わせるな、って言ってる様に聞こえました」

「あれ、多分僕に、ですよね」

「だと思います。だってパック君ぐらいしか会いに行く事無いでしょうし・・・」


先生は彼女との接触を極力避けている様に見える。

どうしても先生に礼を言いたい、と訊ねて来た時は流石に対応はしていた。

けれどそれ以外で先生が彼女に会った所は見ていない。


「待って下さい、彼女が礼を言いに来たのは、弟さんの件が解ったからのはずですよね」

「そうだと、思います」


ならば先生は、その場で彼女に自分の意思を伝えていないという事になる。

つまり自分から伝える気は無く、最初から僕に伝えさせるつもりだったという事か。

いや、どうだろう。余りに役に立てないと落ち込む弟子に、適当な仕事を与えただけかも。

どちらにせよ、先生の指示であれば従うだけだ。


「・・・パック君、私も、行って良い、ですか?」

「え? ええ、まあ、それは、先生が許可をお出しになれば」

「解りました。絶対に許可貰います・・・!」


何故かメイラ様はぐっとこぶしを握り、気合を入れてそんな事を言った。

実際に先生にお願いをする時は、少し怯える様子が見えたけれど。

ただ先生は何の問いも咎めも無く許可を出した。となると最初から予測通りか。


「セレスさん、私がお願いするの、解ってたんでしょうか」

「おそらくは」

「と言う事は、私も何か役に立てるって事ですよね」

「それは解りません、現状では僕にも、先程の事を伝える意味が解らないので」


絨毯で領主館に向かいながら、二人で話すもやはり目的は解らない。

彼女の弟に何かが在るのだろうか。その弟こそが本当の『敵』なのだろうか。

答えが出ないまま領主館の中庭に降りると、丁度魔法使いの少女と出くわした。

どうも中庭でボーっと休憩でもしていた様で、私達の出現に大分驚いている。


「お、王太子殿下。ご機嫌麗しく・・・」

「不要です。貴女がこの街の精霊兵隊である限り、僕は錬金術師の弟子です」

「・・・は、はい」


彼女が腰を折って挨拶をしようとするのを、手を突き出して制した。

けれど彼女は背は伸ばしたものの、気まずそうに目を逸らしている。

取り敢えず彼女に先の話をすべく近付――――


「パック君、動かないで」


――――――こうとすると、メイラ様に肩を掴まれた。

振り向くとメイラ様は鋭い目で、かなり警戒している事が解る。

彼女の目は特殊な目だ。何か僕に見えない物を見ているのだろう。


「・・・そうか、だから、あの時セレスさんは『私達』に言ったんだ」


そして彼女は何かを納得した様に呟き、僕の肩から手を放した。

けれど警戒を解く様子は未だなく、少女の事を睨み据えている。

少女はというと、何故そんな顔で見られているのか解らない、といった感じだ。


「セレスさんからの・・・ううん、私からの警告です。貴女は弟さんと会ってはいけない」

「え、な、なにを・・・」

「貴女と弟さんには、あまり良くない呪いがかけられている。出会ったら危ない」

「――――――っ、それ、は・・・そんな、でも・・・ここは里じゃ・・・」


少女は身に覚えがあるのか、明らさまの言葉に明らかに狼狽える様子を見せた。

つまり本命は僕ではなく、僕に付いて来ると考えるであろうメイラ様だったのか。

・・・仕事を貰えたとぬか喜びした分ダメージが大きい。


「私達は貴女の呪いに関して、今は手を出すなと言われてます。だから私達に出来る事は有りません。私の話を聞いて、どうするかは、貴女に任せます。私達の用はそれだけです」

「・・・わかり、ました・・・失礼、します」


メイラ様の警告を聞き、少女は顔を青くしながら去って行く。

そして彼女の姿が見えなくなると、メイラ様はふぅと息を吐いた。


「すみません、パック君。いきなり肩を掴んで」

「お気になさらず。危険、と思ったのでしょう?」

「はい。近付いて大丈夫か、判別するのに少し時間がかかったんです」

「もしかして、最初に会った時に見た呪いが?」

「・・・強くなってました。まるで何かと引き合う様に、黒い糸だった物が黒い縄の様に太くなっていて・・・繋がった先に有る物が、近付いて来ている気配がしたんです。それが凄く嫌な感じがして。きっとセレスさんの言ってた事はこれだって思ったんです」


この街にやってくる弟。そして先生の言葉。メイラ様への許可か。成程。

誰よりも少女の状態を視認でき、その危険の度合いを目で見てわかるのは彼女だけか。

となれば『私』のやるべき事も、少し見えてきた気がする。ちゃんと仕事が有った。


「メイラ様は、先生に『伝えた』と報告を」

「え、は、はい。パック君は、どうするんですか?」

「僕は僕の立場だから出来る仕事をしてきます」

「・・・教えてくれないんですか?」

「大した事ではないですよ。おそらく彼女は遠くない内にリュナド殿に相談に向かうでしょう。なら事前に先生の意向を伝えておけばスムーズになる。それと彼女の様子から呪いに覚えがあり、だが望むものでない可能性が増しました。ならば・・・不法入国者が居るかもしれません」


彼女の呪い。それがいったいどういう結果を導く物かは解らない。

だが彼女が望むものでないとすれば、誰かが横から手を出して来る可能性が高い。

もうこちらには甘く対応してやる理由が無い。ネズミは全て駆逐してやる・・・!

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