第395話、友人の帰りを待ちわびる錬金術師

アスバちゃんの手紙はあれきりで、その後は一度も届く事は無かった。

とはいえ本来自力で長距離転移なんて、たとえ小物であっても普通は出来ないのだけど。

流石のアスバちゃんであっても相当な消耗のはずだ。きっと乱発は出来ないんだろう。


・・・いや、どうかな。行けそうな気がするから怖いな。


まあ真実がどちらにせよ、一つ解っている事が有る。

今どの辺りに居るのかは解らなけれど、彼女達は家路についているという事だ。

どうもリュナドさんの報告書にはそう書いていたらしい。昨日知った。


『私の事だけじゃなく、弟の事まで・・・ありがとう、ございます・・・!』


魔法使いの少女がそう言い来て、何の事か解らなかった私は首を傾げるしかなかった。

なので事情を詳しく聞くと、彼女の弟がアスバちゃん達と一緒に来る事になったそうだ。

リュナドさんからその事を告げられ、なぜか知らないけど私にお礼を言いに来たと。


明らかに流れがおかしいと思う。絶対私は何も関係無い。

一瞬関係あるのかと悩んだけれど、間違い無く彼女の弟の事なんか知らないもん。

となれば私は何も知らないし、礼を言う必要なんか無いとも伝えた。


『あ、そう、でしたね・・・いえ、でも、ありがとうございますと、お伝えしたかったんです』


それでも彼女はそう言ったので、どういたしましてと答えるしかなかったけど。

いやでも、私本当に関係無いよね? 弟さんの事とか良く知らないし。

勿論前に事情を聴いた時、弟さんが居るって事は聞いてたけど・・・。


「うーん、やっぱり私何にも関係無い、よね?」


どう考えてもお礼を言われる様な覚えはない。

もし彼女が礼を言う相手が居るとすれば、リュナドさんかアスバちゃん達だ。

何にも事情を知らず家に引き籠っている私には、特に何か出来る訳が無いのだし。


「まあ、皆が帰って来てからでいいか、その事は」


肝心の事情を知るアスバちゃん達はどうせそのうち帰って来る予定なんだ。

私が何か言わなくたって、彼女達が帰ってくればすぐに間違いだと解る。

あの少女は素直な子なのだし、事情を聞けばその場で彼女達に礼を言うだろう。


「フルヴァドさんにも怪我は無いらしいし・・・うん、良かった」


ただのんびり帰って来るとの事だから、まだしばらくは帰って来ないのだろう。

船旅が楽しいのかもしれない。フルヴァドさんなんか特に。

この国は内地だし、こんな事でもないと船に乗る機会無さそうだもんね。


「弟さんがどんな子かは知らないけど、これで皆落ち着けるのかな?」


あ、でもあの子、弟さんの為に一人前になるとか何とか言ってたんじゃなかったっけ。

ぐんぐん実力は上がって言ってるけど・・・今会って大丈夫なのかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「どう責任を取るつもりだ。貴様の息子と娘は何を考えている・・・!」


怒り心頭という表情で私へ訊ねる陛下に、内心の心の冷えを隠しながら笑顔で返す。

すると陛下は怪訝そうに片眉を上げ、けれどすぐに気に食わなさそうな表情に戻った。


「あの子達は陛下の子でもあるはずですが?」

「奴らを王家の血が引いている子には出来ん」

「なれば私の子、と言われるのもおかしな事でしょう?」

「屁理屈をこねるなっ!」

「屁理屈をこねられているのは陛下です。血の繋がりを問うならば貴方にも責任があります」


あの子達は確かに陛下の血を引いている。そこは間違いない。

けれどその力を利用する為に、存在を抹消した子供達。

カルアの一族の悲願成就の為に作られた人工大魔導士。


たかか数十年の話を一族の悲願などと、大層に言う様は笑わせてくれる。

けれど老人達の妄執に近い願いは、ある程度形になったのだから侮れない。

ただ力を制御できる才能を持った人間が、私の子供達だというのだから笑うしかない。


一族の悲願など、アスバへの恨みなどどうでも良い。私は私が幸せであればいい。

だからこそ娘達を一族へ売り渡し、その件に関して陛下は同意したはずだ。

カルアの人工魔導士の力をその目で見て、完成すれば強力な兵器になると惚れ込んで。


そう、彼は実の子を売ったのだ。王女を、王子を、彼が売ったのだ。

私だけの判断でそんな事が出来るはずがない。側妃の力などたかが知れている。

血のつながりで責任を問うのであれば、あの子達を捨てた陛下が一番問われるべきでは?


「・・・ちっ」


その考えが伝わったのか、忌々しそうに目を逸らした。

陛下にも罪悪感というものが有ったらしい。

半端な善性や罪悪感など捨ててしまえば楽になれるというのに。


少なくとも私は何とも思っていない。心など欠片も傷まない。

あの子達は私の駒。私が幸せになる為の駒。

血が繋がっていようがいまいが、私の利になる存在で在りさえすればいい。


「ご安心を、陛下。お忘れですか。あの子達は逃げられないのです。カルアの呪縛からは」

「・・・そうだったな。だが本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。あの老人共が血走った眼で、大量の他人の命と自分の命すら使って作った術式ですよ。破れる者など居りません。それこそ、あのアスバ・カルアだとしても」

「・・・本当だろうな」


さあ。正直な所を言えば、実際は破られてもおかしくないとは思っている。

けれど今は破られていない。娘の魂は未だに縛られたまま。

息子との繋がりもそのままで、これなら今はまだどうとでもなる。


「少なくとも、二人の命は、未だここにあります」


手を開いて陛下に見せる、勿論ここに何かが在る訳ではない。

ただ単純に、あの二人を『混ぜる』事はまだ可能だという事。


そうすれば今度こそ、完成された大魔導士が出来るでしょうね。

娘は器としては完成されていたけれど、魔法使いとしての実力が足りない。

息子は魔法使いとしての実力は相当だけれど、器として娘に少し劣る。


なら、混ぜてしまえば良い。あの二人を混ぜればカルアの願いは叶う。

少なくとも老人共は本気で考え、その為の呪いの魔法は完成した。

他人に取られてしまうぐらいなら、あの一族はきっと強行するに違いない。


アレは狂気だ。常人には理解できない狂気に捕らわれている。

まあ娘は一族の里から離れればその狂気から逃げられる、とでも思っているんでしょうね。

残念だけど、違うのよ。一番大事な条件は、貴女達姉弟の距離なんだから。


本当はもっと念入りに準備をするはずだったけれど、失敗しても問題はないでしょう。

どうせその場に居る人間は暴走したあの子に殺される。老人たちの妄執に殺される。

なら後は次を作れば良いだけだわ。幸い、次は、もう在るもの。

ふふっ、私自身は適性が無いのに、私の子供には適性があるのは本当に面白いわ。


「陛下、追っ手は?」

「既に放った。だが監視だけだ。向こうの国にも陸路で直接向かわせている」

「では二人が揃った時、私にお教え下さい。きっとその時が、彼らの最後でしょう」

「・・・解った。頼むぞ」

「ええ、陛下の願いですもの。側妃として、愛する陛下の為に」


服を脱いで陛下にしなだれかかり、そのまま口を合わせる。

愛していますよ陛下。どうかそのままおバカな陛下で居続けて下さい。

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