第389話、事情を理解した(つもりの)錬金術師

「だから私は、わたしは・・・もう二度と、使われてやるもんか・・・!」


少女は悔しそうな表情で、嗚咽に近い声音でそう口にした。

歯を食いしばって辛さに耐える様な表情で、きっと色々辛い事が有ったんだろうなと思う。


・・・ただ問題は、私にはちょっと、解らない所が、有る事かな。


段々彼女の言う「アスバ・カルア」と「アスバちゃん」の事がごっちゃになって来た。

違う人の話のはずなんだけど、おんなじ人の事を言ってるような気がして来る。

というか何者かって言われた時、自然とアスバちゃん思い浮かべちゃったし。


それにさっきの説明聞いてると、アスバちゃんの強大な力に納得できちゃうんだよね。

もしかして彼女の言ってる「アスバ・カルア」って、本当にアスバちゃんの事なのかな。

いやでも、それなら敵って言った事が良く解んない。弟子入りしてきた理由も。



後何よりも、急に辛そうな様子になった理由が全然解んない。

だから余計な事は言えないと思い、手に力を入れて俯く彼女にオロオロしてたりする。



だって彼女はどこかの側妃さんの話をしてただけだもん。多分手紙出してきた人の話。

アスバちゃんと敵対する理由というか、その「アスバ・カルア」が欲しい理由かな?

実際は別の人の事だったけど、何度も何度も要求が来たらしいのはそういう事だったんだ。


彼女は『器』と言った。つまり人間を『器』に見立てる様な事をしている。

アスバを超える目的の人間がいるとも言っていた。魔力と技術を引き継ぐとも。

つまり本人の才能も必要だけど、人為的な大魔法使いを『作ろう』としているんだ。


ただ意見が統一されてない中で、その「アスバ・カルア」を受け取って何とかなるのかな。

この子の言ってる感じからして、一族で一丸になって作り上げたって感じだし。

いやそもそもアスバちゃんと「アスバ・カルア」が同じ人じゃないと話が成立しないんだけど。

でもアスバちゃんは違うって言ってたし・・・。


うん、何か、段々、良く解んなくなって来た。

最初からちょっと混乱してたけど、頭から煙が出そうだ。


「そうか、君は・・・話は解った。色々と腑に落ちた。それで君の目的は、一族への復讐か?」


え、解ったの? 私全然解らないのに。やっぱり流石リュナドさんだなぁ。

彼の所に来て良かった。私じゃ事情聞いても、その内容が噛み合わないんだもん。

いや、必死に理解しようとしてるんだよ? でもどうしてもアスバちゃんの事と混ざっちゃう。


だって私には、リュナドさんが何で復讐って結論に至ったのも全然解んないもん。

そんな事言い出す要素あった? 多分無かったよね? うん、無かったと思う。


「いいえ・・・とは断言できません。恨みは有ります。正直ぶん殴ってやりたい気持ちもあります。けど私の一番の目的は、この力を使いこなす事です。この力を私の物にする事です」


けど彼女の答えからは、恨みは有るという返答だった。流石リュナドさんだ。

だから悔しそうにしていたんだろうか。その理由は全然解んないけど。

あ、もしかしてその一族に呪いをかけられたのかな。それなら復讐も納得だ。

いやでも呪いの話はまだしてない様な。


「そしてこの苦しみを、もう誰にも味合わせたくない。こんな力を持ったが故の苦しみを、私で終わらせたい。私はこの力を、私で最後にしたいんです」

「苦しい、のか?」

「ええ。自分が自分でなくなるような感覚になる時が有るんです。自分という存在が消えそうになる瞬間が有るんです。自分を常に強く保ってないと・・・気が狂いそうになる」


彼女は胸を抑えて、悲痛な顔でそう告げた。自分が自分でなくなるような感覚と。

自分が消える。それがどういう感覚なのか正確には解らない。

けれど想像も出来ない怖さが有ると思った。彼女はその辛さに耐えていたんだ。


そしてその感覚は、他の誰かにも移る、という事なんだろうか。

彼女の口ぶりから察するに、そういう風に聞こえた。

ああ、それがあの呪いの事なんだろうか。


確かメイラや黒塊は、呪いが何処かに繋がっていると言っていた。

何処に繋がっているのかは解らないけど、きっと彼女が死んだら他の人に映るんだろう。

ああ、魂を縛っているのは、その呪いを次の人間に発動させる為の燃料なのかな。


「力を使いこなせる様になれば、きっと、もう、他の誰にもこんな苦しみを与えなくて済む。私がこの力を使いこなせれば、一族は私に手が出せなくなる。かつてのアスバ・カルアの様に、私は彼らの積み上げて来た物を奪い去ってやります。それが復讐と言えば復讐なのでしょう」


あの膨大な魔力を使って、呪いを解除する術を手に入れるって事だろう。

それでその一族とやらが作る魔法使いに負けないようにすると。

成程成程。やっと私にも少し分かって来たぞ。


「私が死ねば、次は弟の番なんです。あの子は私よりも遥かに才能が有るから、一族はあの子を上手く洗脳する様に育ててしまった。けど良い子なんです。優しい子なんです。私の・・・たった一人の家族と呼べる子なんです。だからどうか、どうかお力添えを・・・!」


彼女は涙をこぼしながら、掠れた声でリュナドさんに頭を下げた。

下げられた彼は少し困った表情で悩む様子を見せている。

優しい彼の事だ。きっと解決法を模索してるんだと思う。


そこでふと思った。もしかしてリュナドさんなら呪いを解けるのでは?

だってほら、彼は神性を持ってる訳だし、神様相手にもその力は通用した。

以前私の呪いも解いてくれた訳で、なら彼女の呪いも解けるのではと。


「・・・リュナドさん、ちょっと、手を貸してね」

「え、何、突然何。俺の手をどうするつもりなの。待て待って。先に事情話してお願い」

「・・・彼女の胸に、手を置いて欲しいなって」

「ごめん、何言ってんのか全然解んない。セレスは俺を一体どうしたいの」


あれ? てっきりリュナドさんは呪いの解呪に悩んでいるのかと思ってたんだけど。

少女に目を向けると、彼女は驚いた顔で胸元を抑えて仰け反ってしまった。

おかしいな。これが一番手早いと思ったんだけど。何が駄目だったんだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ!」


おもりを付けた鉄の棒を持ち、ひたすらに素振りを繰り返す。

勿論一振り一振りを意識して、雑な振り方にならない様に。

あてがわれた部屋が広いから、室内でも長物を振り回せるのはありがたい。


「マスター。ぶれてる」

「・・・はい」


けどテオの目からすると剣筋がぶれているらしい。横に座る彼に注意されてしまった。

実際彼は針の穴でも通す様な正確な剣を振るうから何も返せない。

でもそろそろ腕も疲れて来たし、少しぐらいぶれるのは仕方ないと思うんだ。

・・・なんて情けない事は言えないか。頑張らねば。


「ねえ、前から気になってはいたんだけど、その鍛錬って意味あるの? 精霊殺しの力が有れば筋力なんて要らないでしょうに。むしろ技だけ磨けば良いんじゃないの?」

「それでは、ふっ! いつまでも、ふっ! 私の力には、ふっ! ならないだろう、ふっ!」

「ふーん。でもガリガリの爺さんでも剣の達人とか居るんじゃないの。見た事無いけど」

「そこに至る途中で、ふっ! 出来る事に手を抜けば、ふっ! 何も手に入らんさ、ふっ!」

「そんな物かしらねぇ。魔法の訓練しかしてない私には解んないわ」


魔法の訓練「しか」か。彼女にしたらきっとそうなのだろう。

けれど彼女はその「魔法だけ」を誰よりも高みにあげようと凄まじい鍛錬をしている。

私には解らない事ではあるが、テオの目からそう見えるらしい。


けれど彼女はその努力を人に見せない。人に語らない。

だってそれは彼女にとって当たり前の事だから。

精霊殺しという存在が、手放しに凄い人間だと褒める人。それが彼女だ。


だからこそあんな竜に対抗出来る技術を持っているのだろう。

彼女にはきっと才能が有ったに違いない。それはきっと間違いは無いのだろう。

けれどその才能に胡坐をかかなかったからこそ、アスバという魔法使いはここに居る。


私はそんなの彼女の友人でありたい。セレス殿とも胸を張れる友人でありたい。

だから自分の出来る事は全部やる。手を抜いてテオに甘える事はしたくない。


「・・・侵入者」

「やっと来たわね・・・!」


何て思いながら素振りを続けていると、二人が同時にガタッと立ち上がった。

当然私は気が付かなかった。本当にこの力の差に時々泣きそうになる。


「魔法使い、かな」

「でしょうね。中々な奴が居るじゃないの。そりゃあ強気にもなる訳よね」


二人は扉の向こう、隣の部屋を見つめて解りあっている。

今いる部屋は一番奥で、隣に使用人の部屋が有る。

そしてその向こうに出口となっている形だ。


つまり隣の部屋に侵入者が居る、という事なんだろう。

そう判断して鉄の棒を置き、一応持って来ている剣を手に取る。

私が役に立つとは思えないが、最低限足を引っ張らない様に気を付けよう。


警戒態勢を全員がとった所で、扉がゆっくりと開かれる。

そこに現れたのは幼い少年。黒いローブを身に纏った男の子だった。


「・・・子供? けどこの力は・・・」

「ふーん。ガキンチョにしては良い魔力を放つじゃない」


ただこの時点で流石の私でも異常事態だと感じ取る。この子、普通じゃない。

少年から放たれる威圧感に気圧される。魔法を使えない私にはっきり解るほどの魔力量・・・!

最大限に警戒していると少年は室内を見回し、そして視線をアスバ殿に向けなおした。


「・・・お前達が、アスバ・カルアを匿っている連中の使いで間違い無いか?」

「はっ、だったらどうだってのよ」

「・・・少々事情が有り、お前達を人質にさせて貰いたい」

「面白い事言うじゃないの。はいそうですかって従うと思ってんの?」

「・・・俺はお前達に恨みは無い。大人しく従ってくれるなら無事を約束しよう」

「んな話信じる訳無いでしょうが」


二人の魔力がぶつかり合う。見えないはずの力に息が出来ない程の恐怖を感じる。

そこでテオは自分が邪魔になると思ったのか、さっと下がって私の前に立った。

いや、違うか。ふがいないマスターを守りに来てくれただけだな。


「・・・なら先に謝っておこう。勿論許す必要は無い・・・悪いと思うけど、少々手荒に行かせて貰う。大怪我をさせたらすまない・・・姉さんの為に、こっちも必死なんだ」

「はっ、上等!」


宿の一室で『化け物』同士の戦いが始まった。



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