第388話、詳しく事情を(隣で)聞く錬金術師

取り敢えず詳しい事を聞きたいと言われ、一旦領主館の中へと促された。

とはいえ詳しい事も何も、私に話せる事はさっき全部話した訳だけど。

だってあれ以上言いようが無いもん。


「ああ、悪い、三人分の茶を頼む。そこの部屋に居るから」

「畏まりました」


途中リュナドさんは使用人さんに声をかけ、そのまま近くの部屋に三人で入った。


「好きにかけてくれ・・・ってセレスに言う必要は無かったな」


リュナドさんはそう言いながら椅子に座り、私は少し首を傾げながら正面に座る。

何で私には言う必要無いんだろう。何も気にせず座ると思われてるって事かな。


でも実際何も言われなくても座った気がする。うん、多分座ったと思う。

本当は座っちゃ駄目だったんだろうか。でも注意された訳じゃ無いよね?

何て悩んでいると少女は私の隣に座った。


「えーっと・・・それで、その、何だっけ。魔法使いの弟子、だっけ? その娘を竜の弟子にするって話・・・で合ってる?」

「・・・ん、合ってる」

「そっか、それで?」

「・・・それで?」

「いや、他に何か、ないの?」

「・・・無いよ?」

「そっかぁ・・・うん、そっか」


全員が座るとさっきの私の発言の再確認をして来た。

なので素直に答えを返すと、リュナドさんは困った表情で天井を仰ぐ。

もしかして駄目だろうか。もうこれしか手段が無いんだけど。


私の知る存在で、身近に関わりが有る者で、彼女に教えられる者。

そうなるともうあの竜ぐらいしか該当者が居ないんだもん。

あの竜の魔力量は膨大だ。そしてその技術もかなり高い。


確かに火砲に関してはアスバちゃんの言う通り欠点があった。

けれどあの竜は何度も私達の魔法を真似して見せた。

それも戦闘中の短い間で、練習も無しで一発でだ。


何よりも魔法石の構築に一度してから魔法に展開なんて器用な真似までしていた。

実際はあの手順は無駄でしかないんだけど、本来ならあんな事は普通出来ない。

彼女の魔法使いの師としては十分だろう。少なくとも私が教えるよりずっと良い。


「・・・はぁ、これ俺が聞かなきゃいけないんだろうなぁ・・・」


大人しくリュナドさんの返事を待っていると、彼はそんな事をポソリと呟いた。

そして私達に視線を戻すと、鋭い視線になり思わず背が伸びる。

も、もしかして怒られるのかな。迷惑だったかなぁ。


「お嬢ちゃん、アンタ何者だ」

「え・・・?」


ただ彼がその視線を向けた先は、私じゃ無くて少女にだった。

少女は困惑した表情になり、視線を私とリュナドさんの間で往復させる。


「俺は察しが悪いんでね。出来ればお嬢ちゃんの身の上や現状。何で竜に教えを請いたいのか。全部話して欲しい。セレスの頼みである以上無下に断る気は無いが、事情も把握せずに解りましたと答える訳にはいかないんだよ。少なくとも俺にとっちゃ、お嬢ちゃんはまだ警戒対象だ」


ああ、そう言えばそうだっけ。リュナドさんは彼女の事を気にしてたんだっけ。

でも別に悪い事した訳じゃ無いんだし、そんなに警戒しなくても良いと思うんだけど。

何て思っていると、少女は背筋を伸ばしてリュナドさんへを顔を向けた。


「お察しの通り、私は本来は貴方方の敵です。アスバ・カルアに恨みを抱く一族の娘です」


・・・え? え、待って、え。どういう事? 私達の敵? アスバちゃんへの恨み?

いやでも本来はって言ってるし、彼女はそうじゃないって事なのかな。

そもそもアスバちゃんの事ではないのかも。ちょっと前に同名の別人の話もあったし。


そうだよね。うん、そうだ。よく考えれば当たり前だよね。

敵に弟子入りしようとか、そんな馬鹿な事普通言わないもん。ああびっくりしたぁ。


「名前は?」


あ、そういえばまだ名前も聞いてなかった。何にも聞かずにつれて来てた。

そうか、リュナドさんが頭を抱えたのはそのせいかな。

私が何にも聞いてないから、彼女に付いて何にも説明しなかったせいかも。

・・・忘れてた。呪いの事もまだ聞いてなかった。


「リガス・カルア・・・と名乗る様に言われていました」


カルア。てことはアスバちゃんの家族なのかな。

彼女は明らかにアスバちゃんを知ってる発言だったし。

なら私達の敵じゃないっていうのは確定かな?


「名乗る様にって事は・・・別の名前が有るって事か?」

「はい。幼い頃は・・・今だ幼い身ですが、もっと幼い頃はイーリエという名でした」


名前が二つあるんだ。じゃあどっちで読んだ方が良いんだろうか。

どちらかというとイーリエの方が似合う気がする。


「名乗る様に言われているのは何か意味があるのか?」

「・・・名前自体に、意味は無いです。いえ、無い訳じゃ無いんですが、ただ世襲したものへの称号みたいなものです。力を持つ物としての名です。半分は恨みを忘れない為でしょうが」

「恨みを忘れない為、ねぇ・・・それは誰に対しての・・・って聞くまでも無いか」

「はい。お察しの通りかと」


え、そうなの? 私解ってないんだけど。誰の事なんだろう。

まあ良いか。別に興味ないし。リュナドさんが困ってないならそれで良いや。


「じゃあアンタはその一族の中で特別、って事なんだな」

「・・・そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます。私はあくまで次に繋ぐ為の器。おそらく本物の『リガス・カルア』として期待されていた訳ではないでしょう」

「繋ぎ?」

「はい。貴方は・・・失礼いたしました。精霊公様はアスバ・カルアが何者かご存じですよね」


アスバちゃんが何者? 何者って言われても・・・凄い魔法使いだよね。

後はお師匠様の悪評を完全に払拭するために、自分の名を轟かそうとしてる事とかかな。

それに優しい人だ。口調も態度もきついからちょっと解り難いけど。


「呼び方は気にしなくて良い。少なくとも今はな。何者とは、どういう意味だ?」


私がアスバちゃんに付いて思い返していると、リュナドさんは怪訝そうな顔で問い返した。

すると少女は一瞬私をチラッと見て、けれど目が合うとすぐにリュナドさんに視線を戻した。

な、なんだったんだろう、今の。目を逸らされちゃったのかなぁ・・・。


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精霊公が怪訝そうな顔で問いかけて来たので、思わず錬金術師を見上げてしまった。

てっきり二人は全ての情報を共有していると思っていたから。


「――――っ」


けれど返って来たのは鋭い目で、余計な事を言うなと言われた様に感じる。

慌てて視線を精霊公に戻し、そして何となく二人の力関係を理解した。


知らないふりをしている錬金術師と違い、おそらく精霊公は本当に知らないんだと思う。

最初の二人の問答から察するに、錬金術師が事情を把握している事は知っているはず。

けれど解っていてあえて私から直接聞いているのだろう。

あくまで彼が対処する為に。錬金術師の判断ではないという体にする為に。


実際錬金術師は何も言っていない。私の要望を彼に伝えただけだ。

事情も語らず、何がしたいとも言わず、あくまで仲介をしただけ。

何もかも初動は全て精霊公からという形を作っているんだろう。


つまりこの件で事が収まった時、手柄は全て精霊公の物になる様に。

勿論責任も全部押し付ける訳だから、保身も有るのかもしれないけれど。

彼がこの街で一番の権力者になったのは、この二人の立ち回りも要因になっていそうだ。


「アスバ・カルアとは力を継いだ者が名乗る名前。その身に歴代の魂を宿し、技術と魔力を受け継いできた存在。現代に生きる者でありながら、過去の人物でもある魔法使いです」

「魂を、宿す・・・?」

「はい。今代のアスバ・カルアが本物の『アスバ・カルア』ならば、その身の内に歴代の魂と魔力を宿しているでしょう。とはいえ聞いた噂が真実であれば、十中八九本物でしょうが」


そもそも錬金術師が『本物』と言っていた。ならこれに関しては間違いないと思う。

ここに居るアスバ・カルアは、その力を身に宿した魔法使いだ。


「じゃあアンタ達がアスバを要求したのは・・・」

「その力を手に入れる為です。ただし問題が有りました」

「問題?」

「アスバ・カルアの存在を知り、その力を欲しいと思った者達と、アスバ・カルアを超える事を目標にしていた者達で意見が割れたんです。おそらく未だ話は纏まっていないでしょう」

「纏まっていない? だがその割に何度も要求が来たが・・・」

「話が纏まっていないのは一族の中の話。ただこちらに書状を出す判断をした者は、あの国で側妃に付いています。つまり一族の意思統一を無視して書状を送れる力が有った」

「あー、あれ側妃の我が儘聞いて出してる物だったのか」


精霊公は心底『面倒臭い』という表情で髪をかき上げた。

それはそうだとおもう。女の我が儘を聞いて強気な書状を他国に送る王。

普通に考えて真面な対応なんて期待は出来ない。けどそこには理由がある。


「彼女は自分が一族の中で最上位に居ると思っています。だから身勝手に振舞い、それが当たり前だと思っている。そしてそれが有る意味当たっているから、皆文句を言い難い」

「当たってる?」

「彼女の子は二人共、器として適応していました。だから、無下に出来なかった。もしかすると更に器になる子を産めるのではないかと、そう、大事にされた結果増長したんでしょう」

「・・・我が子が力を持ち、更にアスバ・カルアの力も持てば安泰。そんな感じか」

「概ね間違っていないかと」

「国王はその事を知っているのか?」

「むしろ作り上げる事を期待しています。出来上がればどの国も脅威になりませんから」


彼女は完全に増長している。そして私の存在によりあの国の王も同じ考えだった。

言ってしまえば私はこの街での『精霊公』の様な存在だ。


圧倒的な魔力量を持つ大威力の魔法の使い手。そしてそんな子を持つ母。

更に言えばそのうちもう一人の子は、力を継承する前から凄まじい魔力を持っていた。

一族も国王もあの人を特別扱いするのは仕方ない事なんだろう。


だから国王も側妃・・・父も母も、私の事を道具としてしか見ていない。

ああ、そうだ。冷静になった今なら余計にそう感じる。

側妃の子でありながら姫などとは呼ばれず、そもそもあの国で私は認知されていない。

だって認知してしまえば私を簡単に殺せなくなる。簡単に魂を移せなくなる。


私は生まれてすぐに器の素質が解り、幼い頃に一族の下へ運ばれた。

そしてただただカルアの名を継ぐ為だけに技術を学び、そしてこんな物を埋め込まれた。

事情の説明もほぼ無く、覚悟の時間も持たされず、一方的に押し付けられた。


その結果が『ただの繋ぎ』だ。前のカルアに限界が来ていたという理由でだ。

初めて完全に安定した『リガス・カルア』という事実だけが私の価値だと。

ああ、段々腹が立って来た。考えれば考える程馬鹿馬鹿しくなって来た・・・!


「だから私は、わたしは・・・もう二度と、使われてやるもんか・・・!」

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