第390話、もう黙ってる事にした錬金術師
「セレス、解ったから、ちょっと落ち着いてくれ。協力はするから」
「・・・ん、解った」
リュナドさんに落ち着けと言われ、素直に頷いて手を放した。
そして座りなおしてから、何がいけなかったのだろうと首を傾げる。
彼女の呪いを解くのに一番手っ取り早い手段だと思ったんだけどな。
ん、でも待って。彼は落ち着けって言ったよね。それに協力はするとも。
という事は最初からその手段には至っていて、ただ今するべきじゃないって事かな。
なら私は大人しく座っていよう。余計な事したら邪魔になる。
むしろ今邪魔しちゃって、話を止めちゃった気がするし。いや、絶対した。
本当に私は、話し合いの場ではこれっぽっちも役に立たないなぁ。
「はぁ・・・びっくりした」
リュナドさんは私が握っていた方の手を胸で抱え、心底安堵した様子で息を吐く。
でも多分手を握った事じゃなくて、私が話の邪魔をした事に対してだろう。
本当に申し訳ない。罪悪感と情けなさで思わず俯いてしまう。
「・・・取り敢えず、セレスがお嬢ちゃんに協力的な事は解った。である以上俺はお嬢ちゃんを無下に扱う気は無い。お嬢ちゃんの目的が敵対じゃないって言うなら尚更だ」
さっきの失敗に落ち込んでいたけれど、彼の言葉でちょっと嬉しくなった。
それは、私が連れて来たから、っていう事が理由だよね。
現金な話だとは思うけれど、たったそれだけの事が私には嬉しい。
だって言い換えれば、私の事は無下にしないって事だもん。
こんな事を言われて嬉しくないはずがない。むしろちょっとニヤついてしまう。
「むしろお嬢ちゃんの目的が達成出来れば、面倒くさい相手の鼻を労せず挫ける訳だからな」
「で、では、願いを聞いて頂けるのでしょうか」
「ああ。ただし条件が有る」
「な、なんでしょう。私が出来る事ならなんなりと。さ、先程は驚いてしまいましたが、もし私の体がお望みという事でしたら・・・その、出来れば優しく、して頂ける、と」
「違う。お願い止めて。違うから。俺に変なイメージ持たないでお願い」
リュナドさんは突然顔を手で覆って丸まってしまった。
少女の体を望むって・・・彼が人体を素材として望む理由なんか無いよね。
そうなると女性として求めてって思ったって事かな。さっきもそれで驚いてたの?
けどリュナドさんがそんな事言い出す訳無いし、そんな勘違いするかなぁ。
いやでも、よく考えれば彼女はリュナドさんの力を知らないよね。
となればさっきの行動の意味が解らないのが普通かも。
事情が解らない彼女からすれば、突然男性に胸を触られそうになったって事だ。
でもリュナドさんは私と違って、少女の認識を前提で行動していたと。
だから彼は落ち着けって言ったんだね・・・物凄くやらかしてしまった。
うう、もう本当に黙ってよ。話しかけられるまでもう私喋らないし何もしない。
二人に悪い事をしてしまったと目を伏せていると、彼が顔を上げた気配を感じた。
「お嬢ちゃんに出す条件は二つだ」
彼はそう言って指を二つ翳して見せ、その様子を少しだけ顔を上げてじっと見つめる。
少女はごくりとつばを飲み込み、緊張しているのか体を固くして彼を見ていた。
対するリュナドさんも少しの間黙って少女を見つめ、その表情は何処か固い。
「先ず精霊の監視を付けさせて貰う。セレスの事を疑う訳じゃないが、俺はまだお嬢ちゃんを信用していない。もし一度でも精霊の監視を撒けばその時点でこの話は無しだ」
「わ、わかりました。問題ありません」
『『『『『キャー♪』』』』』
どうやらリュナドさんは、まだ少女の事を警戒しているらしい。
ただ私の方をチラッと見ながら補足したのは、きっと私を気遣ってなんだろう。
でも特に気にしてはいないんだどな。だって彼の仕事を考えれば仕方ないと思うし。
彼は街の治安を守る兵士さんだ。なら気にし過ぎる事はきっと悪い事ではない。
それに少女も了承で返した。なら本当に何も問題は無いだろう。
ただ精霊達は絶対遊び相手が増えたとしか思ってないと思うけど。
「次に、お嬢ちゃんには精霊兵隊に入って貰う」
「精霊兵隊・・・この街の精鋭部隊、ですよね。何故私を?」
「個人的な理由で肩入れしていると思われない為にだ。お嬢ちゃんが精霊兵隊に入れるだけの力が有ると、その上で鍛えているという風に見せないと、色々面倒が有りそうなんでな。だから竜に教えを乞う場は設けるが、それ以外の日は兵士の仕事もして貰う。それが条件だ」
「私が何も持っていない小娘だから、ですね」
「そういう事だ。これ以上変な噂が立つのはごめんなんだよ」
変な噂って、どんな噂の事だろう。私が知ってる噂って良い噂しかないんだけどな。
彼の事を凄いって、彼が居るから街は平和だって、そういう話しか市場で聞いた事無い。
「ま、それだけが理由じゃないが、今は良いだろう。さて、それじゃ早速竜に話付けに行くか」
他にも理由が有ると告げつつも、彼はその内容は語らずに立ち上がった。
彼がそうするならきっとその方が良いのだろうと思い、私も彼に合わせて立ち上がる。
少女はその後に慌てて立ち上がり、前を歩く彼にワタワタと付いて行った。
「一番の問題は竜が起きるかだな・・・叩いて起きれば良いんだが」
そう言えばあの竜、今回寝たのって確か昨日だった気がする。起きるかな?
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突然少女の胸を触らせようとするセレスに、慌てながらも落ち着く様に懇願した。
するとあっさりと手を放し、心底安堵の溜め息が漏れる。
何考えてんだセレスは・・・いや本当に何考えてたんだ。一体さっきのはどういう意味だ。
セレスが意味の無い事をする訳がない。何時だって彼女はそうだった。
一見無意味に見える事や、全然気にしていなかった事が後から意味を持っていた。
さっきは慌てて頭が回っていなかったが、きっと何か理由が有るはずだ。
少女の目的は一族への復讐、というよりも『弟』とやらを救う為に聞こえた。
勿論自分自身も救われたいんだろう。けれどそれは一体どうすれば叶う。
彼女が力を得れば良いのか。弟を連れて逃げれば良いのか。
・・・居場所がない。そうだ、この少女には居場所がない。逃げる場所がない。
本来帰るべきであるはずの場所が敵地になり、そして今この場も半分敵地の様なものだ。
今回の願いを俺が聞き入れなければ、それこそ彼女は何処にも助けを求められない。
目的を達成するまでの安全地帯。目的を達成した後の日常。それが今の彼女には無い。
ああ、もしかしてさっきのは、少女を手籠めにした体にでもして身近に置けってか。
勘弁しろよ。そう思いながらセレスを見ると、目を合わせない様に下を向いていた。
解ったなら何も言う事は無いってか。本当に色々解り難いんだよアンタは。
「な、なんでしょう。私が出来る事ならなんなりと。さ、先程は驚いてしまいましたが、もし私の体がお望みという事でしたら・・・その、出来れば優しく、して頂ける、と」
おかげでこの嬢ちゃんも勘違いしちゃったじゃん。勘弁してくれよ。
ただでさえ身に覚えが無いのに正妻とお妾が居る、って噂になってんだぞ。
しかもセレスの許可貰って俺の家に居る、って堂々と近所に言ってるからどうしようもねぇ。
実際セレスに聞いたら『ハニトラさんが家に来ちゃ駄目なの?』って返されたし。本当に辛い。
いやうん、落ち込んでる場合じゃない。取り敢えず話を進めよう。
思わずセレスを見るも、相変らず動く様子が無い。
誰のせいでこうなってると思ってるんだ。ちょっとだけ腹立って来たぞ。
「お嬢ちゃんに出す条件は二つだ」
そんな思いを抱えながらそう言ったせいか、突然セレスが顔を上げ眼光が光った様に見えた。
待って待って、お前がこのお嬢ちゃんの事気に入ってるのは解ったから。
無茶な条件とかは付けないから、頼むからその目で見るの止めてくれませんか。
そのせいで少し緊張しながら条件を述べると、けれどセレスは特に何も言っては来なかった。
おそらく問題は無いんだろう。そして少女も俺の告げた内容の意図を理解してくれた。
それにこの娘は精霊の監視を悉く撒いた。その実力が有れば兵隊として何も問題は無いだろう。
ついでにさっきの事も本当に誤解だと、ちゃんと理解してくれてると良いんだが。
これ以上妾が増えた、しかも今度は少女、何て話になられたらたまったもんじゃない。
まあ一番の理由は最初の『帰る場所』を作ってやれるんじゃねえかなって事だが。
今は言う必要も無いだろうし、本人にそんな事を気にする余裕もないだろう。
なら先を事を考えるのは大人の仕事だ。子供は後で大人になってから気が付けば良い。
この街はあのアスバですら受け入れる街だ。治安部隊として働いてりゃ皆受け入れてくれるさ。
・・・もしかしてセレスが先に接触した理由って、この話を絶対に成立させる為か?
そう考えればしっくりくる部分がある。半端に俺に情報を寄こしたのもおかしいんだよ。
この娘の実力は理解させ、けれど実際には関わらせず、一度手を引かせてから連れて来た。
少女の目的がどうあれ、俺と彼女が最初に接触してこの話が纏まったとは思えない。
なにせこの娘の最初の行動は、どう考えても何かを頼みに来た様子には思えなかった。
けれどその考えを変えさせ、そして変えた考えのみを俺に聞かせに来たんだ。
ったく、相変らず俺の『お人よし』の部分を上手く利用しやがる。
しかもその結果が気分悪くならない様に、っていうのが本当にやられた気分になるよ。
まあ良いさ。そういう事なら俺も出来る限り利用はさせて貰うとしよう。お互い気分良くな。
でもセレスさん。これが出来るんだから、普段もこうして頂けませんか。
なぜ自分の事の時だけは、気分良く終わらしてくれないんですかね・・・。
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