第385話、目覚めた少女の様子を見る錬金術師

黒塊から説明を聞き終わり、これ以上は本人から聞かないと解らない事も多い。

なので夕方まで何時も通りに過ごし、麻酔が切れる頃合いに様子を見にきた。

弟子二人は夕食の準備をしている。今日は残念だけどライナの店に行けないと思うし。

流石にこの子を放置して行くのは私でも出来ない。呪いにかかってるなら尚更だ。


「・・・あれ、まだ寝てる」

『キャー!』


ただ少女は眠っていて、見張りをお願いした山精霊だけが元気よく返事を返して来た。

今ので起きないと言う事は、まだ麻酔が抜けていないのかな。思いっきりお腹の上で鳴いたし。

寝てるよー! ってそんな大声で言わなくても見たら解るよ。


「でもおかしいな、そろそろ起きるはずなのに。気になる事が有るし、ちゃんと確認しておきたいんだけど・・・まあもう少しだろうし、起きるまで待ってようかな。あ、家精霊ありがと」

『キャー♪』


家精霊がお茶を持って来てくれたので、礼を言って受け取る。

すると山精霊が嬉しそうにパタパタと近づいて来て、テーブルによじ登った。


『・・・キャー』


ただしお菓子が無い事に気が付いて、がっかりした様子で少女の上に戻ったけど。

家精霊は呆れた様な目を向けた後、ぺこりと礼をして下に降りて行った。

私は手を振って見届けてからお茶を一口含み、すやすやと眠る少女に視線を向ける。


「・・・呪いの魔法、か」


黒塊のおかげでどういう呪いなのか、解けるのかどうかは解った。

ただその性質的に、わざと自分を縛っている可能性が有る。死後自分の命を使う為に。

命を燃料として何事かを為す、という術は私も知っているから下手に触れない。


先ず魔法自体がそういう物だ。魔力が切れたら命を燃やす事で継続して魔法が使える。

魔力が十全にある状態であれば、そこから命を上乗せする事で限界を越える事も可能だ。

勿論その場合術者はただじゃ済まない。二度と魔法が使えなくなるか・・・最悪死ぬか。


肉体の死と魂の死は別だ。体が死んで器が無くなると魂も死に至る。

それは逆も当然で、命を燃やした後肉体がゆっくりと死んでいく。

つまりこの呪いは体の死に魂が引っ張られない為の処置ともとれる


「とはいえ、このレベルの呪いとなると・・・」


黒塊に魔法だと言われたので全力で探ってみるも、やっぱり全く魔法の気配を感じない。

そもそも黒塊は『膨大な魔力』と言っていたけれど、私にはそれすら解らないし。

あれだけ魔法を使っていた事を考えれば、魔力総量が多いのは簡単に予測できるけどさ。


勿論彼女から自然に漏れ出る魔力は感じる。けれどその奥の魔法なんてまるで解らない。

魔法を構築している、発動している、その感覚が一切伝わって来ない。

私は、もうそれは魔法じゃないと思う。完全に呪いだ。ならその呪いはどうやって作った。


「・・・まともな方法じゃない、と思うんだけどな」


あくまで仮定だ。実際はどうか解らない。私の知識に照らし合わせた仮定でしかない。

けれど魔法を完全な呪いに変えるのであれば、それは魔法だけでは不可能に近い。

かなりの確率で命を糧に構築されている。それも一つや二つじゃないだろう。


もしこの魔法を、この呪いを、彼女がかけられたのであれば被害者だ。

けれど自分でかけた魔法だというのなら、少々確認したい事が増える。


「・・・人の命が、呪いには一番簡単で、効果的だからね」


勿論命は命だ。魔獣でも、野生動物でも、家畜でも、命の代替えは利く。

けれど人間の呪詛の籠った命を集めた方が、呪いの構築には手っ取り早い。

黒塊が簡単に受肉出来た様に、人の命っていうのは中々呪いと親和性が高いんだ。


いや、ここは『神性』との親和性が高い、と言った方が正しいのかもしれない。

人の想い、信仰、心の力は世界に影響する。その結果が山精霊の小さな神性であるように。

竜神が国中の信仰の力を糧に、超常の能力を発揮出来る存在として生きられる様に。


「彼女が自分の命を繋ぎ止める為に、呪いという作り易い力にした・・・可能性はあるよね」


ただ神性の力は、信仰の力は、少なくとも呪いと呼ばれない様な力にするのは簡単じゃない。

そこに宿る想いに感謝や慈しみ、優しさや敬い等の心が無ければ成立しないからだ。

同じ対象に大量の想いが集中し、その結果神性という力が形として現れる。


ただしその場合呪いより力の質が格段に落ちる。不思議な事に呪詛の方が力が強い。

数人の人間の命を上手く使えば、大量の人間の想いから作られた神性を潰せる程に。

疑似的な呪いの魔法とはそういう物の類だ。命を只の燃料と見る魔法だ。


「そういえば、二人とも嫌そうな顔してたなぁ・・・」


この説明を弟子二人にしたら、中々険しい顔で聞いていた。

特にパックに関しては鋭い目で少女を見て、メイラを近付かせないかの様に腰を引き寄せてた。

おそらく彼女が術者と判断しての事だと思うけど、そう断定するにはまだ早いよねぇ。


「んん・・・」


なんて弟子達の事を思い返していると、少女の呻くような声が耳に入る。

少女が体を起こす前に仮面を付け、立ち上がってベッドに近付く。


『キャー♪』

「っへ、え、精霊? あれ、ここ、ベッド、え、私・・・あ・・・」


精霊がおはようとでも言ったのか、精霊に目を向け混乱した様子を見せる少女。

そして周囲を見回して、私と視線が合うとそのまま固まってしまった。

驚いてる、だけなのかな。少なくとも庭の時の様な敵意のある目はしてない・・・と思う。

けど私なのでその判断に自信が無く、恐る恐る少女に向けて口を開く。


「・・・体の調子はどう・・・足の調子も、一応聞かせてくれる、かな」

「え、あ・・・あし、は・・・痛くない・・・?」


何で首を傾げながらなんだろう。はっきりしてくれないと解らないんだけどな。

いや、寝起きでボーっとしてるのかも。手をにぎにぎしてるし今確認してるんだね。

そもそも気を失った時怪我してたんだし、今から確認しないと解らないか。ちょっと待ってよ。


「・・・何で、助けてくれるんですか? 助けようなんて、思ったんですか?」


すると少女は確認が終わったのか、手をぽすんと落とすとそんな事を聞いてきた。

表情は俯いているので解らない。視線の先に居る精霊はキョトンと首を傾げている。

ただ声音が怒りでも堪えている様で、私はちょっとビクッとしてしまった。


何でって言われても、何かの手違いで怪我したなら、それは助けるべきだと思うんだけど。

そもそも怪我させたのが家精霊だし、私一応家精霊の主だし、放置しちゃ駄目だよね?


「・・・何か勘違いが有って怪我させたなら、助けるのが当たり前だと思ったから、かな」

「っ・・・!」


思ったままを伝えると何故か彼女は息を呑み、手に力を込めてシーツを握り込んだ。

これやっぱり怒ってない? 何で私怒られてるの? いや、怪我させたんだから怒られるか。

と、取り敢えず謝っておいた方が良いよね。多分そうだよね?


「・・・ごめんね、家精霊も怪我をさせる気は、無かったみたいなんだけど」


謝りつつ家精霊の事も伝えると、少女の腕の力が増した気がした。

いやこれ気のせいじゃない。更に怒らせちゃった。ど、どうしよう。

き、聞きたい事を聞くどころじゃないんだけど・・・。


「・・・アスバ・カルアは・・・あれに、勝てるの?」


・・・へ? 何突然。アスバちゃんが何だって?

えと、アレに勝てるのかって・・・多分家精霊に勝てるかって事、だよね。

難しい事聞くなぁ。うーん、勝てる・・・勝てるかなぁ・・・どっちも底が知れないしなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目を覚ましたら突然『おはよー♪』と精霊に叫ばれ、混乱したまま周囲を見回す。

すると横に仮面の女性が・・・錬金術師が目を私に向けている事に気が付いた。

思わず頭が真っ白になり、そして先の戦闘を思い出して体が強張る。


ただ彼女は混乱する私に狼狽えるなとでも言う様に、低い声音で体の確認を促して来た。

怯みつつも言われた通り確認し、何処にも不調が無い事が逆に不安になる。

気を失った時、彼女が告げた言葉は、私の勘違いや聞き間違いではないのだと解って。


「・・・何で、助けてくれるんですか? 助けようなんて、思ったんですか?」


人が誰かに手を差し伸ばす時、それには何かしらの理由が有る。

特に今回の様に、攻撃してきた相手に手を差し伸ばす時は。

彼女は錬金術師だ。きっと私に何かしらの価値を見追い出したのだろう。


そう、思っての、言葉だった。私に何の対価を求めるのかと、そう思っての。


「・・・何か勘違いが有って怪我させたなら、助けるのが当たり前だと思ったから、かな」


ただ彼女から返って来た言葉は、気を失う前と同じ言葉。

私を侵入者として断ずるのではなく、ただの迷い子として扱っただけだと。

低い声音で告げられるそれは、何度も言わせるなと言われている様に感じる。


威圧感に思わず体が強張り、シーツを握りしめてしまった。

呼吸が辛い。体が震える。否応なしにこの人を格上と認識してしまって。

けれどそれでも、私は訊ねなければいけない。そんな善意の言葉なんて信じていないんだから。


「・・・ごめんね、家精霊も怪我をさせる気は、無かったみたいなんだけど」


けれど続けられた言葉に、やっと私は何を言われているのか理解出来た。出来てしまった。

ああ、そうだ。彼女の言う通りだ。私は手加減をされていた。遊ばれていた。

敵対して打倒などという状況ではなく、ただひたすらに心が折れるまで弄ばれた。


『その程度の実力で敵と思って貰えると思うな』


彼女はそう言っているんだ。まず私の認識が違うと、格下が何を勘違いしていると。

利用価値も何も、先ず警戒にすら値しない。それぐらい彼女にとって私はつまらない存在。

何故攻撃して来た敵を助けるのか、という前提がそもそも間違っているんだ。


ただ近くを飛んだ羽虫が弱っていたから、気まぐれに餌を与えた。

これはその程度の事でしかないのだと、そう言われたんだ。


「・・・アスバ・カルアは・・・あれに、勝てるの?」


けれど、どうしても悔しかった。決死の思いで国を出て、自身と弟の為に命を懸けた。

全力だった。本気だった。少なくとも私は何処まで必死だったんだ。

けれど現実には全く届かない化け物が居て、私の何もかもが通用しなかった。


この体は魔道を極める為だけに作られた器なのに。その為だけに存在しているのに。

その生き方を、在り方を、心の底から嫌っていても、それでも私の存在価値はそれだけだ。

なのに何も出来なかった。敵としてすら見て貰えなかった。じゃあ、私は、何なんだ。


そう思うと、本来打倒すべき相手との差を、口にせずにはいられなかった。

私と同じであって欲しいと、このままでは余りにも自分がみじめ過ぎると。


「・・・正直、どうなるか解らない、かな」


けれど彼女の返答は、私を叩きのめすに十分だった。

怪我をさせた、なんて言われた私とは違う。勝敗を測れない存在。

この時点でもう、私とアスバ・カルアの格付けは終わってしまった。


闘う前に、出会う前に、挑む前に・・・ただ殺されるだろうという事実を、突き付けられた。


「・・・っ!」


涙が溢れて来る。悔しくて、情けなくて、何処までもみじめで。

一族の仇を打つ為の力どころか、偶々出会った精霊にすら届かない自分が。

こんな物の為に、この程度の力の為に、私はこんなに苦しんで生きていたのか。


「ふざ、けるな・・・! じゃあ、私は、私の力は・・・!」


其の言葉は、自分を苦しめる全てに対して放った怒り。

最早何の為に生きているのか解らない私自身のみじめさに対する悲しみ。


「・・・ふざけたつもりは、ないんだけど」


ただそんな怒りも悲しみも、彼女の低い声音に消し飛ばされた。

背が跳ねる様な圧のある声音に、怒りも忘れて見上げてしまう。

涙はボロボロと流れ、汚い顔を彼女に向け、そんな自分を情けないと思いながら。


「・・・貴女は、才能は、有るよ。ただ才能を、使いこなす技量が無い、だけ」


彼女はそんな私を暫く見つめ、そしてやっぱり圧のある声音でポソリと呟いた。

先程までとは違う。羽虫に対する物とは違う。私を見た発言だ。


「ぎ、りょう?」

「・・・貴女には、膨大な魔力がある。家精霊の攻撃を長時間凌げる程の。けれどその力を使いこなすには技術が足りない。貴女は才能を持て余してる」


才能。私に才能なんて、無い。彼女が言う膨大な魔力も、私の物じゃない。

これは私が作られた魔導士だからだ。私自身の才能でも磨いた力でもない。

けれど彼女はそんな私の力を才能と言った。人形の様なただの空っぽな私に才能が有ると。


「ち、がう・・・これは、私の、力じゃ、ない。魔力は、私の物じゃ、ない」


だから、本当は嬉しくて、けれど認められなくて、否定が口から出た。

自分を認めて欲しくて、力の器じゃない私を見て欲しくて、けれど信じられなくて。


だって彼女は知っているはずなんだ。アスバ・カルアを匿っているのなら。

カルアとは何なのか。この力はどういう物なのか。私がどんな存在なのか。

この力の無い私なんて、カルアの力の無い私何て、無価値な人間だって知ってるはずなんだ。


「・・・貴女が使えるんだから、貴方の力だと思うけど」


なのに、何でこんなに温かい言葉をくれるんだろう。

声音は威圧感が有って、今もピリピリとした空気に体は怯えている。

けれど、だからこそ、その言葉に嘘が無いと感じてしまう。


「私に、使い、こなせ、ますか・・・?」


涙が止まらない。ずっと言って欲しかった言葉を、言って貰えそうな事が嬉しくて。

これはお前の力なんだと。お前が使って良い力なんだと。

才能を持つ物の為の仮初の器じゃない。お前が持って磨くべき力なんだと。

むしろ使いこなせないなどと、甘えた事を言うなと言われている気さえする。


「・・・貴女の努力次第、だと思う。ただ、私は知ってる、から」

「知って、る? 何を、ですか?」

「・・・アスバちゃんは、力を使いこなしてる。彼女は本物の魔法使い。彼女が存在する以上、出来ないとは思えない。魔力切れを起こす心配のない程に魔力があるなら、尚更」

「っ・・・!」


もう、駄目だった。涙どころか鼻水も止まらない。感情が溢れて堪らない。

何度も言われた。お前ではまだアスバ・カルアには届かないと。

だから届く可能性の有る次の為に、お前は今生きているのだと。

ただ器として、暴走のしにくい安定した器として、ただそれだけが優秀だっただけだと。


形式としてカルアの名をつけられはしたものの、私はカルア足り得ない。

カルアの誇りを胸に持てと言われながら、実質カルアとして認められていない。

ただこの身にそこまでの成果が詰め込まれ、安定した形としてあるだけだと。


そう言われる度に苦しかった。こんな力欲しくなかった。何度も何度も捨てたいと思った。

だけど今初めて、私は初めて思えた。この力を、私が使える様になりたいと。

この人が言ってくれた。お前でも磨けば届くと。その力はお前の物だと。


魔法使いの『本物』を知っている人が、お前も『本物』になれると言ってくれた。

その為に作り上げた力を持つ存在と、お前は同じ高みに居るのだと言ってくれた。


「うぐっ・・・ひっぐ・・・!」


ごめん、ごめんね。お姉ちゃん、もう頑張れない。頑張れなくなっちゃった。

人形も、カルアも、もう私には無理だ。もう頑張れないよ。

私はもうカルアになれない。カルアとして生きられない。心がそう在れない。


「・・・なってやる・・・ぐずっ・・・本物に・・・!」


私は私だ。そうだ、私なんだ。カルアなんてどうでも良い。

胸に渦巻く呪詛も何もかも、全て自分の力にして生きてやる・・・!

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