第384話、結局弟子を迎えに行けなかった錬金術師
リュナドさんはやけに疲れた顔で帰って行った。
そう言えばここ最近またあんまり遊びに来てないし、お仕事大変なのかも。
時間が出来た時に泊まりに来ると良いよって、後で精霊にでも伝言お願いしておこうかな?
「いや、彼の事も気になるけど、今は二人の所に戻ろう。行って来る・・・ん、なに?」
はっとして絨毯を広げ、今度こそと思ったらまた家精霊に袖を引かれた。
今度は何だろうと訊ねると、そっと空を指さすのでそちらに目を向ける。
するとふらふらと、少々不安定な様子で飛ぶ荷車が目に入った。
「あれ、飛んで帰って来てる・・・良いのかな・・・いや、別に良いのか」
別に飛んで帰っちゃ駄目、とは言われてなかった気もする。
行きに精霊兵隊さんが付き添ってくれるから、何となくそのまま地上から帰ってただけで。
あれ、そういえば精霊兵隊さんはどうしたんだろう。荷車の中なのかな。
にしても買出しが終わる程時間たってたかな・・・普段はもう少し時間かけてる様な。
治療とリュナドさんとの会話とそこそこの時間たってるけど、それでも早い気がする。
何て考えつつ眺めていると、メイラが庭の様子をキョロキョロ見ている事に気が付いた。
どうしたのかと首を傾げていると、恐る恐るという様子で荷車を降ろし始めた。
そして着陸すると私に困惑した目を向け、また庭をキョロキョロ見回しながら近付いて来る。
パックは荷車の中に向けて声をかけ、精霊兵隊さんが出て来て彼と何か話している様だ
「ただいま帰りました・・・その、セレスさん・・・何も無かったん、ですか?」
「ん? ああ、そっか。それで様子が変だったんだ」
「え、私、何か変でしたか?」
「ううん、大丈夫。状況を正しく確認しただけだと思うよ」
多分さっきのリュナドさんと一緒だ。戦闘跡が無い事に違和感を覚えたんだろう。
二人には精霊に伝言をお願いしているし、そもそもメイラは精霊の言葉が解る。
多分市場に居た時点で、私よりも正確な情報を得ていたに違いない。
「その、女の子が来たんですよね? 戦ってるって聞いて・・・ん・・・なに、あれ・・・」
メイラが最初に訊ねた女の子は多分さっきの子の事だろう。
ただ私の方を向いて、そのまま視線が少しずれて別の物に意識が行った様に見えた。
特に気配は感じなかったけれど同じ方に目を向け、けれどそこにはやっぱり何も無い。
あえて在るとすれば家に窓。二階の辺りだろうか。
ただこの子は私と違って、別の物が見えている可能性が有る。
私には何も感じないけど、メイラだけが感じられる何かが。
「・・・あそこに、何か有るの?」
「二階から、何か、変な感じが・・・んん、糸、みたいなものが見えて・・・どこかに、繋がっている・・・でも、先の方は、見えない・・・」
メイラは最初じっと見ていただけだったけれど、段々顔を顰める様に見つめだした。
私には相変わらず何も見えないけれど、彼女には糸の様な物が見えているらしい。
心当たりが有るとすればあの女の子で、この子が見えるとなればそれは一大事だ。
「もしかして、何かの呪いが見えるの?」
「呪い・・・呪い? とも、何だか違う、様な・・・」
メイラは顰めた顔のまま首を傾げ、悩む表情を見せながら呟く。
困ったな。メイラが解らないとなると、私には尚更解らない。
何せ今の今まで気が付かなかったし、言われた今も何も見えないし感じない。
「ええと、お取込み中すみません。ただいま帰りました、先生」
という所でパックが恐る恐る近付いて来た。
精霊兵隊さんは既に小道から去って行っている。
「うん、お帰りパック。ごめんね、後回しにして」
「お気になさらず。それで先生、侵入者はどうなりました?」
「あ、そうです! その為に急いで買出しを終わらせて帰って来たんです!」
ああ、そうなんだ。道理で帰って来るのが早いと思った。
空を飛んで帰って来たのもそれが理由なのかな?
「えっと、どうも間違えて入っちゃったみたい。ただ家精霊に警戒して戦闘をしかけちゃって、その迎撃で怪我したんだ。だから治療をして、その際の麻酔はけるまでは二階で寝てると思う」
「間違えて・・・成程、理解しました」
「え・・・あ、はい。私も、解り、ました・・・」
事の顛末を簡単に説明すると、パックは少し考える様子の後に笑って頷いた。
ただメイラは凄く疑問を口にしたそうな顔をしつつ、何故か渋々という様子で頷く。
私何か変な説明の仕方したかな。割と簡潔にきちんと事実を話せたと思うんだけど。
「・・・セレスさん、その女の子の様子、直に見ても良いですか?」
「うん、構わないよ。むしろ私も、見て貰いたいし」
「・・・! わ、解りました! 全力で頑張ります・・・!」
「う、うん・・・お願い、するね・・・」
ど、どうしたんだろう。メイラが急に張り切り出したんだけど・・・。
まあ良いか。私としては、このままじゃ対処が難しいから凄く助かるし。
気が付いた以上絶対に出来ないとは言わないけど・・・出来るとも言い切れないしね。
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『メイラメイラー、主が先に帰るってー』
『僕達メイラの護衛ー!』
『今日何買うのー? 僕煎り豆食べたーい』
「ふえっ!?」
気を張って商店の店主に注文をしていると、突然話しかけられてビクッと跳ねてしまった。
そのせいで店主のお爺さんもビクッとしてしまい、周囲の視線も集めてしまっている。
「あ、あうう・・・ど、どうしたの。セレスさん、何か用事が出来たの?」
その事に恐怖半分恥ずかしさ半分で縮こまりながら、足元に現れた精霊達に訊ねた。
私とパック君だけで行くと主張しても、それでも付いて来ると言ってたのに。
『家が暴れてるのー』
『今日すっごい暴れてるー』
『ボンボーンって。僕達一杯吹き飛んでたー』
「えぇ・・・」
また何か悪戯したのかな。だとしても今日は随分過激な様な。
後察するに、ここに居る子達は、その吹き飛ばされてる精霊さんを見捨ててる。
自分達の事なのに、どんな目に遭ってても本当に全然助けに行かないよね。
「精霊さん達、今日はそんなに家精霊さんが怒る事したの?」
『してないよー?』
『僕達今回は何もしてないもん!』
『そうだよー。変な女の子が家の庭に入って来て、家に攻撃したから暴れてるのー』
「っ!?」
変な女の子。そして家精霊に攻撃。そこからの答えなんてすぐに出る。
多分最近リュナドさんが精霊に監視を命令していた子の事だ。
何が目的か解らないけど、留守のタイミングを見計らって入って来たんだろう。
「パック君、早く帰――――」
慌てて彼に顔を向け、けれど途中でその言葉を飲み込んだ。
だってセレスさんは『先に帰っている』という伝言を託した。
つまり用事はちゃんと済ませて帰れって事だと思う。
「―――――早く、買出しを済ませて、帰りましょう」
「・・・何か・・・いえ、一度荷車に戻りましょう。話はそこで」
パック君は私の様子から、何かが起きた事を察したらしい。
彼の言葉に素直に頷き、品物の運搬を精霊に任せて一旦荷車へ。
精霊兵隊さんには見張りに立って貰い、荷車の中に入って出入り口を閉じた。
「それで、メイラ様・・・何があったんですか?」
「以前話した子が、家に侵入して家精霊さんと戦ってるみたいです」
「・・・それは確かに、早く買出しを済ませた方が良さそうだ・・・精霊達、お願いが有るんだけれど聞いてくれるかな。そんなに難しい事じゃないから」
『何々ー?』
『どんとこーい!』
『難しい事でも僕はやるよー! でも出来なくても怒らないでね!』
パック君は精霊達が皆好意的に鳴いたのを聞いて、ローブからメモ紙を取り出した。
何かあった時常にメモをとれるようにと仕込んでいるらしい。
そして同じく仕込んでいる鉛筆で何かを書き出した。
「これを各店主に渡して貰えるかな」
『これ渡せば良いのー?』
『なーんだ。かんたーん』
『まかせろー!』
『僕一番乗りー!』
『『『『『あ、ずるーい!』』』』』
精霊が一体抜け駆けの様に出て行くと、他の精霊達もわーっと出て行った。
一体何がと思っていると、彼はニコッと優しい笑みを私に向ける。
「買出し予定の品を精霊に頼みました。これで暫くすれば、荷車まで運びに来るでしょう」
「え・・・良いん、でしょうか、それ。私が買出しをした事にならない様な・・・」
「僕は先生にメイラ様の補助を命じられております。故に僕の判断で貴女の願いを優先しました。咎めが有るとすれば、それは私が受ける事になりますよ。お気になさらず」
それは詭弁な気がする。でも彼はきっとそのままセレスさんに告げるんだろうな。
早く帰って来た理由を聞かれた時、悪いのは全て自分だって。自分の判断だって。
「・・・気にしますよ・・・ありがとうございます、パック君」
「いえ、僕は師の命に従ったのみです」
「もう、いじわるですね。駄目ですよ。怒られる時は一緒にです」
「ではその時はご一緒に」
ふふっとお互いに笑い、そうして精霊達が品物を運ぶのを待った。
暫くして続々と荷車に荷物が積み込まれ、あっという間に買出しは終了。
最後にちゃんと買えているかだけ確認して、精霊兵隊さんに急いで帰る事を告げ乗って貰う。
「じゃ、行きます・・・!」
そして精神を集中し、荷車を飛ばす。中身が有るから殊更気を遣って。
セレスさんが見たら笑いそうなぐらいノロノロと、けど精いっぱい飛ばして家に向かう。
ただ庭の上に辿り着くと、思わず帰りの挨拶を後回しにして庭を見回してしまった。
「・・・戦った・・・んだよね?」
戦った気配がみじんも無い。何かが壊れてるとか、そういうのが全く。
あ、でも黒塊の塔が新しくなってる。いやでもそれは多分関係無いか。
不思議に思いつつも説明を聞こうとセレスさんを見上げ――――。
「なに、あれ・・・」
二階の辺りに何か変な・・・変としか言えない何かを感じた。
それを感じ取ったと同時に、薄く見えた糸の様な物がはっきり見え始めた。
細くて、汚い色の、気持ち悪い感じのする糸。どこかに繋がっている様に感じる。
けれど目でその先を追ってみても、少し先から見えなくなる。何だろうあれ。
セレスさんに説明を求められたけど、私にも上手く説明出来ない。
呪いの様にも見えるけど・・・何か、上手く言葉に出来ないけど、何か違う感じがする。
「ええと、お取込み中すみません。ただいま帰りました、先生」
そこでパック君が声をかけ、一旦事情の説明を聞く事に。
ただその際『間違えて』と言われ、困惑した反応を返してしまった。
パック君はこの辺り流石で、何か意図があると察した様で素直に頷いたけど。
多分隣で彼が頷いてくれなかったら、私は頷けてないだろうなぁ。
それにしても気になる。あれはいったい何なんだろう。
近くで見たら少しは解るかな。何だか嫌な感じがするんだけど。
でもセレスさん『間違い』って言ったしなぁ。下手に言わない方が良いかなぁ。
「・・・セレスさん、その女の子の様子、直に見ても良いですか?」
「うん、構わないよ。むしろ私も、見て貰いたいし」
「・・・!」
でもやっぱりどうしても、どうしても気になって、お願いしてしまった。
すると快く頷いてくれた所か、頼むつもりだったと笑顔で言われた。
セレスさんに頼まれた。なら気合を入れないと!
「わ、解りました。全力で頑張ります・・・!」
「う、うん・・・お願い、するね・・・」
気合を入れて応えると、セレスさんの目が鋭くなった。
声音は相変らず優しいけれど、気を抜くなって注意かもしれない。
いけないいけない。浮かれちゃ駄目だ。良く解らない物に近付くんだから。
多分セレスさんも変な物には気が付いてたのかも。けど私が帰って来るのを待ってたんだ。
一旦気を落ち着ける為に深呼吸をしてから、家に入ってそのまま二階へ。
家精霊さんも気になるらしく一緒に付いて来て、眠る少女を全員で見に行った。
「・・・これは・・・なんだろう・・・これ・・・」
何か変な感じは、彼女の体内から発せられている。けど何も見えない。
その代わりさっきの糸の様な物が、彼女の体から出ているのは見える。
これは、呪いじゃない、気がする。けど、呪いにも感じる。
私は呪いの知識は余りない。むしろ殆ど無いに等しいと思ってる。
けれど黒塊が中に居るせいか、感覚的に色んな事が解る様になった。
なのにこれが何なのか解らない。何時もの感覚が仕事をしてくれない。
どうしよう、セレスさんに任されたのに・・・そうだ!
「・・・家精霊さん、黒塊を、家に入れても良い、かな?」
『えぇ・・・アレをですか・・・』
家精霊にお願いをすると、物凄く嫌そうな声で返されてしまった。
始めて聞いたかもと思うぐらいの声音だった。顔も物凄く顰めてるし。
でも今回は許して欲しい。これが一番解決に早い方法だと思うから。
「どうかお願いします。家精霊さん。セレスさんの為だと思って」
『・・・はぁ、仕方ありませんね。入って来て良いですよ』
家精霊が溜息を吐きながら窓を開けると、黒塊がゆっくりと窓から入って来た。
何故か山精霊達がぶら下がってるけど、一切意に介さず近付いて来る。
『我が娘よ、我に何を願う。何でも叶えてやろう』
『なにをねがうー!』
『かなえてやろー!』
「黒塊は言った事だけやって。後精霊さんは黒塊のマネしちゃ駄目」
『はーい!』
『まねしなーい!』
『・・・勿論だ。して、何を願う』
黒塊の一瞬の溜めは何なんだろう。これだから信用できないのに。
後精霊達は明日になったら今の注意を絶対忘れてると思う。
「この糸、みたいな物、黒塊は見える?」
『無論だ』
「ならやっぱり、これは呪いなの?」
『そうとも言えるし、違うとも言える』
黒塊がなぞかけの様な事を言い出し、眉をしかめて首を傾げてしまう。
けれどそんな私を見かねたのか、セレスさんが話しかけた。
「黒塊、私達にも解る様に、詳しく説明して貰えないかな」
『何故貴様に説明する必要が有る』
「・・・黒塊、セレスさんの言う事を聞いて答えて」
『純粋な呪いや神性による力ではない。魔法を呪いの形に変えている。故に呪いともそうではないとも言えるし、厳密に言えば魔法の類になるのだろう』
私が睨みながら言うと、黒塊はしっかりと説明をし出した。
それを聞いたセレスさんは、少し悩む様な表情を見せる。
「魔法・・・でも魔力を感じないけど・・・」
『その娘の体内にある膨大な魔力の更に奥で構築されている上に、感じられない様にして隠匿された呪いだ。我の様な呪いの神か、我が娘の様な力が無ければ何も解らん。だが魔力で感じられたとて、魔法では打ち消せぬ。完全に呪いに変換された魔法だからな』
「・・・アスバちゃんなら、吹き飛ばすのは出来るんじゃない?」
『その娘の命ごと全て吹き飛ばすならば出来るだろうな』
「あぁ・・・それは困るなぁ」
つまり・・・私の感覚は正しかった、という事なのかな。
呪いに見えたし感じたけど、そうじゃないとも感じていた。
それは魔法で作った呪いだからで、普通の呪いとは違うって事で。
私がそんな風に考えている間もセレスさんは質問を続ける。
「ねえ黒塊、どういう呪いかは解るかな」
『魂を縛っている』
「何の為とかも、解るなら教えて欲しい」
『この者の魂を肉体の死と共に解放させない為の呪いだ。それ以上の事は解らん』
「んー、さっきアスバちゃんには無理って言ってたけど・・・呪いを解く事は出来るのかな」
『我が娘なら造作もない』
勝手にそんな事言われても困る。でも否定もしづらい。
セレスさんがこうやって聞くって事は、呪いを解こうと思ってるからだと思うし。
なら出来ない、自信が無いなんて言ったら、がっかりされるかもしれない。
「呪いを解いちゃったら、体に悪影響とか有りそう?」
『無い。これは死後作用する呪いだ。単に何も無くなるだけだ』
「そっか・・・うん、解った、ありがとう。助かった」
『ふん、貴様の礼など要らぬ』
「そうだよね。メイラのお礼が一番だよね、黒塊は。メイラ、言ってあげてくれない、かな」
セレスさんは私に視線を向け、黒塊からワクワクした気配がする。
「・・・ありがとう」
『我が娘の為ならばこの程度何の事も無いぞ!』
『よかったねー!』
『わーい!』
物凄く嬉しそう。実際助かったから今回は良いか。
あまり褒めると暴走しそうだから、本当は嫌なんだけど。
精霊達が何で喜んでるのかは解らない。多分勢い。
「・・・後は、本人に話を聞いてからにしようか。呪いを解くにしても、解かないにしても、自覚が有るのかも気になるし・・・解かないで欲しい呪いかもしれないしね」
取り敢えず今すぐ私が頑張る事にはならなかったみたい。
でも解けって言われても自信ないんだよなぁ。
だって未だに『呪い』ってちゃんと感じられて無いから・・・その時はがんばろ。
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