第383話、女の子の扱いを決める錬金術師

取り敢えず結論が出た所で、家精霊が入れてくれたお茶を一口。

相変らず優しくて美味しい味だ。そしてお茶菓子も何時も通り良い味してる。

ゆっくりと咀嚼して呑み込み、ほっと息を吐いて体の力を抜く。

そうしてのんびりした時間を暫く過ごして・・・何かを忘れている気がした。


「あ、しまった、のんびりしてる場合じゃなかった!」

『『『『『キャー?』』』』』


弟子に買い物を任せてる途中なのに、のんびりお茶してる場合じゃない。

その事に気が付き慌てて立ち上がり、首を傾げる山精霊に応えずに外套を纏う。

どうせあの女の子は麻酔が効いてるから夜まで起きない。なら早く戻らないと。


「家精霊、私メイラ達の所に戻るね。ごめんね、お茶用意してくれたの・・・どしたの?」


家精霊に謝りながら家を出ようとすると、玄関の扉に手をかけた所で袖を引かれた。

引き止めるのは珍しいなと思い首を傾げると、家精霊は黒板を私に向ける。


『リュナド様がこちらに向かわれています』

「・・・私、何かリュナドさんとの約束、忘れてた?」


彼が来る約束は無かったはずだ。けれど私の事だから信用ならない。

聞き流していた可能性も有るし、脂汗を流しながら恐る恐る訊ね返す。

するとフルフルと首を横に振ってくれたので、ホッとを息を吐いた。


「んー、じゃあ急ぎの用事、なのかな? あれ、そもそも何で家精霊はそんな事解るの?」

『『『『『キャー♪』』』』』

「え・・・そう、なんだ。んー?」


どうもあの女の子は、山精霊が監視を指示されていたらしい。

だから見つけたら報告をという事で、さっき走って行った子がいるそうだ。

お菓子を一口しか食べられなくて悔しそうだったらしい。いやそっちはどうでも良い。

彼がここに来る理由は解ったけど、あの子を監視っていうのは何でだろう?


「・・・あの力に警戒して、なのかな。それぐらいしか私には思いつかないかなぁ」


あの女の子の魔力は凄まじかった。魔力量だけなら私を遥かに超えている。

街の治安を守る兵士さんにとっては、警戒をしておくべき相手だったのかもしれない。

とはいえ多分、あんまり警戒する必要も無い気はする。だってあの子あんまり強くないし。


家精霊との戦いを見た限り、技量が魔力総量に追いついていない感じがした。

それに多分あの子、戦闘に余り慣れていない。一つ一つの判断が遅い。

魔力量は目を見張るぐらい凄まじいけど、それを全く使いこなせていないと思う。


「んー、でも、どうしようかな・・・うーん」


彼が来るなら出迎えたい。来るのが解ってるのに留守にするのは申し訳ない。

けど弟子達を放置してって言うのも気が引ける。だって絶対メイラは今も頑張ってるし。


いやでもあっちにはパックも居るし、精霊兵隊さんも居るし、山精霊達も居る。

何より手を出すなって言われている事を考えると、リュナドさんを迎えた方が良いのかも。

あーでも私が気になる。メイラが大丈夫か凄く気になる。うう、一体どうすれば・・・!


『『『『『キャー♪』』』』』


・・・悩んでいる間にリュナドさんが来たらしい。物凄く早い気がするんだけど。

何て思っていると家精霊が扉を開け、庭を見ると完全武装のリュナドさんが立っている。

ただ彼は庭を見回してから私に目を向け、凄く困った様な顔になってしまった。

え、な、何だろう、私何かしたかな。むしろ今私が困ってるんだけど。


「監視をしていた娘がここに侵入して、家精霊と戦ってるって聞いたんだが・・・」


ああ、そっか、戦闘中だと思ったんだ。だから今日は完全武装なんだね。

多分急いで応援に駆け付けたから、こんなに来るのが早かったんだ。

家精霊の為に急いでくれたのは嬉しいな。相変わらす優しい人だ。


「・・・もう戦闘は終わった感じ、なのか? いやそもそも、戦闘してないのか?」


彼は庭を再度見回してから訊ねて来た。多分庭に戦闘の後が一切無いからだと思う。

あえて言うなら黒塊の塔が無くなった事ぐらい・・・いや、いつの間にか再建されてる。

何か拘りでもあるんだろうか。黒塊は何時も通り鎮座してるだけだけど。


「戦闘はあったよ。女の子が入り込んで、家精霊が対処してた。女の子は怪我しちゃったから、手当をして今は二階で寝かせてる。麻酔が効いてるから、夜までは起きないと思うかな」

「そう、なのか。はぁ・・・ったく、頼むから情報は正しく寄こせよお前等。焦るだろ」

『『『『『キャー!』』』』』

「・・・ああそう。うん、お前らはそういう奴らだよ。知ってた」


山精霊はリュナドさんの文句に対し、むしろ自分達が気に食わないとばかりに鳴き返す。

すると彼は項垂れてしまい、また大きく深いため息を吐いてしまった。

一体何を言われたんだろう。けど納得してるみたいだし良いの、かな?


「取り敢えず・・・その娘の処遇は、どうするつもりなんだ?」

「・・・へ?」


処遇って・・・ああ、そっか。彼は中途半端に聞いてるから勘違いしてるんだ。

あの子は確かに庭に入って家精霊と戦ったけど、そこには何か誤解がある。

けど彼は兵士さんとして、人の家に入った人の処罰を考えているんだろう。


んー・・・私としては、取り敢えず事情を聞いてあげたいんだけどなぁ。

だってほら、良く解らない内に悪い事にされるのとか、凄く嫌だし・・・。


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『『『『『キャー!』』』』』

「っ、マジかよ・・・!」


事務仕事をしていたら、突然慌てた様に山精霊達が部屋に突撃してきた。

慌てていたからなのか扉が弾け飛び、今も俺の前でキャーキャーと騒がしい。

最早怒っているかの様な勢いで鳴いている。


『監視してた子が主の家に現れて家と戦って、今主も家に居る』


よりにもよってそこに突っ込むのかよ、とは多少思う物の予想外という程でも無い。

正直予想はしていた。だから俺が驚いたのは、もう一つの部分だ。

セレスが家に居るのに、俺に応援を頼んだ。つまりそれだけの一大事。それだけの相手。


「・・・っ、ビビんな、あそこで暴れてるなら、セレスが抑えられなかったらお終いだろ」


今までならきっと呼ばなかったかもしれない。けれどアイツは俺を呼び出した。

それはきっと、竜神相手に使った力を頼りにしての事だろう。

つまりあの鎧が要る。装備が要る。精霊が要る。俺が使える全てが要る。

震える腕と足を押さえつけ、覚悟を決めて顔を上げる。


「待ってろよ・・・!」


書類を投げ捨て、出来る限り早く装備を身に着け、部下に出てくる事を告げた。

俺の慌て様に驚かれてしまったが、今は気にしている時間が惜しい。

そして精霊に頼んで魔力を通して貰い、家屋の屋根を伝ってセレスの家へ急ぐ。

途中で身体強化も済ませて――――。


「・・・あれ?」


けど実際に庭に辿り着いてみれば、何時も通りの平和そうな庭だ。

違う事と言えば、黒塊の塔が変わってる事ぐらいか。

戦闘をしたらしき跡が無くて困惑していると、セレスが家から出て来た。


困惑したまま事情を聞くと、どうも戦闘は既に終わった後だそうだ。

娘の身柄も確保して、麻酔で眠らせていると。

じゃあ何で俺はあんなに慌てて呼ばれたんだ。つーかちゃんと事実を伝えろよ。

そう思い山精霊に文句を言うと、逆に文句で返された。


『報告でお菓子あんまり食べられなかったんだもん! 早く帰らないと無くなるでしょ!』


状況を知って脱力し、精霊の慌てた理由に再度脱力した。もう倒れ込みたいぐらい。

俺これでも結構な覚悟してきたんだぞ。セレスが応援頼む程の大事だと思ったんだから。

あーもうヤダ。なんかもう全部やだ。今日はもう仕事したくないぐらい疲れた。


・・・って訳にもいかないよな。取り敢えず娘の今後の扱いは話しておかないと。

この状況になってもしらばっくれる、って事は流石のセレスでもしないだろ。


「取り敢えず・・・その娘の処遇は、どうするつもりなんだ?」

「・・・へ?」


けれど俺の予想とは裏腹に、セレスは物凄くとぼけた顔で首を傾げた。

それはむしろ惚けているというよりも「何言ってんだお前は」と言われている気がする程に。

・・・待って、俺絶対おかしくない。うん、俺は普通。お前の読みがおかしいだけだから。


「えっと、どうもあの子は誤解があるみたいだから、取り敢えず事情を聞こうかなって。だから聞いた上で困ったら、リュナドさんに相談して良いかな」


つまり自分が対処するから今は手を出すな、って事か。随分方針を変えたな。

それに先の行動が完全に未定か。本当に未定なのかどうかは怪しい所だが。

まあセレスがそう言うなら構わない。むしろ任せた方が俺としては安全だしな。


問題無く捕らえたって事なら、万が一も無いんだろうし。なら精霊の監視も要らないか。

つかセレスがこういう時点で、下手な事はせずに待機してろって事だろうし。


「・・・そうか、解った。じゃあ俺はこの件からは手を引く。あの娘の事は任せるよ」

「ん、ごめんね、焦らせて。ありがとう、急いで来てくれて」

「これが仕事だからな。まあ問題が無いならそれが一番だから別に良いよ」


何より肩の荷が下りた。これで訳の分からない相手に警戒する必要は無くなったし。

とはいえこの後セレスが娘から何かを聞いて、どういう行動をするのかは怖くは有るが。

うん、今は考えない様にしよう。つかの間の平和を享受しよう。絶対つかの間だと思うから。


「あれ、そう言えばメイラと殿下は・・・荷車が無いって事は、どっかに出かけてるのか?」

「ん、二人は買い出しに行ってるよ。私も途中まで一緒だったんだけど、あの子が戦ってるって山精霊から報告受けて、一人だけ帰って来たんだ。多分まだ二人共買出し中だと思う」


あーはいはい。もう全部解った。侵入されたんじゃなくて、誘い込んだんじゃねえか。

っていうかそこで俺より先に報告させる様にしてる時点で、完全に確信犯じゃん。


ご丁寧に弟子が危なくない様に、一人で帰って来た辺りは警戒はしてたんだろうけどさ。

ああ、精霊達の呼び出しもわざとか。俺に早く事情を伝える為に焦らせたのか。

俺に警戒を促したのは万が一に備えてであって、本命じゃなかった訳だ。


「・・・俺書類仕事放り投げて来たから、もう帰るな」

「あ、うん。じゃあね、リュナドさん。今日は本当にありがとう」


ニッコリと優しい笑みで告げるセレスに、疲れた笑みを返してその場を去った。

その笑顔どういう風に受け止めたら良いのか解んねえよ・・・。

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