第382話、事情を聞くもやっぱりよく解らない錬金術師

「カルアなんて・・・知るか・・・!」


取り敢えず手当に行こうと、庭に降りたらそんな呟きが聞こえた。

カルアって、アスバちゃんの事だよね。彼女の事は知らないって・・・うん?


「・・・アスバちゃんを知らないって・・・何か勘違いでもあったのかな」


良く解らないけど、何か行き違いでもあったのかな。

だけど家精霊は喋れないはずだし。あ、良く見ると黒板持ってる。

いやでも何も書いてないね。単に消しちゃっただけなのかな?


その思いから呟きが漏れると、少女は私をギッと睨んだ。

思わずビクッと構えてしまい、けれど事実を確かめようと頑張って話しかける。


「・・・もしかして、間違えて、ここに入っちゃった感じ、かな」


頑張って話しかけてみたものの、少女からの反応は無い。

わ、私何か訊ね方間違えたかなぁ。合ってると思うんだけどなぁ。

ビクビクしつつ少女の反応を少し待ってみるも、やっぱり少女は応えてくれない。


いや、違う。これって答えてくれないんじゃなくて、応えられないんじゃないかな。

私を睨んでいるけど、若干焦点が合って無い。目が虚ろだ。

疲れと痛みで意識が飛びかけて、ただ無意識に構えているだけなのかも。


そう思い家精霊にお茶をお願いして、手当を優先しようと少女の傍に寄る。

すると少女は私にも攻撃されると思ったのか、庭の端までずりずりと後ずさって逃げだした。

無理をしない方が良いと言ってみたけど、少女はやっぱり虚ろな目で私を睨みつける。


うう、ちょっと怖い。虚ろなのに目に凄い圧が在る。

下手な事をすれば攻撃されそう。怪我した野生動物の子供の様だ。

多分状況をよく認識出来てないからこうなってるんだろうなぁ。


「・・・助けてあげるから、今はちょっと、お休みしてて、ね」


とはいえ怖いからと放置は出来ない。あの足は間違いなく骨折してる。

ただ下手に手を出しても暴れそうだし、少しの間眠って貰おうかな。

そう思い魔法石を取り出し、精神に作用する魔法石を使う。

高ぶっている気を収めさせ、体が望むまま休息を求める様に。


山精霊の石の効果に近いけど、私のコレはほんの少しの間しか効果が無い。

だから普段は余り意味が無いけど、こういう時だけは役に立つ。

疲れてるのに無理をする人を、無理矢理寝かせるには効果的だ。


勿論この魔法を使われると判断されて、構えるか結界を使われたら効かないけど。

今回は問題無く効いた様だ。少女は瞼が落ちるのを我慢出来なかった。

少女が意識を落としたのを確認して、倒れる前に受け止める。


「よし、上手く行った・・・ええと、取り敢えずこれ飲ませてと・・・」


眠る少女の口に、粉薬と水をゆっくり流し込む。

少し強めの痛み止めだ。これで足の痛みで起きる事は無いだろう。

治療の麻酔薬は別で使うけれど、先ず家に運ぶ段で起こしちゃ不味いからね。

眠剤の効果も多少あるから余計に起きないはずだ。


「山精霊達。この子の治療するから、器具の消毒をお願い。解らなかったら家精霊に聞いて」

『『『『『『キャー!』』』』』』


山精霊達が元気よく応え、わらわらと家へ向かって行く。

これで待っている間に準備は終わるだろう。


「・・・もうそろそろ良いかな」


薬が効いたと判断した頃合いに、少女を優しく抱きかかえる。

そして作業部屋に入って薬棚から薬を取り出し、少女の足の状態を触って確認。

折れてはいるけど、綺麗に折れてそうな感じだ。これならすぐ終わる。


「すぅ・・・はぁ・・・」


切り開いて治す場合、速度が命だ。血の流れは命の流れだ。

竜の薬を使えば血の減少にも対応出来るとはいえ、それにばかり頼ってはいけない。

手元にあの薬が無かった時、もしくは薬を使い切った時、何も出来なくなるのだから。

勿論ある物は全て使う。けれど出来る限り負担を減らして最速で終わらせる。


「よし」


先ずは少女に軽い麻酔薬を飲ませ、足には浸透する強めの麻酔薬を塗る。

そして極力小さく済む様に肉を切り開き、折れた骨を目視確認。

やはり綺麗に折れていた様で、砕けて複雑にという事は無い。


これなら骨を合わせて固定し、肉を縫い合わせて安静にしているだけでも治るだろう。

とはいえ効く薬が有るのに態々治すのを遅らせる意味もない。

薬を患部に使い、骨が薄く繋がったのを確認して、切り開いた肉も綺麗に塞ぐ。


「ん、これで大丈夫、かな」


肉も皮も綺麗に塞がり、傷跡も見えないのを確認して満足して頷く。

現状求められる最短最速で終わらせた。これなら切り開いた影響も少ないだろう。

あとは血を拭いて・・・楽な服に着替えさせてベッドに寝かせておこう。


「山精霊達、後片付けお願いしても良いかな?」

『『『『『キャー!』』』』』


何だかんだと良く働いてくれる精霊にお願いし、私は少女を連れて二階へ。

ベッドに寝かせたら下に降りて、家精霊が用意してくれたお茶を貰った。

因みに山精霊達は働いた報酬にお菓子を貰ったらしく、嬉しそうにはしゃいで舞っている。


「えっと・・・先ずは家精霊に事情を聞きたいんだけど、良いかな?」


お茶を一口飲んでから訊ねると、家精霊は『勿論です』と小さな黒板に書いて返した。

勿論後であの子にも聞くけど、先ずは先に聞ける相手から聞いた方が良いだろう。

そうだなぁ。先ず何から聞こうかな・・・。


「あの子は知ってる子?」

『いいえ』

「それじゃあ・・・迷い込んできた子、なのかな」

『いいえ』

「目的が有って侵入してきたの? 理由は知ってるの?」

『理由を訊ねようとしたら、攻撃されてしまいました』


んー・・・家精霊を脅威と感じて、先制攻撃をした感じなのかな。

あれ、でもそれじゃ「カルアなんて知るか」という発言の意味が良く解らない。

てっきりアスバちゃん関連で、何かしら誤解があったのかと思ってたんだけど・・・。


「うーん、そうなると、あの子が起きてから話を聞いた方が早いかなぁ」


首を傾げながらそう呟くと、家精霊は少し困った様な顔をした。

そして少しの間『ん~』と唸る様な様子を見せてから黒板に書きだす。


『その方が宜しいかと』

「ん、そっか、解った。そうするね」


悩んで出した家精霊の答えに頷いて返すも、何故か変わらず困った顔のままだった。

何でだろう。聞いても『お気になさらず』って返されるし・・・変な我慢してないと良いけど。


それにしてアスバちゃんかぁ・・・今どこらへんなのかなぁ。

もう結構経ってるし、流石に向こうの国には着いてる、よね?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「本日は此方の宿に泊まる事になります」


この国に来て何度目かの宿泊。勿論宿はきっちりと選んだのであろう。

明らかにお高そうな外観と、教育の行き届いている従業員の姿。

だがそれを見て、溜息を吐きたくなるのは私だけではないはず。


「・・・まだ到着しないのですね」

「まことに申し訳ありません、何分港から首都は遠く・・・」


侍女の当然な問いに対し、宿を決めた者からの返答に心の中で大きな溜息を吐く。

この国に来て『迎えの者』と告げた者達に連れられ、手紙の主に合う為移動を続けて暫く。

最早船旅とどちらが長かったと思う程に、長々と移動をさせられている。


確かにこの国の港から首都までは遠い。それは地図を見た以上間違い無い事実だ。

どうも国外からの船はわざと遠い所に出入りさせているらしい。

だから時間がかかるのは当然だが、余りにもかかり過ぎだ。

明らかに遠回りをしている。まさか気が付いてないと本気で思っているのだろうか。


「お部屋に案内致します、聖女様、王子殿下」

「・・・ええ、お願い致します」

「宜しく頼むよ」


胸の内の若干の苛々を抑え、優しい声音で応えて付いて行く。

殿下は心なし楽しそうだ。理由は何と無く解っている。

勿論私と殿下は別の部屋。私は侍女侍従と共に、彼は護衛と共に部屋に通される。


部屋の外ではこの国の者が警護する手はずだが、信用など一切していない。

彼らは敵だ。少なくともそう思っていた方が良い相手だ。

部屋に通され椅子に腰を下ろすと、もう一つの椅子に侍女がドカッと座った。


「ったく、何時まで移動させる気かしらね。面倒臭いったらありゃしないわ」

「同感だ。これなら早々に罠を仕掛けてくれた方がありがたい」


侍女のふりを止めたアスバ殿に、同じ気持ちで頷き返す。

勿論私も聖女様を止めて、被っていた帽子と布を放り投げた。


テオは特に何を言うでもなく、扉越しに外の様子を窺っている。

あの子はこの国に来てから基本的にあの調子だ。護衛のつもりらしい。

剣にならないのは、今は私が下手にあの子を振るうより単独の方が強いからだ。

実際テオと組み手をやると、100戦やって100回負けるから何も言えない。


「ほーんと、何時になったら案内するつもりなのかしら」

「首都からの連絡が届いてから、なのだろうな」

「んな事解ってるわよ。私が言ってるのはそれが何時かって話よ」

「それこそ私に当たられても困る」

「「・・・はぁ」」


彼女もいい加減この時間稼ぎに苛々しているのか、私に対して偶に当たる。

だが当たられた所で事態は変わらない。むしろ私だって苛々しているんだ。

というのがお互いに解っているからこそ、最終的に出るのは溜息だったりする。


「しっかし、ホント何が有ったのかしらね。本当は迎えだってなかったはずなのに」

「彼らが国の印の入った書類を見せてきた以上、余程の事だとは思うのだがな」


そう、本来は私達に迎えなど無かった。向かうという旨と、その許可が下りただけ。

だから道中『賊』に襲われる心構えで、この国の首都まで向かうつもりだった。

実際待っていたのは国からの迎えの集団。それも馬鹿に丁寧に扱って来た。


「私さ、何となく予感がすんのよね。ほら、前にも私とアンタで王都に行ったじゃない」

「セレス殿が何か手を回した、と?」


アスバ殿に言われる前から、少々同じ事を考えていた。

彼女が何かしたのでは。もしくは今やっているのではと。

それか彼女の思惑通りに、国の要人の誰かが何かやらかしたとか。

どうしても何か彼女が行動を起こしていると、そう思わずにはいられない。


「いや、だが今回はそんな事は・・・だって国外だし流石に・・・」

「アイツがんな事気にする女だと思う? いえ、この場合違うわね。アイツがその程度の事を、障害と感じる人間だと思うの?」


そう言われると弱い。だってどう考えても彼女にとって障害になると思えないんだもの。

殿下の機嫌が良いのも、多分彼女が何かしたと考えてるからだと思うのよね・・・。

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