第381話、山精霊の大変に応える錬金術師。
『『『『『キャー!』』』』』
「ん?」
自分の情けなさに膝を抱えながら落ち込んでいると、突然精霊が慌てた様子で入って来た。
そして全員キャーキャーと騒いでいて、やっぱり凄く慌てている事は良く解る。
「・・・どうしたの?」
『『『『『キャー!』』』』』
「いや、えっと、うん。大変なのは解ったけど、何かあったの?」
でも『大変大変!』しか伝わって来なくて何も解らない。
よっぽど慌てているんだろうけど、もう少し落ち着いて欲しい。
念の為チラッと二人を見てみたけど、あっちは特に異常は無さそうだ。
『『『『『キャー!』』』』』
「・・・家精霊が暴れてる? また何かいたずらしたの?」
『『『『『キャー!』』』』』
「しないもんって・・・でも普段それで良く怒られてるし」
『『『『『キャー・・・』』』』』
あ、目を逸らした。自覚はあるらしい。むしろ無かったら困るけど。
けどそれでも『今回は違うもん』と精霊は再度訴えて来た。
と言う事は家精霊に何かあったんだろうか。うーん、要領を得ない。
「メイラが居ればすぐ解るんだけど・・・邪魔は出来ないしなぁ」
まだ頑張って買い物を続けているのを見て、どうしたものかと慌てる精霊達を見る。
首を傾げてうーんと唸ると、何故か精霊達も同じ様に唸る。いや、君達のせいなんだけど。
んー・・・仕方ない。私だけ一旦戻ろう。家精霊の様子を見に行くのが一番早いと思うし。
「私は先に家に戻ってるって、誰かメイラに伝えておいてくれるかな」
『『『『『キャー!』』』』』
精霊達にお願いして絨毯を広げると、全員手を上げて元気よく鳴いた。
付いて来るつもりは無い様だ。やっぱり君達がいたずらした、とかじゃないよね?
「・・・まあ、いいか」
それならそれで、家精霊から事情を聞いて宥めれば良いだけの話だ。
勿論自業自得なら好きな様にやらせるけど。だっていたずらした方が悪いし。
そう思いつつ絨毯を飛ばし、全速力で家へと向ける。
「ん? なに、あれ・・・」
家が見えて来ると、庭の中で色々魔法が使われている様に見えた。
いや、使われてる。地火風水。あらゆる魔法が庭で放たれている。
ただしその魔法は全て、庭という境界を超える事が無い様だけど。
「超えないのは多分、家精霊の結界の力、だよね」
家に結界が有る事は知っている。黒塊もそれで閉じ込められている訳だし。
ただ実際に結界を防御の為に機能させているのは、初めて見たから少し面白い。
しかもどうも、見る限り効果は『庭にある全ての物』にある様に見える。
中々激しい魔法が庭の中で放たれているのに、家どころか干してるシーツにも被害がない。
つまりあの結界は単純な領域防御ではなく、領域にある物全てに作用する結界という事だ。
むしろあの様子を考えると、家具を武器に転用する事も出来るんじゃないだろうか。
「・・・戦闘・・・いやでも、戦闘というには・・・うーん?」
そして魔法を放っているのは見知らぬ少女で、家精霊は殺気を放ちながら全て打ち消している。
いや、実際は逆かな。家精霊の攻撃を、必死で迎撃しようと魔法を放っているって感じだ。
家精霊の攻撃は単純明快。魔力の塊を衝撃波に変換してぶつける。本当にただそれだけ。
あの使い方じゃ大した威力は本来出ない。あの魔法は本来効率の悪い魔法だ。
けれど実際の結果は、凄まじい衝撃が庭の中を走り回っている。
家精霊が手をかざす方向に、ドンっと音が何度も響く。
それは精霊だからこその力とでも言えば良いのか、明らかにおかしな威力だ。
当たれば確実にダメージの有る威力。この時点で込められている魔力量がおかしい。
「きゃっ!? くっ・・・このっ・・・!!」
その魔法を放たれている少女は、必死になって防いでいる。
時に結界で防御し、時に魔力の流れから魔法で打ち消し、時に全力で飛びのいて躱す。
必死の形相で家精霊の攻撃に対処して、偶に反撃の魔法を放っている。
その結果当たらなかった魔法は結界に阻まれ、当たる魔法も家精霊が手を振り払うと消える。
少女の魔法は一切家精霊に通じていない。そして家精霊の魔法は偶に少女の結界を超えて行く。
直撃を食らった少女は吹き飛び、結界にぶつかって地面に落ちる。
けれど即座に起き上がってまた魔法の準備をして、それを確認した家精霊が再度衝撃波を放つ。
そんな様子が何度も繰り広げられている。少女が何度食らっても、何度も立ち上がる様子が。
「・・・どう見ても、加減してる、よね」
暴れていると山精霊は言った。けれど家精霊の様子を見るに、かなり加減をしている気がする。
あの衝撃波は確かに脅威だ。見てから防御は間に合わない。常に構えている必要が有る。
ただし大前提としてあの魔法は威力が低い。結界越しでは少女を殺せない程に。
けど多分、多分だけど、本気ならもっと威力を上げられるはずだ。
それこそあの少女を吹き飛ばす程度に。魔法で相殺されない威力に。
今の家精霊からは、それぐらいの魔力が迸っている。
竜との戦いの時、アスバちゃんから感じた魔力量と同じぐらいに。
絶対強いとは思っていたけど、やっぱりこれぐらいの実力はあったんだね。
むしろまだ抑えている様子なのを考えると、本気ならもっと強いんだろうな。
「・・・訓練、みたいに見えるなぁ・・・でも知らない子だしなぁ・・・」
少女が防げるギリギリの力。ずっとそんな感じで魔法を放っている。
殺す気の攻撃には見えない。威圧感は有るけどそれだけだ。
いや、殺気は有ると言えば有るんだけど、やっぱり何と言うか、加減してるし。
少なくとも侵入者の撃退、って感じには見えない。
だからまるで訓練でもしてる様に見えて、少し困惑している。
迎撃の魔法の威力を見て、少し威力を落として放っている時もあるし。
ただ少女は若干涙目で、足もガクガク震えてそろそろ限界っぽく見えるけど。
「にしてもあの子凄いな。どれだけ魔力が有るんだろう・・・」
家精霊は手加減をしているけれど、それはあの少女相手だからそう思える程度でしかない。
相手がメイラやパックなら手加減とは言えない。あの二人じゃ絶対対処出来ない威力だ。
そんな力に対抗するだけの魔法を、少女は何度も何度も放ってそれでも魔力が尽きない。
「それに、何となく、アスバちゃんに似てる様な。いやでもちょっと違うけど・・・かなり質が似ている。この間感じた魔力って、もしかしてあの子、だったのかな」
因みに山精霊達は結界をバンバン叩いて出たそうにしている。
どうもあの子達も閉じ込められているらしい。
ただ途中で一体が私に気が付き、周りに声をかけて全員が私に目を向けた。
『『『『『キャー!』』』』』
今のは凄く伝わった。助けて主ーって。大変ってそういう事か。
まあ君達、さっきから巻き添えで吹き飛んでるもんね。
あの魔力量の感じじゃ、小さいままの山精霊達じゃ対抗出来ないだろう。
「でも多分、大きくなれば防御ぐらいは出来る様な・・・」
『キャー』
「あ、そうなんだ」
頭の上の子が教えてくれたけど、どうも今の家の結界内では一つになれないらしい。
だから山精霊達は皆、魔法が飛び交う庭の中を逃げ惑っていると。
なら偶々結界の外に居た子達が私に助けを求めて来た、って事なのかな?
「・・・まあ、女の子も限界っぽいし・・・助けに行こう・・・あ、今のは不味い」
少女が防御も出来ず足に衝撃波を食らった。家精霊も『しまった』って顔してる。
あれは折れてる。家精霊は私に気が付いていたらしく、凄く困った顔を私に向けた。
やっぱり怪我させる気は無かったみたい。なら早く手当てしてあげなくちゃ。
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心が折れる音。というのを知った気がした。
それはポキリ、という軽い物じゃない。
ゆっくりと、完全に折れない様にゆっくりと曲げられた。
まるで折れる限界を見極める様に。折れない加減で調整する様に。
細い金属を何度も何度も曲げて、最終的に折れてしまうかの様に。
音なんて無い。自らの限界で音もなく折れる。そんな心の折られ方。
容易く折れさせて貰えない。そんな簡単に終わらせて貰えない。
ゆっくりと、じわじわと、何も出来ないのだと、体に教え込まれる絶望。
「ぐうっ! ぐそぉ・・・!」
解っている。明らかに手加減をされている。死なない様に調節されている。
放たれる殺気と魔力とは裏腹に、私が防げるギリギリの威力で攻撃されているのだから。
死にたくないと、殺されたくないと、そう私が必死になって防ぐ様に。
けして諦めない様に。諦められる威力じゃない様に。
防げば生き残れると、もしかしたら倒せる可能性はあると、そう思わせる威力。
けれど違う。続ければ続ける程解ってしまう。アレは別格の存在だ。
きっと心が完全に折れた時、あの化け物は私の命を絶つんだろう。
だから余計に折れられない。もう心は折れ曲がっているのに立たされてしまう。
生にしがみ付く自分は、死の覚悟なんて出来てなかった自分は、立って戦うしかない。
『――――――代われ』
いやだ。私は私だ。私がカルアだ。絶対に代わってなんかやらない。
きっと代わればアレに対抗出来る。私も弟と同じ様になれる。
けれどそれは、きっとそれは、私にとっては死ぬのと変わらない・・・!
「・・・そうだ、私は、生きて・・・生きてやるんだ・・・!」
ああ、そうだ。私は生きたい。死にたくない。たとえ弟の為だとしても。
自らが死んでもアスバ・カルアを殺すなんて、そんな覚悟なんて本当は出来てないんだ。
死にたくない。生きていたい。生きて、また、弟に会いたい。
「カルアなんて・・・知るか・・・!」
何処までも本音が漏れる。死の間際が故か魂の叫びが口から洩れる。
私は私だ。私という人間だ。私が私として生きて何が悪い。
何で一族の恨みに振り回されなきゃいけないんだ。私は・・・私は・・・!
「・・・アスバちゃんを知らないって・・・何か勘違いでもあったのかな」
思わずビクっと震え、声のした方を見た。何時の間にか現れた仮面の人物を。
何時から居たのか解らない。戦闘に必死過ぎて本当に気が付かなかった。
けれどその人物は、錬金術師は低く響くような声音でそう言った。勘違いだと。
「・・・もしかして、間違えて、ここに入っちゃった感じ、かな」
そんな訳が無い。絶対にそんな事を思っているはずがない。彼女は全て解っているはずだ。
家を出て行く前に私に気が付いていた。こんな解り易い罠を張っていた。
そもそもこの家に辿り着くには、それだけの目的と技量が無いと不可能だ。
だから彼女は解っているはずなんだ。私が一体何者なのか。
「・・・家精霊、お茶の用意してあげて。私は・・・彼女の手当をするから」
家精霊。そう呼ばれたものは、指示されると魔力を抑えて家へと入って行った。
そして錬金術師は言葉通り何かしらの薬を手に、私へと近付いて来る。
得体のしれない薬に危機感を感じ、逃げようと思ったものの足が言う事を聞かない。
「うぐっ・・・いつっ・・・!」
体に限界が来ていた。そうか、だから彼女は現れたのか。
もう私が脅威ではないと判断し、そして逆らう事が出来ないと思わせる為に。
一体私はどうなるのだろう。あの薬は一体何なのだろう。くそっ、動け・・・!
「・・・無理しない方が良いよ。折れてると思うし」
ずりずりと手であとずさり、けれど結界に移動を阻まれた。
どうしようもない絶望を持った私に、けれど彼女はもう抵抗するなと告げる。
そして私の前にしゃがみ込むと、懐から水晶の様な物を取り出した。
「・・・助けてあげるから、今はちょっと、お休みしてて、ね」
―――――助けてあげる。
それは一体何からなのか。単純に怪我の事だけを差しているのか。
彼女の言葉に問い返す事が出来ず、私の意識は落ちた。
ただ願うなら、叶うなら、助けて欲しい。私を、助けて欲しい。
カルアという呪縛から、私を、助けて、欲しい。
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