第380話、買い物を陰から見守る錬金術師。

街道に出て精霊兵隊さんに事情を話し、私は再度荷車に引っ込もうとする。


「・・・?」


その時何処からか視線を感じ、感じたままに山の方を見つめる。

ただそこから少し視線を彷徨わせるも人は視認出来ない。

けど見られている。どこかから私を見ている。

もしかしたら人じゃないのかもしれない。


「・・・敵意って感じ、じゃない、と思うけど」


少なくとも殺意や害意を持って見ている感じじゃないとは思う。

観察されている、感じかなぁ。それはそれで少し怖いけど。

気になるけどメイラは行く気満々だし、今は放置するしかない。


「では、先導いたしますね、メイラ様」

「は、はい、よろしく、お願いします・・・!」


精霊兵隊さんに応え、ゆっくりと荷車を動かしていくメイラ。

私はハラハラしながら、荷車の奥でじっと待つ。

待ってるだけなのに凄く疲れる。何だろうこれ。


そうして凄く疲れる移動を終え、市場に来て荷車を降ろす。

当然予定通りメイラ達だけで市場に出て行き、私は荷車でお留守番だ。


「ぜったい手助けしに来ちゃ、駄目ですからね。嫌ですからね・・・!」


だって出て行くときにそんな風に言われたんだもん。

どれだけ心配でも出て行けない。私に出来るのは荷車からこっそり見守るだけだ。


「こ、これ、樽に一杯、お願いします・・・」

『『『『『キャー♪』』』』』

「はい、ありがとうございます。すぐにお入れしますね」


メイラが少し強張りながら店員に頼むと、精霊達が抱えていた樽を目の前に置く。

店員はそんなメイラに笑みで応え、樽の中に商品を詰め始める。

パックはその様子を背後で見守りつつ、軽く周囲への警戒もしている様だ。


「大丈夫そう、かな・・・でも震えてるなぁ・・・」

『キャー?』


ああハラハラする。自分で買い物に行くより心臓の動きが早い。

でも市場の人達は皆優しいのが解っている。だからきっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせて、我慢して荷車の中から動かない様に頑張っている。


「・・・パックは付いて行ってるのになぁ」

『キャー・・・』


ちょっと拗ねた気持ちが口から洩れると、精霊に頭を撫でられてしまった。

おかしいなぁ。何で私が慰められてるんだろう。

何だか今私が一番情けない様な気がして来た。多分気のせいじゃない気がする。


因みに二人から少し離れた位置に精霊兵隊さんも警戒してくれている。

だから万が一何かあったとしても、彼が守ってくれるだろう。


彼らには何度か一緒に差し入れをしているからか、メイラも他の人よりは大分慣れている。

だから近付いても大丈夫だと思うんだけど、気を遣って離れているらしい。

守る為には少し離れた方が警戒し易い、と言っていたので丁度良い距離なのかもしれないけど。


「ううぅ・・・時間が長いよぅ・・・買い物終わるまで耐えなきゃいけないのかなぁ・・・」


何時もなら私一人待ってて良いなんて、至福の時間以外の何物でもないのに。

お母さんやライナは私を見てる時、こんな気持ちだったのかなぁ。

二人は凄いなぁ。私は今すぐにでも出て行ってあげたくなる。


「・・・いや、私の場合、頑張ってないか」


メイラに自分を重ねようとしたけど、自らを振り返ると全く重ねられなかった。

私なら自ら頑張って買い物なんてしない。むしろ聞き返されて逃げ出した事を思い出す。

だめだ、余計に情けなくなって来た。自分とメイラの差に悲しくもなって来た。


「はぁ・・・そんなに早く一人前にならなくて良いのになぁ・・・」


情けなさからくる深いため息の後、そんな言葉がふいに漏れた。

ただ口にしてから、その言葉の意味を自ら深く自覚する。

今私は心配をしている様で、単純にあの子が独り立ちするのが寂しいのだと。

可愛い弟子が大変な思いをしている事よりも、自分の事を優先したんだ。


「うう、やっぱり情けない・・・」


元からあの子がしっかりしているのは知っている。そんなの最初から解っている。

パックなんて尚更だ。あの子は私の下に来る前からしっかりしていた。

二人は錬金術の腕が低いだけで、それ以外は私より全て上なんだ。

きっとその気になれば何時だって独り立ちできる。


「・・・お母さんは私を追い出したけど・・・私は二人を追い出せないよ」


あの子達が居ない生活が想像出来ない。帰って来ない生活が想像出来ない。

前に暫く出かけた事は在ったけど、アレは帰って来ると思っていたから耐えられた。

もしあの子達が独り立ちすると、帰って来ないなんて言い出したら、私は・・・。


「・・・ぐすっ・・・涙出て来た。ああ鼻水が・・・ずずっ」


真剣に想像すると思わず泣きそうになるどころか、軽く泣き出してしまった。

ああ、駄目だ。心配するどころか、私が心配されそうな様になっている。

ちょっと引っ込もう。二人なら大丈夫だ。精霊達だってついてるんだし。


「はぁ・・・一人前に、何時かなれるのかなぁ・・・」


私よりも弟子達の方が、一人前になる日が早い気がする。


『キャー!』


僕は一人前だよだって。でも君何時も家精霊に叱られてるよね?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


姿を隠して近付いて来るものが居る。山精霊達を欺いてここに近付いてきている。


『・・・この間の者でしょうか』


家の中を探られるような、体の中を覗かれる様な嫌な感触。

そんな魔力を以前感じ、以降弾く様に結界を張りなおした。


私の判断は正解だったらしく、その後も何度か探る気配が在った。

全て弾いて返したけれど、見えないなら直接来る事にしたらしい。

何が目的かは解らない。ただし悪意を持っての訪問で有るならば。


『少々お灸を据えてあげましょう』


侵入者が結界内に入り込み、そのまま出られない様に閉じ込めた。

どうやら少女の様だ。慌てて声を上げる辺り余り戦い慣れてないのかもしれない。

それとも実力に自信が有るからこそ、そんな事に気を回していないだけ―――――。


『・・・アスバ様に似ている。けど似ていない。山精霊達が言っていた通りですね』


ここ数日山精霊達は、とある少女の監視を命じられていた。

指示をしたのがリュナド様だったせいか、その監視は少々緩い。

見失ったら『しかたないよねー』などと言い出す始末。


けれどだからこそ、彼女はリュナド様に更に警戒されてしまった。

山精霊達は分かれていれば弱いとはいえ、精霊なのは間違いない。

ならばその強さは普通の人間とは比較できず、監視を撒くなど出来るはずがない。


『お菓子に誘われたから見失ったー。仕方ない仕方ない。もぐもぐ。おいしぃー』


等という者は論外だけれど、それでも普通精霊には敵わない。

私達はそれが解る。感覚的に理解出来る。知識ではなく本能がそう告げる。

その本能が『アレはアスバ様と同種だ』と叫ぶ。


『・・・お灸を、等という意識は、少々不味いかもしれませんね』


彼女から洩れる魔力量は普通の人間のそれではない。

警戒して練り始めた魔力は、明らかに山精霊が吹き飛ぶ量だ。

あれはあの子達では敵わない。だからこそ混乱してただ慌てているんでしょう。


主様が傍に居れば少々頼りになる精霊だけれど、今回は戦力になりそうにない。

黒塊も同じ。アレはメイラ様が絡まなければ働く気は無い。

そもそも動かれると面倒なので、そのままじっとしていている方がありがたいけれど。


『いらっしゃいませ、お嬢様。ご訪問の理由をお聞きしても宜しいでしょうか』


力を軽く解放しながら扉を開き、聞こえていないとは思うけれど問いかける。

案の定声は届いておらず、彼女はただ警戒の表情を強めただけだった。

一応念の為小さな黒板は持って来たので、先ずは相手の意図を聞いてから――――。


「切り裂け・・・!」


けれど黒板に文字を書こうとした瞬間、結界内を大きな竜巻が襲った。

単純な暴風ではない。その風の中に小さな刃になった風も大量に含まれている。

竜巻で身動きをとれない様にして、そのまま切り裂く魔法といったところか。

家も倉庫も庭も、何もかも全て吹き飛ばして砕くつもりでしょうね。


『うわー!?』

『僕達飛んでるー!』

『いたっ、痛い! この風痛い! 凄く痛い!』

『たーすけてー!』

『目が回る-!』

『まってまって、これ不味い! 僕達ほんとに不味い! 家助けてー!』


ただし結界を破壊する威力は無く、全て結界内だけで起こっている。

山精霊達は風にあおられて吹き飛び、情けなく鳴きながら喚くしかできない。

本当に情けない。アレが何時も『主の役に立ってるもん!』等という物の姿とは。


「っ、け、結界が壊せない!? この威力なのに!?」


少女は視線を上げて驚き、私も少々想定外。

ほぼ無詠唱である事は実戦的ではあるけれど・・・。


『もっと威力の有る魔法を想定していたのですが』


この程度私には通用しない。山精霊が少し吹き飛ぶ程度の魔法など論外。

私の領域内で好き勝手に蠢く魔力を、全て押さえつけて霧散させる。

一瞬で竜巻は消え、風の刃も消えた。ついでに山精霊達はバンっと音を立てて地面に落ちた。


『あいたっ!?』

『いたた・・・家酷い! 僕達も地面に押し付けた!』

『もー! 何で家はそーなの! 助けるならちゃんと助けて! でもありがと!』

『鼻が、鼻が痛い・・・!』


戯言は無視して少女に目を向ける。すると彼女は驚愕の表情で目を開いていた。


「なっ、そ、そんな・・・!?」


先程感じた気配。今も感じる嫌な物。それとは大違いにこの少女は弱い。

この結界に込められた魔力量を見定められないなら、完全に私の敵ではない。

感覚と結果の差異が少々気持ち悪いけれど、これならば何も問題は無いですかね。


「う、うそでしょ、こ、こんな力技・・・! それに、何なの、この庭・・・!」


少女は驚きながら周囲を見回し、私も軽く確認をしておく。

先程の魔法で出た被害は何も無い。庭の草木も、家庭菜園も、家も、倉庫も、全て傷一つない。

主様の帰るべきこの家は、何事も無く守っていられている。その事に心が充実する。


『底知れぬ力を感じましたので少々警戒しましたが・・・』


そして内にずっと溜めていた魔力を放ち、少女へと全力でぶつける。

今目の前に居る物が何か、誰に対し勝負を挑んだのか、その体に叩き付ける様に。

どちらが格上なのかを、戦う前から解らせる様に。カタカタと震える少女に容赦なく。


「ひっ・・・な、に、これ・・・う、うそ、でしょ・・・!?」

『先ずは対話と思いましたが、少々おいたが過ぎますよ』


先程の竜巻分は、お仕置きを受けて頂きましょうか。

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