第379話、買出しを出来る限り弟子に任せる錬金術師

出かける為に外套を羽織り、仮面を付け、最後に念の為装備の確認。

問題無しと判断したら家の外に出て、荷車の用意をしているメイラの元へ。

荷車も自由に動かせる様になったらからか、凄く嬉しそうに運んでいる。


若干揺れているけれど。あそこまで動かせれば良い方だろう。

精霊やアスバちゃんが凄いだけだし、比べるのは可哀そうだ。

私だって彼女と比べられたら困る。彼女の真似は無理だ。


「セレスさん、準備出来ました!」

『『『『『キャー♪』』』』』


私が家から出て来た事に気が付くと、大きく手を振るメイラ。

山精霊も同じ様に叫んで振っているけど、数歩で届く距離だからすごく煩い。

最近はこの騒がしさがとても心地良い。きっと昔の自分に言っても信じないだろうな。

まあこの子達だから平気なだけであって、知らない人は相変らず苦手だけど。


「あれ、パックは?」

「僕ならここに。樽の確認をしていました」


パックは荷車の中に居たらしく、ひょこっと顔を出した。

そしてさり気なく、ちょっと揺れて危なかったメイラを支える。


「メイラ、端に立つと危ないよ」

「す、すみませんセレスさん・・・パック君も、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず」


メイラはしょぼんとしながら荷車を降ろし、パックは笑顔で応えた。

因みにパックは荷車の練習に付き合っていたせいか、微妙に揺れる中でも安定している。

やっぱりこの子は基本的に運動能力は高いね。成長すればもう少し接近戦も行けそうかな。


何度か手合わせしてるリュナドさんも褒めてるんだよね。

自分と違って筋が良いから、数年すれば勝てなくなるって。

実際パックの筋は良い。それに戦闘に対する意識もしっかりしている。


ただリュナドさんに勝てるかというと、少し難しい気がするけど。

彼は確かに強くなかった。初めて会った頃の彼なら確実に勝てたと思う。

けど今の彼には、本気を出されたらきっと・・・。


「・・・無いんだろうなぁ」


多分あの優しいリュナドさんが私に本気を出す事は無い。

だからその想定はきっと実現しない。妄想の産物だ。

けれど何度想像しても結果が見えてしまう。私の敗北が。


勿論、真正面から正直に戦えば、という前提条件だけど。


何にせよあり得ない妄想だ。私も彼も、きっと本気では闘わない。

少なくとも私には出来ない。彼に本気で攻撃なんて絶対に無理だ。

そう思うぐらい彼に恩が有るし、何よりも彼の事が大好きだから。


「家精霊、行って来るね」


つまらない妄想を止めて家精霊に声をかける。

そして頭を撫でて笑顔を見てから荷車に乗り込み、またメイラの操作で荷車が浮かぶ。

相変らず少し安定しないけれど、これぐらいなら余裕で立っていられるかな。


「じゃ、じゃあ行きます・・・!」


メイラが気合を入れて宣言すると、低空で飛ぶ荷車が街道へと進路を取る。

凄く気合が入っているけれど、やる事はただの買出しだ。

とはいえ今日は初めてメイラが街中で荷車を操縦する。緊張も仕方ないだろう。


メイラは最近少しずつ人への恐怖が和らいでいる。

けれどそれはあくまで仮面を付けた上での事。

帰ってきて仮面を外すと、抑えていた恐怖から体が震える。


買出しの間だけでそれだ。けれど今回操縦をするという事は、常に表に顔を出すという事。

外が見えないと街中で操縦は出来ない。けれどあの子はあえてしたいと言い出した。

何時までも怯えている訳には行かないからと。もう最近は人との会話も大丈夫だからと。


「無理そうだったら、すぐに言ってね」

「だ、大丈夫です、頑張ります・・・!」


そして一度決めると、何と言ってもメイラはこう返してくる。

でもこの子の大丈夫ほど当てにならない物は無いんだよなぁ。

正直凄く心配。だけどこの子がしたいと言う以上止められもしない。


無理そうだと思ったら止める。その程度が限界だ。

そう思いメイラの横に座る。


「セレスさんは奥に居てくれて構いませんから・・・!」


するとそんな事まで言われてしまった。いや勿論私は助かるけども。

仮面を付けていても、私も人の視線は苦手だし。特に今日はリュナドさんが居ない。

けどメイラが大丈夫なのか疑問だ。それに様子が見えないから不安なんだけど。


「先生、僕が隣に居ますので。どうぞゆっくりと」

「んー・・・・・・・・・じゃあ、お願いするね」

「はい。お任せ下さい」


少し悩んだけれど、パックが隣に居るなら多分大丈夫だろう。

買出しの最中もメイラの限界を見極めて盾になってるし。

この辺りは私より余程信用出来る。任せた方が良いかもしれない。


『『『『『キャー♪』』』』』

「・・・そう、まあ、うん。お願い」


僕達が付いてるから大丈夫、という山精霊の言葉は余り信用していない。

物理的には守ってくれるだろうけど、精神的には無意味だ。

まあこの子達自身が傍に居る事で、少し気持ちが和らぎはするけど。


「じゃあ奥に居るから・・・何かあったら呼んでね」

「「はい!」」

『『『『『キャー!』』』』』


元気の良い二人と精霊の声を聞き、私は一人荷車の奥へと引っ込む。


『キャー♪』


違った。頭の上の子も一緒だった。今のは二人に対する声援かな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「―――――んく。あれか。うん、多分あれだ」


保存食を飲み込んで、細道から出て来た荷車を草木の陰から観察する。

牽く動物の居ない車。空を飛ぶ荷車。待っていた物で間違いない。

荷車には見える所に二人の人物が立っていて、見張りの兵士達の前で止まった。


「アレは・・・弟子の方かな」


何度もあの二人の事は見かけたし、情報収集して何者かも解っている。

問題はあの中に誰が要るのか。噂の錬金術師が居るのか居ないのか。

それによって行動が変わる。でも魔力で荷車の中を探る事が出来ない。


「はぁ・・・精霊さえ居なければ・・・」


いや、精霊が居るせいじゃない。悪いのは判断を間違えた私だ。

初手で失敗した。しっかり隠匿したつもりの探知に感づかれた。

そのせいで私の存在に気が付かれ、精霊達から監視されるようになったんだ。


まさか車から降りた瞬間目をつけられるなんて予想できなかった。

今の所怪しまれての監視程度なのか、街の外に出たら付いては来ないけど。

とはいえ偶について来るから、精霊を撒いた事を確認して潜んでいる。


「仮面の女・・・きっとアレが師匠の方、だよね」


じっと見ていると、荷車の奥から女らしき人物が出て来た。

兵士達と何かを話した後、また奥へと引っ込んでいく。

一瞬こっちを見た気がするけど、ただ顔を向けただけだろう。

流石にこの距離で潜んでいる私に気が付くのは在り得ない。


これで家に錬金術師は居ない。居るのは小さな精霊だけのはず。

いや、変な呪いの様な力が有ったか。けど関係ない。

もうアソコしか、あの中しか、可能性が無いんだから。


街中のどこにもアスバ・カルアは居ない。どれだけ探しても見つからない。

精霊に見つかるのを覚悟でやった大規模探知にも、一切引っかからなかった。

けれどそこで気が付いた。探知が効かない場所が有る事に。


「あんな結界、普通の人間じゃ無理だ」


初日に探知した時はちゃんと中が見えた。なのにあれ以降は全く何も見えない。

今は魔力を消しているけど、きっと使って調べたところでまた弾かれる。

私の魔法が通用しない。カルアの魔法が通用しない。そんな強大な存在が居る。


だからと言って不用意に突っ込む訳にはいかなかった。何せあそこには敵が多い。

特に噂の錬金術師と弟子達。これらの存在が不確定要素過ぎた。

勿論弟子達は敵じゃないと思う。見た限り戦えば簡単に勝てる自信はある。

小さな精霊も問題無い。あの程度なら何体いても何とかなる。


けれど彼らは不思議な道具を使う。あの荷車の様に。

単純な力押しを仕掛けた場合、何かしらの罠に嵌る可能性が有る。

どれだけ強大な魔法が使えたって所詮生身。万が一が無いなんて言えない。


なら彼女達が居ない所を狙う方が良い。幸い定期的に買出しに行く情報は手に入れた。

後はその買出しの日を待って、留守の時に入れば良いだけだ。


一応夜中に必ず外に出るのは解っている。その時間を狙うのも少し考えた。

けれど帰ってくる時間がまばらで、時々すぐに帰って来る。

目的の人物が万が一居なかった場合、帰って来た彼女達と鉢合わせるのは避けたい。

結局は危険があるとはいえ、戦力は出来る限り少ない方が良い。


「そろそろ、良いかな」


荷車が去って行き、見えなくなった後も暫く待った。

そして頃合いを見計らって隠匿の魔法を使い、錬金術師への家へと向かう。


「・・・大丈夫そう、かな」


少し自信が無かったけれど、精霊は私に気が付けていない様だ。

一度試してはいたけど、気が付いていないふりの可能性もあったから良かった。

ただ長時間は誤魔化せない。使い続ければ精霊達も違和感に気が付く。


「誰も居なければすぐに逃げて、居るならその時は・・・!」


とはいえ間違いなく誰かが居る。少なくともあの結界を張れる程の人物が。

ただ結界に近付いても物理的な障害は無く、容易く中へ入れてしまった。

中には小さな精霊達が沢山居て、黒い変な物も変な塔に乗っている。


「物理的な障害は無いのか・・・結界を壊す魔法ぐらいは、使うつもりだったんだけ――――」


ぞくりと、嫌なものが背中に走った。かつてない恐怖を感じる。

慌てて視線を彷徨わせるも、何処にも何も居ない。

いや、もちろん庭に精霊達が居る。けれど彼らはまだ私に気が付いていない。

けれど確実にどこからか敵意を向けられている。そう感じて一歩下がり――――。


「っ! 出れない!?」

『『『『『っ、キャー!?』』』』』


庭から出れない。見えない壁に移動を阻まれた。

いや違う。ある。強大な結界が有る。ただ入る時は塞がれなかっただけだ。

しかも焦って大声を出したせいで、小さな精霊達が私に気が付いてしまった。

精霊達は私の出現に慌てているのか、ワタワタと走り回っている。


「完全にやらかした・・・」


今思えば、錬金術師が顔を向けたのは警告だったのかもしれない。

あれは偶然じゃなく、私に気が付いての視線だったのかも。

ならそもそも買出しの行動自体、態々姿を現した事自体、私を釣る為の罠か。


つまりこの結界とは別の罠が張られてる可能性が有る。

私は本当に考えが甘いな。自分で自分が嫌になる。


「・・・せめて居るのが、アスバ・カルアだと良いけど」


家の扉の向こうから放たれ始めた膨大な魔力に鳥肌が立つ。

そして扉が開かれた先に居たのは―――――。


「魔力の塊・・・だけか・・・!」


精霊か・・・少なくとも人じゃない何か。やっぱり完全に罠だ!

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