第378話、装備の受け渡しをする錬金術師
打ち込みを始めて暫く、メイラは頑張ったけれど結局全て受け止められてしまった。
逆にパックは途中からコツを掴んだ様で、メイラが辛くない様に優しく受け止めていた。
それが余計に不満だったらしいけど、それでも当てられないのだから仕方がない。
私としては見えていた結果だったけれど、メイラはとても不服そうだ。
でもそろそろ交代して貰わないと。パックは次から私かリュナドさんとやって貰おう。
ああ、精霊兵隊の誰かにお願いしても良いかな。彼らもこの装備を使い慣れているし。
「メイラ、そろそろ交代しようか」
「・・・はい、解りました」
「あはは・・・では、メイラ様、棒をお受け取りしますね」
声をかけるとメイラは不服そうに、パックは少し気まずそうに棒を受け取る。
もうちょっとやらせてあげたほうが良かったかな。でも日が暮れても当たらないだろうしなぁ。
「ではメイラ様、行きますよ」
「は、はい、どうぞ・・・!」
パックが力を抜いて棒を片手で持ち、メイラがぐっと力を入れて応える。
それじゃ駄目なんだけどなぁ。力を抜くのがメイラの訓練なんだけど。
まあ最初はそれで良いか。どっちにしろローブに魔力を通せれば問題は無い。
メイラが外套に魔力を通したのを確認してから、パックはゆっくりと棒を横なぎに振る。
本当に軽く、ぽんと当てる程度の軽さで。それでも軽くなったメイラはふわっと浮いた。
「わっ、わっ、と」
「メイラ様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!」
棒の軌道そのままにワタワタと流されるメイラ。
ただ速度がゆっくりだから、テンテンと足を付いてはねている。
それを確認したパックは一度棒を引いた。
「次はもう少し早めに行きますね」
「は、はい、わかりました・・・!」
パックはまた片手で構えると、宣言通り少し早めに棒を振った。
ただし力を込めていない。多分メイラが失敗した時に痛くない様にだろう。
けれどそんな握りの甘い攻撃でも、軽くなったメイラは吹っ飛んでいった。
「きゃ――――」
「メイラ様!?」
棒を振り抜いたパックは驚きながら棒を捨てて飛び跳ね、メイラを追いかけようとする。
けれどその先には既に家精霊が居て、庭から出る前に優しく受け止めてくれた。
「あ、ご、ごめんなさい、家精霊さん。う、うん、痛くはないから、大丈夫だよ」
家精霊はそっとメイラを地面に降ろし、怪我が無いかを確かめている様だ。
でもあの吹き飛び方なら本人の言う通り問題無いだろう。
あれだけ全力で外套に魔力を通していたら、撥ね飛んだって目を回すだけで済む。
『小僧め・・・よくも我が娘を・・・!』
あ、不味い、黒塊の事忘れてた。
「精霊達、黒塊を抑えて」
『『『『『キャー!』』』』』
『ぐっ、は、放せ! 放さんか!!』
精霊達に頼むと、庭に居た殆どの精霊が黒塊に群がった。
掴みかかられた黒塊は地面に落ち、最早黒塊の姿が見えない。
精霊の山になっていて、中から呻き声が聞こえる。
そんな精霊の山にメイラが近付いてしゃがみ込む。
「黒塊、静かにしてて、これは訓練なんだから」
『し、しかし・・・!』
「し、ず、か、に、し、て、て!」
『・・・わ、解った。大人しく、していよう』
メイラが強く言うと黒塊は静かになり、精霊達も一人また一人と離れていく。
そして最後の方に残った精霊達がポンポンと慰める様に叩いていた。
何だかんだ君達仲良いよね。黒塊はそんな事無いって言うけど。
「パック君、次お願いします! 次はもうちょっと強くで!」
「え、ええと・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫です!」
「えぇ・・・」
メイラの自信満々の良く解らない返事に、パックが困った様に声を漏らす。
私もちょっと不安になって来た。メイラからやけくそな気配を感じる。
「パック君、どんと来てください!」
「あー・・・はい、解りました。では、行きますね」
パックはそれ以上の問答は無駄だと思ったのか、言われた通り構え直した。
そして又横なぎに振り、当然飛ばされていくメイラ。今度はさっきより早い。
家精霊が反射的に動こうとして、けれど変な体制で止まった。
多分メイラに手を出さないで欲しいと言われたんだろう。
少し心配そうな顔で、草むらに突っ込んでいくメイラを見送る。
ただその後メイラが中々戻って来ず、少し心配になって来た。
庭の外にも精霊が居るから大丈夫だと思うけど・・・。
「メイラ様! 大丈夫ですかー!」
「だ、だいじょうぶ、でーす・・・!」
パックが声をかけると、少し力の抜けた感じの返事が返って来た。
そして若干よろけながら庭に戻って来て、怪しげな足取りでパックの前へ向かう。
「く、草むらに入った後、跳ねて転がって、上手く止まれなくて・・・!」
「成程、メイラ様の課題は飛ぶ事よりも、着地の様ですね」
「み、みたい、です・・・」
止まれなかったのか。道理で戻って来ないと思った。
この様子だとメイラは暫くパックに付き合って貰った方が良いかな。
あの緩い攻撃であの調子じゃ、本格的な攻撃の時どうなるか。
・・・それにしても着地も出来なかったかぁ。参ったなぁ。
「ん、リュナドさんかな?」
精霊達の声がやけに騒がしくなり、視線を通路の方へと向ける。
すると思った通りリュナドさんで、彼は私と目が合うと片手を上げる。
庭に入るとメイラとパックにも挨拶をして、そのまま私の下へ近付いて来た。
「よう、セレス・・・あれは新しい訓練か? っていうか、大丈夫、なのか?」
リュナドさんは吹き飛んでいくメイラを見て、心配そうに訊ねて来た。
なので事情を説明して、ついでにリュナドさんの装備も手渡す。
一旦家精霊に頼んで倉庫に置いたから、一緒に倉庫に向かって。
「・・・成程、普段用の装備か。助かる。ありがたく頂くよ」
すると彼はそう言って喜んでくれたので、思わず私も笑みが零れる。
良かった。彼の役に立てたなら本当に嬉しい。
「・・・あの小さいのは、メイラと殿下の予備か?」
「ううん、アレはアスバちゃんの。それとその隣のはフルヴァドさんに」
彼の装備の近くに置いていた防具を見て、リュナドさんは二人の物だと思ったらしい、
けど胸当ては既に作ってあるし、フルヴァドさんの物に限ってはもっと色々ある。
あんなに付けても二人には意味が無い。基本的に接近戦しないし。
「・・・アスバに?」
「うん、そうだけど・・・あ、そうだ、リュナドさん、ちょっと聞きたい事有るんだ」
アスバちゃんの名が出た事で、ふとさっき変な事があったのを思い出した。
その事を話そうと思っただけなんだけど、彼は少し真剣な表情になって少しだけ戸惑う。
そ、そんなに大層な事聞く気は無いんだけど。ちょっと気になってる事聞くだけだし・・・。
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装備と弟子の訓練。俺を呼び出した理由はこれか。
やっぱり何か構えてる事だけは間違いないな。
なんて思っていると、アスバの装備まで用意していると言い出した。
それ所かフルヴァドさんの装備もだ。何故このタイミングで作ってるんだ。
いやそもそも、本当に最近作ったのか? 前々から用意してたんじゃないのか?
まさか以前考えていた通り、本当にこっそりと出て行く気じゃないのか。
「あ、そうだ、リュナドさん、ちょっと聞きたい事有るんだ」
状況からセレスの行動の意味を考えていると、彼女がふと思い出したように呟いた。
とても緩い感じで、何気ない様子の言葉。けれどタイミング的に嫌な予感がする。
そう思い佇まいを直し、気を引き締めてセレスへと体を向けた。
すると彼女は一瞬少し眉を顰め、けれどすぐに緩い表情に戻る。
何その「警戒の態度取ってんじゃねえよ」っていう感じ。止めて怖い。
「今日一瞬アスバちゃんの魔力を感じたんだ。彼女、本当に出かけてるんだよね?」
「え、あ、ああ。間違いなく、出発してる。船を乗った報告も届いてる。フルヴァドさん直筆のが届いてるから間違いない。流石のアイツも彼女に何度も謝りたくないだろうしな」
ただセレスの質問はアスバの動向で、俺が予想していた物とは違った。
てっきりあの少女に関してだと思ってたんだが・・・いや待て。
アスバの魔力を感じたとセレスは言った。そして精霊達もアスバに似ていると言った。
これは別の事を言っている様で、同じ事を差してるんじゃないのか。
悩んでいるとセレスは唐突にニッコリと笑い、俺の顔を確かめる様にのぞき込む。
「そっか、じゃあ私の気のせいだね。リュナドさんが、そう言うなら」
それは普通の女子供ならただの可愛い仕草だろう。
いや可愛いよ。客観的に見たら間違いなくセレスは可愛いよ。
けど相手は「あの」セレスだ。今のは俺の表情から何かを確かめたんだろう。
そして確信したんだ。俺が既にあの少女に既に会っていると。
やっぱり偶然じゃなかったか。余りに都合が良すぎると思ったよ。
更に言えば、事前に教えたんだから対処する様に、という忠告をされたという形でもあるが。
自分が出て行く気は無い。そもそも今回の件に自分は一切関係無い。
国と街の問題として、精霊公の職務を果たして来いと言われているんだろうな。
むしろ知らないふりは、自分の手柄にしない為の気遣いとも取れるのが困る所だ。
「そうだな。アイツらは問題無く、今頃船旅の途中だよ」
「そっか。二人共怪我無く帰って来ると良いな」
怪我無く、ね。つまり怪我をする可能性が有ると考えている訳だよな。
いや、あの車を用意した事を考えれば、フルヴァドさんの心配は元からしていた。
けれど態々今言う理由が有るんだろう。そして嫌だけど多少予想が付く。
『あの少女は警戒に値する』
つまりはそういう事だ。最大限に警戒しろっていう警告だ。
突然弟子達に戦闘訓練させ始めたのもそれが理由かもしれない。
不意に少女と出会った時、戦う羽目になった時、せめて逃げだせる程度にする為に。
アスバ達の装備を今用意した理由は、帰って来た時の為か、それともまた別か・・・。
どちらにせよセレスは態度を変えた様だ。全くのノータッチから自分も多少関わる方向に。
勿論表面上は無関係だが、今までとは違い何かしらの対処は取るつもりのようだ。
何時からかは知らないが、セレスはあの少女の接近に気が付いていたんだろうな。
そして予想より危ないのが来たから、急遽対策を取り始めたと。
出来ればそのまま全部対処してほしいなぁ、と思うのは贅沢だろうか。
「二人が居ないと寂しいよね。あ、リュナドさんだけじゃダメって訳じゃないよ?」
「・・・俺はむしろ、アスバが居ない方が静かで良いけどな」
二人が居ない代わりに俺が頑張れって事だな。
いや、俺でも何とかなるって事かな。その言葉を信じて期待させて貰おう。
はぁ・・・暫くあの鎧着てた方が安全な気がして来た・・・すげぇ嫌だけど。
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