第377話、弟子達に訓練を課す錬金術師

「今から少し受ける練習をしたいけど・・・パックとメイラでは違う受け方の練習になるから」

「僕と、メイラ様で、ですか」

「えっと、それは何か、理由が有るんです、よね?」


私の言葉に対し、二人は少し不思議そうな顔をする。メイラに限ってはこてんと首を傾げて。

基本的に二人に同じ事を教える時は、最初は同じ様に教えるからだろう。

でも今回に限っては、教える前から結果が見えている。なら同じ事をやる必要が無い。


「パックは接近戦で多少動けるけど、メイラは全然出来ないから、同じやり方は無理だと思う」

「あぁ・・・まあ、そう、ですね」

「・・・わかりました」


パックは少し気まずそうに、メイラはちょっと不満そうだ。

でもこればっかりはなぁ。この子は接近戦苦手だし。

それは竜神戦でも良く解った。だってこの子は竜神の攻撃が『見えていた』はずだ。


けれど躱せなかった。掴みかかれなかった。受け流せなかった。

ただ愚直に力を放ち、攻撃を受け止めるのが精いっぱいだったんだ。

本当は上手く受け流したかったのに。本当は掴みかかって無力化したかったのに。


能力の高さは凄まじいのに、それを半分も使いこなせていない。

勿論周りの被害を度外視すれば別だけど、制御した上での接近戦はとことん才能が無い。

となるとそんなメイラにパックと同じ技術を求めるのは酷だ。


「パックは攻撃を受け止める練習を。メイラは攻撃を受け流す練習をして貰うね」

「・・・先生、一つ質問をしてよろしいですか?」

「ん、何、パック」

「逆ではないのでしょうか。どう考えてもメイラ様の方が難しい様な・・・」


確かに受け流す方が本来は技術が居る。ただそれは反撃に転じる為の技術だ。

相手の攻撃を受け流す事で、相手に無駄な力を入れさせて体勢を崩す。

そして崩した体を隙と見て反撃に移る為の技。けれどそれは大前提が違う。


「パックは接近戦で反撃する為。メイラは反撃を捨てて防御の為だから」

「反撃の為、ですか」

「うん。外套は確かに頑丈になったし、簡単には切り裂けない。物を軽くする事も出来るから、重量による攻撃も関係ない。けど硬度は変わらない。たとえ軽くても固い物は痛いよ」


例えば上から鉄の棒が降って来るとして、それを受け止めれば当然痛い。

なら置いてある鉄の棒に腕をぶつけたらどうだろう。結果はそれも痛いはずだ。


外套が緩和出来るのはあくまで軽さ。物の固さと鋭さは誤魔化せない。

なら素早く振られた武器を踏ん張って受け止めれば、腕や足じゃ骨折する。

たとえ相手をどれだけ軽く出来ようとも、その硬度に変化は無いのだから。


「・・・成程、確かにそうなれば、僕の方が難しいですね」

「え? えっ? パ、パック君、どういう事ですか、私解らないんですけど」

「つまり僕は軽い状態になりながらも踏ん張って受け止め、メイラ様は力を入れずに吹き飛ばされる練習をしろ。という事だと思いますよ。武器を使わずに体で受け止める訓練です」

「武器を使わず、ですか・・・」


私の言葉足らずをパックが捕捉し、メイラは「ぼえぇ」と気の抜けた声を漏らしている。

やっぱりこういう所はこの子方が優秀だよなぁ。本当に私は考えが足りない。


「先生、合っていますか?」

「うん、それで合ってるよ」


パックの頷きに応えながら、鉄は危ないので木の棒を手にする。

因みにさっきの上から腕を叩きつける事をした場合、軽い状態なら痛みはほぼ無く体が飛ぶ。

けれど上から武器を叩き付けられれば別だ。踏ん張ればやっぱり固さは腕に響く。


だからパックにさせるのは、軽さを利用して勢いを殺して受け止める訓練だ。

真っ向から受け止めるんじゃなく、ふんわりと優しく捕まえる。

勿論相手の振る武器の速度に合わせてだから、ゆっくり捕まえるなんて出来やしない。


逆にメイラは簡単だ。なるべく力を抜いて、そのまま吹き飛ばされれば良い。

一番は攻撃の方向に飛ぶ事だけど、それをこの子に求めるのは酷だろう。

取り敢えず体を軽くして、力を抜いてうけ流して飛んでいく。先ずはそこだ。


「お手本を見せるから、パックが打ち込んで来てみて」

「はい、わかりました」


木の棒をパックに渡し、少し離れて自然体で立つ。

パックは棒を剣に見立てて中段に構え、真っ直ぐに打ち込んで来た。

その軌道を見つつ棒に手を添え、少し後ろに引きながら捕まえる。


「こんな感じ、何となく解った?」

「・・・理屈は解るんですが、そんなに簡単に出来る気はしません」


木の棒を放して問うと、パックは難しい顔をしてそう答えた。

けれど理屈が解るなら大丈夫だろう。後は練習するしかない。


「じゃあ今度は・・・そうだね、とりあえず横なぎの攻撃をお願いして良いかな」

「解りました。では、いきます」


パックが宣言と共に、大振りな横なぎの攻撃を仕掛けて来る。

それをしっかりを見つつ体を軽くし、そのまま力を抜いて吹き飛ばされた。

ただその先にシーツが有る事に気が付き、不味いと思い跳ねて飛び越える。


あ、あぶない、家精霊に怒られる所だった・・・!


取り敢えず無事に躱せた事に安堵しながら、そのまま草むらに突っ込む。

当然ちゃんと着地して、軽く飛んで庭に戻った。

視界の端で家精霊がジト目をしてる気がする。ぶつかってないけど後で謝っておこう。


「セ、セレスさん、大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ。だからパックにやって貰ったんだし。ありがとうね、パック」

「いえ、お礼を言われるほどの事では」


心配そうにかけて来たメイラの頭を撫で、パックに礼を言って元の位置に戻る。


「今の感じで、自ら吹き飛ばされれば痛くないから。多少自分から飛ばないと少しは痛いかもしれないけど、まともに受けるよりはよっぽど良い。この服を切り裂ける人でもない限りはね」


もしこの服を切り裂ける人なら、それはもうメイラに躱すのは無理だ。

受け流すとかそういう次元を超えた斬撃だろう。きっと反応すら出来ない。

なら素直に黒塊を纏った方が良いし、むしろそれしか防ぐ手段が無いだろう。


「それじゃ先ずは、お互いにやってみようか」

「え、ぼ、僕がメイラ様に、ですか? だ、大丈夫でしょうか」

「・・・むぅ」


私の指示に不安を口にするパックを見て、メイラが拗ねた様に唇を尖らせる。

そしてパックの手から木の棒を奪い、両手で握って構えた。


「そんな風に言うんですから、パック君は自信が有るんですよね」

「あー・・・いや、有ると言えば、有りますし、無いと言えばない、様な」

「もう、どっちなんですか」

「いや、その・・・普段のメイラ様の攻撃なら、多分受け止められるだろうなぁ、とは」

「・・・むぅ」


完全に頬が膨らんでいる。でも実際メイラの攻撃なら出来るだろうしなぁ。

そう思ったから取り敢えず二人でって言った訳だし。


逆にメイラに関しても、ちゃんと魔力さえ通せば問題は無い。

もし力んで縮こまったとしても、横なぎの攻撃なら関係無いし。

そのまま吹き飛んでしまうだけだし、慣れれば意図して受ける事も出来ると思う。


・・・多分。いや、うん、ちょっと、自信ない、かも。


『キャー!』

『キャー!?』

『『『『『キャー♪』』』』』


そして山精霊達は真似して吹き飛んでるけど、君達本当に吹き飛んでるだけだよね。

絶対それ人にやっちゃ駄目だからね。確実に骨折じゃすまないからね?

あ、シーツに・・・あーあ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『キャー♪』

『『『『『キャー♪』』』』』

『キャー♪』

『『『『『キャー♪』』』』』

『キャーーーー♪』

『『『『『キャーーーー♪』』』』』


精霊が大合唱を響かせ、くっそ目立ちながら街道を歩く。

当然その前後を挟まれている俺はもっと目立っている。勘弁して欲しい。

やけにご機嫌だな。呼び出された俺は若干憂鬱なんだが。


「何の用事やら」


精霊達は『主が来て欲しいんだって!』しか言わねえし、不安で堪らない。

何の用か聞いても首を傾げるのは本当にどうにかならないのか。

精霊達の場合、聞かされてるけど覚えてないのか、ガチで聞いてないのかが解らん。


「しかし、今日も今日とて人通りが多いな・・・」


迷惑にならない様に街道の端を歩いちゃいるが、皆俺を大きく避けて通る。

人通りが多いんだから、俺の事なんて気にしなくて良いのに。

とはいかないんだよなぁ。貴族様だもんなぁ。怖いよなぁ。

その前に精霊が騒いでるから、変な事しない様に避けてるだけとも言えるが。


「近所の人間は態度が変わらないのが救いか」


行きつけの店や下っ端兵士時代からの知り合いは、俺への態度は変わらない。

だからこそ引っ越せないでいる訳で、いい加減迷惑も考えると引っ越した方が良いとも思う。

そもそも引っ越さねえと、あのハニトラ女が勝手に家に入り込んでる時がなぁ。


『セレスの許可は取っているもの。今の私に怖い物なんてないわよ』


アイツの事が怖くないのかって聞いたら、そんな風に返されたしな・・・。

何時の間にあの女はセレスを名前で呼ぶほど仲が良くなってたんだ。

つーか普通に精霊達と一緒に部屋の掃除をするな。


『キャー♪ キャー・・・キャー?』

『『『『『キャー?』』』』』

『キャー』

『キャー・・・?』

『キャー!』

『キャー』

「ん、どうした?」


突然精霊達の歌が止まり、集まって話始めた。

皆同じ方向を見たり、指を差して首を傾げている。

その方向に視線を向けると、乗合馬車が止まっていた。


「何だ、何か変な物でも乗ってんのか、あれ」


もしそうなら見分しなきゃならない。

そう思い訊ねるも、精霊達は不思議そうに首を傾げている。

全員俺の言葉に応えず、何か困った様な表情にみえた。


「・・・おい、まさかお前らが困惑する程、ヤバい物詰んでるとかじゃないだろうな」

『キャー』


精霊達の不可解な反応に警戒していると、ポケットの精霊がおかしな事を言い出した。


『アスバちゃんに似てるけど、アスバちゃんじゃないのが居る』


アスバに似てる。その意図するところが解らない。

眉間に皴を寄せながら悩むも、答えが出ないまま馬車を見つめる。

すると馬車から乗客が降り始め、客の視線は精霊や竜に向かっていた。


―――――ただ一人を除いて。


まだ少女、と言って良いだろう。とはいえアスバやメイラよりは大きい。

大人になる少し前という感じの容貌だ。そんな少女の目が、精霊や竜より先に俺を見た。

明らかに警戒した目で俺を見てから、足元の精霊に視線を移す。

そして不自然なほど突然顔を逸らして、周りが騒ぐなか静かに街へ向かった。


「・・・様子がおかしかったな。いや、何だ、何か、ひっかかる」


何故真っ先に俺に目を向けた。精霊達じゃなく、俺へ向けた警戒は何だ。

いやそもそも、なぜ警戒・・・いや、警戒は当然か。街に初めて来たのであれば尚更。

精霊なんて怪しげな存在だし、こんな一か所に集まったのを従えてれば当然だ。


流石に今の街の規模だと顔なんて全部覚えてられねぇし、初めてかどうか解んねぇけど。

ただ精霊達の反応を見るに、さっき言った奴はあの少女の事だろう。

全員首を傾げながら、キャーキャーと不思議そうに見送っている。


「アスバが居なくなったこのタイミングで、お前らが変な事を言い出す人間・・・」


まさかとは思ったが、結び付けずにはいられない。

一度そう思うと怪しくしか見えなくなって来る。

あの少女は、アスバを狙いに来た人間じゃないのかと。

ただ俺に変な態度ってだけなら良いが、精霊達の様子まで変な訳だし。


「つーかまさか、あの娘と鉢合わせる為に俺呼び出したとかないよな・・・」


流石にそこまではないよな。これは流石に偶然だよな。

とは思う物の、セレスならあの娘の到着を知っててもおかしくないんだよなぁ。



・・・どっちにしろ、少し警戒しておくか。

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