第386話、少女を慰めて更に泣かせる錬金術師

・・・ど、どうしよう。な、何か、凄く、泣いてるんだけど・・・何で泣いてるんだろう。


どうもアスバちゃんの知り合いなのは確実で、最初はその対抗心かと思ったんだよね。

だって彼女と家精霊じゃ勝敗は解らない、って私が言ったら泣きだしちゃった訳だし。

それにふざけるなとも言われたから・・・だからちゃんと説明したんだけど・・・。


彼女の質問にもしっかり答えたし、おかしな事は言っていないはず。

むしろこの子ならアスバちゃんに迫れると思ったぐらいなんだけどなぁ。

だってあの魔力量は本当に凄いと思うし。本人は否定するけど、中々無い才能だと思うよ。


なのに最初より凄い勢いで泣き出してしまい、もう私はどうしたら良いのか解らない。

俯いて手で顔を覆い、泣き伏せる少女にオロオロするしか出来ない。


「・・・なってやる・・・ぐずっ・・・本物に・・・!」


ただ途中でそんな言葉が聞こえ、少しだけホッとした。やっぱり悔しくて泣いてたんだね。

私が『本物の魔法使い』と言ったから、自分もそれになりたいって事だよね、今の。

てっきり私が気が付かない内に変な事言ったのかと思った。あーびっくりした。


とはいえ私の目の前には、泣き続ける少女が一人。

泣いてる原因が解ったとはいえ、私に慰める手段が無い。

だってさっきの、慰めるつもりで言ったんだもん。それで更に泣かれたんだもん。


あれ以上何て言えば良いのか解らないし、やっぱり私は狼狽えるしか出来ない。

そう思い困っていると、山精霊が少女の頭をナデナデと撫でだした。

少女は一瞬ビクッとしたものの、スンスンと鼻をすすりながら顔を上げる。


山精霊良くやった。いい仕事だよ。そうか、この子は頭を撫でられると良いのか。

えっと、じゃあ、私も失礼して・・・また泣かせそうでちょっと不安だけど・・・。


「あ・・・」


恐る恐る近付いて手を伸ばし、少女の頭を優しく撫でる。

すると少女は呆けた顔を私に向け、泣き止んだ事にほっとした。

・・・次の瞬間またクシャッと顔が歪み、今度は抱き付かれて泣かれてしまった。


なんで、どうして、私がやると泣くのぉ・・・あうう・・・。


もうどうしたら良いのか解らず、けれど精霊は少女の頭の上に乗ってまだ撫でている。

ただ私と違い精霊のなでなでには効果が有るらしい。スンスンと泣き声が小さくなっていく。

これはあれかな。精霊の精神に作用する力のおかげかな。撫でるのが正解じゃなかったんだ。


「・・・失敗したなぁ」


思わずポソリと呟いてしまった。でも撫でれば良いんだと思っちゃうよね。

目の前で泣かれて焦ってたし、そんな事冷静に思い出せる訳もないよ。

うんうん。そうだよ。失敗はしたけど仕方ない。今回は多少は仕方ない。


なんて私のせいで少女が泣いた事に言い訳をし、胸の奥の罪悪感を誤魔化す。

だってそうしないと私が泣きそうなんだもん。もうどうしたら良いのか解んない。

取り敢えずしがみ付く少女を受け止める様に軽く抱え、ため息を吐くしか出来ない。


すると少女はビクッとして、けれど少しだけ泣き止んで顔を上げた。

未だにしゃくりあげる様子は有るけど、先程までの大泣きじゃない。

落ち着いてくれた、のかな。そうだと良いんだけど。


「すみ、ません、でした・・・みっともない、ひっく、所を、みせました・・・」


不安な気持で反応を待っていると、少女は大分落ち着いた様子でそう言って来た。

多分慰めて泣き止んだとかじゃなくて、気が済むまで泣ききったんだろう。

とはいえ泣かせた身としては今も気不味いけど。追加の慰めで更に泣かせたし。


「・・・気にしなくて、いいよ。悪いのは、私、だから」


自分へのふがいなさにまた溜息を吐きながら、少女にそう答える。

流石に自分で泣かせておきながら、泣いた事を謝らせるとか良くないと思う。

というか優しい子だね。悪いのは多分私なのに。八つ当たりしてもおかしくないのに。


「あなた、が? 何故、ですか?」


けれど少女は首を傾げ、私の何が悪いのかと言って来た。

本気で解らないという表情で、やっぱり優しい子なんだなと思う。

泣かした相手を責めないんじゃなくて、責める理由すら感じないのか。


逆に私はそんな子を泣かせてしまった事に、誤魔化した罪悪感が増して来た。

仕方ないじゃないよ。こんな優しい子を泣かして何言ってんだろう。

ああもう自分が嫌になる。本当に私はこういう時上手く出来ない。


「・・・だって、貴女がそうなったのは、私のせいだから・・・謝る必要は無いよ」


だからせめて、謝らなくて良い、って事だけは解って貰おう。

というかこれ以上泣かれても謝られても困る。どうしたら良いのか解らない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


撫でられた手が余りに優しくて、仮面から見える目とは違い優し過ぎて、思わず縋り付いた。

みっともないとか、恥ずかしいとか、そういう気持ちは頭の片隅にあった。

けれど上手く感情を抑えられず、幼い頃に戻った様に縋り付いて泣いてしまった。


「・・・失敗したなぁ」


ただ私を優しく抱きしめる彼女から、そんな声が漏れたのが耳に入った。

それも大きな溜め息付きで。その意図が解らず、少しだけ冷静になる事が出来た。

顔を上げて彼女を見ると、やっぱり仮面の奥の目は鋭い。優しい手とはまるで違う。


冷静になったせいで思わず涙も引っ込み、むしろその目の鋭さに緊張して来た。

慌てて彼女に謝罪をするも、やっぱり目線の鋭さは変わらない。

それどころか再度溜息を吐かれ、私は何か失敗したかと体を固くする。


「・・・気にしなくて、いいよ。悪いのは、私、だから」


言われている事が全く解らなかった。彼女の何が悪いというのだろう。

この場で誰が悪いかという話をすれば、悪いのは全面的に私だ。

勝手に侵入し、勝手に暴れ、そして情けなく泣き崩れた。


むしろ彼女はそんな私を慰めてくれて、そして更に泣いてしまった。

冷静になって思い返せば情けないし恥ずかしい。

そんな思いを胸に持ちながらも、彼女への疑問の方が先に口から出た。


「・・・だって、貴女がそうなったのは、私のせいだから・・・謝る必要は無いよ」


・・・私の覚悟が決まったのが、彼女のせいだと言っているのだろうか。

確かにそれは間違いないだろう。私は彼女の言葉だからこそ納得出来た。

本物を知る彼女が、本物になれると、この威圧感の有る声音で言われたから。


けれどそれを『失敗した』と言った事とは繋がらない。

そして彼女が悪いという意味も、やっぱり私には全く解らなかった。

何も理解出来ず、ただただ困惑した表情を彼女に向けるしか出来ない。


その間も彼女は鋭い目で私を見下ろし、何とも言えない緊張感が走る。

最早涙は完全に引っ込んだし、むしろ若干怖くて困っている。

さっきまで泣いていたからとかいえ、私は良くこの威圧感に気が付けなかったものだ。


「・・・ええと・・・そういえば、貴女は何処から来たの?」

「え?」


すると突然、彼女は変な事を聞いて来た。思わず緊張も忘れてポカンとしてしまう。

何を言っているんだろう。何処からも何も、そんな事答える必要もないのはずなのに。

けれどそんな私を見下ろす彼女の目が、更に鋭くなった気がした。


「・・・帰る所とか、無いの?」

「――――っ」


けれどそこで、ようやく何を言われているのか理解した。やっと理解出来た。

思えば彼女は最初私に対し惚けた答えだった。私の事を見ていなかったと思う。

とるに足らない相手との対話をする様子で、けれど途中から態度を変えた。


それは何の為だ。なぜ彼女は突然態度を変えた。

決まっている。そうしなければ彼女の行動の意図を私が理解出来ないからだ。

だから彼女は私の所まで降りて来て、私に理解出来る様に喋ってくれた。


そのおかげで私は現状を理解し、自分の気持ちに気が付き、覚悟を決めてしまった。

だから彼女は元に戻ったんだ。私の事は知らない体に戻したんだ。

そしてきっと、これからどうするのかを私から口にしろと言われているんだろう。


『失敗した』


ならアレは、本当はそこまでやるつもりは無かった、という事なんだろうか。

もっと言えば私を心から助ける事すら、本当はやるつもりは無かったのかもしれない。


私のどこに、彼女の琴線に触れる部分があったのかは解らない。

けれど貴族王族を手玉に取る彼女が、ミスだと認識した行動をしてまで私を救ってくれる。

その事に気が付けて、また泣きそうになる。けど駄目だ。今はもう駄目だ。泣いちゃ駄目だ。


彼女は私を見ている。情けなくて、みっともなくて、つまらない少女を睨んでいる。

鳴きすがってないで自分で立てと。覚悟を決めたなら答えて見せろと。


「私に帰る場所は、ありません。そしてどうか、貴女にご教授を願いたく思います」


他の家族とは違い弟の事は心配だ。あの子の事は大事だ。あの子は私を想ってくれる。

けど今私がやるべきは、その弟の為にも最低限この力を自分の物にする事だ。

だからごめんね。心配してるかもしれないけど、暫く待っててね。

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