第375話、本格的な実戦を任せる錬金術師

「もう少し先、でしょうか」

「ん、そうだね」


絨毯で依頼された場所へ移動しながら、パックの言葉に頷く。

先日討伐依頼やって無いな、なんて考えていたら本当に久々に討伐依頼が舞い込んできた。

やっぱりアスバちゃんが居なくなったから、その分が私に回って来たらしい。


因みにパックはメイラの絨毯に乗っていて、私の絨毯にはリュナドさんが居る。

今日は竜鎧じゃなくて、その前にあげた防具だ。槍はちゃんと持ってるけど。


「公式の行事以外であの目立つ鎧着て出歩きたくない」


と言う事らしい。確かにあの鎧目立つもんなぁ。

ああ、そうだ。なら目立たない物を作ろう。

今日の討伐終わったら、彼の要望を聞いて地味な物にすればいい。


鱗も色合い的には地味な物だし、普段使い用もあった方が良いよね。

あー、それならいっそ、友達全員分作るのもアリだなぁ。


アスバちゃんも小さい胸当てぐらいならつけるだろうし、出かける前に作れば良かった。

メイラとパックもしっかりした防具って無いし、二人にも作って上げた方が良いかな。

よし、それならとっとと討伐依頼片付けなきゃ。


・・・という訳にも行かないんだった。今回は弟子達に全部任せるんだった。


なんかね、パックとメイラが自分達でやりたいっていうんだよね。

私としては危ないから下がってて欲しいんだけど、何時までもそれじゃ駄目って事らしい。


『ふ、ふふふ・・・ふふふふ・・・とうとう、とうとう我が娘が素直に助けを・・・!』


メイラの後ろを追いかける黒塊が凄く嬉しそうだ。

そうなんだよね。今回黒塊もついて来てるんだよね。

家精霊は最後まで嫌そうだったけど、メイラに押し切られた感じで。


「この間実際に使ってみて解ったの。私はこの力を使えても、戦う事には向いてないんだって。だったらもっと実戦で使わなきゃ駄目だと思う。だから・・・ね?」


胸の所で手を握り、じーっと見上げるメイラに家精霊は負けた。

深い深い溜息を吐いてから黒塊を掴み、何か色々言ってからメイラに渡した。

多分下手な事はしない様にっていう注意だと思うけど、あの様子じゃ効果は無いかも。


「先生、見えました、あの畑・・・うわぁ、これは酷い」

「ぼこぼこですね・・・」


パックが指定された畑を見つけ、同じく確認したメイラも困惑した様子を見せる。

それもそうだろう。せっかく寒い時期に合わせて作られた畑が、全体的にボロボロなのだから。

穴だらけで、育っていたはずの作物は大半が食われ、ならしていた土はぐちゃぐちゃだ。


「・・・かなり大きなモグラだね」

「土の掘り返し方が豪快だしなぁ・・・」


私の呟きにはリュナドさんが応え、うへぇと声を漏らしながら見つめている。

今回討伐対象の魔獣はモグラだ。しかもモグラのくせに作物も食べるらしい。

最初は小さな畑を荒らしたらしく、その時は討伐依頼を出しつつその畑は諦めたそうだ。

すると今度はそこから一番近い畑に移動し、また作物を荒らしだした。


そして最終的に広範囲に被害を出し始め、どうしようもない段になってから依頼が私に来たと。

勿論その間討伐を試みなかった訳じゃないそうだ。ただ難しかったらしい。

攻撃をしようとするとすぐに地中に逃げて、けれど去ろうとすると不意打ちをしてきたりと。


毒を使うにも場所が畑だ。後々どんな影響が出るか解らないから使いたくない。

という訳でどうにもならなくなったのが、この畑の惨状という事だ。


「・・・それで、最終確認なんだけど・・・二人でやれる?」

「はい、お願いします、先生」

「が、頑張ります」

「・・・ん、解った。じゃあ、私は見てるね」

「「はい!」」


二人の意思は曲がらない様だ。なら不安だけど、物凄く不安だけど、仕方ない。

実際何時かは実戦も必要だ。何時までも危ないから、なんて言ってられないだろう。

どうも二人が望むのは、私と同じ様な錬金術師としての在り方な様だし。


なら今日は少し、ほんの少しだけ、何時もより厳しめな方が良いか。

二人の返答に頷き返し、一応結界石と封印石だけ握り込んでおく。

そして二人が地面に降りていくのを見つめながら、視界を広くして畑を眺める。


今回のモグラの魔獣は、穴を掘って移動するのも魔法でやっている可能性が有る。

なら地中での逃げ足はかなりの物だろうし、攻撃に移る際も突然出てくるはずだ。

降り立つその瞬間に攻撃も有るかと思ったけれど、そうはならなかった。


「降りると、本当に酷いですね。これは土からやり直しだ」

「ですね。農家さん、この後も大変そう」


パックが蹲って畑の状態を確認し、一緒に居る精霊達も同じ様にしている。

メイラもと一緒の精霊達は何故か地面をノックし、穴に向かって『キャー!』と叫んだ。

もしかしてモグラを呼んでいるんだろうか。逆に逃げると思うんだけど。


『我等に怯えているな。引きずり出さねば出て来んだろう』

「まあ、精霊に呪いの神様が居ますからね。警戒心の強い魔獣なら出て来ませんか」

「あ、あはは、そうですね・・・じゃあ、精霊さん達、お願いして良いかな」

『『『キャー♪』』』


メイラに頼まれた精霊達は彼女に溶け込んでいき、そして黒塊に手を伸ばす。

黒塊もそのまま彼女の中に沈むように消え、そしてメイラは黒い腕を発生させた。


「畑を汚さない様に、畑を汚さない様に、畑を汚さない様に・・・!」


そしてブツブツとそう呟きながら、太かった腕の形が鋭利になっていく。

多分呪いで土を汚さない様に、慎重に力を制御しているんだろう。

下手したらこの一帯草一つ生えない地になりかねないからね。


因みに二人の作戦は、モグラの魔獣が地中に居るなら引きずり出すという単純なもの。

ただし攻撃に使うと呪いを撒きそうだからと、捕まえる事だけに集中するそうだ。

そして捕まえた所をパックが魔法石で攻撃。取り敢えずそんな感じ。


最初は火の魔法石で燃やす事をパックが提案したけれど、それは多分無理だ。

きっと私が以前やったからだと思うけど、私とあの子では条件が違う。


あの子の扱えるレベルの魔法石じゃ、地中で火を燃やし続けられない。

魔法は確かに酸素が無くても燃やせるけど、自然現象に逆らう程に魔力を多く消費する。

なら地中の相手を焼くには、パックの制御能力を超える量が必要になるはずだ。


「いきます!」

「はい、こちらも準備は出来ています」


メイラが元気よく告げ、パックが魔法石をごっそりと握る。

自分が制御出来る限界ギリギリの量だ。この時点でちょっと心配になる。

それを確認したメイラは黒い腕を地面に突き刺した。腕は土を砕く事なくすり抜けていく。


「つか、まえたぁ!」


そして腕を振り上げると、土をまき散らしながらモグラの魔獣が引きずり出された。

何が起こったのか解らない。そんな様子のモグラが土と共に空を舞う。

けれどそれでも流石は魔獣か、反射的に反撃に移った。

周囲に舞う土を魔法で操って集め、二人に向けて放って来る。けれどそれは悪手だ。


「っ、これなら・・・!」


パックが結界石を発動させて防御しつつ、攻撃に火系の魔法石を放つ。

あの子が一番得意とするのはどうも火系統。だからもし土を集め防御されたら効果が落ちた。

けれど実際はモグラの周囲には防ぐ物は何もない。


制御の限界ギリギリまで火力を上げた魔法の炎が、モグラを完全に捉えた。

魔獣は炎に包まれながら地面に落ち、ヂューヂューと悲鳴を上げる。


「よしっ・・・!」

「やったね、パック君!」


ぐっと手を握るパックと、笑顔を向けるメイラ。


「気を抜かない!」

「「――――っ!」」


けれどそれは駄目だ。魔獣はまだ生きている。

おそらく地中から引きずり出された事で、逃げる事が叶わないと思ったんだろう。

最後のあがきか、それとも攻撃した相手を狙ってか、パックを殺す判断を下したらしい。

更に言えば二人が気を抜き、意識が逸れたと見たのも大きな理由だ。


炎に包まれながら、魔獣はパックへと飛びかかった。

魔獣の渾身の一撃はかなりの魔力を込めた様で、モグラの爪が結界を容易く破る。

けれどその爪は届かない。私が声をかけた事で不意打ちの有利が崩れたからだ。


爪がパックの身に襲い掛かる寸前、メイラの黒い両腕がそれを防ぐ。

黒い腕はモグラの両腕をがっちりと抑え微動だにしない。

パックはそれを信じていたのか、手には既に新しい魔法石が握られている。

防御を完全に捨て、攻撃の行動準備を進めていた。


「パック君!」

「はい!」


そしてパックは火の魔法を顔の位置に集め、頭を焼き尽くす様に変えた。

成果が有ったかモグラの動きは止まり、少しして完全に焼け焦げた死体となる。

おそらく焼けた事よりも、途中の酸欠の方が苦しかった事だろう。


・・・はぁ、ハラハラしたぁ。

メイラの行動が見えていたから手を出さなかったけど、危うく結界石投げる所だった。

これはちょっと、二人共少し反省して貰おう。流石にさっきのは危ない。


二人の安全が最優先だったから言わなかったけど、素材駄目にしてるのも言わなきゃかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


魔獣討伐の依頼をマスターから預かり、セレスに渡しに行くと様子がおかしかった。

何やらセレスは険しい顔で、パック殿下とメイラも真剣な表情だ。


「・・・二人に魔獣退治をさせる事にしたの」


何か有ったのか訊ねると、セレスは低く唸る様にそう告げた。

二人に目を向けるとコクリと頷き、どうしたものかなと依頼書に目を落とす。

タイミングが良いのか悪いのか、これを渡せば多分二人の仕事になるんだろうな。


「・・・丁度討伐依頼が来たみたいだけど・・・どうする?」

「やります。やらせて下さい、先生」

「私も、やります!」

「・・・そう、解った。リュナドさん、構わない?」

「え、あ、ああ。俺は別に良いけど・・・」


いやまあ、殿下が怪我されるのはちょっと困るけどな。

けどセレスがやらせると言って、二人が頷く以上文句なんて言えないだろう。

このタイミングでセレスがやらせる、っていう事にも何かしらの意図を感じるし。

という訳で完全に討伐を二人に任せ、セレスは空から眺めていた。


「すみません、先生・・・」

「ごめんなさい・・・」


ただ結果は二人が項垂れてセレスに謝る通り、若干の失敗と言うしかないだろう。

二人共怪我は無く魔獣は倒したし、成果だけを見れば何の問題も無い。

けれど気を抜いた一瞬。あの一瞬を魔獣は見逃していなかった。


魔獣が殿下に襲い掛かったのは、不意を突けると判断したからだろう。

実際はそんな事にはならなかったが、セレスの注意が無かったら結果は違ったはずだ。

少なくとも殿下は防げず大出血の大怪我をして、メイラが焦って暴走した可能性が有る。

殿下は身体能力。メイラはメンタル。どちらも難点に直結する所だった。


「・・・二人共、ううん、パックはもう少しで、怪我してたよ」

「はい。そう思います」

「・・・メイラも、魔獣から視線を外したね。声かけなかったら間に合わなかった」

「はい・・・ごめんなさい・・・」


セレスはかなり圧のある声音で、二人に注意点を告げていく。

今の二つ以外にも、地面に降りた時点でこうするべきだったとか色々と。

弟子二人を可愛がっている彼女にしては珍しく、一切慰める言葉は出なかった。

それどころか二人に注意を促したあの時も、二人相手には珍しく厳しい声だったし。


「・・・何か、警戒してんのかね」


アスバが街を出てからしばらく経つ。

ただ公的にはアスバは『この街に居る』事になっている。

なら都合の変わった向こうさんは、何かしらの行動を起こす可能性もなくはない。


元々二人の戦闘訓練は始めていたが、ここまで本格的な事はやっていない。

完全に二人に実戦を積ませる訓練をさせる意味が、何かしら有る気がする。

でなきゃあのセレスが、ここまで厳しく言うのは少々疑問が残る。

基本的に他人にきつい彼女ではあるが、弟子二人はかなり可愛がってるからな。


「・・・何より、あの倒し方だと、皮とか色々駄目になる。今は良いけど、もっと素材を残す倒し方が出来る様にならないと・・・錬金術師としては問題ありだよ」

「は、はい、すみませんでした・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」


もしかしたら素材が手に入らなくて機嫌が悪いだけかもしれない。

・・・いや、うん、違うな。今アイツ『錬金術師』としてって言ったな。

そう言えば最近薬の仕事も二人にさせてんだよな。自分の仕事を二人にさせている。

まさか、自分が消えた事を悟られない準備とか・・・してないよな?

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