第374話、のんびりした日々にだらける錬金術師

アスバちゃんとフルヴァドさんが出かけて数日経った。

あれから私の生活に変化は無い。いや、昼まで家が静かなのは大きな変化か。

流石に毎日騒がしかった訳じゃないけど、騒がしい日が多かった気がする。

もうそろそろお昼の頃あいだ。朝から作業場に居るのは久々だと思う。


「最近は良く人が来てたからなぁ・・・」


依頼の品を作りながらポソリと呟きが漏れる。

最近は割とよくアスバちゃんが朝から遊びに来て、昼まで居る事が多かったからなぁ。

昼からは弟子達の授業にしてるって皆が知ってるからか、大体皆昼までに訪ねて来るし。


「アスバちゃん、最近魔獣退治の仕事してたのかな?」

『キャー?』

「知らないかぁー」


私の呟きにいつも頭の上に居る精霊が首を傾げる。

最近私は魔獣退治の仕事は受けていない。本当に全くと言って良いほどに。

勿論私はそれで助かるし、代わりにアスバちゃんが受けてるっていうのも知っていた。

けど最近彼女は遠出した様子が無かったし、むしろ日々のんびりしてた気がする。


「いや、あれをのんびりっていうのは、違うか」


毎日毎日、日常生活を送りながら、ずっと魔法の鍛錬をしていた。

ゲームで遊んでいる時ですら、最近の彼女はずっと鍛錬を続けていた。

多分あの調子だと、寝てる時以外ずっとやってるんじゃないかな?


メイラ達に教えてる時だって、指導しながら横でもっと凄い事してたし。

アスバちゃんってすっごい出力持ってるから、本当は繊細な魔力操作って苦手なはずなんだよ。

なのに見てて惚れ惚れするぐらい綺麗で静かで繊細で、本当に魔法使いとして完成されている。


二人は全然気が付いてないだろうけど、物凄い魔法使いに教えて貰ってるんだよねぇ。

だからあの時間は本当に私の出番が無い。私が口を出す余地が一切ない。


「あ、そうか。暫く魔法の練習してないけど、私が教えないといけないんだ」


季節が変わる期間アスバちゃんが教えてたから、私の役目じゃない気がしてた。

不味い。完全にうっかりしていた。二人は不満を持ってないだろうか。

一応二人共毎日の鍛錬は続けてるけど、二人だけじゃ限界が有るだろうし。

そもそも二人の最終目的は魔法石の作成だ。放置してちゃ駄目じゃないか。


「しまったぁ・・・二人共怒ってないかなぁ・・・」


思わずそう呟いたけれど、あの二人が怒る様子が思い浮かばなかった。

稀に叱られるけど、基本的に二人とも私に甘いし。

まあ最近あんまり朝だらっとしてると、メイラに叱られる様になったけど。


『セレスさん、朝起きたならもう起きて下さい。私が寝てるからって二度寝は駄目です。むしろ私を起こして構いません。いえ、私が起きれば良いんですよね。家精霊さん、お願いします』


メイラが家精霊にそう頼んだ事で、私の早朝の微睡は無くなってしまった。

あの時間気持ち良いんだけどなぁ。ちゃんと朝には起きてるんだから許して欲しい。


因みに最近はパックも朝食を食べに来る様になっている。

ライナに朝の事を話した際、何故かメイラとライナの間でそう話が決まっていたんだよね。

そしてメイラの言う事を基本的に反対しないパックは、当然の様に頷いて返した。


『・・・セレスさん、パック君の前でその恰好は流石に駄目だと思います』

『・・・先生、僕も流石にそう思います』


そして朝寝ぼけた状態でパックに会ったら、二人にそんな事を言われた。

メイラはジトッとした目を向けて、パックは顔を逸らしながら。

寝間着姿は駄目だったらしい。パックは弟子だし子供だし別に良いと思うんだけど。

流石にリュナドさんが朝からくる、って言うなら絶対着替える。それは恥ずかしい。


まあ、何かそんな感じで、朝からシャキッとする様にと言われる毎日だ。

でも二人が山に行った後こっそりお昼寝してたりするけど。

ちゃんと二人の気配を感じたら起きてるから、今の所ばれてないと思う。多分。


「さて、こんな所で良いかな。後の依頼は二人にやって貰おう」


急ぎで欲しいと言われた薬の調合を終え、入れ物に詰めて鞄に入れておく。

後は明日か明後日にでもマスターが来るから鞄ごと渡してしまえばいい。


残りの依頼は急ぎじゃないから、二人の勉強がてらにやって貰う。

そしたら私が何かしらの理由で仕事が出来ない時、二人が代わりに受けられるし。

万が一私の身に何か会った時、あの子達に仕事が無くて困る事も無いだろう。


・・・まあこれ、提案したのって元々はライナなんだけど。


「師匠って難しいよねぇ・・・いまだに解らない事が多い・・・」

『キャー?』

「嫌な訳じゃないよ。自分が未熟だなって思うだけかな」

『キャー♪』


未熟なら熟したら美味しくなるよ! と言われても私は果物じゃないしなぁ。

いや、まさか私の事を齧ったりしないよね。美味しそうになるの待ってないよね。


「・・・食べちゃ駄目だよ?」

『キャー!?』

「あ、ううん、食事とかお菓子は良いよ」

『キャー・・・』


精霊はホッと息を吐き、薬の類を鞄に詰め終わった私を確認して頭に登り出す。

定位置に付いたら『キャー♪』とご機嫌に鳴き、私もそれを確認してから立ち上がる。


「今日はやる事あったから良いけど、この調子だとお昼寝の日が増えそうだなぁ・・・ふあぁ。んー、まだ二人が帰って来るまで時間が有るし、少し寝ようかなぁ・・・」


作業場を出て静かな家の中を眺めながら呟くと、家精霊が半眼で私を見ていた。

・・・お、お昼寝は家精霊が、前に許可してくれたもん。してくれたよね?


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ここ暫くはとても良い日々だった。

主様が毎日健康的な生活をして、主様のご友人が良く遊びに来る。

お仕事も順調な様で、リュナド様に会いに行く為に適度に外出もしていた。

最近では買出しも余り嫌がる様子が無い。勿論仮面は手放せないようだけれど。


それもこれも主様の弟子となったメイラ様とパック様のおかげだろう。

主様はどうも、お二人の前では見栄を張る傾向がある。師匠としてしっかりしようと。

なるべく師として恥ずかしい姿は見せない様に、という事を自ら呟いていたぐらいだ。


けれど元々がのんびり屋でぐうたらな所の有る主様の事。

ふとした拍子にその様子を覗かせ、最近はとうとうメイラ様に叱られ始めた。

これはこれで良い変化だとは思っている。あのメイラ様が主様に意見をしているのだから。


これが健全な家族の形だと、家精霊として感じている。なら何も問題は無い。

お二人が心身ともに健康で居られる様子が、私にとって何よりも幸せな事なのだから。


それに何もメイラ様は我が儘を言っている訳ではない。

主様の活動が基準が自分にならない様に、ちゃんと生活して欲しいという願いだ。

だからこそ同じ様に生活しようと、私にきっちり起こす様に頼んできた。

その時の主様の顔はとても悲しそうだったけれど、メイラ様の方が正しいので仕方ない。


『・・・まあ、なので、偶には良いですよね』


すぴぃーと寝息を立てながら、これ以上なく幸せそうに眠る主様。

見栄を張る相手が居ない所で、こっそりと昼寝をしている姿に苦笑が漏れる。

私が近付いても起きない辺りがもう何とも。寝かして貰えると思っているのだろう。


『お二人が庭に近付くとすぐ起きるのに。まったくもう』


甘えられている、と考えるのは少々自惚れているだろうか。

けれどこのぐうたらな様子を見せても良い相手だと、そう思われているのが少し嬉しい。

しっかりした生活を送って貰わねばと想っているのに、心に矛盾した気持ちが生まれる。

とはいえこれから毎日同じ調子なら、流石に口を出そうとは思っているけれど。


『暫くはのんびりでも良いですよ。でも毎日は駄目ですからね?』


声が聞こえないと解っているからこそ、眠る主様にそう告げる。

もう少ししたらお二人が帰って来るし、起こさずともご自分で起きられるだろう。

なんて思っていると主様がパチリを目を覚まし、庭から山精霊のにぎやかな声が大きくなる。


本当に我が主様は敏感だ。精霊達より早く二人の帰還に気が付くのだから。

とはいえおそらく『二人に寝てる所を知られてはいけない』と思っているからだろうけれど。

でなければ主様は絶対寝ている。この方は基本的に危機さえなければ寝続ける人だから。


「・・・んー・・・二人が帰って来たみたいだね」

『はい。お二人共、今日も怪我無くご無事に』

『むにゅ・・・おはようあるじー・・・いえもおはよー』

『貴方はむしろ何で寝てるんでしょうね。私達に睡眠時間なんて必要ないはずなんですが』


聞こえていないであろう返事をすると、主様はにこりと笑って背伸びをする。

隣で寝ていた山精霊も目をこすり、寝ぼけた様子で主様の頭の上へ。


「んあぁ~・・・ふぅ、二人を迎えに行こっか」

『はい、お供します』

『お迎えだー♪』


部屋を出て行く主様の寝癖をこっそり直しながら、苦笑して付いて行った。

メイラ様にばれたら私が叱られそうですね。ふふっ。

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