第373話、見送りに行く錬金術師

誰が行くのかという話し合いの数日後、王子達が出発すると連絡が来た。

なので見送りに向かおうと、全員が集まっている領主館へと向かう為に早朝から外に出る。

王子だけが向かうなら見送りは要らないかなって思うけど、友達が遠出するわけだしね。


「じゃあ、ちょっと行って来るね」


家精霊に声をかけると、にこりと笑って手を振ってくれる。

それを見てから絨毯を広げ、飛び立って領主館へと向けた。

飛び上がりながら、念の為仮面もつけておく。


「セ、セレスさん、待って、待って下さーい!」

『『『キャー!』』』


すると後ろからメイラと精霊の声が聞こえ、止まって振り向くと絨毯で追いかけて来ている。

彼女は私の横を少し通り過ぎると、慌てた様子で方向転換。

そして私の前に少し危なげに近寄ると、私の絨毯にそろりと乗り換えた。


「メイラ、付いて来るの?」

「だって、アスバさん達を見送るんですよね? なら付いて行きます」

「でも、精霊殺しも居るよ?」

「うっ・・・そ、それは、我慢、します」


メイラは一瞬怯む様子を見せた物の、意を決した表情で答えた。

そんなに覚悟を決める様な事じゃないと思うんだけどな。

もう二度と会えないなら解るけど、みんな暫くしたら帰って来るんだし。


とはいえ普通の船で船旅だから、そこそこ長い期間会えないのは確かだ。

なら見送りぐらい、と思ったとしてもおかしくは無いか。


「ん、いこっか」

「はい!」

『『『キャー!』』』


元気の良いメイラの返事を聞いたら視線を前に向け、領主館へと思い切り飛ばす。

領主館に着くと庭先に馬車が用意されていて、リュナドさんが館から出て来るのが見えた。

その後ろには王子とパックも居る。丁度良いタイミングで来れた様だ。


『『『『『キャー♪』』』』』

「先生、メイラ様、おはようございます」

「・・・ん、おはよう」

「おはようございます、パック君。精霊さん達も」


私達に気が付いた精霊達とパックに挨拶を返しつつ、庭に降りてリュナドさんに近付く。

王子の見送りだからなのか人が多い気がする。仮面をつけて来て正解だった。


「・・・おはよう、リュナドさん」

「ああ、おはよう」


リュナドさんにも挨拶をして・・・皆に挨拶をしたかったんだけど居ない。

王子はリュナドさんの後ろに居るんだけど、フルヴァドさんとアスバちゃんは?


ん、あれ? どこかのお嬢様かなって思ってた人の横に、精霊殺しが居る。

人前に出る時のミリザさんみたいに、顔を隠す布のついた帽子を被ってる女性の横に。

真っ白な綺麗なドレスを着ていて、絶対知らない人だと思ってたんだけど・・・。


「・・・もしかして、フルヴァドさん?」

「ああ、まさかの私だよ」


あ、ほんとにフルヴァドさんだ。珍しい。普段は大体甲冑姿なのに。

私服も動きやすい服装だから、ドレスなんて着てるのは本当に珍しい。

でも何で顔を隠してるんだろう。隠さなきゃいけない様な理由とかあったっけ。


「全く、聖女として向かうからと、似合わないドレスを着る羽目になるとは。ギリギリまで鎧で向かうと抵抗したんだが、無理矢理服を着せられてしまった。テオまで裏切るとは・・・」

「私は別に、何も裏切っていない。ただマスターを身綺麗にする協力をしただけ」

「鎧を奪って逃げておいてよく言う」

「奪っていない。一時的に預かっただけ。着替えた後に返した」

「もう手遅れだろうそれは・・・はぁ」


どうやらこの格好は彼女の意思じゃないらしい。聖女らしい恰好かぁ。

ミリザさんの『法主』としての恰好みたいな物なのかな。多分そんな感じだろう。

納得した所で周囲を見回し、肝心の人物が見当たらない事に気が付く。


「・・・アスバちゃんは? 領主館の中に居るの?」

「アスバ殿なら・・・」


私の問いを聞いたフルヴァドさんが、斜め後ろに顔を向ける。

そこには少し顔を俯けた使用人服の女の子が・・・物凄く見覚えのある人が居た。

普段と違い過ぎて全然気が付かなかった。何時もの覇気というか、強い存在感が無い。


「・・・アスバちゃん、何でそんな格好してるの?」

「錬金術師様、おはようございます。何故と言われましても、わたくし、聖女様の侍女でございますので。この格好は仕事服として当然の姿と存じております」


アスバちゃんは私の問いに顔を上げず、少し俯いたままそう答えた。

侍女。フルヴァドさんの侍女。ああ、何かそう言えば、そんな事言ってたような。

アスバちゃんは別人と言う事で向かうから、誰かの使用人と言う事にするとか何とか。


なんて思い出していると、彼女は顔を上げてフフンと笑った。

あ、何時ものアスバちゃんだ。胸張ってるとやっぱりすぐ解る。


「アンタがすぐに気が付けなかったなら、私の侍女っぷりも中々優秀なんじゃないかしら?」

「・・・うん、全然気が付かなかった」

「ふふん!」

『『『『『キャー!』』』』』


気が付けない事が優秀なのかどうかは解らないけど、教えて貰うまで本当に気が付かなかった。

後なんで精霊達が胸を張ってるんだろう。君達は使用人服でもすぐ気が付いたから。

ただ単に指摘しなかっただけで、君達はどうあがいても精霊にしか見えないよ。


「彼女には感服するよ。貴人の侍女としての振る舞いを教える必要も無かったからね」


王子が褒めると、彼女は更に胸を張る。精霊達も何故か胸を張る。本当に何故だろう。


「むしろ普段からこれぐらい大人しいと俺は助かるんだが」

「リュナド! 何か言った!?」

「普段から大人しいと俺は助かる」

「声を大きくしてはっきり言えって意味じゃないわよ!」


ただリュナドさんが話しかけた事で、何時も通りの様子になってしまった。

でもこの様子の方がほっとする。完全に普段のアスバちゃんだ。

少し喧嘩をしているはずなのに安心して、ぽけっとした気分で収まるまで眺める。


「ったく、結局出発の時間まで騒がしいなお前は」

「アンタが余計な事言うからでしょうが! たまには素直に褒めらない訳!?」

「素直にねぇ・・・まあ可愛いんじゃねえの? 似合ってるよ」

「似合うのも可愛いのも当たり前じゃない! 私なんだから!」

「・・・褒め甲斐がない。少しは照れるとか、謙虚とかを覚えろ」

「私には必要の無い概念ね!」


そんな感じで話が終わると、アスバちゃんは馬車へと近づく。

フルヴァドさんはふふっと笑い声を漏らしながら、彼女と一緒に向かって行く。


今回彼女達が使う馬車は少し豪華で、貴族の人達が使う様な奴だ。

ただ基礎の部分の材料は私の荷車と同じ物を使っている。

何故そんな事を知っているかと言えば、作ったのが私だからだ。


だって現地での移動で、何かがあった時どうするかって話してたんだもん。

移動時間とか、何処通ると時間かかるとか、人数が居るとどうとか。

なら空通って行けば何にも問題無いよね。と思って作った。


最初は荷車を貸そうかって言ったんだけどね。

そしたら向かう先の事を考えると、見るからに荷車は駄目だと言われた。

なら王子のと同じ形なら良いよねと伝え、王子に必要な造形を聞いて作り上げた。

出発に間に合わせる為に数日これ以外の事をやっていない。精霊達にも協力して貰った。


だって心配だしね。特にフルヴァドさんは、街から離れたらう弱くなっちゃうし。

操縦はアスバちゃんに任せればいい。今の彼女なら難なく飛ばせる。


久々に細かい彫り物とかもしたから、ちょっと楽しかったなぁ。

因みに何故か料金は王子払いらしい。私は無料でも良かったんだけどね。

作ったのは二台。もう一つ馬車が有るけど、それは元々王子が乗って来た物だ。


二台な理由は単純に二人分作ったからだ。アスバちゃんとフルヴァドさんの分。

後からフルヴァドさんが飛ばせない事に気が付いたけど、折角なので二つとも渡した。

見た目的にはほぼ変わらないから、魔法が使えないと区別が付かなさそう。


「では、行って来るよ」

「お土産は期待しないでよねー」

『『キャー♪』』


二人と精霊殺しが車に乗り、付いて行くつもりらしい精霊も飛び乗る。

使用人服で手を振る精霊二体と、それを見送る残った使用人服の精霊達。

良く解らないけど気にしても仕方ない気がする。だって精霊達だし。


「・・・気を付けてね」

「お二人共お気をつけて。精霊さん達は迷惑かけちゃ駄目だよ」

「アスバー、フルヴァドさんに迷惑かけんなよー」


私とメイラが手を振り、リュナドさんの言葉に「いちいち煩い!」とアスバちゃんが怒る。

けれどすぐに車の扉が閉められたため、彼女が出てくることは出来なかった。


そこでふともう一つの車に目を向けると、元国王が乗り込む所の様だ。

彼も使う事を考えれば、二台作った事が無駄にならなくて良かったと思う。

あっちは何やら領主と言い合っている。何を喋ってるのかは良く聞こえない。


「では、セレス殿、精霊公、帰って来た時はまたゆっくりとお茶をしよう」

「・・・ん、また」

「二人を宜しくお願いします、殿下」


そして王子が自分の車に乗ると、全ての車の扉が閉められた。

王子の馬車を先頭にして、付いて行くように全ての車が走り出す。


・・・見送りってちょっと寂しいよね。もう帰って来る時の事考えちゃう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ったく、最後の最後まで余計な事ばっかり言うんだからアイツ!」

「ふふっ、それだけ心配している、という事なんだろう」


出発前のリュナドの言葉を思い出し、イライラを吐き出すように叫ぶ。

すると何時も通りフルヴァドが諫めて来たので、深い溜息を吐いて背もたれに体を預けた。


「それはアンタも同じでしょ」

「私が? 精霊使い殿にかい?」

「違うわよ、セレスによ。こーんな物まで作っちゃってまぁ」


コンコンと車の扉を叩きながら、ハッと笑いが漏れる。

この車はセレスが作った。短期間であっという間に。

作ってる時のセレスの表情は真剣そのものだったと思う。

特に王子に細かい細工まで訊ねている時は威圧感すらあった。


「態々あの王子様の国仕様の馬車に仕立て上げて偽装してまで、いざという時に逃げる為の道具を急ぎで作ったのよ。これが心配されてなくて何なのよ」


この車は向こうの国に行った際、これで逃げられると思われない為の偽装。

セレスの空飛ぶ道具の事がどれほど伝わっているかは解らない。

けれど伝わっているとすれば、それらしき物を持って行けば警戒されるでしょうね。


けれどこの車で行けばどうだろう。罠に嵌めるとしても道中を狙うんじゃないかしら。

だって明らかに王子の所有物だもの。と言うか王家のね。

この見た目じゃセレスが作ったとは思わないでしょうよ。


フルヴァドが襲われた際、私が近くに居れば良い。

けれど何かしらで居なかった場合、どうやって彼女が逃げるか。

道も何もかも無視して空から逃げれば良い。飛ばすのは精霊に任せて。


つまりこの車の偽装は、移動の足その物を狙われない為の対処。

荷車や絨毯を持って行けば、道具自体を壊しにかかられる可能性が有る。

けれど『飛べる』などと思われていなければ、殆どの場合足を壊しにはかからないもの。


むしろ車で通れる道を限定し、誘導して道中で襲う方がよっぽど嵌め易いからね。

もし壊すとしても車輪等の、命を狙われていると感じない破壊のはず。

それなら何も問題無い。その時点で空を飛べば良いだけだもの。


「やはりこの車は、私の為かな」

「そりゃそうでしょ。アンタ以外誰を逃がすのよ」

「王子殿下や元国王・・・オッズ殿とか」

「本気で言ってる?」

「冗談だよ。解っているさ」


ふっと笑うフルヴァドは、何処か照れくさそうな様子に感じる。

そりゃそうよね。だってアンタの為に予備まで作ってんだから。

万が一壊された時の為にもう一台・・・なんて大分に念が入ってるわ。


「アンタを指名したから、一応気にしてんでしょうね。そんな態度見せないけど」

「ふふっ、そうだな。この車も王子の要望で作って、王子が買い取った形だしな」

「あの時の会話は笑うしかなかったわね。あまりにもわざとらしかったもの」


そう、あくまでこの車は王子の物。セレスとは何ら関係が無い。

だからこの車がどうなろうと、それこそ他国の空を飛ぼうと、全部王子の責任だ。

そういう風にセレスは話を持って行ったし、王子も解っていて了承した。

全くもって本当に、あいつはフルヴァドに過保護じゃないかしらね。


「鎧といい、結界石といい、この車といい、あいつはホントアンタの事気にってるわね」

「それは貴女の事も同じだと思うよ」

「あん? どういう事よ」

「・・・私にはこの車は、貴女が動かして帰って来い、という意味にも思えるよ」


何を言っているのかと眉を上げ、けれどすぐに意図を理解した。

ああ、なるほど。無茶せず帰って来いって言ってんのね。

私がこの車を使って、ちゃんと帰って来いって。飛ばすのは私の役目だって。


「・・・ったく、心配性よね。少しぐらい態度に出しなさいってのよ」

「出さないからこその彼女だろう。きっとこの意図も、気が付かなくても良いと思っているさ」

「あははっ、違いないわ」


気難しい友人の気遣いを想いながら、お互いに顔を見合わせて暫く笑いあった。

ほんと、偏屈な奴なんだから。

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