第372話、同行の確認をする錬金術師

「さてはて、何とか真面な返答を頂けたね。やっと話になりそうだ。全く本当に、話が中々進まず困ったものだよ。さて、それで誰が行くかなのだが・・・ああ、勿論私は向かうよ」


家精霊とメイラが一緒に焼いたクッキーを食べながら、中年王子が困ったと告げる。

ただその表情は全く困った様に見えず、むしろ満面の笑みに見えた。


「話し合いの場になったなら、私が行けば一発で解決じゃないの、そんなの」


同じ様にボリボリと食べながら、アスバちゃんが砕けた態度で王子に返す。

最近の二人は公的な場以外ではこんな感じらしい。

周りに部下とか兵士とかが居る時は以前と同じ様な態度だそうだ。


因みに誰が行くかというのは『アスバ・カルア要求』の事。

どうも相手の態度が少し軟化し、話し合いをしたいので招待したいという形になったそうだ。

もうかなり寒い風が吹いている事を考えれば、結構な期間話が進まなかったと思う。


何せパックの身長がいつの間にか伸びたぐらいだ。最近抱きしめたらサイズが変わってた。

この子も何時かリュナドさんみたいにがっしりした体つきになるのかなぁ。

伸びてないメイラは何だか残念そうだった。


そういえばアスバちゃんも伸びてない。会った頃と余り変化がない。

メイラは黒塊の影響も有るのかなと思うけど、アスバちゃんは少し心配だったりする。

単に成長が遅いだけだろうか。それなら良いんだけど・・・・。


「アホか。お前を寄こせっていってんのをはねのけてんのに、何でお前が直接向かってんだよ。一応まだ喧嘩になってねえのに、どっちもいきなり殴りかかりそうな奴送れるかっての」


彼女を見ながら考えていると、リュナドさんが嫌そうな顔で告げる。

その言葉にパックとメイラ、後はフルヴァドさんが苦笑していた。

今回はその気持ちが私にも少し解ってちょっと嬉しい。

アスバちゃん喧嘩っ早いからね。でも言ったら怒られそうだから言えないよね。


「私が何時誰に問答無用で殴り掛かったっていうのよ!」

「・・・そういえばお前、何だかんだ攻撃しないと不味い時以外先手取った事無いな」

「ほら見なさいよ! 私はね、口では言っても手は出してないのよ!」

「・・・セレスに八つ当たりした事有るけどな」

「うぐっ!」


うん、有る。精霊殺し関連で何故か物凄く怒られた。アレは未だに良く解ってない。

家精霊に守って貰って、メイラが止めてくれなかったらどうなっていたか。

後で八つ当たりって言われて物凄く脱力した。だって怖かったんだもん。


「まあ実際当事者が向かうのは無しだね。君の引き渡しを拒否しているのに、君を送ったんじゃ何の意味も無い。勿論、表面的には向かっていない、という事なら良いけれど」

「成程・・・良いわ、それで。相手の顔は拝んでおきたいしね」

「・・・不安だ」


王子の言葉にアスバちゃんは笑顔で頷き、けれどリュナドさんは言葉通りの表情だ。

どういう事だろうと聞いていると、彼女を誰かの使用人として連れて行くという事らしい。

向こうで『アスバ』と名乗る事は無く、偽名で大人しくしている事が条件だと。


そしてこの場に居ないけれど、元国王も向かう事に決定された。

まあ私は最初誰の事か解ってなかったんだけど。

だって突然『オッズ』って知らない人の名前が出て来たんだもん。


「メイラ様、領主殿が最近重用している火傷顔の男性の事かと。直接話した事は有りませんが、領主殿がその名を呼んでいました。メイラ様も遠目でなら見た事があるのでは?」

「あ、ああ・・・そっか、あの人、オッズって名乗ってるんですね・・・」

「・・・名乗ってる?」

「い、いえ、何でも無いですよ!?」

「え、ええ、わかり、ました?」


ただ隣で首を傾げているメイラに、パックが耳打ちをした事で解った。

領主館で火傷顔の人って、あの人しか見た事無いし。

それに態々『火傷顔の』と説明したという事は、該当者が一人しかいないという事だろう。


話はその後も暫く続き、私はぽけーっと右から左に流して聞くだけだった。

だって幾つか解らない話もあったし。国の事がどうとか私に言われても困る。

そもそも最近ここが集会所じみてる理由も良く解らないもん。


王子が「ここだと人の目が無いから気楽で良いね」って言ったせいかもしれない。

まあ私も皆が遊びに来る事は嬉しいし、家精霊もニコニコしてるから良いんだけど。


『『『『『キャー?』』』』』


ただ途中で何故か精霊達が『主は行かないのー?』と訊ねて来た。

何でそんな事を聞くんだろう。私全然話に参加してないのに。


「行かないよ。私には関係無いし、行っても邪魔になるだけだし」

『『『『『キャー・・・』』』』』


なので素直に答えると、精霊達はつまらなさそうな顔をした。

もしかして精霊達も付いて行くつもりだったんだろうか。

別に行きたいなら止めはしないけど、迷惑をかけちゃ駄目だよ?


そこでふと、フルヴァドさんに目を向けた。

彼女はさっきから静かにお茶を飲んでいる。

皆が色々と発言をする中、特に意見を言う様子は無い。


もしかして彼女も話が良く解ってない所があるのかな。

それとも単に行く気が無いから黙ってるだけって事なのかな。

後者の方が可能性は高そうだ。話が解ってないのは私だけな気がする。


「・・・フルヴァドさんは行かないの?」

「ふぇ!?」


少し気になって話しかけると、彼女は物凄く驚いた声を上げた。

そのせいで全員の会話が止まってしまい、彼女は慌てた様に目をさ迷わせる。

私もこんな事になるとは思っておらず、どうしようと思いながらも固まってしまう。

その状況で先に気を取り直したのは彼女の方だった。


「セレス殿が自分で役に立たないというのに、私が行って役に立つとは思えないが・・・」


ああ、さっきの精霊との会話を聞いてたのかな。

精霊殺しが無くても、彼女なら話の流れで解ったのかもしれない。


「私より、フルヴァドさんの方が、役に立つと思うよ」

「・・・それは、本当?」

「うん」


嘘を言う理由がない。そもそも当然の話だ。私より皆の方が絶対役に立つ。

何かを作れ、何かを倒せ、何かを採って来い、っていう単純な依頼なら私も役に立つだろう。

けれど皆の話を聞いている限り、私が行った所で何の役に立つと言うのか。


絶対役立たずだ。そんな私と比べたら、絶対彼女の方が役に立つ。

問題は比べる相手が私だと、おそらくメイラでも役に立つと断言出来る事だ。

この子は男性相手でなければ、対人能力は私より上だもん。


「わたし、が・・・そうか」


そう思い素直に頷くと、彼女は手を見つめながら呟き、ぐっと拳を握った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


お茶を飲みながら、皆の話を静かに聞く事に徹する。余程の事でない限り口は挟まない。

何せ今回、私は何の役にも立たないのだ。護衛役としての価値も無いだろう。

精霊殺しの力は街から離れるとどんどん落ちていく。あの力が無ければ私は無力だ。


力を使う条件は『街の守護』だが、その条件は少し甘い所が在ると段々解って来ている。

それは街を守る為ならば多少離れても力を使える、という曖昧な所が少し在るからだ。

だが今回はその曖昧ささえない。完全にアスバ殿個人の問題。

確かに彼女はもう街の重要人物だが、それとこれとは話が別だ。


彼女の問題をわざと国と街の問題にすり替え話を大きくした。今回の件はそれに尽きる。

流石にこれを『街の為』とこじつけて力を振るう事は出来ない。

私にもテオにもその意識が持てないせいか、全く力を使える気がしない。

おそらく対象がアスバ殿というのも原因だ。彼女は弱者ではない所か強過ぎる。


勿論テオ自身に力が有る為、多少の力は行使する事が出来る。

けれどそんな物、彼女達に比べれば些細な力だ。

特に当人のアスバ殿の事を考えれば、制限がある状態では足元にも及ばない。

何よりも使い手である私が弱い故に足を引っ張りかねない。これが一番の問題だ。


『『『『『キャー?』』』』』

「行かないよ。私には関係無いし、行っても邪魔になるだけだし」

『『『『『キャー・・・』』』』』


そんな風に考えていると、セレス殿が精霊達と話しているのが耳に入った。

聞いていないふりをしているが、他の者達も聞いているだろう。

あくまで彼女は今回の件に関わっていない。その態度で行くという意思表示だ。


解りやすくここまで言うとなると、実際は裏で動くと言っているに等しい。

とはいえどう動くか明言しない以上、その動きを察する事が出来る気がしないが。

彼女ほど見えるものが違えば、力の無い私でも役に立つ事が出来たのだろうな。


「・・・フルヴァドさんは行かないの?」

「ふぇ!?」


なのに在り得ない事を彼女が聞いてきて、変な声を出して驚いてしまった。

そのせいで一瞬部屋の時間が止まる。全員少し驚いた様子で私を見ている。

恥ずかしくて視線を彷徨わせるも、何も誤魔化せはしない。


ただ皆すぐに平静を取り戻し、目に真剣な物が宿っている事に気が付いた。

ふとセレス殿を見ると、彼女はじっと私を鋭い目で見つめたまま動いていない。

そこで私も平静を取り戻した。彼女の告げた事の意味を理解して。


「セレス殿が自分で役に立たないというのに、私が行って役に立つとは思えないが・・・」

「私より、フルヴァドさんの方が、役に立つと思うよ」


在り得ない。それだけは絶対に在り得ない。そんな事は私が一番良く知っている。

けれど鋭い目で告げる彼女の言葉に、何故かそれは無いと口に出来なかった。


「・・・それは、本当?」

「うん」


代わりに出たのは確認の言葉。いや、確認と言うよりも、願望に近い。

役に立つと肯定して欲しいという、浅ましい考えからの言葉だったと思う。

けれどきっと、彼女はそれすら見抜いた上で、優しい笑みで肯定してくれた。


「わたし、が・・・そうか」


思わず無力な手に視線を落とし、力を込めて握り込む。

私なんかが何の役に立つのか解らない。むしろ邪魔になる気すらする。

けれど信じよう。彼女が行くべきだというのであれば、私は行く価値が有るのだ。


「王子殿下。私も同行を願いたい」

「ああ、勿論歓迎しよう」


錬金術師の決定だ。当然だが王子は断らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る