第371話、友人と遊具で遊ぶ錬金術師
「ったく、退屈だわぁ・・・」
ある日居間のテーブルに体を投げ出しながら、アスバちゃんがそんな事を呟いた。
私はのんびりお茶してるだけで楽しいけど、彼女は違ったらしい。
退屈かぁ。そっかぁ。んー、どうしようかな・・・あ、そうだ。
「退屈なら、これでも、どうかな」
少し席を立って棚に向かい、そこから一通りの道具を取り出す。
これらはメイラやパックと遊ぶ為に作った遊具の一つだ。
盤上遊戯の類だけれど、ルールは割と単純な物。
アスバちゃんならすぐに理解して遊べるだろう。
私も小さい頃お母さんと良くやったし、メイラもすぐルールを覚えた。
まあ勝負になっているかと言えば、あの子はどうにも弱いのだけど。
でも手加減すると嫌がるんだよなぁ。ちゃんとやって下さいって怒られる。
山精霊達とやると丁度良いみたいだから、楽しんではいるんだけどね。
なんて思いながら遊具を持ち出すと、彼女は私を半眼で見つめて溜息を吐いた。
「今退屈って意味じゃないわよ。現状が退屈って言ってんのよ」
「・・・同じ事の様な」
「ちーがーうーわーよー」
違うと言われて考え直しても、言ってる事は同じ事にしか思えない。
テーブルの上で手をバタバタさせる彼女を見て、困った気持ちで首を傾げる。
山精霊達はそれが楽しそうに見えたのか、彼女の手に乗って上下に動くのを楽しんていた。
隣で似た様にジタバタしている子もいて、それらに視線を向けた彼女はピタッと止まる。
「ええい、じゃまよ! 私はアンタ達の遊具じゃないのよ!」
『『『『『キャー♪』』』』』
そして精霊達をペイッと上に放り投げると、それすらも楽しそうに声を上げる。
どうあがいても楽しそうな様子を見て、アスバちゃんは疲れた様な溜息を吐いた。
「ほんと、アンタ達は何時でも何でも楽しそうよね」
『『『『『キャ~///』』』』』
アスバちゃんの言葉を聞いた精霊達は、嬉しそうに照れた様子を見せる。
小さく「別に褒めてないんだけど」と呟いた声は聞こえていないらしい。
溜息を吐きながらだったけど、それすら気にしていない様だ。
そんな様子を見つつ遊具を戻そうとすると『ちょっと』と声を掛けられ動きを止める。
「何してんのよ、戻せなんて言ってないでしょ。早く置きなさいよ」
「え、でもさっき違うって・・・」
「やらないとは言ってないでしょ!」
確かにやらないとは言ってないけど、やるとも言われてない。
相変らずアスバちゃんのこういう所は解らない。
まあ良いか。解らないのは何時もの事だ。彼女との会話は何時も難しい。
「ん、解った。じゃあ、ルールだけど・・・」
「これなら知ってるわよ。簡単な遊びじゃないの」
どうやらアスバちゃんはルールは知っているらしい。
基礎のコマを置く手に淀みがない辺り、その言葉は本当なんだろう。
それを見てから私もコマを置いて、精霊達は何故かコマを抱えて並んでいる。
「ふふん、それじゃあ勝負と行きましょうか。手加減はしないわよ」
「ん」
基礎のコマを置き終わり、アスバちゃんが先行で開始。
精霊が態々コマを手渡しして、受け取ったコマを使ってゲームを進める。
どうもこうする事で精霊達も参加しているつもりらしい。
状況が覆る度に一喜一憂している精霊達はちょっと面白い。
私が有利になれば、私側に居る子達が喜び、アスバちゃんが有利になれば向こうが喜ぶ。
不利になって来るとアワアワと慌てだし、実際に遊んでいる私達より楽しそうだ。
実際は決着がつくまで状況が良く入れ替わるから、どっちが不利とは言えないんだけど。
「・・・そういえば、あの中年王子様に発破かけたのね、あんた」
ゲームの最中、アスバちゃんが思い出したかの様に、そんな事を言って来た。
発破? 何の話だろう。中年王子は確かに来たけれど、私が何かをした覚えはない。
「何の話?」
「惚けなくても良いわよ。聞いてるから」
惚けているつもりは無いんだけど。聞いてるって何を聞いたんだろう。
王子はあれから何度か来たけれど、毎回ただお茶飲んで帰ってるだけだしなぁ。
私が彼に何かを言ったとすれば・・・あ、もしかしてパックの事かな。
「パックに、弟子に手を貸してくれる事に、礼を言った覚えは有るけど、それぐらいだよ」
「・・・そう、それぐらい、ね」
うん、それぐらいだ。それ以外は特に覚えがない。
そもそも私が王子にお願いしたい事ってもう何も無いしなぁ。
海は自由に行って良いって言われてるし、国も自由に動いて良いって言われてるもん。
それ以上の頼み事って何かあるかなぁ・・・うーん、やっぱり無いなぁ。
「アンタが態々パック王子の力になる事を望んだ。その時点であの中年王子様はやる気満々よ」
そうなんだ、と思いながらコマを置く。
確かにここに来た時、随分嬉しそうだった気はする。
ただそれは私が原因と言うよりも、お母さんの影響が強いと思う。
彼が張り切るのは『私』の為じゃなくて『プリスの娘』だからだろうし。
そう考えるとお母さんのおかげでパックが助かるのか。
ここに居ないのにお母さんに助けて貰っている。
半人前気分が更に半分になった様な気持ちだ。
「ま、表向きはパックの望みだけどね。そもそもパックがあの王子殿下に頼んだ訳だし」
最近アスバちゃんはパックの事を『殿下』と呼ばなくなった。
訓練時にパックから『公の場以外ではパックで構いません』と彼女に告げたからだ。
リュナドさんとフルヴァドさんも言われたけど、あの二人は未だに『殿下』と呼んでいる。
「・・・だから、礼は言わないわよ」
「ん? 礼って、何で私に? パックの頼み事にアスバちゃん関係あるの?」
コマを置きながら不思議な事を言うアスバちゃんに、思わず首を傾げて訊ねる。
すると彼女は大きな溜息を吐き、そしてフッと笑顔を見せた。
「はいはい、そーですねー。ほら、次アンタの番よ」
「え、あ、うん」
訊ねたのに突然話を打ち切られ、戸惑いながらもコマを置く。
うーん、答えて貰えないのかなぁ。後でパックに聞いてみようかな。
因みにゲームは八連勝した所でアスバちゃんが拗ねて帰った。
三戦目でハンデ戦提案した時も、途中で少し加減した時も怒ったのに・・・。
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「パックに、弟子に手を貸してくれる事に、礼を言った覚えは有るけど、それぐらいだよ」
それぐらいねぇ。そのそれぐらいが、どれだけ効果が有るか解ってるくせに。
あの王子はアンタの存在を重要視してる。アンタが望むなら全力で手を貸すわ。
それこそ多少の損害が有ろうと、下手をすれば国王に反対されようとね。
おかげで状況が変わった。
季節が変わっても態度の変わらない向こうも、流石に態度を改めざるを得ない。
なにせ手を出せっこないと思っていた相手が、海から向かって来るんだからね。
自分の住む国の立地を恨むと良いわ。内陸の国ならこうは行かなかったでしょうからね。
ただそれもこれも、あの王子がやる気にならないと叶わなかった。
航路を行くとしても他国の領海を通る。問題無く通るには彼の協力が必要だもの。
だからセレスは最後の一押しをした。彼が全力で手を貸す様に。
セレスの一言が有ったから完全にやる気になったんだわ。
「アンタが態々、パック王子の力になる事を望んだ。その時点であの王子様はやる気満々よ」
だけどそう告げたとしても、セレスは相変らず惚けた表情だ。
良く解らないとでも言いたげな顔で首を傾げている。
やっぱりこいつは私に『自分がそう命じた』なんて言う気は無いのね。
そうよね。アンタは何時だってそうだわ。
どれだけ裏で手を回していても、それを自分の成果にしないのよね。
少なくとも、手を貸した本人には、そうそう簡単に言いはしない。
「・・・だから、礼は言わないわよ」
感謝の心は抱いている。私は恥知らずでも礼儀知らずでもない。
ここまで手を貸してくれる友人に、感謝の気持ちを持たない訳が無い。
幾ら動いているのはパックとはいえ、それは『セレスの友人』という理由が有るからだもの。
パックも今じゃ確かに私を『魔法の師』として見ているんでしょうね。
ただその前に『セレスの味方である限り』という大前提が有る。
今状況の全てはセレスを中心に回っている。セレスの言葉一つで状況が変わる。
余程の阿呆じゃない限り、誰のおかげで誰の為に動いているのかは解るわ。
だから本当は礼を言うべきなんでしょうね。感謝を口にするべきなんでしょうね。
けれどそれは目の前の人物が、渦中の中心が認めた場合だけだわ。
本人が惚ける限りは、きっと私は礼を言うべきじゃない。
「ん? 礼って、何で私に? パックの頼み事にアスバちゃん関係あるの?」
そしてセレスは当然の様にそう応えた。礼なんて必要ないと。
自分は詳しい事は知らないし、そもそも何をやっているのかも聞いていないと。
惚けた所で何の意味もないのに。パックが動くと決めた時に私も一緒に居たんだから。
まるで友人に手を貸す事を、特別言葉にする必要は無いとでも言う様だわ。
アンタがそう言うならそれで良いわ。私はけして礼なんて口にしない。
私に貸しを作った訳じゃないと言うなら、私も借りのつもりで動きはしないわ。
だから私も勝手にやらせて貰う。貸し借りなんて無視してやらせて貰うわよ。
何時かアンタが困った時、私は好き勝手に動いて結果的に手を貸すだけよ。
「はいはい、そーですねー。ほら、次アンタの番よ」
コイツに口で勝負する気は無いし、勝てる気もしない。
そもそも今のコイツは解り切った態度しか見せる気も無いらしい。
なら何を言うと無駄だと思い、話を打ち切って意識をゲームに向けた。
その代わり容赦なくゲームで打ち倒してやるわ。覚悟しなさい!
ゲームは八連敗した所で嫌になって止めた。
どれだけ手を変えても最後の盤面ほぼ一緒なのよ!? 嫌にもなるわよ!
ムカつくから帰って練習してやる! 絶対ぶっ飛ばしてやるんだからね!
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