第368話、帰って来た事を実感する錬金術師
アスバちゃんに確認をすると、思った通り別人の話だった。
やっぱりそうだよね。おかしいと思ったんだよ。
彼女が無差別に魔法を放ちまくるとは思えないし。
多分さっきの怒りは、身に覚えのない事を言われた怒りだったんじゃないかな。
でも全く身に覚えがないんだし、別人の事なんだからそこまで気にしなくても良いのに。
私じゃないですよ、別の人の事ですよ、って返せば良いだけだよね?
ああでも、してもいない事をしたって言われるのは、私も嫌だなぁ。
私の場合は自覚がないだけで、知らないうちにやってる事が有るみたいだけど。
この辺りはお母さんとライナに何度も言われた。だから疑い様がない。
でも最近はやらかした時に自覚が有るから、少しは成長してるのかな?
うん、自覚が有るだけ、頑張ってると思う。うんうん。
「・・・成程。確かに。先生の言う通りですね。要求されるアスバ・カルアなど私達は誰も知りません。極悪人で大罪人のアスバ・カルアなど欠片も知りません。だというのに完全に決めつけてこんな手紙を送って来るなんて、少々失礼ですよね。ね、精霊公殿」
なんて思っていると、パックがそんな事を言い出した。
どういう事だろうと話を聞いていると、どうやらこの話は個人の話に収まらないらしい。
私には解らない話だけど、リュナドさんも頷いているからきっとそうなんだろう。
とはいえ優しい彼の性格的に、余り喧嘩の類はしたくないみたいだけど。
そして二人の判断に納得がいったのか、アスバちゃんの怒りは収まっていた。
フルヴァドさんも心配そうな表情じゃなくなったし、もう私が気にしなくても良さそうかな。
「では、リュナド殿、少々領主殿と相談に行きましょうか」
「・・・一日ぐらいのんびりしても良くないですかね」
「今回の件は数日で片が付く話じゃないんですし、どうせ暇な時間は出来ますよ。流石に精霊達に手紙を頼むわけにもいきませんし」
「まあ、完全に関わりない他国ですからね・・・仕方ない、いきますか」
パックが立ち上がってリュナドさんを誘い、彼も溜息を吐きながら立ち上がる。
ただその表情には私が解るほど『休みたい』と書いていて、少し可哀そうな気持ちになった。
でもお仕事だから引き止めるのもどうかと思い、二人が去っていくのを見送る。
「では先生、また明日」
「んじゃ、またな」
出ていく二人に手を振り、扉が閉まると若干寂しさを感じる。
最近私、近くから人が減る度にちょっと寂しい様な。
まあでも家に居れば家精霊もいるし、メイラも居るからそこまでなんだけど。
それに今はまだアスバちゃんとフルヴァドさんはまだ居るしね。
二人はお茶のお替りを貰い、山精霊達にお菓子を渡されて食べている。
私も家精霊に貰って、へふぅと息を吐いた。
あぁ・・・帰って来た感じがする。飲み慣れたお茶の味にほっとする。
「そいえば、アンタ精霊殺しはどうしたの? 私達が居ない間は持ってないと危ないでしょ」
「皆が帰って来る今日までは毎日一緒だったよ。今はライナ殿の店で働いている。ここで皆を出迎えると言ったら、自分が居るとメイラ殿を怖がらせるから止めておく、と言われてな」
「あ、ご、ごめん、なさい・・・」
「ああ、気にしないでくれメイラ殿。仕方ないさ。誰にだって苦手な相手は居る」
そういえばメイラはあの子が苦手なんだっけ。
男性が苦手なのも理由だろうけれど、精霊殺しにはやけに怯えていた。
よく考えると、もしかしたらこの子には精霊殺しの力が解るのかもしれない。
あれは『精霊殺し』と名乗るだけ有って、精霊に対しては凄まじい力を持っている。
けれどそれだけの力を持っているなら、神性にだって幾らかは通用するだろう。
実際フルヴァドさんが使った時は、メイラの呪いを全て吹き飛ばしたみたいだし。
メイラと黒塊は、根っこの所では同化している。
普段黒塊があの子の外に居るのは、多分呪いを抱える事を無意識に拒否してるからだろう。
無意識の願いを叶える為に、黒塊はあの子の外に居る様に見せかけているんじゃないかな。
だから呪いを断てる力の脅威を感じ、それが理由で怖かったのかもしれない。
街で会った時は精霊殺しだと知らなかったけど、知った今ならそう考えられる。
「さて、色々と落ち着いた所で・・・」
「ん、なによ、まだ何か有るの?」
「少し、怒らせて貰って、良いかな?」
「・・・てっきりもう怒る気が無いのかと思ってたわ」
「優先順位をつけただけさ」
メイラと精霊殺しの事を考えていると、にっこりと笑いながらフルヴァドさんが告げた。
怒って良いかと言う割に、表情はとってもニッコリしているのだけど。
いやでも何だか笑顔なのに、ちょっと怖い様な気がする。やっぱり怒ってるからかな。
ただ私は彼女に怒られる覚えはなく、アスバちゃんは視線を逸らして気まずそうだ。
という事は、彼女は何かやっちゃったんだろうか。
優しいフルヴァドさんが怒るって、よっぽどな気がするんだけど。
「アスバ殿、セレス殿が出かける際、貴方は自分が何と言ったか覚えているかい?」
「さー・・・何て言ったかしらねぇ・・・」
「留守は任せておきなさい。私が居れば何の問題も無いわよ。そう言った」
「よく一字一句覚えてるわね、あんた・・・」
「・・・アスバ殿?」
「・・・ごめんなさい。私が悪かったです。今回は全面的に非を認めます」
「よろしい」
ああそうか、そういえばそうだった。完全に忘れてた。
それで庭に降りる時、謝る様にとか何とか喋ってたんだっけ。
任せとけとか言いながら、彼女は連絡なしで出かけてたんだもんね。
それは叱られるよ。フルヴァドさんでも怒って仕方ないと思う。
アスバちゃんも悪いと思っているらしく、素直に謝ったのでその場は収まった。
「まあ、今思えばあの時点で貴女は私に予告を出していた。気が付かなった私も未熟だ」
「・・・え、私、何か言ったっけ」
「初日に私に対して言ったじゃないか。頑張れと。私に任せると。アレは最初からそのつもりだったから出た言葉ではないのか。え、待って、まさか、本当に覚えてないの?」
「・・・あー・・・言った様な・・・気も、するわね」
ただアスバちゃんのその言葉に、フルヴァドさんが愕然とした表情を見せた。
アスバちゃんは目を彷徨わせ、メイラと家精霊は気まずそうな表情だ。
流石に私もちょっと居心地が悪い。山精霊達だけはキョトンとした顔をしている。
多分お菓子を食べるのに忙しくて、おかしな空気に今気が付いたんだろう。
「嘘でしょう・・・多少怒りは在ったものの、任せられていたのだと、そう思ったのに・・・」
「ご、ごめん。そ、その、悪気は、無かったのよ。ね?」
「・・・あってたまるものか・・・うう・・・」
「わ、悪かったって! 今回は本当に私が悪かったから、そんなにへこまないでよ!」
そのあとフルヴァドさんが機嫌を直すまで、少しだけ時間がかかった。
流石に帰る頃には、二人共何時もの調子に戻っていたけど。
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「じゃあ店長、お疲れ様でーす」
「はーい、おつかれー」
『『『『『キャー♪』』』』』
店員が去っていくのを見送り、扉を閉めて、けれどカギは開けておく。
厨房の火はまだ落としていない。だってこれからお客がやって来るから。
取り敢えずお茶だけ用意しておいて、広いテーブル席に着く。
『『『『『キャー!』』』』』
「はいはい」
精霊達がご機嫌に鳴くのを聞きながら、テーブルの上のダンスを眺める。
また新しく覚えたものらしい。誰に教えてもらっているのやら。
取り敢えず精霊にセクシーダンスの類をされても、これっぽっちもセクシーさは感じない。
むしろシュールだ。私は一体何を見せられているかという気分になる。
精霊の流し目に喜ぶ人間が居るのか疑問は尽きない。本当に私は今何を見ているんだろう。
『『『『『キャー♪』』』』』
「ん、きたみたいね。はいはーい」
暫くするとコンコンとノックの音が響き、その前に精霊達は反応して扉に群がる。
返事をして扉を開けると、予想通りのお客様がやって来た。
「いらっしゃい、セレス。おかえりなさい」
「うん、ただいま、ライナ」
何時もの笑顔。気の抜けた普段のセレス。
うん、どうやら悪い結果では、なかったみたいね。
今回の件はまだ誰にも何も聞いていない。
だから今のセレスの表情が、私にとって一番の判断材料だ。
ただふと彼女の横にも後ろにも、可愛いお弟子さんが居ない事に気が付く。
「・・・メイラちゃんは?」
「それが、どうしても一人でやりたい事が有るからって・・・家で留守番してるって」
「あら、置いてきちゃったんだ。最近のセレスにしては珍しい」
「それが、私の都合でセレスさんの予定は曲げられません、行って来て下さい、って言われた」
それでも一人で来たのね。あの子ってば、気を遣ったのかしら。
偶に奥で二人で話してるから、邪魔になるとでも思ったのかもしれないわね。
「ふふっ、そう。随分しっかりしてきたわね、あの子も」
「んー・・・そうだね。ちょっと、寂しい」
寂しいけどそれでもか。本当に変わったわね。嬉しいけど、私も少し寂しいかも。
でもセレスと違って、私はそんなに表に出したりはしないけど。
私の親友にそんな姿を下手に見せたら、どういう暴走をするか若干怖いし。
「さ、上がって頂戴、すぐに料理を用意するから」
「うん、ありがとう」
メイラちゃんの厚意に甘えて、今日は会話内容に気を遣わずに行きましょうか。
とはいえ取り敢えず、セレスに何か食べさせてからかしら。
まあセレスはご機嫌みたいだし、悪い話にはならないでしょ。
今回に限ってはセレスに落ち度が有っても、私は叱る気なんて殆どないしね。
そう思って気楽に構えていたけれど、内容を聞いて大分驚いた。
リュナドさん・・・随分凄い事になってるわね。あの人元々ただの下っ端だったのになぁ。
ただ彼は相変らず、自分が何かやる度にセレスに好かれてる自覚がない。
もうこの関係って修復不可能なんじゃないかしら。ちょっとこじれ過ぎじゃない?
でも仲は良いのよねぇ。見てる限りお互いに信頼関係も有るし。
ただ肝心の部分の誤解が相変らずどうしようもない。言っても信じないんだもの。
・・・うん、諦めよう。なるようになるでしょ。現状セレスにとっては良い方向だし。
弟子の面倒を見てるおかげか、セレスも結構周りの事が見える様になって来てるしね。
まあ一般人と比べれば、些細も些細なんだけど、それは措いておきましょう。
「ミリザさん、か。良い人と友達になれて、良かったわね」
「うん。いつか、ライナにも紹介したいな」
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
今は丸く収まって喜ぶセレスを労ってあげましょうか。
マスターはまたリュナドさん揶揄って遊ぶんでしょうね。
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