第367話、内容を疑う錬金術師

「上等じゃない。その喧嘩、買ってやる・・・!」


喧嘩? アスバちゃんに喧嘩を売るとか無茶が過ぎる。

リュナドさんと口喧嘩とかはしてるけど、殴り合いの喧嘩は絶対しない。

もしそんな事になったら、きっとリュナドさんは一瞬で吹き飛ぶ。


あ、でもこの間の状態になれるなら、アスバちゃんにも勝てそうかも。

いや、リュナドさんには遠距離攻撃が無い。距離を取られたら終わりか。

待って、それも違う。今はそういう事じゃなくて。


「っんとに、ふざけやがって・・・! アスバ・カルアを、よこせだぁ・・・!」


怒りの余りか口調まで変わってるアスバちゃんが怖過ぎる。

待って待って怖い。本気で怖い。こっちに殺気を向けられてる訳じゃないのに。

上手く制御が出来てないのか、異常な魔力が思い切り全方位に放たれて息苦しい。


よこせってどういう事だろう。誰かがアスバちゃんを呼んでいるんだろうか。

けどそんな事すら聞く事が出来ない。むしろ現実逃避をするぐらい怖い。

話しかけたら次の瞬間魔法を放たれそうな雰囲気がある。


『『『『『キャ~・・・』』』』』


そのせいか山精霊達は殆どが避難して、既に家の陰に隠れている。

パックやメイラに付いてる子や、頭の上の子は流石に逃げてないけど。

あ、リュナドさんと一緒の子達は全員逃げてる。


家精霊は流石というか、驚きながらもメイラとパックの前に移動した。

二人は魔法の訓練をしたおかげか、今の状況を正しく理解出来ている様だ。

しっかりと家精霊の背後に隠れ、けして前に出ない様にしている。

黒塊はつかづ離れず、といった位置で待機している様だ。


「・・・はぁ~」


ただ唐突に迸る魔力が収まり、アスバちゃんが溜息を吐くと殺気も消えた。

そして手紙から顔を上げると、リュナドさんに向き直る。

表情は不機嫌そうで、けれど怒りの様子は消えていた。


「・・・はい、どーぞ。精霊公様」

「え、あ、ああ。その、読んで良いのか?」

「・・・駄目だったら渡さないわよ」


アスバちゃんの様子に圧されているのか、彼は恐る恐る手紙を受け取る。

ただ手紙に視線を落とすと、彼の眉間に皴が寄った。

そんなに酷い内容なんだろうか。


「・・・読めないんだが。フルヴァドさんはこれ読めんの?」


どうやら手紙を受け取ったものの、中身が読めなかったらしい。

彼はそのまま顔を上げ、フルヴァドさんに視線を向ける。

すると彼女はフルフルと首を横に振り、苦笑しながら口を開いた。


「申し訳ないが私も読めない。内容も詳しくは解らない。アスバ殿が帰って来た時に本人がするだろうと言われ、さっきアスバ殿が口にした程度の事しか聞いてないんだ」

「だってよ。アスバ、説明してくれ」

「・・・どっかの国の奴が、アスバ・カルアをよこせって言ってる。以上」


それは・・・さっき言ってたままの事の様な。

流石のアスバちゃんでも、それだけで怒るとは思えない。

彼もそう思ったのか、大きな溜息を吐いている。


「お前なぁ、説明する気無いだろ」

「・・・今ちょっと腹が立ち過ぎて、上手く喋れないだけよ。少し落ち着く時間を頂戴」

「あー・・・まあ、解った」

「・・・家精霊。お茶を入れてくれるかしら。少し、邪魔するわよ」


アスバちゃんはそう言いながら、私の家へと向かっていく。

家精霊は少々私と彼女を見比べた後、ぺこりと頭を下げて家に入って行った。

おそらく頼まれた通りお茶を入れに行ったんだろう。


山精霊達の声と、この家と、家精霊のお茶。

それらが有れば、少し時間をかければ彼女も落ち着くと思う。

にしても一体、あの手紙には一体何が書かれてたのかな。


「私も読んで、良いの、かな」


アスバちゃんはリュナドさんには許可を出した。

けれど私は聞いていない。けれど少し気になる。


「良いんじゃないか?」


彼はあっさり手紙を手渡してくれたので、手紙へと視線を落とす。

これは読めない文字ではない。ちょっと字に癖が有るけど読める。


「・・・んー?」


最初の方は、多分、挨拶、かな? やたら長々挨拶が書いてる。

取り敢えず適当に読み進めて・・・我が血族の力を盗みし極悪人?

国を滅ぼし、一族の里を壊滅させ、全てを奪った大罪人?


何だか途中から凄い事が書かれている。

色々・・・凄く色々罪状みたいなのが沢山。

でもこれと彼女に何の関係が―――――


「――――――っ、アスバ・カルアの・・・首を斬って、体を寄こせ?」


・・・なに、これ。アスバちゃんを殺せって言ってるの?

そう認識した瞬間、怒りで頭が真っ白になりそうだった。

私の友達を、大事な友達を殺せなんて、許せるはずがない。


ただ、そこでハッと正気に戻る。これではいけないと。

最近これで失敗続きなんだ。落ち着かないと。

そうだ、落ち着いて考えよう。だってこの手紙の内容おかしいもん。


色々酷い事した、って罪状が書かれてるけど、アスバちゃんがやるとは思えない。

そもそもちょっと罪状が多過ぎる。何かの間違いか、同じ名前の別人の話では。

まだ若いアスバちゃんが、こんなに大量に罪を重ねるのは無理じゃないかな。


うん、多分これ、彼女の事じゃないよね。よし、確かめに行こう。

手紙をリュナドさんに返し、私も家へと向かう。


・・・あれ、でも、万が一アスバちゃんの事だったらどうしよう。

ち、ちがう、よね? し、信じてるから、ね? う、疑ってる訳じゃ、ないからね?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


パタンと扉を閉め、居間の椅子に座って大きな息を吐く。

勝手知ったる他人の家だ。今更気兼ねなんて一切ない。


「・・・師匠」


アスバ・カルア。この名は元々師匠の名前。

おそらく・・・いや、間違いなく手紙に書かれた名前は、私の事じゃない。

確実に要求しているのは師匠の事だ。師匠の体だ。


手紙には『我が血族』とあった。つまり差出人は師匠の血族。

その血族が『アスバ・カルアを殺して体を寄こせ』と言っている。


生き残りが居たのね。居る可能性は考えていたけど、まさか本当に居るなんて。

そりゃあ師匠の所在が知れたなら、喉から手が出る程欲しいでしょうよ。


血族にとってアスバ・カルアは特別な物。師匠からよーく聞いたもの。

いえ、もしかしたら師匠の子供や孫、と思ってるのかもしれないわ。

勿論偽物の可能性も考えてるんでしょうけど、それでも手に入れたいんでしょうね。


それだけなら、まだそこまで腹は立たなかった。

いえ、立ってたでしょうけど、ここまでじゃない。

今更何をと思ったけど、まあその程度の怒りだったと思うもの。




――――――ふざけんじゃないわよ。誰が、大罪人、だって?




師匠を罪人にしたのはお前達だろう。お前達が師匠を人殺しにしたのだろう。

ええ、解ってるわ。どう言い訳をしても師匠は虐殺者よね。

常識的に考えれば大悪人で、大罪人というのは確かだわ。


殺された人間の中に、何の罪もない者達が居たのは確かだもの

その子孫や生き残りであれば、師匠を罪人と言うのも仕方ない。


けれど、けれど、お前達は、それを言う事が許される人間じゃない。

裏切者はどちらだ。先に裏切ったのはどちらだ。

お前達が裏切りさえしなければ、師匠は狂いはしなかったんだ。


そうだ。私は覚えているぞ。貴様らが、貴様らが裏切った事を。

血族の力を手に入れる為に、私の家族すら人質に取った貴様らの所業を。

忘れるものか、ああ忘れるものか。貴様らはこの私を、アスバ・カルアを敵に回した。


国を挙げて罪人にする様に、裏で手を回してまで欲しがったこの力。

血族でもない小娘に託した事を知れば、貴様らはさぞ悔しかろう。適性の無かった貴様等には。

だが今はこの娘がアスバ・カルアだ。我が娘。我が愛しの弟子。この娘がアスバ・カルアだ!


「―――――っ」


駄目だ。落ち着こうと思っているのに、無意識に奥歯を噛み締める。

思考が、私の物じゃなくなる。呑み込まれる。気が狂いそうになる。

怒りが収まらない。手紙の主を消し飛ばしたくて仕方がない。

手段など何も思いつかず、ただただ怒りだけが頭を占める。


「っ!」


突然扉の向こうから、凄まじい殺気を感じた。

さっきの私の様な、怒り交じりの震える様な威圧感。

そのおかげで正気に戻り、扉の向こうを注視する。


ただ暫くするとその威圧は収まり、また暫くして扉がゆっくりと開いた。

扉の向こうに現れたのはセレスで、何故か表情は険しい。

私を上から見下ろしているはずなのに、顎を引いて睨んでいる。


「・・・アスバちゃん、これ、アスバちゃんの事じゃ、ないよね」


まあ読めるわよね。セレスなら遠くの国の文字を読めてもおかしくはない。

そもそもコイツは元々別の国から来てるんだしね。

いや、殿下が読んだのかしら。まあ、そんな事はどうでも良いか。


セレス達には師匠の事を話している。詳細にではないけれどおおまかには。

なら手紙を全文読めば、その意味が理解出来ておかしくないわ。


「ええ私の事じゃないわ」


けれど差出主には関係ない。だって私は師匠の跡を継いでいる。

正式な後継者であり、本物の「アスバ・カルア」だ。

師匠でなくなって関係ない。この名を継ぐ者が欲しいのだから。


「・・・なら、アスバちゃんには、関係ないね」


関係ない? いきなり何い出してるの、コイツ。

どう考えても関係大有りじゃないの。アンタは絶対解ってるでしょうに。

そう思い眉を顰めていると、セレスは鋭い視線を消した。むしろにっこり笑っている。


「アスバちゃんがあんなに怒りながら、喧嘩を買う、なんて言うから、凄く驚いたよ。でも別の人の話なら、そんなに怒る事無いのに。あ、家精霊、皆の分のお茶も、お願いして良いかな」


セレスの言葉の意味が解らない。彼女は一体何を言っているのか。

私が怒る意味はない? 意味はある。絶対にある。

だって師匠を裏切った者達が、師匠を罪人と呼んだんだから。

ああ、その事を考えるだけで、また怒りが湧いて――――――。


「・・・成程。確かに。先生の言う通りですね。要求されるアスバ・カルアなど私達は誰も知りません。極悪人で大罪人のアスバ・カルアなど欠片も知りません。だというのに完全に決めつけてこんな手紙を送って来るなんて、少々失礼ですよね。ね、精霊公殿」

「・・・そこでこっちに振るのは酷くないですか殿下」

「でも、先生の言葉を考えれば、そういう事ではありませんか?」

「まあ、そりゃ、そういう事でしょうけど・・・」


セレスが居間に入って来ると、他の連中もぞろぞろと入って来た。

そして殿下とリュナドの言葉に、思わず目を見開く。

怒りも一瞬忘れ、本当に何を言っているのかと驚いて。

見ると殿下の手には、さっきの手紙が握られていた。


「これ、アスバ殿にというよりも、我々の国に喧嘩売ってますよね、精霊公殿」

「アスバの功績考えれば、うちの街に喧嘩売ってるも同然ですね、王太子殿下」

「しかも見て下さいよこれ、こんなはした金で要求してますよ、精霊公殿」

「こんなもんセレスなら普通に稼げる額なんですけどね、王太子殿下」


楽しげに話す王太子殿下と、死んだ目で応える精霊公。そして苦笑するメイラ。

凄まじくわざとらしい言葉が目の前で繰り広げられ、あれだけ怒っていたのに気が抜ける。

ああ、もう、馬鹿じゃないのアンタ達。本気で言ってる訳?


「この喧嘩、買ってやろうじゃありませんか」

「本当は買いたくないんだけどなぁ・・・仕方ないか。はぁ・・・」


二人を見ているセレスは、家精霊が持ってきたお茶を啜っている。

今の光景を当然の様に、この結論を当たり前だという様子で。

つまりさっきの言葉は『国が私の喧嘩の為に働け』と二人に告げていたんだ。

相も変わらず明確な言葉にはせず、セレスの意思はそこに無いかの様に。


けれど私の目の前でそれをやった。その意味を考えれば、鈍くない人間なら解る。

仲間に喧嘩を売られて、黙っていられるのかと、そう言ってくれた事が。


解ったわよ。ああもう解ったわよ。乗せられてやるわよ。

本当にもう、アンタには敵わないわ。一人で暴走はしないわよ。

してやる訳には、いかないじゃないの。


流石のセレスでも、何故私に余裕が無かったのかなんて解るはずがない。

けれどこんなのを見せられて、呑まれるなんて出来る訳がない。


ええ、出来そうにないわ。師匠、アスバ・カルアは、もう私なの。

悪いけど呑み込まれる訳にはいかないわ。私はもう、仲間が、居るから。

そのかわり精々気分よくぶん殴れるよう、お膳立てしてくれるみたいだからさ。

だから・・・どうかそれで、我慢して下さい。


「ふふっ、怒りは収まった様だな、アスバ殿」

「ご心配をおかけして申し訳ありませんわね、聖女様。ふんっ」


何よ全部解ってる様な顔で笑いやがって。

アンタ今回も役に立たないんだからね!

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