第366話、涙をこらえて見送られる錬金術師

お茶会の翌日、早朝にこっそり出発する事になった。

それというのも見送りが凄い事になりそうだと言われたからだ。

どうも街を上げてと言うか、信者総出というか、色々凄そうな感じだとか。


当然それを聞いた私は絶対嫌だと思い、私から聞いたリュナドさんも嫌だと言った。

ただ現状勝手に出て行く訳にもいかないとも言われ、思わず泣きそうなったけど。


けれどそこは頼りになるリュナドさん。すぐにミリザさんに相談に向かった。

そうして最終的に出た結論が、早朝にこっそり出て行こう、という訳だ。

アスバちゃんだけは何故か残念そうだったけど、反論は無いらしい。


という訳で、今現在それを実行中だ。既に荷車の前に集まっている。

見送りはミリザさんとお付きの人、後はいつもの僧兵さんだ。


「何かあればすぐに精霊様に連絡を入れますね」

「ああ。こちらも何かあればすぐに入れる」


ミリザさんとリュナドさんは、今はお仕事の態度で挨拶をしている。

こそっと出発な訳だし、気にしなくても良い気がするんだけどな。


因みに精霊達はもう何体か住み着いているらしく、街にも少しだけ居るそうだ。

流石に私達の街の様にそこかしこではないけれど、少なくともミリザさんの傍には一体。


どうもあれからちょくちょく竜神に絡みに行ってるっぽい。

ポカポカ殴って来たー、と言われた時は本気でどうしようかと思った。

慌ててミリザさんに謝ったけど、竜神は気にしてないそうだ。力が違い過ぎるのかな?


「メイラ様。此度は貴女にも、本当にご迷惑をおかけしました」

「いえ、気にしないでください。私も私の我が儘を通しただけですから」

「ふふっ、流石錬金術師様の一番弟子ですね」

「名前負けしてますけどね・・・でも何時か、堂々と名乗れる様に頑張ります」


メイラは十分頑張ってるんだけどなぁ。どうも自己評価が低い。

確かに錬金術師としてはまだまだかもしれないけど、弟子としては優秀だと思う。

少なくとも未熟な私の教えについて来てる訳だし。ライナに何度も叱られたなぁ・・・。


「殿下・・・いえ、パック様。これからもどうか」

「ええ、勿論です。先生の弟子として、これからも」


パックは今回『弟子』である事に凄く拘りを見せてるなぁ。

そんなに王子として来たくなかったのかな。

色々大変そうだもんなぁ。具体的に何が大変なのかは良く解らないけど。


「アスバ様は・・・次はもう少し穏やかに来て下さるとありがたく」

「考えておきますわ、法主様」

「ふふっ、不安になる返事ですね」


アスバちゃんは相変らず距離の詰め方が凄い。

たった数日であっという間に法主さんと仲良くなってしまった。

もう最近は羨ましいとか思わなくなって来てる。純粋に凄い。


「・・・セレス様。何時でも、遊びに来てください。心から歓迎いたします」

「うん、ありがとう。また来るね」


布が有るから解らないけど、きっと笑顔なんだと思う。

だって何時もの様に優しい声で、聴いてるだけで心が穏やかになるもん。

外に出るから仮面を付けてるけど、外していても私は心から笑っていると思う。

彼女と友達になれて、本当に良かった。優しい友達が出来て嬉しい。


『『『『『キャー!』』』』』

「ふふっ、大丈夫ですよ。忘れていません。精霊様もお気をつけて。それにこっそり出発なのですから、余り大声を出してはいけませんよ」

『『『『『・・・・・・キャー』』』』』


精霊達は彼女の言葉にハッとして、口を押えて小さく応えた。

その様子に思わず皆クスクスと笑ってしまう。


これで挨拶は終わり。こっそりだから、長々とはしていられない。

早朝とはいえもう朝だ。早い人はもう起きる時間だ。

敬虔な僧侶さんは特にそうらしいし、もう出発しないと。


「では、法主殿」

「はい、精霊公様」


リュナドさんが先導する様に荷車に乗り込み、精霊達がキャーっと付いて行く。

その後ろを私が付いて行き、メイラとパックも乗り込んだ。

最後にアスバちゃんがぴょんと乗り込み、荷車をふわっと浮かせる。


「皆様。お気をつけて・・・ありがとう・・・ありがとう、ございました・・・!」


そして法主さん達は、私達を礼で見送ってくれた。

少し涙声に聞こえたのは、別れを惜しんでくれたんだろうか。

つられて少し、泣きそうだ。けれど我慢して荷車を竜の所まで飛ばす。


『『『『『キャー!』』』』』

「む、おお、帰るのか。解った。また乗るが良い」


結局あれから竜はずっと寝ていて、精霊が声をかけると目を覚ました。

何時もと違って座った体勢だったけど、首とか疲れてないんだろうか。


「よし、行くぞ!」


言われた通り荷車ごと竜の背に乗り、勢いよく空へと飛びあがる。

行きと同じくあっという間に速度を上げ、このまま昼前に辿り着くだろう。

帰ったらまず家精霊を真っ先に労わらないとなぁ。そしてライナの店に行こう。


・・・ここの料理、地味に辛かった。流石にそろそろ、美味しい物、食べたい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今回も色々あったが、何だかんだ解決してよかった。

ある意味理想的な結末だよな、うん。もうそれで良いや。

変に考えるとまた腹が痛くなる。今だけは何も考えたくない。


完全に気を抜いてぼーっとしていると、あっという間に街に着いた。

つーか多分寝てた。疲れてたんだろうなぁ、絶対。


「ふあああ・・・あー、ねむ。帰ったらもっかい寝よう」

「精霊公様はお気楽ねぇ。帰ったら事務仕事が待ってんじゃないのぉ?」

「フルヴァドさんに怒られる予定のお前よりましだ」

「うっ、考えない様にしていた事を・・・!」


アスバに軽く返しながら、荷車が竜から離れたのを確認する。

竜はもう定位置になった場所に降りて、荷車はセレスの家へと向かう。

そして庭の上空に着くと、フルヴァドさんが待っていた。


「げっ、何でアイツ居るの」

「俺が昨日の内に連絡入れておいた」

「余計な事を・・・!」

「はっ、素直に謝ってこい」

「ぐうぅ・・・」


流石のアスバも今回ばかりは申し訳ないと思っているらしい。

反論はなく、っはぁとため息を吐いて観念した様だ。


因みにセレスは身を乗り出して手を振っている。

庭に服が浮いてるから、多分家精霊にだろう。

メイラも同じ様に乗り出しているが、殿下が不安そうに支えている。

あの子基本的に運動神経無いからなぁ。落ちそうで怖い。


「ただいま、家精霊。遅くなってごめんね」

「ただいま家精霊さん!」


着地するとセレスとメイラが家精霊に抱き付き、山精霊達が羨ましそうにキャーと鳴く。

庭に居たやつらは兎も角、荷車に居る奴はおかしいだろ。お前等一緒だったじゃん。

そしてその近くにいたフルヴァドさんが、当然だが声をかけて来た。


「おかえり、セレス殿」

「うん、ただいま、フルヴァドさん」

「リュナド殿もお疲れ様」

「ありがとう。本当に疲れたよ」


労いの言葉をありがたく思いながら、庭へと飛び出る。

そして彼女は荷車に目を向け、気まずそうなアスバが出て来る。


「ええと、その、流石に今回は、ごめん・・・ごめんなさい」

「ああ。本当はその件で、流石に今回は怒ろう、と思っていたんだけどね」

「うっ・・・そうよね・・・ん、思っていた?」

「これを見てくれ」

「なに、これ・・・これって!」

「やはり、読めるんだな」


フルヴァドさんが手紙らしき物を渡すと、アスバの目がガッと開いた。

そしてそのまま手紙を読み進め、段々と目が鋭くなっていく。


「ふ、ふふ、ふふふ、あは、あはははははははははは!!」


そしてその鋭い眼のまま、全く笑っていない目で、大きな笑い声をあげた。

これっぽっちも楽しそうじゃない。むしろ殺気立った様に感じる笑い。


「上等じゃない。その喧嘩、買ってやる・・・!」


帰って早々面倒事の気配がするんですけど。勘弁してくれませんか。

もー、頼むから休ませてくれよぉ・・・

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