第365話、何とかやり切った錬金術師
「・・・疲れた」
ミリザさんの部屋でぼそりと呟く。
ここ数日、毎日毎日人目に晒されて疲れた。何でこんな事に。
もう、何かみんな、ずっと私達を見てるんだもん。
ミリザさんが話してるんだから、そっちを見ようよ。
唯一の救いは常にリュナドさんが傍に居てくれた事だろうか。
彼に掴まって少し後ろに隠れていたから、何とか耐える事が出来た。
因みに人の多さにいっぱいいっぱいで、ミリザさんが何を喋っていたのかは一切覚えてない。
それもやっと全て終わり、真っ白になりながら魂を吐いている。
むしろ途中で既に抜けてる気すらする。ああ、体に力が入らない。
リュナドさんに抱き付いてる間ずっと力を入れてたせいか腕が重い。
「お付き合い下さりありがとうございました、セレス様」
「・・・ん」
ぽへっとしながらも、何とかミリザさんの言葉に頷く。
物凄く疲れたし、勘弁して欲しかったけど、自業自得なので仕方ない。
どうも私は同行に頷いていたみたいだし。全然聞いてなくて覚えてないけど。
だってほら、私に関係あるとか、思わないじゃない。
政治とか、人への説明とか、状況をどう収めるとか。
一番私に出来ない項目だと思う。
でも朝起きたらパックがメイラと同じ事を言って来たから、了承してしまったんだろう。
ただ流石に喋る事は要求されなかった辺り、解ってくれてると思った。
あんな大勢の前で何度も何度も喋るとか無理。後大声で喋らないと聞こえないし。
私が大勢の前で大声とか、非常事態以外で出来る訳がない。
「これでもう、流石に精霊公様も逃げ場が無くなったかしらねー」
「・・・逃げておられたんですか?」
「法主様からはどう見えてるか知らないけど、アイツ基本女から逃げてるわよ」
そうだっけ? 私逃げられた事無いけど。
アスバちゃんからも逃げてる様子は無いし・・・うーん?
「アスバ様も、そのお一人、なのですか?」
「勘弁してちょうだい。私はあんなヘタレな奴は嫌よ」
「へ、ヘタレ、ですか。ご立派な方だと思うのですが」
「アイツが凄いのは認めるわよ。けどそれとこれとは別なのよ」
「そ、そうですか・・・」
ヘタレ、かなぁ。アスバちゃんが強気過ぎるだけな気がするけど。
それに二人って結構口喧嘩してるよね。
口喧嘩が出来る時点で、ヘタレとは程遠い様な気がするんだけどな。
因みにリュナドさんはお部屋で寝ている。彼も疲れたらしい。
『や、やっと・・・解放・・・される・・・』
と言いながら、ふらふらと歩いて行った。
その様子に苦笑しながらパックも付いて行っている。
『女性陣のお茶会に邪魔する無粋は、色々と後が怖いので』
と言っていた。別に居たって良いと思うんだけどな。
メイラも「気にしなくて良いのに」と言っていたし。
そんなこんなで、今はお疲れ様のお茶会をしている感じだ。
いや、うん、本当に、疲れた。
仮面が無かったら確実耐えられなかったと思う。
その仮面は今テーブルの上だ。
ミリザさんの後ろに控えているのは、お付きの人と何時もの僧兵さんだし。
仮面を外した時「宜しいのですか?」とミリザさんに心配されたけど。
でも部屋に知ってる人しかいないなら、仮面をズラしてお茶を飲むのは面倒くさい。
そもそもこの二人には迷惑かけたのを許して貰ってるし、怖がるのも失礼な気がする。
「・・・法主になってから、こんなに心の安らぐお茶の時間が来るなんて、思いませんでした」
魂を飛ばしながら思い出していると、ミリザさんがぼそりと呟いた。
その様子に目を向けると、嬉しそうに目を細めて笑っている。
言葉通り、心安らぐ時間になっているんだろうな。
でもこんな時間が来ると思わなかった、っていうのはどういう事だろう。
「良いものですね。何も気兼ねをしない。むしろ頼ってしまう人が居るというのは」
「本当に良いのかしら? セレスなんかに頼っちゃって。コイツ結構怖いわよ?」
えぇ・・・流石にそれはアスバちゃんに言われたくない。
絶対私より彼女の方が怖いよね。というか私のどこが怖いの。
何時も怯えて泣きそうになってる、それこそ彼女の言うヘタレなのに。
「ア、アスバさん、誤解されるじゃないですか。セレスさんは優しい人ですよ」
「あら、じゃあメイラはお師匠様に怖い所が一つもない、って言う訳?」
「・・・え、ええと、それは」
え、メイラが言い淀んでいる。私何か怖がらせたっけ・・・あ、城での一件かな。
突然部屋の壁が破壊された訳だし、実際驚いたって言ってたし。アレは本当にやらかした。
でもやっぱりアスバちゃんに『怖い』って言われるのは何だか納得いかない。
「セレス様の事を多少は解っているつもりです。それでも私は、彼女が共にあると、そうなる様に手を打ってくれた事が嬉しかった。心から感謝をしています」
ちょっと頬を膨らませていると、ミリザさんがにこりと笑ってそう言ってくれた。
その笑顔がとても優しくて、思わず私も笑みが漏れる。
嬉しいな。うん、ここに来てよかった。謝りに来て、良かった。
最初に思っていた事とは、大分状況が変わっちゃったけど、新しい友達が出来た。
うん、色々やらかしちゃったけど、結果はきっと良かったんだろう。
「私も、ミリザさんが友にって言ってくれるなら、嬉しい」
「――――は、はい。これから永く、共に」
ミリザさんは何故か一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔で頷いてくれた。
さっきまでくたばってたから、会話に参加すると思われてなかったのかな?
あ、そうだ。よく考えたら私、肝心の人にお礼言ってない気がする。
リュナドさんのおかげなのは確かだけど、お付きの人にちゃんと言わないと。
大前提として彼女が許してくれなかったら、今の状況って絶対なかったし。
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法主様が・・・ミリザが、微笑んでいる。
作った笑顔じゃない。本心からの笑顔で。何も気負いのない笑顔で。
あんな笑顔を見たのは何時以来だろうか。もう久しく見ていなかったと思う。
彼女を支えようとお付きの立場になったのに、結局私には何も出来なかった。
変えてくれたのは、目の前にいる錬金術師。そして精霊公。
二人がこの国に来なければ、きっとミリザは今でも作り笑いをしていただろう。
『何時も助かってるわ。本当にありがとう』
そう告げる彼女の笑顔に、影が差していない事など無かった。
少なくとも法主になってからは見た覚えがない。
若くして法主という立場になった彼女には敵が多過ぎた為に。
正直に言えば、私は神を余り信奉していない。
だってその神がミリザに何をしてくれた。
唐突に法主の選定に選び、身に合わない立場を無理に与えただけじゃないか。
そのくせミリザを助けてくれる訳じゃない。
ただ法主という重荷を、神の器という重荷を背負わせただけ。
人の世は人が統治しろと言うなら、何故神の器の役目など与えた。
ああ、もっと正直になろう。私は竜神が嫌いだ。大嫌いだ。
私の大事な友達を無理に大人にさせた神様が、心の底から嫌いだ。
それを許した当時の大人達も、止められなかった私の事も大嫌い。
けれどそんな言葉は絶対に吐けない。万が一誰かに聞かれたら大問題だ。
それにミリザは神を崇めている。法主にしか感じられない何かが有るらしい。
竜神は心から民を想い、その為に存在していると。
だから少しでもお手伝いを出来れば幸せだと、彼女はそう言っていた。
なのに私が想いを口にすれば、彼女が困る事は目に見えている。
ただ神を嫌いだと口にしたとしても、彼女はけして咎めないだろう。
苦笑いをして謝る。そんな気がする。だから彼女にも言えはしない。
私には、結局何も出来なかった。ただ職務を全うする事しか。
彼女の壁になる事すら、満足に出来ていなかった。
「・・・悔しいな」
只の一人の人として、彼女は今錬金術師の前に居る。
目の前にいる人間が自分よりも遥かに上の存在だから。
精霊公という凄まじい存在を知ったから。
その二人が、自分の背を支えてくれると、信じられるから。
私には出来なかった。支えられなかった。
そんな思いが口から小さく洩れ、思わず俯いてしまう。
けれど良い。ミリザが笑えているなら、もうそれで良い。
私の心は隠しておこう。誰にも言わなければ、何も問題は無い。
そう思い顔を上げると、錬金術師が私を見ていた。
ミリザに向けていた優しい笑顔を、何故か私に向けている。
「貴女が私を許してくれたから、今こうしてられると思う。ありがとう」
「―――――っ」
許し。許しと言ったのか、彼女は。私が彼女を許したと。
逆だろう。迷惑をかけたのは私達で、許しを得るのもこちらのはず。
・・・違う。全部、見破られていたのか。私の嫉妬も、神への嫌悪も。
私が支えていた。支えたかった。でも支えられなかった。
その場所を許した事に、礼を言われたんだ。
私が出来なかった事を代わりにやってくれただけなのに。
『あの男の一番の敗因は、セレス様の目を甘く見た事。彼女の目は、私達には計り知れない』
先日ミリザは言っていた。その言葉の意味を今になって痛感する。
錬金術師はとても目が良い。視界が広い。本当に・・・良く、見ている。
「・・・お気になさらず。どうかこれらも、法主様を、宜しくお願いします」
「うん、こちらこそ、よろしく」
優しい笑みだ。今までの威圧感と殺気を忘れそうになる程の。
全部解っていると、任せろと言われている様だ。
ああ、やっぱり悔しいなぁ。けど、彼女なら、任せられる。
良かったね、ミリザ。対等の友達が出来て。本当に良かった。
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