第363話、置物になる錬金術師

え、えええ、ど、どうしよう。ミリザさんが泣きだしちゃった。

いやでもお礼を口にしてるし、嫌な涙じゃないのかな。

ライナも前に嬉しくて泣いてた事はあったし、そっちなのかも。


でも泣かれると焦る。考えている事が正しいのかも自信がないし。

よ、喜ぶと思ったんだけどなぁ。いやでも喜んで泣いてるなら予想通りなのか。

ああう、混乱してきた。何でこんな事になってるんだっけ。


確かミリザさんが急に、私の事を羨ましい、と言って来たんだよね。

私なんかの一体どこを見てと思ったけれど、それはすぐに納得できたんだよ。

リュナドさんと友達である事が羨ましい。そういう理由だったから。


成程確かに。私もリュナドさんやライナが居なければ、きっと相手を羨ましいと思う。

何時だって私を助けてくれる。恩を返そうと思っても返しきれない恩人。

厳しい時も偶に有るけど、私の事を想ってくれる人達だから。


ただ友達という点で言えば、今後はミリザさんも一緒だと思ったんだよね。

私と友達になってくれるって、末永く宜しくって、そう言ってくれたんだし。

ならリュナドさんもきっと仲良くしてくれると思うよ。


それに竜神との同盟の件も有るし、彼は人を守る兵士さんだもん。

仕事熱心な彼は、ううん、優しい彼はきっと仕事と関係無い範囲でも助けてくれる。

私は覚えてるもん。何の関係もない他人の領地でも、人を助ける為に彼が動いた事を。


だからきっと、私の事が羨ましいって事なら、きっとこれからは彼女も私と同じだ。

私なんかを気にかけてくれる人だもん。彼ならミリザさんの事だって助けてくれる。

そう思っての言葉だったんだけど・・・。


「ミリザ様・・・」

「法主様・・・」


未だ嗚咽を漏らすミリザさんへ、お付きの人と僧兵さんが痛ましそうな声を出す。

そのせいで何だか凄く罪悪感を感じて来た。私が泣かせちゃったみたいだし。


うう、怒られるのは慣れ・・・てないけど、泣かれるのはもっと慣れてない。

どうしたら良いのかサッパリ解らない。あ、いや、一つだけ有った。

解決を思い至って立ち上がり、ミリザさんの横へ移動する。


「・・・セレ、ス、様?」


ミリザさんは私の動きに気が付き顔を上げ、嗚咽交じりに私の名前を呼ぶ。

そんな彼女の頭を胸に抱きかかえ、ポンポンと頭を優しく叩いてから撫でてあげた。


「・・・落ち着くまで、こうしててあげるから」

「―――――っ、あ、うあぁ・・・!」


パックの時やメイラの時はこうして泣き止むまで抱きしめてあげた。

私もライナに良くやって貰ってた。こうして貰うと凄く落ち着くんだよね。

そうして暫く彼女の頭を優しく抱きしめ、泣き止んだ彼女はゆっくりと私から離れた。


「・・・その、お見苦しい所をお見せしました・・・お恥ずかしい限りです」

「気にするな。ここに居る人間は全員セレスに恥を晒している。貴女の護衛は除外だが」


恥ずかしそうにするミリザさんに対し、リュナドさんが優しくフォローを入れる。

ただ私は彼の恥なんて見た覚えが無いんだけどなぁ。むしろ晒してるのは私だ。

あ、そうか。彼女が恥ずかしくない様に気を遣ってるのかも。

危ない危ない。危うく余計な事を言って、彼の気遣いを無駄にする所だった。


「ちょっとリュナド、私は恥なんて晒してないわよ」

「アスバが一番恥晒しだろうが」

「どういう意味よ!」

「蛙」

「ぐっ・・・!」


・・・蛙? ああ、彼女とまだ出会ったばかりの頃の話かな。

そういえばあの時のアスバちゃん、ちょっと失敗したもんね。

言われてみるとあれも恥になるのかな。私に比べれば可愛い物だけど。

あの時はまだ苦手だったなぁ。すっごくグイグイ来るんだもん。最近はもう大分慣れたけど。


「あ、アンタ、それは掘り返さないって約束じゃないの!」

「したっけ。そんな約束」

「したわよ! あったま来た! アンタなんか女関係で困って逃げ回ってるくせに!!」

「おま、おまえ、なんつー事を! 今の絶対わざと誤解される言い方しただろ!!」

「あーら何の事かしら! 悩んでいるのは事実ですわよね、精霊公様ぁ!」

「まるで俺が女遊びしてるみたいだろうが!」


あ、あれ、け、喧嘩が始まってしまった。ふ、二人とも落ち着いて。

リュナドさんが女遊びしてるなんて、そんな誤解しないよ。大丈夫だよ。

いやでも、まだ関係の浅いミリザさんは違うのかな。

ちょっと不安になって様子を見ると、彼女は肩を震わせて笑って言った。


「ふふっ、ふふふっ、本当に、仲が宜しいですね、あははっ」

「はぁ・・・セレスが言うには、もうミリザ殿もこちら側だ。まったく」

「ふふっ、そうみたいですね。うふふっ」


ミリザさんは二人の様子が可笑しかったのか、とても楽しそうに笑っている。

良かった。彼女はもう大丈夫そう。はぁ、本当に焦った。

メイラとパックの時もそうだけど、何が原因で泣かせたのか全く解ってないし。

彼女が楽し気にしているおかげか、喧嘩も収まったようでホッと息を吐く。


「では恥を晒した者同士、少々腹を割って話すとしようか」

「そうですね。ではまずリュナド様はその口調を止めませんか。話し難いでしょう」

「・・・やはり無理をしている様に聞こえるか?」

「いえ、堂に入っていると思いますよ。ただ私もそちらというのであれば、仲間外れは寂しいですから。よければ普段通りに。何よりお仲間と話す時は素が出ていますよ?」

「はぁ・・・解った。そうさせて貰う。そっちも気楽にしてくれて構わない」

「はい、ありがとうございます。ただ私のこれは癖な所も有るので、暫くはこのままで」


そこからは真面目な話、というか私の入れない話が続く事になった。

同盟に関しての細かいすり合わせとか、証明の書面とか何とか。

基本的にはミリザさんが提案して、リュナドさんが確認して、偶にパックが口を出す感じかな。


国民への周知とかも何か色々言ってたけど、私は良く解らないし静かにお茶を飲んでいよう。

精霊とアスバちゃんもお菓子食べてるだけだし、多分怒られないと思うし。

メイラは真剣に聞いてはいる様に見えるけど、口を出す様子は無い。もぐもぐ。


「セレス、これで良いか?」

「・・・皆がそれで良いなら、良いと思う」


最後にリュナドさんに確認をとられたけど、そんな事言われても困る。

だって解んないし。というか途中から殆ど話を聞いてなかったし。

リュナドさんとパックが大丈夫って言うなら、きっと大丈夫なんじゃないかな。


「また不安になる事を・・・まあ、お前はそう言うか」


えぇ・・・そんな事言われても。私に任せる方が不安だよ?

ただ私らしい発言だと納得されたので、リュナドさんに自信が無いだけなのかな。

大丈夫。自信もって。貴方は絶対私なんかよりきっちり判断出来るから。

それにパックも頷いてるし、ミリザさんも頷いてるから大丈夫だと思うよ?


「取り敢えず急いで書類作って、簡易報告だけは早めに送らないとな。フルヴァドさん困ってるだろうし。あ、そうだアスバ、俺は今回一切擁護しないからな。俺達はお前が居たおかげで助かった部分も有るが、彼女には一切関係の無い事だし」

「・・・やっぱり怒ってるかしら」

「実際はどうかは知らん。けど俺なら怒る」

「そうよねぇ・・・流石に今回は平謝りかしらねぇ・・・」


あ、そっか。アスバちゃんの行方を誰も知らないから、皆で心配してたんだもんね。

フルヴァドさんは絶対心配してると思うし、心配から怒ってもおかしくないか。

ただ彼女が居たおかげで何だかんだ助かった訳で、一方的に怒られるのはちょっと可哀そう。

とはいえリュナドさんが口を出さないのであれば、私も下手に口を出さない方がよさそうかな?


「いやでもほら、私連絡する余裕も無かったわけでさー・・・」

「その言い訳を本人に出来るならやれば良いんじゃねえの」

「・・・大人しく謝るわ」

「それが良いだろうよ」


うん、言い訳するより素直に謝るのが一番だよね。

何で怒られてるのかも良く解らない時は特に。

・・・偶に謝っても怒られるんだよなぁ。アレは本当に困る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「領主殿! 何か有りましたか!」

「お、おお、は、早いなフルヴァド殿。さっき連絡を頼んだ所なんだが」

「緊急事態ですので、空を飛んで来ました」


私の到着の速さに驚く領主に、テオに力を借りた事を告げて奥へと入る。

今のテオは大剣になり私の背に居る。この状態なら街の中程度の移動なら一瞬だ。

普段ならこんな事はしないが、今は緊急事態。

私は飛ぶ際に光るのでかなり目立つが、そんな事を言っていられる場合ではない。


リュナド殿からの連絡が来たと、伝令を頼まれた精霊から聞いた。

領主館にも精霊兵隊が数人詰めているので、人を走らせるより早いとの判断だ。

ならば何か進展が在ったのだろう。急ぎの事態であれば早く耳に入れる必要が有る。

そう思い急いで来ると、部屋には領主と元国王姿が有った。


「ははっ、流石聖剣の聖女様だ」

「領主殿」

「ああ、申し訳ない。フルヴァド殿」


私の嫌がる視線と声音に気が付き、くくっと笑いながら謝る領主。

殆ど謝る気は無いな。全く、仕方ないとはいえ、身近な人間には名前で呼んで頂きたい。

まあ領主が身近などと、昔の自分からは想像も出来ない話ではあるが。


「それで、彼は一体何と。向こうで何があったのですか」

「ああ、そんなに緊迫する必要は無い。これを見てくれ」

「これは・・・」

『『『キャー♪』』』

「ああ、お疲れ様。急いで持って来てくれたんだね。ありがとう」


報告書か。リュナド殿の字だな。

おそらく領主に直接ではなく、領主館の警備の精霊兵隊が受け取ったか。


ふむ・・・ふむ?

ほう、ほうほう、そうかそうか。成程成程。

・・・アスバ殿。流石に私も怒らない訳ではないんだが。


「フルヴァド殿、顔が怖いぞ」

「失礼。少々友人に怒りをぶつける必要が有るなと思いまして」

「・・・街を壊さん程度に頼む」

「流石に暴れたりはしませんよ」


共に街を守ろうと、セレス殿に託されたのだからと、そう彼女は言った。

だがこの報告書を見る限り、彼女が『捕らえられていた』とは考え難い。

困った友人に偶には怒って良いだろう。今回は流石に本気で。

等と思っていると、元国王が楽し気に笑い出した。


「くっくっく。しかし流石は化け物。本当に属国にするとはな。しかも誰も逆らえん形に仕立て上げての契約を、向こうから望む形でか。つくづくあの女のやる事は読めん」

「勘違いするなジジィ。これは同盟だ」

「竜神と精霊公の同盟であろう? 実質属国ではないか。ああ、若造には難しくて解らんか」

「リュナドがそんなつもりで同盟を結ぶ訳が無いだろうが」

「ならばこの様な回りくどい手を使った錬金術師の意図は何処であろうな」


また始まった。本当にこの二人は仲が良いのか悪いのか。

しかし・・・腹は立つが、安堵も大きい。うん、アスバ殿が無事でよかった。

全く、本当に心配をしたというのに。帰って来たら絶対怒ってやろう。


「口の減らないクソジジィが・・・!」


口喧嘩は終わったらしい。今回は領主の負けの様だ。

まあ表面上を見れば属国という点は確かだろう。

ただあの心根の優しい彼女が、ただ支配を等とは考え難いけども。

彼女の事だ。きっとまた語らない真実が有るのだろうな。


「しかし、こうなると帰って来るのはもう少し後か。どうした物かな」

「・・・何かあったのですか?」


背もたれに体を預け、溜息を吐きながら書類を見つめる領主。

その様子に事件かと思い、眉を顰めながら訊ねる。


「・・・まあ、君なら問題無いか。いや、むしろ君は見ておくべきか」


すると彼は手に持っていた書類を突き出し、私に内容を見せて来た。

態々私が見ておくべきと前置きをされ、警戒しながら書類に目を通す。これは・・・。


「・・・すみません、読めないのですが。これは、一体なんと?」

「え? あ、そうか、すまない。ついそこのジジィと同じつもりで見せてしまった」


どこかで見た事がある気はするが、読めない字が書かれていた。

少なくとも国境を隣接した国の字ではないと思う。

また今回の様に、どこかの国が精霊公に会いたい、と言っているのだろうか。

だとしても此方の国の字ではなく、自国の字で送って来るのは少々失礼ではないか。


「要約すると『大罪人アスバ・カルアの身柄を要求する』って書いてある」

「・・・は?」

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