第362話、友達である事を喜ぶ錬金術師

ミリザさんが竜神の言葉を伝え、皆がリュナドさんに対し礼を取る。

事態を収めた彼への感謝。その気持ちはよく解る。

だって私も同じ様に思っているのだから。


「・・・ん、そうだね、リュナドさんのおかげだよね」


今回の件は間違いなく、彼が居なければきっと収まらなかった。

最初は彼に迷惑をかけない為だったのに、気が付けば助けられてしまっている。

当たり前の様に、何でも無い事の様に、本当に何時も通り。


そんな彼の背中を見つめていると、彼への想いが胸に溢れる。

彼への尊敬と、してもしきれない感謝と、言葉に出来ない程の好意が。


「法主殿、竜神公からの言葉は受け取ろう。だから立ってくれ。たとえ竜神公が何をどう言ったとしても、私は貴女と今後やっていく必要が有るのだから。そうだろう?」

「はい、精霊公様。仰せのままに」


リュナドさんへの気持ちにほんわかしていると、彼はミリザさんを立ち上がらせた。

彼女の声音はとても穏やかで、何時ものミリザさんに戻ったみたい。


「・・・とりあえず、場所を変えないか」

「はい、では私の部屋に参りましょう」


リュナドさんの提案に彼女は頷き返し、先導するように移動を始めた。

僧兵さんとお付きの人がスッと付いて行き、リュナドさんもその後ろを付いて行く。

私も慌てて彼を追いかけ、当然メイラとパックの手は繋いだまま。


アスバちゃんは最後尾だ。ちょっと珍しい気がする。

大体何時もリュナドさんの横とかが多いんだけどな。

まあ不満が在れば言う人だし、今日はきっとそこが良いんだろう。


部屋に着くと先に入る様に促され、そのまま席につく様にも促される。

リュナドさんがソファに座ると、アスバちゃんは彼の横にポスっと座った。

ミリザさんはそれを見届けてから、お茶とお菓子の用意をし始める。


そして私はというと、どうしたものかと悩んでまだ立っていたり。

だって私も彼の隣が良いなと。でもパックとメイラの手も離し難いし。


「あ、あの、先生、座らないのですか?」

「セレスさん、どうかしたんですか?」


ただ悩んでいると二人からそう問われ、慌てて手を離した。

そうだよね、二人も座りたいよね。ずっと立ちっぱなしなんだし。

自分の事ばかり考えていた。本当に私は私の事ばっかりだ。


「・・・ん、座ろうか」

「はい、先生」

「はい。あ、すみません、ちょっと待って下さい」


何処でも良いから大人しく座ろうと思ったら、メイラから待ったがかかる。

どうしたんだろうと振り向くと、黒塊と精霊がバーンと飛び出て来た。

そういえば一体化したまんまだったっけ。


『『『キャー!』』』

「ありがとう精霊さん。すっごく助かったよ」

『『『キャー♪』』』


メイラからのお礼を受けた精霊は、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回る。

その様子をクスクス笑いながら見届けると、彼女は黒塊に目を向けた。

ただその目は何時もと違い、余り厳しい様子は無い様に見える。


「・・・黒塊も、今回は、ありがとう」

『礼など不要だ。我が娘の為ならば何時でも力を貸そう』


メイラは少し気まずそうな表情で礼を告げると、黒塊はいつもの調子で応える。

ただどこか嬉しそうな感じがするのは気のせいだろうか。

メイラはそんな黒塊にふっと優しい笑顔を見せ―――――。


『我が娘が望むのであれば今からでもあの神性を亡ぼ』

「要らない。大人しくしてて」

『・・・解った』


・・・何で黒塊は余計な事を言っちゃうんだろう。私も人の事は言えないけど。

せっかくいい笑顔を向けられていたのに、また何時もの厳しい視線を向けられてる。


あ、そうだ、私もお礼を言っておこう。

何だかんだ私も助けられたんだしね。

黒塊の事だから、私の礼なんて要らないと思うけど。


「・・・私も助かった。ありがとう」

『我はただ我が娘の願いを叶えただけだ。貴様の礼など要らん』


やっぱりそうだよね。黒塊はそう答えると思った。

何処までもメイラだけを見てるから凄く分かり易い。

それでも感謝は本当だし、伝えておきたかっただけだからこれで良い。

だからメイラ、黒塊を睨むのは、止めてあげてくれないなぁ。


「もぐもぐ・・・アンタ達、そろそろ座ったらー?」

『『『『『キャー?』』』』』


黒塊と話している間に菓子が用意され、アスバちゃんと精霊達は既に頬張っていた。

何体かはお菓子の踊りをしている。お菓子を称える踊りとか前に言っていた。

でも聞くたびに違う事を言うので多分適当だと思う。


「あ、す、すみませんアスバさん、座ります」

「では僕は端に」

「え、端は私の方が・・・パック君は、その」

「僕は弟弟子ですから。どうぞ、姉弟子様」

「えと・・・はい」


パックは一番端っこに座り、メイラは手を引かれてその隣に。

結果的にリュナドさんとメイラの間が空く形になった。

なら私はそこに座ろう。開いた所にポスっと腰を下ろす。


・・・あれ、よく考えたらここ真ん中の様な。


そもそも他にも座る所が在るのに、全員で同じソファに座っている。

いやでもリュナドさんの隣が良いし、メイラ達の傍が良いし、こうなるのは仕方ないのか。

普段ならそれでも端っこに逃げたくなるけど、今日は相手がミリザさんだから別に良いかな。


「ふふ、仲が宜しいですね」


ふと気が付いた自分の位置を考えていると、正面にミリザさんがすっと座った。

座る動作も相変わらず綺麗だ。基本的に動きが見惚れる位綺麗なんだよね。

彼女の動きと仲が良いと言われた事の両方に笑顔が漏れる。


「さて、お茶の用意も出来ましたし、落ち着いてお話が出来そうですね」

『『『『『キャー♪』』』』』

「ふふっ、喜んで頂ければ何よりです」


精霊達はアスバちゃんが手を出した時点で菓子を食べているので満足そうだ。

私はとりあえずお茶を一口貰い、ふぅっと肩の力を抜いて息を吐く。

確かにやっと落ち着いた気分だ。今日は色々有り過ぎてちょっと疲れた。


「まったく。今後を考えると頭を抱えるな」

「ふふっ、ですが丸く収まったでしょう?」

「それに関しては感謝するが・・・はぁ」


んえ? 何々。突然何の話? リュナドさん何で頭を抱えて天を仰いでるの?

リュナドさん何か悩み事なのかな。でも丸く収まったって事は、解決済みなのか。

んー、ちょっと暗い顔してるし、内容は聞かない方が良いのかなぁ。もぐもぐ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


頭を抱えて天を仰ぐ彼の姿に、我が神の言葉通りだと思わず笑ってしまう。

彼は誇り高い人物だ。我が神が同列と告げるのも不敬かもしれないと言い出す程に。


『精霊公の立場を守る為であれば一番効果的であろウ。本人は望まんだろうがナ』


あの時我が神はそう告げた。精霊公は崇められる事なぞけして望まぬと。

彼はただの兵士。ただ、民を守る、それだけの存在。

だからこそ彼はただそれだけの事を全うする。たとえ相手が、神であろうと。


その在り方を無意識に感じていた為に、私は彼の事を警戒したのだろう。

誰よりも神に近く、そして誰よりも神から遠い、神を亡ぼせる誇り高い人間の兵士。

本当に強い人。特殊な力を持っているからではない、信念を持った人。


「セレス様が羨ましいですね」

「・・・ん、私?」

「ええ、リュナド様が共に居る事が、とても」


勿論私に付いてくれている者達に不満が有る訳ではない。

けれど何処かで思ってしまう。私は『守る側』なのだと。

普段は護衛について貰い、世話をして貰い、けれどそれはあくまで普段の私。


法主としての私は、この身全てを捨ててでも、民を守る義務がある。


この国で私の隣に立てる者は居ない。私は、最後の砦だ。

背中を預けられる者も、頼れる者も、私には在ってはならない。

いざとなればこの命尽きるまで戦う事が、法主として定められた使命。


勿論セレス様が守られないといけない弱い人間、なんて言う気は毛頭無い。

彼女は強い人だ。むしろ一人でも立てる人だ。けれどその横には彼が居る。

この強い人が、時には前に立ってくれる人が居る。それがとても、羨ましい。


「・・・でも、これからは、ミリザさんもそうだよね」

「―――――」


そんな心を見透かされた様な言葉を告げられ、思わず息を呑んだ。

今彼女は何と言った。私も彼女と同じと、そう言ったのか。

私も彼に守られる立場だと、そう告げたのか。だけど、それは。


「・・・これから末永く、なんでしょ」


それは、そう、言った。確かに、私はそう言った。末永く宜しくお願いしますと。

けれどそれはあくまで、あの場を収める為の建前で、ただ彼への謝意であって――――。


「・・・それに竜神とリュナドさんの同盟もあるし・・・彼なら助けてくれるよ」


言葉が、出なかった。彼女の告げる意味を理解し、我が神の御心に気が付いて。

確かに、確かに我が神は仰っていた。確かに『汝と我が同盟』と言っていた。

それはつまり我等が神と等しい彼が守るは、神の依り代である私もその対象。


「―――――っ」


あの時彼女の声は聞こえていた。リュナド様のおかげだと告げた彼女の声が。

既にあの時彼女は理解していたんだ。神の御言葉の意味も、そしてその先の事も。

全てを受け入れ、そして否定をする気は無いと告げていたんだ。

その事実に思い至り、同じくであろう精霊公へと顔を向ける。


「・・・まあ、そういう事になるんだろうな」


けれど彼は一切の反論をせず、むしろ当たり前の様に肯定を口にする。

これは違う。今気が付いたのは、きっと私だけだ。彼は元から気が付いていた。

そうだ、彼は応えていた。精霊越しではあったけれど、彼は神の言葉を肯定していた。


神は仰っていたではないか。精霊公の望む事ではないと。

それでも彼は受け取った。私の言葉に対しても否定は無かった。

ならば二人共、全部、解って。


・・・何が、何が約束は守るだ。何が敵にはならないだ。


こんな、こんなもの、そんな範疇を超えている。

私は彼と同格ではない。完全に同格ではなくなってしまった。

つまりそれは、私は彼に守られるべき民にされてしまったという事。


貴女がそう告げてしまった以上、きっと彼は守ってくれる。

だって彼は兵士だから。民を守る兵士なのだから。

神すら認める、神すら敬意を払う人間。


つまりは、神の敬意は、そういう事だ。

私より強い、法主ではないただの小娘を守ってくれる方。

神は彼に託すと言ったんだ。私を、守ってやってくれと。

彼が、彼女が、そう言わせたんだ。


「・・・っ!」


貴女は何処まで見通しているの。貴女には私がどう見えているの。

無力な小娘が無理に背を伸ばして、泣くのを堪えているのが見えていたの?

ああ・・・本当に敵わない。貴女には、本当に、何も敵う気がしない。


「ありがとう、ございます・・・!」


まだ顔を布で隠してて良かったと、心の底から思う。

今の私はきっと、潰れた汚い顔で泣いているだろうから。

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