第361話、法主の力を知る錬金術師
一体今からどこに行くんだろう。と思いつつも訊ねられずに歩を進めている。
だってミリザさんの様子がピリピリしてるんだもん。ちょっと怖い。
そして状況不明の状態が尚の事怖くて、弟子二人の手をきゅっと握った。
前方にはリュナドさんが立っていて、怖ければ背中に隠れる事も出来る。
ふと、これは完璧な布陣じゃないだろうか、何て現実逃避を思わずしてしまった。
だって皆が黙々と進む緊張感に耐えられないんだもん。
現実逃避でもしてないと私泣いちゃうと思う。というかもう半泣きになってる。
そうして歩く事暫く、竜神が出て来た講堂に戻って来た。
あ、あれ、まさかもしかして、先ずはここで謝らないといけないのかな。
いやでもまだ解らない。ミリザさんは任せてって言ってたし、そうとは限らない。
と思いつつも呼ばれた時が怖いので、そっとリュナドさんの背後に隠れた。
「法主よ、神敵を裁く為に連れて来たのか。いやその前に――――」
すると丸男の声が響き、けれどミリザさんがすぐに黙らせた。
普段の優しい声じゃない。物凄く冷たく怖い声だ。
私に言われてる訳じゃないのに、思わずビクッとしてしまう。
怖くてリュナドさんの背中に隠れ続けていると、そのまま彼女の声が講堂に響く。
内容は私達は敵じゃなく、これからも友達だという内容だった。
えっと、つまりこれは、ミリザさんと竜神が許した報告、って感じなのかな。
ただしかるべき判断って何だろう。勿論私は反省してはいるつもりだけど。
いや、つもりでしかないのかな。ちゃんと出来る人達にとってはきっとそうなのかも。
だってさっきも同じ事になってたもんね。怒りで思考が飛びそうだったもん。
となれば何かしらの注意ぐらいは受けなきゃいけないのかもしれない。
パックの襲撃犯の件に関しては、その注意が終わってからって事なんだろう。
弟子の為にも、そして反省の為にも、その注意は受け入れよう。
そう覚悟して、既に滲みかけている涙をぐっと堪える。
「我が名と、神の名において告げる。竜神公様は全てを知っておいでです。罪を告白し、謝罪すればまだ間に合う、等とは申しません。既に取り返しのつかない事態となっております。ですが自ら償うと名乗り出るのであれば、せめてこの場で罪の全てを語る事は許しましょう」
固く冷たい彼女の言葉を緊張して待っていると、そこから彼女は予想外の事を告げた。
てっきり私が注意されるのかと思っていたら、どうも私の事ではなさそうだ。
罪を告白って事なら、私は既にやってるもんね。だからさっき謝ったんだもん。
という事は、これはパックを襲撃した人間に告げてる、のかな。
ああ、そういえば襲撃の件で問うのは最終手段、とか何とか言ってた様な?
ミリザさんにも面倒が有るとか言ってたから、今みたいな問いかけ方にしたのかな。
何で悪い事した人を咎めて二人が困るのか解んないけど、解らないからこそ黙っていよう。
こういう時の私はただの邪魔だ。絶対前に出て喋ったりしたら邪魔になる。
大人しくリュナドさんの背中に隠れて丸くなっているのが正解だろう。
それにパックは『最終手段』と言っていた。つまり手段の一つではあるんだろう。
なら呼び出しに応えないのであれば、きっとこの場で咎めるんじゃないかな。
あくまで話を聞いた私の判断なので、間違ってるかかも知れないけど。
むしろ間違ってる可能性が高い。若干話覚えてないし。
だってパックの事で頭いっぱいだったんだもん・・・細かい所覚えてないんだもん・・・。
「・・・誰も名乗り出ない。本当にそれでよろしいのですね?」
ミリザさんの言葉に応え、襲撃者だと名乗り出る者は居なかった。
それを確認する様に問いかけるも、やっぱり誰も名乗り出ない。
あれ、そもそもここに襲撃者は居るのかな? 居ない可能性も有るんじゃ?
「・・・成程、理解しました。それが貴方の選択なのですね」
ただミリザさんがそう告げた瞬間、ダァンという音と丸男の呻き声が講堂に響く。
お付きの人がいつの間にか背後を取り、抵抗する暇もなく取り押さえた。凄まじい早業だ。
今のは私も反応出来るかどうか怪しい。やっぱりあの人には接近戦では絶対に敵いそうにない。
・・・ん、あれ、まさか、襲撃ってアイツがやったの?
リュナドさんに手を出す所か、パックにまで手を出そうとしたの?
「ふ、ふざけるな! 私が何をしたというのだ! そうだ、証拠は、証拠は在るのか! 何故私が咎められねばならぬ! 証拠も無く私を、この私を咎めるなどぐああああっ!?」
丸男は叫びながら抵抗しようとするも、腕を捻られてその言葉を止められた。
お付きの女性の視線はとても冷たく、そのまま腕を千切りそうな勢いだ。
「今、何故と、そう仰いましたね。証拠も無いのに何故、と」
「ぐうぅ・・・! そ、そうだ・・・証拠も無いのに、この様な横暴・・・!」
「成程。皆さまお聞きになりましたか。彼は証拠を出せと言うそうです。全てを知っていると告げる神に対し、その神の代弁者として立つ私に対し、証拠を示せと。これは面白い」
ミリザさんは全く面白くなさそうな、何処までも冷たい声で周囲に告げる。
そのせいか怒りが少し抑え込まれている。というか怖い。物凄く怖い。
普段優しい人が怒ると余計に怖く感じる気がする。
「そ、それは違う。私は法主に言っているのであって、けして神には・・・!」
「その神の言葉を代弁していると言っています。何時もの様に話をすり替えての言い逃れは出来ませんよ」
「そ、そんな馬鹿な話があるものか! 神は、我等が神は、我等に命を出さぬ! ただこの国の民が健やかに生きる事を、民の安寧望むと、そう言っていたではないか!!」
「ええ、確かに。我等が神は民が健やかに生を全うする事を一番に望み、故に人同士の事に神は関わりません。神の名を使い無理に事を為すは、神自身が否定する事です」
「な、なれば、なれば貴様こそが神を語る不届き者ではないか! 咎を受けるは私ではない! 貴様であろうが! 神の代弁者を語るペテン師が! 法主の立場で許されると思うのか!!」
二人の口論、というか丸男の叫びがやたら響く。
ただお付きの人は止める気が無いらしい。さっきは止めたのに。
その様子を見ている周りの人達は、困った感じで話し合っている。
「ならば私を咎めれば良いでしょう。他の誰でもない、神の御前で」
「な!? そ、そんな事を誰が信じる! 神が私を咎めたと、証拠も出せずに誰が――――」
「少なくとも、この場におられる方々は、信じるのではないでしょうか」
「――――な、に?」
ミリザさんが周囲を見回すと、皆がビクッと後ずさった。
ちょっと気持ちが解る。今の彼女怖いよね。
今は布で顔を隠してて表情が解らないから殊更怖い。
「我等はその神の御姿を見た。そして貴方はそのお姿を我が神と肯定しましたね。そして我等高僧の身ではなく、この講堂に居た全ての信徒が神の降臨された御姿を見ている。いえ、それ所かこの街の者達の多くが神の御姿を見ていた」
「そ、それが、どうした・・・!」
「神がこの地に確かに生きていると知り、その代行を任された法主が告げている。それでも信じないと言い出す者の、何が信徒でしょうか。少なくとも高僧の言葉とは思えませんね」
「ち、違う、この立場であるからこそ、問わねばならんのだ! 神のお言葉を捻じ曲げ、好きな様に振舞う法主など居てはならぬ! それは独裁国家と何ら変わらぬではないか! それに神は我が腕から現れなさり、錬金術師を攻撃したではないか! それをどう説明する!!」
「・・・本当に、貴方は口が達者ですね」
襲撃を認めない丸男に、溜息を吐く様な声音でミリザさんは呟く。
ただ実際の所どうなんだろう。丸男の必死の弁解のせいで良く解らない。
リュナドさんに関しては兎も角、パックの時はその場にいなかったしなぁ。
「だからこそ神の間で問う事を告げたのですが・・・これでは堂々巡りですね。貴方はけして私の言葉を認めず、そして私が意見を無理に押し通そうとする。狙いはそんな所でしょう。神は基本的に姿を現されにはなられない。今回の事は例外中の例外。そう知っているのですから」
「な、何の話だ。私はただ、正当な意見を言っているだけに過ぎ―――――」
丸男の言葉は途中で塞がれた。それはまた腕を捻られたとかじゃない。
ミリザさんが腕を突然振るい、衝撃で講堂の壁が切り裂かれたからだ。
竜神がやった様な爪の斬撃。それを彼女がやった。
良く見ると彼女の腕には鱗が在り、竜神の腕の様になっている。
全員驚いたのか絶句している。当然私も突然で驚いた。
「ではこれでも信じられないと言いますか。神の依り代として力を与えられ、我等が神の力を振るえる私の言葉でも。貴方への咎めが間違いと言うのであれば、神はけして私に力をお貸しにならないでしょう。貴方の語った通り、神の望みは民の安寧なのですから」
「そ、そんな、バ、バカな・・・こんなバカな事が・・・!」
丸男も当然目を見開いて驚いていて、抵抗の力が完全に抜けていた。
その様子を見たミリザさんは周囲を見回し、穏やかな声を響かせる。
「我が神の力はけして民に振るう物ではなく、当然神の言葉に反していればこの様な真似は出来ません。彼を裁く事に、神は異を唱えておられない。これが咎の有る何よりの証拠。この判断に異の有る者は唱えなさい。異が無いのであれば神の御言葉に礼を取りなさい」
そしてそんな彼女の言葉に、講堂に居る僧侶達は全員礼を取った。
丸男が犯人で間違いない、という事だろうか。
リュナドさんとパックも何も言わないし、どうやらそれで確定っぽい。
ミリザさんには竜神が事前に話していたのかな。それなら何で今まで放置だったんだろう。
いや、私が部屋に来るまでの間に聞いてたのかも。待って貰ってたわけだし。
もし彼女が元々知ってたのなら、多分すでに丸男を捕まえていたよね。
「では僧兵よ、彼の者を罪人として捕らえなさい」
「「「「「はっ」」」」」
彼女の言葉に僧兵達が立ち上がり、丸男へと近づいて行く。
ただ丸男は抵抗する気力が無いのか、ただ俯いてぶつぶつと呟いている。
手を下せなかったのはちょっと不安だけど・・・任せるって言ったし、捕まったから良いか。
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途中はどうなる物かと思ったが、どうやら法主様は神の力でごり押しをされてしまった。
信者達からすれば違うのかもしれないが、俺目線からだとそうとしか思えない。
いやあれ怖いって。何だよあの爪痕。逆らったら殺されるって考えるのが普通だろ。
そもそもなーんにも事情語ってないじゃん。無茶苦茶ごり押しじゃん。
「とはいえ、一応は一件落着かね・・・」
正確にはまだ細々と問題が残っているし、竜とアスバの件も解決したとは言えない。
ただ公に『同胞』と法主が告げた以上、余り悪い事にはならないだろう。
言葉の意味を考えるとするのであれば、この国が困った時は力になると言ってるんだからな。
実際に存在する竜神。その竜神と戦える娘達。そして竜とそれに張り合うバカ娘。
それがこの国の味方になるという点だけでも、損得勘定としちゃ十分だろう。
何よりも国の味方というよりも、法主の味方って言うのが正しいしな。
その辺りを考えて法主に恭順を示した者も居るはずだ。
俺はこの国に迷惑を被ってる。他の高僧達がそれを知らぬ訳が無いだろう。
その関係を理解しているのであれば、俺達が法主の傍に居る時点で色々想像するはず。
なら下手な口を聞けば被害が自分にも及ぶ。黙って従うが利口と考えておかしくない。
僧侶も貴族も上に方になると変わんねえのかね。流石に全員がそうとは思わねえけどさ。
とはいえこれでやっと気が抜ける。ようやく帰ってのんびり・・・出来るかなぁ。
取り敢えず事情説明しねえとな。フルヴァドさんが一番困ってそうだ。
「精霊公様」
「っ、どうした法主殿」
気を抜いている所に声を掛けられ、ハッとしながら振り向く。
だが目線の先には彼女が居らず、その下に跪いて礼を取っていた。
突然の事に訳が分からず固まってしまい、けれど出来る限り動揺を抑える。
「我が神からの言葉を、貴方様にお伝えいたします」
「竜神公からの? 解った、聞こう」
法主の言葉に、僧侶達の動きが止まった。丸男の連行も止まっている。
兵士がそれで良いのかと思わなくも無いが、彼らも僧侶である以上気になるのだろう。
まあ良い。俺が咎める事じゃない。大人しく竜神からの言葉を聞こう。
「汝は我が在り方と等しく、汝を我が同列として敬意を払う。汝の存在が我が民を守り、そして我が在り方を守ってくれた。心からの感謝と、我が名において汝に害を成さぬと誓う」
告げられた言葉の意味を理解する前に、僧侶達が一斉に跪いて礼を取った。
流石に僧兵達は丸男を捕らえたままだが、講堂に居る僧侶達がどう見ても俺に跪いている。
待て。ちょっと待て。何だこの状況は。まるで理解が追い付かないんだが!?
「精霊公よ。汝と我が同盟は共に民の為に」
慌てる俺に気が付いているのか居ないのか、彼女は顔を上げてそう言い切った。
この同盟は法主と精霊公ではなく、竜神公と精霊公の盟約の様に。
ただそれの意味する所を理解し、咄嗟に否定を口にしようとした。
「・・・ん、そうだね、リュナドさんのおかげだよね」
けれどその瞬間背後からそんな言葉が聞こえ、ビクッと固まり口を閉じる。
否定するな、という意味なんだろう。いや解るよ。否定しない方が良いのは。
色々都合の悪い事から目をそらして貰えるもん。それなら仕方ないって言って貰えるさ。
だってこれどう考えても本格的に神様扱いされるやつじゃん!
ていうか何時も思うけど、サクッと俺の心を読むのは普通に怖いから止めてくれ!
ああもう、何でこうなるんだ。問題自体は収まるけど、それ以外の被害が出てんだよ。
「我らが神の御言葉、しかとお伝え致しました、精霊公様」
『『『『『キャー♪』』』』』
「はい、末永く宜しくお願い致します」
・・・何でお前らが即答してんだよ。まるで俺が返事させたみたいになってんじゃん。
空、青いなぁ・・・崩れた屋根から見える空が、やけに遠く感じるなぁ・・・。
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