第360話、慌てるも遅い錬金術師
この騒動の始末をどうするのか、とリュナドさんが言い出して思わずビクッとした。
だってその話は今終わったと思って、彼の後ろに下がったんだもん。
もしかして他の人達にも謝りに回らないといけないのかなぁ。
流石に沢山の人の前は、ちょっと、怖いなぁ。
だってそうなると、講堂に戻った後、あの人数の前でって事だし。
「そういえば聞きそびれていましたが・・・アスバ様は街に潜伏されていたのですか?」
なんて思ってびくびくしていると、途中で話はアスバちゃんの事に移った。
言われて私も「そういえばそうだ」と思い、彼女を見る。
留守を任せろって言ってくれたはずだもんね。何でこの街、というか、この国に居るんだろ。
すると彼女は招待されたと答え、ただし招待した本人は解らないらしい。
それを聞いたミリザさんは険しい顔になってしまった。
招待した人の事を『首謀者』なんて言ってるし、招待しちゃいけなかったとかなのかな。
でもそっか。ただ招待されただけだったんだ。
危ない事は何にも無かったんだね。良かった。
それじゃあの紙の魔法使は、本当に一体誰の事だったんだろう?
なんて考えていると、その紙を貸してくれと言われてリュナドさんに手渡した。
彼はそのままミリザさんに手渡し、二人の会話を聞くにどうも出した人間が解っている様だ。
て事はやっぱり私宛じゃなかったのかなぁ。でもあの時リュナドさんも心配してたよね?
「僕への襲撃の件で問うのは―――――」
結局何が正解なんだろう。なんて考えが一瞬で吹き飛んだ。
襲撃? パックに? 何それ聞いてないよ?
聞き間違いとか、私にわからない言葉の綾とかじゃないよね?
もし言葉通りなら、こんなに悠長に構えている場合じゃない。
「―――――死ぬ可能性の有る状況を作る気はありませんでしたし」
死。パックが、死ぬ? 何で?
いや違う、何でなんて考えるまでも無い。
今のは言葉通りの意味だったんだ。解らない話をしてたんじゃない。
実際に死ぬような目に遭って、けれど魔法石を使えたおかげで助かった。
でもそうじゃなかったら、パックはもうここに居なかったかもしれない。
それは、そんな事――――――。
「―――――許さない」
私の大事な家族に手を出した。今度こそ本当に私に落ち度の無い被害。
たとえ落ち度が在ったのだとしても、巻き添え以外で手を出した。
そんな事を聞いて、赦せる訳がない。
「・・・ええ、私も許す気はありません」
目の前が真っ白になりそうな怒りの中、体に染み渡る様な声が響いた。
とても真剣な表情で私を見つめるミリザさんの声が、不思議と私の気持ちを落ち着けてくれる。
怒りが消えた訳じゃない。けれど冷静な自分を取り戻せた。
・・・いけない。本当に私は成長しない。頭を真っ白にしたらまた同じ事じゃないか。
意識して呼吸をして、心を静めて周囲を見る。
するとパックとメイラが心配そうな顔で見上げていた。
また弟子に心配されてしまった。何時になったら胸を張れる師匠になれるのかなぁ。
なんて情けない気持ちになりなっていると、ミリザさんは手が在ると言い出した。
犯人を捕まえる手だろうか。もし捕まえてくれるなら願っても無い。
許せないとは思うけど、一番大事なのはパックの安全だ。
私が手を下す事なんかよりも、確実に捕らえる事の方が重要だろう。
この国の代表である彼女がそれをしてくれるなら、私は素直に甘えたいと思う。
「・・・任せて良いの?」
「むしろお任せ下さい」
「・・・ありがとう」
「ふふっ、本当に、貴女は・・・ええ、そのお礼は、素直に受け取っておく事にしましょうか」
何故かクスクス笑われてしまった。何でだろう。
でもお礼は受け取って貰えたし、別に悪い事じゃないよね。
「セレスが任せるなら、私も貴女に任せよう。皆もそれで良いか?」
「僕は先生の指示に従います」
「私もセレスさんが良いなら良いです」
「私は状況を把握しきれてないし、今後の行動に下手な口を出す気は無いわ。ま、セレスが良いって言うなら、それで良いんじゃないの? 悪い風にはならないでしょ」
あ、あれ、何かみんな、私が決めたからって感じになってる。
その決め方は凄く不安になる。だ、大丈夫だよね。私間違ってないよね?
いやでもミリザさんが任せてって言ったんだし、彼女を信じるべきだと思うんだ。
けどアスバちゃんの『悪い風にはならない』って言葉が凄く重い。
もしなったらどうしよう。みんな私の事怒らないで欲しいけど。
うう、考えれば考える程怖くなって来た・・・!
「では、参りましょう。報いを受けて頂きに」
「ああ、行こうか、法主殿」
あ、ああ、不安になってる間にミリザさんが動き始めた。
リュナドさんも素直に頷いて付いて行こうとしてる。
もう考え直すとか、言える雰囲気じゃない。
というかそんな事言ったら、ミリザさんが悲しむかもしれない。
あうう、わ、私はどうすれば・・・どうすればよかったのぉ・・・。
「先生?」
「セレスさん? 行かないんですか?」
「・・・ごめん、行こうか」
「「はい!」」
うう・・・もう悩んでも仕方なさそう。いやうん、悪く考えるからきっと駄目なんだ。
任せたミリザさんを信じよう。うん、信じる・・・し、信じてるからね・・・!
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「・・・任せて良いの?」
「むしろお任せ下さい」
「・・・ありがとう」
私の決断に対し、本当に良いのかと彼女は問うた。
その問いに即答で応えると・・・彼女は礼を口にした。
思わず笑みが漏れる。本当に彼女は何処まで頼む側で居るつもりなのか。
当たり前だと、当然やれと、そう言っても良いはずなのに。
そんなつもりは無いけど、もしやらないと言ったらどうするつもりなのだろう。
いや、それでもきっと、彼女はこの態度を変えない気がする。
変える気など無いからこそ、私の謝意を受け取らなかったのだから
私が動かなければ、それはそれで別の手を考えていたに違いない。
「セレスが任せるなら、私も貴女に任せよう。皆もそれで良いか?」
精霊公は異を唱える気など欠片も無く、むしろ当然とばかりに受け入れた。
彼女が決めたのであれば何の問題も無い。言葉だけでなく態度もそう言っている。
それは弟子達や魔法使いも同じであり、どれだけ彼女が信頼されているのか本当に良く解る。
・・・そしてきっと、彼には私が踊らされている様に見えているのでしょうね。
勿論多少その自覚はある。きっと彼女の策に嵌ったのだろうと。
この為に彼女は全てを積み上げて来たのでは、なんて考えも起きない訳じゃない。
けどそれは些細な事。彼女の律義さと誠実さを考えれば、釣り合っていない罠。
だって先の彼女の怒りは、本物なのだから。
弟子を想う彼女の気持ちは、仲間を想う彼女の気持ちは本物。
それを押さえつけて、怒りを我慢して、彼女はそれでも約束を守ってくれた。
なら私は応えなければいけない。応えられなければ私は自らを恥じる。
「では、参りましょう。報いを受けて頂きに」
祭壇に背を向け、講堂に向けて歩を踏み出す。
精霊公が後ろに続き、少し遅れて他の方々も歩き始める。
道中誰も喋らず・・・いえ、精霊達は終始騒いでいたけれど。
そうして講堂に辿り着くと、私が神の間へと向かった時と同じままだった。
逃げている可能性を少し考えていたけれど、あの男は逃げずに私を睨んでいる。
その度胸だけは褒めてあげましょう。事ここに至ってまだ何とかなると思っている貴方を。
「法主よ、神敵を裁く為に連れて来たのか。いやその前に、その様な者達を神の下に連れて行った事、一体どういう形で責任をと―――――」
「黙りなさい」
当然の様に私が悪いと、そう話を持って行こうとする奴に強く告げる。
普段と違う私の様子に一瞬奴は怯むも、すぐに気を取り直しまた口を開いた。
「なっ!? 何を、貴女は状況を理解しているのか! 判断を問うのは当然――――」
「黙りなさいと言いました。今貴方の前に居るのはただの小娘ではありません。我が神に国を任された今代の法主。その意味が解らないのであれば、貴方にその地位は必要ありません」
「―――――っ!」
けれどこう言ってしまえば、流石に奴とて止まらざるを得ない。
今の言葉の意味が本当に解らないのであれば、今すぐにでもその地位を引きずり降ろされる。
たとえ異が有るのだとしても、今は黙らざるを得ない。
神の言葉に従うのが我等が高僧であり、その立場が許される理由だ。
文句を言いたいのであれば、私がミリザに戻ってからになる。
「我が神は此度の事、全て我が判断に、今代の法主に委ねると仰られました」
そこで奴の顔色は、真っ青に染まった。
私の発言した意味を理解し、本気で不味いと感じた様だ。
最早この国では覆せない決断を私がやろうとしている事に。
「精霊公様、そして錬金術師様は神敵ではないと、我等が神からの御言葉を頂きました。同時に、彼らと共に歩む事を御認めになられました。彼らを我が国の同胞と」
言葉にして聞いてはいない。けれど我が神の告げた意味を考えればそういう事。
そして今の発言を我が神が咎められない時点で、間違いなく肯定された。
ならば私は止まらない。止まる必要が無い。このまま為すべきを為そう。
「誰が此度の責任を問われるのか。どうやらご本人にはご自覚が有る様ですね。なれば尚の事、今代の法主として、神の代行者として委ねられた私は、しかるべき判断を下さねばなりません」
そう、今だけは、今回だけは、私はこの国でどんな判断でも出来る。
神がそう仰られたのだ。判断を今代の法主に全て任せると。
ただしその方法は告げられていない。つまり好きにやれと言われている。
本来我らが神は、人を律する為の法に口出しをしない。
それは人が生きていく上で、人同士で決めて行く事だと思っておられる。
神がなされるのはただ我等を守る事。人知れず加護を与える事。
極端な話をすれば、信仰心が消えて要らない存在になっても構わないと思っておられる。
それで我が子らが健やかに生きられるのであれば、不要になったので有ればそれも良いと。
我等が神は誰かを裁けなどと、そんな事を神の名でやれとは言われない。
もしそんな事を言い出すのであれば、きっと今回の様に自ら動くのだろう。
そしてそんな神が私に告げたのだ。始末の全てを任せると。
きっとそれが我が神にとって、錬金術師への最大の謝意。
神の名で事を収め、奴に裁きを下す事の許可。
実際私が今の事を口にしても、我が神からの御言葉は何も無い。
リュナド様とセレス様は自らこの判断を望まなかった。
これが一番早い手だと解っていながら。
だからこそ私は自分で決められた。葛藤も苦悩も無く、心の望むままに。
きっと我が神には解っておられたのだろう。私がこの判断を下す事を。
「異を唱えるつもりであれば、内容を告げた後に」
長く、少なくとも私の親や祖父の代から、神が法主にお告げをした事は無い。
国を守れ。人を守れ。その為に貴様達に国を任せる。ただそれだけ。
口を出すとしても、共にある隣人としての助言程度。神の言葉として使うなと釘を刺される。
その長き沈黙を神は破られた。それがどれだけの事か、高僧に解らぬはずがない。
「神の間にて、問いの義を致しましょう」
高僧は皆、神の間へと足を運ぶ権利を大なり小なり持っている。
つまり今の私の言葉が真実か、神に問う事が出来る。
もし神の名を騙ったのであれば、私は確実に法主を降ろされ処断される。
だがその私が自ら告げた。今の言葉の真偽を神の間で問えば良いと。
その発言に他の高僧達の顔色も変わった。私への見方が変わったのだろう。
今代の法主は『真に認められた神の代行者』なのだと。
実際の所は違うけれど、今は勘違いしておいて貰いましょう。
「我が名と、神の名において告げる―――――」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー最後に此方、宣伝がてらにまた書いた精霊さんです。
今度は惚けた顔がかけた!
https://twitter.com/kskq89466/status/1354668223464005633/photo/1
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