第359話、許して貰えてホッとしている錬金術師

「我が友よ。我が同胞よ。我が身滅ぶまで貴女をそう呼ぶ事を」


んえ? えっと、うん? ずっと友達って呼んでくれるって事、だよね。

あ、さっきの我が身在る限り共にって、末永く仲良くやって行こうって意味だったのかな。

そんなに深刻な顔しなくても、友達なんだから大丈夫、って言ってくれてるのか。


友達かぁ。嬉しいな。そう思って貰えてたなら凄く嬉しい。

ただミリザさんは優しい人だし、気を遣ってくれたのかもしれないけど。

だって私さっき凄い焦ってたし、びくびくしながら謝ってたもん。

あんな態度で謝られたら、許さないって言うのは難しいと思う。


「・・・ありがとう」

「ふふっ、そうですね。ここはどういたしましてと、答えておきましょうか」


その優しさに対する気持ちも含めてお礼を口にすると、優しい笑顔で微笑んでもらえた。

彼女の笑みは心が軽くなる。多分これは気のせいじゃない気がする。

何となくなんだけど、ミリザさんにはそういう力が有るんじゃないかな。


精霊と似た様な、気持ちを軽くする力というか、そういうの。

初対面の時も彼女の笑顔はホッとしたし、優しい彼女の近くはかなり落ち着く。

最初こそ竜神の力も要因だったけど、彼女自身の力の性質も大きいのかもしれない。

おかげで肩の力が抜け、ホッと安堵の息を吐きながら立ち上がる。


「はっ、お人好し同士ね、まったく」


そこで背後からアスバちゃんの不満そうな声が上がり、全員の視線が彼女へと向いた。

ただ声音とは裏腹に表情は笑顔だ。気に食わない訳じゃない、のかな?

お人好し同士って、一人はミリザさんとしても、もう一人は誰の事だろう。

少なくとも私の事じゃないよね。私は謝る側だし。


「セレスはああ言ってるけど、精霊公様はそれで良いのかしら?」

「・・・こういう時だけ精霊公って呼ぶなよ」

「あら、他国の頭首も居る場ですから、失礼無き様にお呼びしたまでですが」

「その割に最初の言葉は畏まってなかった気がするけどな」

「気のせいですわ、気のせい。リュナド様は細かい事を気にし過ぎと存じます」

「お前なぁ・・・」


ほほほと普段しない様な笑い方をするアスバちゃんに、リュナドさんは大きな溜息を吐く。

パックとメイラはその様子に苦笑していて、ミリザさんは不思議そうに少し首を傾げている。

そして私はというと、緊張しながら彼の言葉を待っていた。


だってリュナドさんは許すのかどうかって話だよね。そういう事だよね、今のって。

彼も優しいから怒らない気はするんだけど、叱られはするんだろうなぁ。

あ、良く考えると帰ったらライナにも叱られそう。うう、想像すると辛い。


「法主殿」

「はい、何でしょうか、精霊公様」


ただ何故か彼は私にではなく、ミリザさんに声をかけた。

予想外な事にキョトンとしたものの、取り敢えず大人しくしておく。

だって邪魔したら怒られるかもしれないし。ただでさえ今から叱られる所だし。


「此度の事、私から告げる事はない」

「っ、それで、良いのですか」

「私はただ、役目を果たす為にここに居る。先程そう告げたはずだ」

「・・・本当に、貴方方には、敵いませんね」


リュナドさんの言葉を聞いたミリザさんは、笑顔なのだけど少し泣きそうな表情だ。

ただどうしよう。二人共何言ってるのかさっぱり解んない。

先程告げた役目って言ってるし、多分私が聞いてない話があったのかな。

なら解らないのは私が悪いんじゃないはず。今回は流石にきっとそのはず。うん。


「では僕も。僕は先生の弟子としてこの場に在ります。故に僕から告げる事はありません」

「あ、わ、私も、セレスさんの弟子ですから、言う事は無いです!」

『『『『『キャー!』』』』』

「殿下・・・メイラ様・・・精霊様方も、ありがとうございます」


・・・あれ、何か二人共似た様な事言ってる?

メイラはこの場にいたから兎も角、パックは私と一緒に居たはずなのに。

二人が弟子だから言う事はないって、どういう事だろう。全然解んない。

精霊はそもそも何言ってるのか解んないし、本当に二人と同じ事言ってるのかも解らない。


「ったく、本当にどいつもこいつもセレスに甘いんだから。仕方ないわね、私もそれで良いわ。私一人ごねてもみっともないだけだし」


私に甘い・・・んん?

あ、もしかして今のって、私を許してくれたって事なのかな。

私が謝って、ミリザさんが許してくれたから、皆も言う事はないって事?


なら甘いってのはパックとメイラの事になるのかな。弟子だからって理由だし。

いや、甘いのはリュナドさんもか。巻き添えになったのに何も言わないんだもん。


そうか、お人好し同士っていうのは、そういう事か。

アスバちゃんからすると、もう皆許すのが解っていたんだ。

でも彼女も許してくれてるし、お人好しなのは本人も一緒の様な。


皆優しいなぁ。絶対怒って良いはずなのに、こうやって許してくれるんだもん。

いや、全員無事だったからだよね。誰か一人でも怪我してたら違ったはず。

そういう意味では最優先させたパックの避難は、自分でも良い判断をしたと思う。


「アスバ・カルア様、でしたね。貴女にも感謝致します」

「いえいえ、お気になさらず。私はただ気の赴くままに暴れただけですわ」

「ふふっ、そうですか。解りました、そういう事にしておきます」


気の向くまま暴れたなんて、そんな訳が無い事ぐらいは流石の私でも解る。

彼女は私を守ってくれた。なのに私を叱らない為にそう言ってくれてるんだ。

人の事お人好しって言うけど、やっぱり彼女もお人好しだ。


『我が謝意は要らぬと言うのカ、精霊公ヨ』

「何度も言う気は無い。セレスが要らないと言うのであれば私も要らぬ。彼女の弟子達もそう告げた以上、不毛な問答をするつもりはない。やるのであれば有用な話をしたいものだな」

『解っタ。貴殿の判断を受け入れよウ』


そっか。私を許すって事は、私がお互い様って言った竜神の事も許す事になるのか。

あー・・・甘いってもしかすると、こっちの事かな。

だとすれば確かに私に甘い。だって彼はあれだけ怒ってたんだから。


いや待って。あれは私の為に怒っていた訳だし、私の為ならもう怒る必要は無いのかな?

あれ? 何だかよく解らなくなって来た。結局何が正解なんだろう。


「では、精霊公様のおっしゃる通りこの件は終わりとし、有用なお話をいたしましょう」


・・・どうしよう、良く解らないまま話が終わってしまった。

あ、でも話が終わったって事は、許して貰えたって事だよね。

なら暫く邪魔にならない様に、ちょっと下がって黙ってよっと。

んー、リュナドさんの後ろはやっぱり落ち着く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いえいえ、お気になさらず。私はただ気の赴くままに暴れただけですわ」


内心『お前は本当にその通りだろうが』と言いたかったが、ぐっと堪えて口を噤む。

取り敢えず話を勧めたいし、コイツに何言ってもどうせ言い返して来るだけだ。

本当に非が有る時は大人しいが、そうじゃない時はとことん生意気だからな。


『我が謝意は要らぬと言うのカ、精霊公ヨ』


竜神の問いに対し、大きな溜息が出そうになるのを我慢した。

だってなぁ。本心とは違う返事しないといけないし。


本音を言えば、都合の良い条件を付けて話を進めたい、と言いたくはある。

竜神に対してもまだ若干怒りはあるし、気になる事もまだ聞けてない。

ただセレスが謝罪は要らないって言うんだから、もう仕方ねえじゃねえか。


アイツは多分、法主との約束を守っているんだ。敵にならないという約束を。

竜神に本気で殺しにかかられたにもかかわらず、法主には罪が無いと判断して。

俺との約束を何時までも守っているのと同じ様に。


「何度も言う気は無い。セレスが要らないと言うのであれば私も要らぬ。彼女の弟子達もそう告げた以上、不毛な問答をするつもりはない。やるのであれば有用な話をしたいものだな」


ならその結論に、俺が従わない訳にはいかないだろうよ。

本当に俺って立場が弱いよなぁ。公的と実質的な立場の差が酷過ぎる。


まあでもセレスがそう決めたって事は、恐らくそれで正解って事でもあるんだろう。

法主の宣言はこの場限りの物には見えなかった。あれは本気の目だったと思う。

そうでなくても一国の頭首の言葉としては、色々不味い発言だったと思うんだよな。


下手に文句付けて建前上の同盟とかより、本気で仲間になってくれた方が助かるのは確かだ。

竜神の存在が確定した事も考えると、尚の事良い関係を築く選択は悪くない。

むしろ下手をするとそちらが最善かもしれないな。向こうが善意で動いてくれるんだし。


・・・まさか法主にこう言わせる為に、竜神をおびき出したとか、流石に言わないよな?


『解っタ。貴殿の判断を受け入れよウ』


竜神は今までの問答とはまるで違い、こちらの話をとても素直に聞き入れた。

しかも何か知らんが、やたら俺の事を上に置こうとしてる。

正直突然態度が変わり過ぎて気持ち悪いし不気味だ。何でそんなに俺を持ち上げるのか。

こちとら精霊やセレスの道具が無かったら、ただの非力な一般人だぞ。


「では、精霊公様のおっしゃる通りこの件は終わりとし、有用なお話を致しましょう」

「ああ、そうだな。先ずは今回の騒動にどう始末をつけるか、という点だな」


本当にどう始末をつけたものか。冗談抜きで今困ってる。

だって竜神を許した以上、今回の騒動って何も竜神のせいに出来ねえじゃん。

そうなるとアスバと竜とセレスが暴れただけで、全部こっちが悪い事になる。


特にアスバと竜だよ。マジで問題なのはコレだよ。

お前等ホントふざけんなよ。正気に戻ったんなら戦闘を止めろっつの。

あの会話をどう誤魔化せって言うんだ。どう考えても誤魔化し様がねえだろ。


「あら、何かしらリュナド様。熱い視線を私に送って。申し訳ありませんけど、貴方の事は好みじゃありませんの。ヘタレはごめんあそばせ」

「コイツ本当に一回ぶん殴りたい」

「あ、あの、精霊公様?」

「・・・すまん、ミリザ殿。話の腰を折った」


思わず本音が口から出た。いや、普段から良く口に出してるけど。

解ってるさ、あの時お前が来なかったら色々不味かったのはな。

本人もその辺り自覚が有るみたいだから、尚の事態度がでかくてイラっとする。


「そういえば聞きそびれていましたが・・・アスバ様は街に潜伏されていたのですか?」

「いいえ、法主様。私はとある方にお招き頂き、この国に参ったしだいです」


法主は今更ながらその疑問を口にし、アスバはにやりと笑いながら答える。

その様子に一瞬思考する様子を見せた法主は、次の瞬間目を細めて鋭い視線を返した。

今の発言の意図を、言葉通りではないと判断したんだろう。


「・・・首謀者はお判りですか」

「これが困った事に、指示した人間には会えなかったので」


・・・絶対わざと捕まっただろお前。こっちは真面目に心配してたってのに。

お前の身に何かあれば絶対許さないとか、そんな事考えてたんだぞ。

もう二度と心配してやらねぇ。こいつの心配はするだけ無駄だ。ったく。


「セレス、あの紙って今持ってるか。脅して来た紙。持ってるなら貸してくれ」

「・・・有るよ・・・はい」

「助かる。ミリザ殿、これを見てくれ」


セレスから脅し文句の書かれた紙を受け取り、そのまま法主に渡す。

筆跡があの男の物であれば、これで追い詰める事が出来るんじゃないかと考えてだ。


「あの男の字、だったりしないか」

「・・・筆跡が違いますね。おそらくは奴の手の者とは思いますが、本人の筆跡でない以上知らぬ存ぜぬで通すかと。これを証拠に、というのは尻尾切りで終わるでしょう」

「その尻尾を取り込んで、奴の指示だと言わせる事は?」

「難しいかと。この様な証拠を残した以上、確実に切れる人間に書かせていると思われます」


ちっ、そう簡単には行かないか。本人が書いた物なら話は簡単だったってのに。

どうする。このまま戻ったらアイツは絶対その場を凌ごうとするはずだ。

ただ人質の心配が無くなったから、こっちは何の気兼ねも無く追い詰められる。


だからってセレスが法主と手を組むと判断した以上、証拠もなく斬り捨てる訳にはいかない。

国同士の諍いやわだかまりが出来ても良いなら別だが、それはセレスが認めないだろう。

そうなれば『法主を敵に回さない』という約束を違える事になるからな。

なら出来れば講堂に戻る前に、何かしら有効な手が欲しい。


「僕への襲撃の件で問うのは、最終手段でしょうね。追い詰められるかどうか怪しい上に、法主殿にも面倒が有るでしょうし」

「誠に申し訳ありません。お気遣い感謝いたします」

「いえ、法主殿が謝る事ではありませんよ。僕自身が判断した事ですから。先生に魔法石の使い方の師事を受けていなければ、死ぬ可能性の有る状況を作る気はありませんでしたし」


使い方を知っていても止めて欲しい。状況を聞いた時本気で頭を抱えたっての。

精霊すら傍から離して単独でってのは流石にやり過ぎだ。本当に死んだらどうするつもりだよ。

アンタが居なくなったらあの国わりと真面目に終わりだと思うぞ。

少なくともあの王子達に王は無理だ。絶対貴族達が好き勝手にやり出すと思――――。


「―――――許さない」


突然背筋にとんでもない怖気が走り、低く低く唸る様な声が響いた。

思い出し怒りとか止めてくれませんかセレスさん。本気でびっくりするから。


まあ絶対怒ってるとは思ってたけどさ。多分今まで我慢してたんだろうな。

元々嫌ってたというか、殺した方が良いとまで言ってたぐらいだし。

とはいえ法主の敵にならないって発言を守るのであれば、簡単に手を出す訳にはいかないよな。


「・・・ええ、私も許す気はありません」


心なしか、同じぐらいの迫力を目の前の法主からも感じる。前後の威圧感が凄い。

俺は何にも悪くないはずなのに、何故か悪い様な気がしてくるから止めて欲しい。


ただ以前の法主であれば、セレスの怒りにここまで同調していないはず。

そう思うと、やっぱりセレスの仕込みじゃねえのかなって、ちょっと疑ってしまう。

だってなぁ・・・今考えると前日の法主への謝罪って、竜神の件じゃないのか。

全部予定通りとまでは言わねえけど、大半予定通りに進んでんじゃねえかな。


合法的に確実に逃げ場無く、そして自らが罪に問われない様に。

あの男を、敵と断じた者を仕留める為に積み上げた策。

そんな風に思わずにはいられない。むしろその方がしっくりくる。

セレスが語らないから真実は解らないが、全て偶然と考えるのは流石に苦しいだろう。


「しかし許さないと言っても、何か策が有るのか?」

「・・・在りますよ。今だから使える手が。いえ、今でなければ使えない手が」


俺の問いに応えた法主の目は、確かな勝算がある様に見えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

https://twitter.com/kskq89466/status/1353469765524672512

精霊さんを描いてみやした。

あのすっとぼけた目を描くのが難しくて、こんな表情に逃げちゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る