第358話、自分もやらなきゃいけない事に気が付いた錬金術師

『来たカ、錬金術師』

「・・・ん」


部屋の中に足を踏み入れると同時に、頭に竜神の声が響いた。

それに答えつつ軽く部屋を見回し、恐らく竜神を奉る場所なのだろうと感じる。


単純に豪奢な様相なのではなく、竜神に力を与える意味を持っているのだろう。

彫刻一つ一つに竜神の存在を誇張させ、その在り方を固定しているのかな。

部屋のどこを見ても、何も無い部分が無い。竜神の為に作られた部屋。


その部屋にいるのは予想通り、リュナドさんとメイラ。

ミリザさんも居るのだけど、皆何だかちょっと表情が硬い。

彼女は顔にかけた布を外しているから、少し険しい視線が私に突き刺さっている。


・・・あれ? 何で険しい顔で見られてるんだろう。


え、も、もしかして私、何か怒られるのかな。

竜神に招かれた様子から、そんな感じじゃなかったと思うんだけど。

うう、よく見たら皆私に注目してるぅ・・・何でぇ。


『先ずは謝罪ヲ。此度は我が身の不肖。心からの謝意を告げたイ』


ミリザさんの様子に狼狽えていると、また頭に竜神の声が響いた。

姿が見えないけど、多分あの祭壇の上に居る気がする。

認識の阻害・・・とはまた違うね。単純に私が『見えない』んだろう。


「・・・私に謝る必要は、無いよ」


今回の事はお互い様だ。更に言えば先に手を出したのは私だ。

なら竜神の行動を責める権利はないし、竜神だって私に謝る必要は無い。

消える時に私の怒りをとか言ってたけど、流石にこの状況で怒りをぶつける程子供じゃないし。

確かに大事な人達への攻撃は腹が立った。それは間違いない。けれどもう良いんだ。


だって彼が止めてくれたんだから。彼が私の為に怒ってくれたんだから。

それにメイラも、あの子も私の為に怒ってくれてた。

だからそれで良い。みんな無事だったんだから、謝られる必要もない。

そう思い、じっと私を見る二人に目を向ける。けしてミリザさんから目を逸らした訳じゃない。


『そうカ。そうだナ。謝意を示すべきは守護者と弟子達・・・そこの魔法使いカ』


ただ竜神が皆に謝罪と言い出し、一瞬首を傾げるもすぐに納得した。

私達の事は私達で納得している。けどそれは所詮私達の間だけの事。

巻き添えになった皆には関係無い。むしろ私も謝るべきだろう。


皆無事だったから良かったけど、あの戦闘で死んでいた可能性はゼロじゃない。

ミリザさんはかなり近くにいたんだし、攻撃に巻き込まれた可能性だってあった。

そういう意味では講堂に居た人達にも、街の人達にも迷惑をかけたと思う。


ああ、そうか。だから竜神は皆を呼んだのか。

自分が皆に謝って、私も皆に謝らせる為に。

それでミリザさんは険しい顔をしてたんだ。

この国の代表として私の謝罪を聞く為に。


うう、やっぱり怒られるのかなぁ。

いやでも、謝るべき事はちゃんと謝らないとだよね。

弟子達も見てるんだし、ちゃんと、うん、ちゃんと、しないと。

うう・・・でも視線が怖い。ミリザさんの眉間に皴が寄ってるよぅ。


「・・・ミリザさん、ごめんね」

「ぇ・・・」


竜神より先に彼女に謝ると、何故か目を見開いて驚かれた。

あれ、何かおかしかったかな。竜神より先に謝っちゃ駄目だったとか?

あ、そうか、謝るならちゃんと謝らないと。確かこうだったよね。


「・・・貴女に、謝罪を」


ミリザさんや僧侶さん達が謝る時は、こうやって礼を取って膝を突いていた。

ならきっとこっちでのきちんとした謝罪は、ちゃんと礼を取って頭を下げないと。

けして顔を見続けるのが怖いとか、下向いてる方が気が楽とか、そんな事考えてないよ?


・・・うん、ごめんなさい、下を向いている方が少し気が楽かも。


「・・・我が神よ。私は一体、どうすればよいのでしょう」

『心のままに在れば良イ。我が身よりもお前の方が正しイ。お前はそう示しタ』


ミリザさんは竜神の答えを聞くと、カツカツと私の前に歩いて来る。

彼女の事だから怒鳴ったりはしないだろうけど、それでも少し構えてしまう。

何を言われるのだろうかと怯えつつ、礼の姿のまま待った。


「錬金術師、セレス様。貴女様の御心、今代の法主ミリザ、しかとお受け致します。我が身在る限り貴女方と共に歩む事を、我が身と我が神に誓いましょう」


ふえ? えっと、ん? どういう事だろう、今の。

許して貰えた、って事で良いのかな。しかとお受けしますって言われたし。


自信が無くて恐る恐る顔を上げると、彼女は何度も見た綺麗な礼を取っていた。

今までで一番綺麗な、見惚れる様な美しさを感じる。

そうして最後に顔を上げ、にっこりと笑顔を見せてくれた。

良かった。許して貰えたみたい。緊張したぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


我が神の返答を待つ間、生きた心地がしなかった。

これからどうなるのだろうか。神からの返答次第では命をかけねばならない。

生まれて初めての本気の命のやり取りに、覚悟はしていても恐怖で震えていた。

怖い。どう虚勢を張ろうと、覚悟を決めたと思おうと、恐怖は全く消えてくれない。


『我が半身ヨ、錬金術師との話はついタ。此度の事、全ての判断を今代の法主に委ねル』

「・・・は?」


だから我が神の突然の言葉に、間抜けな声を漏らしたのは致し方無いと思いたい。

我が神の決断を待ち、それにより身の振り方を決めようと、そう覚悟していたのだから。

何故突然に判断を私に委ねたのか。そもそも彼女と付いた話とは一体。


「話が見えないな。アイツと話が付いたってのは、どういう事だ」

『言葉の通りダ。我等の話はついタ。故にこの場に錬金術師を招ク。小さき神性達ヲ、精霊を案内に出すと良イ。あ奴一人ではここまで辿り着けヌ。この場を破壊でもせねばナ』


精霊公は我が神の返答に眉を顰めた後、再度開きかけた口を閉じる。

そして少し考えるそぶりを見せると、小声でぶつぶつと呟き始めた。

断片的に聞こえる部分から判断するに、おそらく身の内の精霊達と会話しているのだろう。


邪魔をしない様に黙って待つと、彼の体から精霊が一斉に飛び出て来た。

ただ精霊達は床に落ちるとキョトンとした顔をしており、精霊公も驚いた表情だ。

少しすると精霊達は慌てだし、キャーキャーと鳴きながらバタバタ走り回りはじめる。


一体何を慌てているのだろう。今は神の力を降ろしていないせいで言葉が解らない。

もしかして彼と同化を解いたのは、不測の事態だったのだろうか。

そうであるならば、精霊公の驚きの顔も納得がいく。


「精霊さん、整列!」

『『『『『キャー!』』』』』


その状況を鎮めたのは精霊公ではなくメイラ様だった。

彼女の言葉に精霊達がビシッと並び、綺麗に整列して声を上げる。

やはり彼女の力は凄まじい。他者が従える精霊すら強制出来る力があるのか。


「全員出ちゃったのがわざとじゃないのは解ったから、落ち着いて指示を聞く事。解った?」

『『『『『キャー!』』』』』


はーいと元気よく手を上げる精霊達。緊張感という物を欠片も感じない。

先程まで精霊公に力を与え、我が神と戦っていたとは思えない様子だ。

そんな場合ではないのに、思わずクスっと笑みが漏れそうになる。


「それで、えーと・・・セレスさんの迎えをお願いしたら良いんでしょうか」

「あ、ああ。何人か迎えに頼みたい。頼めるか?」


問われた精霊達が相談をはじめ、少しして三体の精霊がキャーと鳴いて前に出た。

それに頷くと精霊公は指示を出し、元気よく鳴いた精霊達がパタパタと部屋を出て行く。

見届けた精霊公は小さく息を吐き・・・祭壇に視線を向けて眉間の皴が深くなった。

ただその視線が少々怪しい。我が神に視線が合っていない。


『案ずるナ。見えずとも声は届ク』

「・・・んな事を心配してた訳じゃないけどな」

『何を危惧するにせヨ、今の我が身が貴殿を害する事はなイ。貴殿は敬意を払うべき存在ダ』

「・・・そいつはどうも。突然どういう風の吹き回しなのか解らんが」


敬意を。確かに今、我が神はそう告げられた。

なれば錬金術師と、彼女と付いた話とは、悪い物ではないのだろうか。


いや、まだ解らない。我が神はまだ、事の顛末の説明をなされていないのだから。

一度矛を収め、改めて戦いの場を設ける。そういった判断でもおかしくはない。

敬意を払うべき相手に、敬意を払った戦いをする可能性は有る。


まだ安心するな。そう自分に言い聞かせ、緊張の面持ちで彼女を待つ。

それからどのぐらいたったのか、時間の感覚が自分でも良く解らない。


長かった気もするし、短かった気もする。

いつの間にかいやに静かになったのも、そう感じる原因かもしれない。

あれだけ外で轟音が鳴っていたのに、今では嘘の様に静かだ。


『来たカ、錬金術師』

「・・・ん」


我が神の声でハッと入り口に振り向き、そこに彼女が立っている事を確認した。

パック殿下は彼女と手をつないでおり、背後にもう一人見慣れない人物がいる。

神と戦えるだけの力を持った、ただの魔法で神の力を防いだ少女が。


錬金術師は頷くとスタスタと中に入り、さっと私達を見回した。

警戒は解いていない様に見える。その様子が嫌な予感を膨らませる。


『先ずは謝罪ヲ。此度は我が身の不肖。心からの謝意を告げたイ』

「・・・私に謝る必要は、無いよ」

『そうカ。そうだナ。我が謝意を示すべきは守護者と弟子達・・・後はそこの魔法使いカ』


ただ我が神と彼女の会話は、幻聴でも聞いたのかと思う物だった。

我が神が謝意を示し、けれど彼女はその言葉を受け取らない。

それは不敬な拒否ではなく、自身への謝罪は必要ないという言葉。


その真意は解らない。解らないが、このやり取りだけで解った事がある。

私は闘わなくて済んだと、神は矛を完全に収められたという事だ。

そして彼女だけにではなく、彼女の仲間にも同じくというのであれば、それは――――。


「・・・ミリザさん、ごめんね」

「ぇ・・・」


唐突な錬金術師の謝罪に、意味が解らず固まってしまった。

我が神が謝意を告げたという事は、私もそれに準じなければいけない。

つまり此度の責任を問われ、不利な条件を示されても致し方ないはず。


あたりまえだ。私は今代の法主。神の半身。代弁者。

神が謝意を示した以上、それは国として従う必要がある。

ならば代表者である私は当然背負う責であり、謝意を示される覚えはない。


何よりも声音は低く、謝罪をする意思を感じるものではない。

それが尚の事混乱を招き、反応する事が出来なかった。


「・・・貴女に、謝罪を」


けれど目の前の女性は、とても綺麗な礼を取り再度謝罪を口にした。

未熟な僧侶達に見せてやりたい程に綺麗な礼。

信者でも国民でもない、他国の錬金術師が我が国の敬礼を取っている。


それは私に謝罪をさせない為の物。今回の騒動に私の罪はないと告げているんだ。

たとえ神が謝意を示そうとも、私に罪はなく、何ら咎める気は無いと。

むしろ騒動を起こしたのは自分。彼女はそういう事にしようとしているんだ。


我が神との間でどういう話があったのかは、まだ私は知らない。

それでも我が神が理由を告げず謝罪を先に口にしたのは、それが正しいからなのだろう。

けれど彼女はそれが解った上で告げているんだ。そんな正しさなど知った事ではないと。

私は神の謝罪を受けていない。ならば法主の謝罪も必要は無いと。




『・・・ん、約束は、守る、よ』




敵にならないと、そう約束すると、彼女は確かに言っていた。

その約束を徹底して守っている。欠片でも疑った私に対して。

私の謝罪を望まない。私の不利になる事を望まないと。


彼女は解っているのだろうか。今回の件がどれだけ大事なのか。

いや、解ってないはずがない。彼女程の人間が解っていないはずがないんだ。

私が動かねば、どう考えても彼女が咎められるであろう状況を。

なのに、なのに彼女は変わらず、あの約束を守る気でいる。


「・・・我が神よ。私は一体、どうすれば良いのでしょう」

『心のままに在れば良イ。我が身よりも貴様が正しイ。貴様はそう示しタ』


私が正しい。その言葉は、私の躊躇を消すには十分だった。

すぐに足は動き出し、膝を突き礼をする彼女の前に立つ。

私に最大限の礼を、敬意を払ってくれる、錬金術師の前に。


「錬金術師、セレス様。貴女様の御心、今代の法主ミリザ、しかとお受け致します。我が身在る限り貴女方と共に歩む事を、我が身と我が神に誓いましょう」


私の言葉を聞いた彼女は膝を突いたまま顔を上げ、私は泣きそうになりながら礼を返す。

貴女の願い通り、けして謝罪は致しません。代わりに誓いましょう。

私に敬意を払ってくれる貴女に、けして貴女の敵にならぬと。


「我が友よ。我が同胞よ。我が身滅ぶまで貴女をそう呼ぶ事を」


未熟な小娘の味方になってくれる貴女に、生涯の敬意を払いましょう。

たとえそれが私を使う策であろうと、貴方が守ってくれた約束は本物なのですから。

仮面の奥の鋭い目に、その目にけして疑いを持たぬ私でありましょう。

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