第357話、精霊の案内に不安を覚える錬金術師

「・・・パックは何処かな」


明らかに街の人々から注目されているのを我慢しつつ、空からパックを探して回る。

指を差されているのが凄く怖いけど、今は弟子の安全の方が大事だ。

とはいえ精霊が付いているし、竜神も矛を収めた。もう万が一の事態は無いだろう。

それでも無事を確認しておきたい。竜神に会いに行くのはその後で十分だ。


『キャー』

「・・・あっち?」


頭の上の子がぴょんと飛び降り、絨毯の先端に乗って指を差す。

その指示に従って飛んで行くと、建物の陰に隠れる様にパック達が居た。

ただどうも精霊達がキャーキャーと口論をしていて、パックが困っている様に見える。


『キャー♪』

『『『『『キャー♪』』』』』


どうしたんだろうかと近付いて行くと、途中で絨毯から精霊が声をかけた。

その声に気が付いた精霊達も同じ様に応え、跳ね飛んで手をブンブン振っている。

口論していた様に見えたけど、そうでもなかったのかな。

首を傾げながら地面へと降りると、精霊は頭の上に戻った。本当にそこ好きだね。


「先生、ご無事で何よりです」

「ん、パックも、無事で良かった」


当然ではあるけど、パックはちゃんと無事の様だ。

逃がしたのは咄嗟の判断ではあったけど、あの場に残すよりはきっと安全だったと思う。

とはいえ目の届かない所への避難は、多少の不安があったのも確かだ。

だから本当に、無事で良かった。心からそう思う。


「すみません、先生。少々事情があり一時目を離した間に事が終わっていたのですが・・・竜神は先生が打倒された、という事で宜しいのでしょうか」

「事情? 何かあったの?」

「あ、いえ、その・・・」


少し話を聞くと、どうやら精霊達の意見が割れてしまったらしい。

私と竜神の戦闘であれば、この街から離れてしまえば良い。精霊達は最初そう考えた。

けど竜とアスバちゃんが戦闘を始めたので、何処が安全か解らなくなってしまったそうだ。

なのであーでもないこーでもないと言っている内に喧嘩になり、パックが宥めていたと。


『『『『『キャー・・・』』』』』


精霊達は気まずそうな顔をしながら、弱弱しい声で鳴く。

多分謝っているんだろう。けどそんなに気にする事でもない気がする。

その喧嘩は真剣にパックの身の安全を考えてだし・・・いや、この子達だ。途中で忘れてそう。


とはいえパックを守る為だったのは間違いないだろうし、責めるのも気が引ける。

細かい指示無くお願いしたのは私な訳だし、ここは労っておこう。


「ご苦労様。パックを守ってくれてありがとう」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達は怒られるのを待つ表情から一変、わーいと嬉しそうに声を上げる。

全員の頭を撫でてからパックに向き直り、問いに答えていない事を思い出した。


「竜神は倒してないよ」

「・・・そう、なのですか。では一体、竜神は何処へ」

「元の場所に・・・って言うのもおかしいかな。戦う必要が無くなったから、仮初の体を放棄したって言う方が正しいね。今は多分、リュナドさん達と一緒に居ると思う」

「リュナド殿と?」

「ん。彼が竜神を止めてくれたんだ」

「・・・成程。やはり、あの方には敵いそうにありませんね」


うん、私もそう思う。まあ私の場合は敵わないというよりも、頭が上がらないが正しいけど。

ただパックは私と違う。周りが良く見えているし、きっとリュナドさんみたいになれるはずだ。


「パックなら、彼みたいになれるよ」

「――――は、はい! 頑張ります!」


そう思い素直に伝えると、パックは物凄く嬉しそうな顔で応えた。

パックも優しい彼の事が好きなんだろうな。

私としても、この子が彼の様になってくれたらとても嬉しい。


「それで今から竜神に会いに行くから、パックを迎えに来たんだ」

「竜神に・・・解りました。お供します」


何故かパックは緊張した面持ちで応えた。竜神に会うのが怖いのかな。

あんな事が出来る存在だから、怖いのも仕方ないのかもしれない。私もちょっと怖かったし。


パックを絨毯に乗せて飛び上がると、アスバちゃんが近くに飛んで来た。

彼女にも助けられたのでお礼を言うと、嬉しそうな顔で受け取ってくれた。

実際本当に助かった。彼女がいなかったらかなり厳しかったと思うもん。

竜神の相手をしながら竜の火砲の対応、なんて流石に手持ちじゃきつ過ぎる。


皆で一旦講堂に戻ると、丸男が何か叫んだ。

良く聞いていなかったけど、私を捕らえろとか何とか。

けど僧兵さん達は動く様子がないから、私達を攻撃する気は無い様だ。

ならこの場に居る確実な敵は、あの男だけと判断して良いだろう。


「別にかかって来ても良いけど、私は容赦しないわよ。消し飛ぶ覚悟があるなら来なさい」


ただアスバちゃんはそんなの関係無く、全方位に向けて攻撃的な言葉を放った。

ぐるりと見まわす様に言ったし間違い無い。


あ、アスバちゃん、そんな風に言わなくても良いと思うんだけど。

丸男は敵だけど、それ以外の人は攻撃する気が無さそうだったんだから。

今もアイツは叫んでるけど、僧兵さんは全然動いてない訳だし。

ほら今ので皆の眉間に皴がよってて、ちょっと怖い雰囲気になってるよ。うう・・・。


彼女の行動に少し狼狽えていると、精霊が通路からパタパタと駆けて来た。

どうやら迎えらしく、リュナドさん達が待ってるとの事だ。

なら早く行こうとパックに声をかけ、精霊達の後ろを付いて行く。


「我らが神の元へだと! ふざけるな! 貴様が、貴様が招かれるわけが無いだろう!!」


足を踏み出すと丸男が叫び、思わず足を止めて振り向いてしまった。

ただパックが丸男に待っていろと告げると静かになり、その様子を見てから背を向ける。

実際奴に構っている暇なんか無い。リュナドさんに呼ばれているのだから、そちらが優先だ。

あと講堂の雰囲気が怖いので、出来れば早く立ち去りたい。


そう思い精霊の案内に従い、良く解らない通路へとどんどん進んで行く。

途中まで少し後ろに僧兵さんが居たけど、途中から気配が消えている。


この通路のせいかもしれない。ここは普通に歩いていると確実に迷う。

そもそも精霊の案内が無ければ、今曲がった通路の存在に気が付けなかった。

奥に行けば行く程に認識がおかしくなっていて、侵入者を拒んでいる様に感じる。


「ふうん。これが竜神の力、って所かしら? 普通は侵入できないんでしょうね」

「多分、そうだと思う」


単純に迷路になっているだけなら、私が迷う事はあり得ない。

勿論一度は迷うかもしれないけれど、暫く歩けば目的地には辿り着ける。

けどこの通路は多分、普通に歩いていたら一生目的地に到着出来ないだろう。


おそらく神性の力を使い、この辺りを歩く人間の認識に干渉しているんだ。

だからさっき通路が全く見えなかったし、対策をしなければ進める訳がない。

とはいえ今は精霊達が居るから、この子達に案内を任せれば確実だろう。


『キャー?』

『キャー』

『・・・キャー?』


時々通路の途中で首を傾げてるから、ちょっと不安だけど。

偶にそれぞれ別の方向に行こうとするし。あ、行き止まりだ。

隠し通路とかあるのかな・・・いや、無いねこれ。精霊達焦ってる。


「アンタ達、ちゃんと奥まで案内出来るんでしょうね」

『キャー!?』

『キャー?』

『キャー!』

「はいはい、それじゃ頑張んなさい」


流石に私もアスバちゃんと同じ意見だったけど、精霊達はやる気らしいので暫く任せよう。

取り敢えず地図をぐるぐる回しても変わらないと言うか、逆に迷子になるよそれ。

不安が増しつつも黙って付いて行くと、何だか少し豪華な感じの入り口が目に入った。


『『『キャー!』』』

「ん、そっか。ありがとう」


どうやらあそこが目的地らしい。リュナドさんの姿もちらっと見えた。

ミリザさんも居るようだし、竜神もあそこに居るんだろう。

そういえば私の怒りを受けようって言ってたけど、お互い様だし当たる気は無いんだけどなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――――――役に、立てなかった。


精霊達の案内を受け、先生に手を引かれて歩く間、ずっとそればかりが頭を占める。


今回は絶対に先生の役に立つ為に、その為に努力を積み重ねた。

先生から受けた大恩を欠片でも返せればと、出来る限りの努力はしたつもりだった。

けれど、役に立てなかった。僕は変わらず守られる立場だった。


解っている。自分が弱い事も、戦場に居れば足手纏いになる事も。

頭では分かっている。理性では納得している。けれど、けれど・・・!


「っ・・・!」


有事の為に最低限身を守れる様に、魔法石の使い方を覚えたつもりだった。

けれどそんな僕に出来た事は何もなかった。全ての格が違った。

あの場は先生の判断が最善だと、そう納得してしまう程に空での戦闘は凄まじかった。


納得出来ないのは自分の無力だ。先生の弟子でありながら何も出来ない自分だ。

あの姿を見せてしまった事で、僕が一番の弱点だと晒してしまった様なものなのだから。

それが僕には許せない。役に立つ所か弱みを見せてしまった事が許せない。


だから本当はあの場に残りたかった。自らが先生の弱みになるなど認めたくなかった。

けどそれはただの我が儘だ。残ればきっと皆の足を引っ張る。邪魔になる。

それが解っているからこそ、どうしても自分自身が腹立たしい。


あの醜い男に告げた言葉はその八つ当たりの様な物だ。

勿論奴を講堂に縛り付ける意図もあったが、大半は感情的になっただけの言葉。

何ともみっともない。先生はいったい今の僕をどう見ているのだろうか。

そんな考えを持ってしまう自分が尚の事情けない。


『パックなら、彼みたいになれるよ』


それでも今の自分がそれなりに冷静でいられるのは、あの言葉のおかげだろう。

このみっともない僕の何をどう見て、彼の様になれると言ったのかは解らない。

けれど先生がなれると言った。ならば僕はそうならなければいけない。


『それで今から竜神に会いに行くから、パックを迎えに来たんだ』


竜神の前には確実に彼が居る。リュナド殿が居る。

誰よりも先生の信頼厚い、心から信用している人が。

先生はきっと彼の姿を見せる為に、僕を迎えに来たんだろう。


安全が確保された、という事も大きな理由ではある。

ただそれでも、別に僕を迎えに来る必要はなかったはずだ。

事が全て終わってから、それからでも十分。けれど僕を迎えに来た。


彼の様になれと。自分が信頼するに足る人間になれと。お前ならそうなれると。


「――――――」


遠い。その目的地がとても遠く感じる。先生の期待と信頼が凄まじく重い。

彼らと比べれば僕は凡人だ。比べるまでも無く、考えるまでも無く、すぐに出る答えだ。

それでも先生が期待してくれている。お前なら信頼に足る人間になると言ってくれている。


勿論こんな自分の考えを見透かされた、慰めの意味もあるのだろう。

先生はとても優しい方で・・・けれど同時に厳しい方でもある。

俯くなと言われたんだ。顔を上げて前を見ろと言われたんだ。


お前が目指すべき所は、あの彼と同じ場所だと。


「パック、あそこに皆が居るみたい。行こうか」

「はいっ!」


ならば平気なふりをしていよう。見栄を張って、虚勢を張ろう。

相手が神であろうと、けして気圧されない様に。

たとえ相手が何者であろうと、けして引かない彼の様に。



僕は、先生の弟子なのだから。それに誇りを持っているのだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここからはちょいと宣伝。二巻表紙出ました。

アスバちゃんがとてもアスバちゃんっポイ。(語彙力


https://dragon-novels.jp/product/322010000214.html

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る