第356話、決着を見届ける錬金術師

取り敢えず状況は落ち着い・・・てないね。向こうがまだ終わってないや。

アスバちゃん達がまだやってた。これ終わらせてからじゃないと不味いよね。

彼女を放置していったら、また何か怒られそうだし。

取り敢えず成り行きを眺めてようかな。あの状態のアスバちゃん止めるのも怖いし。


「グルアアアアアアアアア!!」

「っぐ、このクソトカゲ!!」


既に火砲は四発目が放たれており、竜の火砲も更に威力が上がっている。

ただそこから動く気配が無い。五発目を撃つ様子が見られない。

流石に同時に放つのも四発が限界、という事だろうか。

このままだとアスバちゃんは押し負けそうだ。


「どうした! それが限界か! このままでは私が勝ってしまうぞ!」

「ふんっ、それはどうかしらね!」

「ほう? まだ策があると―――――」


竜がアスバちゃんを挑発すると、彼女は少々悔し気な表情で応えている。

それでもまだ諦めていない様子を察した竜は楽し気に口角を上げ、何故か次の瞬間固まった。


勿論火砲はまだ撃ち続けている。だけど何か様子がおかしい。

先程の楽しげな表情から一変、驚いた様な表情で目を見開いている。

アスバちゃんはそんな竜の様子を見て、ニヤァっと楽し気な顔を見せた。


「どうしたのかしらねぇ! ただでさえ甘い制御が更に甘くなり始めてるわよ!」

「ぐっ、なんだ、これは・・・体が・・・!」

「あら、解んないの! 解んないんでしょうねぇ、あんたには! 良いわ、教えてあげる!」


困惑する竜に対し、アスバちゃんは声高らかに、物凄く楽しそうに告げる。


「アンタの火砲は確かに威力がある! けどそれは体の負担を何にも考えてないのよ! そりゃそうよね、ただ無理やり魔力をかき集めて、無理やり放ってるだけなんだから!」


体の負担。確かに彼女の言う通り、竜の火砲は人間には不可能だ。

同じやり方で弱めに放つ事が出来たとしても、恐らく体に異様な負担がかかる。

あれは魔法ではあるけど、人の使える魔法じゃない。

だからアスバちゃんは人間が使える様に作り変え、今の形に落とし込んだ。


「アンタがその体に変化する前の火砲は威力が低かった。それはあの威力があの状態の限界だからでしょ。だから火砲の威力を上げる為に、あんたは今の状態に変化した。違うかしら?」

「ああ、そうだ、その通りだ」

「アンタの間違いはそこよ。それは結局限界以上の力を使い続けてるだけ。今までは良かったんでしょうね。その姿になれば短期決戦だもの。けどこうやって長時間戦えばどうなるかしら!」

「・・・グルル・・・成程、そういう事か」


ああそうか。単純な話だ。竜は体に負担のかかる火砲を、通常以上の力で放っている。

それでも竜は持ち前の頑丈さで、たとえ普通は無茶な力でも耐える事が出来た。

休んでいれば指が生える様な生き物だ。その回復能力があれば多少の無茶など問題は無い。


けれど今あの竜はその無茶な力を、ずっと使い続けている。

普通ならすぐ終わるはずの本気の戦闘で、負担のかかる火砲を放ち続けている。

更に言えば操られている時も火砲を使っていたのだし、その負担も残っているに違いない。


どれだけあの竜が強くても、どこかに限界はある。そしてまさに今限界が来たんだ。

ただその理屈が解っていても、実行出来るのはアスバちゃんぐらいだろう。

魔法石が無限に湧き出るなんて事でもない限り、私にはそんな戦法は取れない。


「これが、これが限界というものか・・・これが負けるという事か・・・!」


竜は彼女の説明を聞き、苦し気に顔を歪めた様に見えた。

けれどその様子はすぐに消え、心から嬉しそうな笑みを見せる。


「そうか、これが、これが本物の恐怖か! これが本当の焦燥か! これが悔しさか!!」


恐怖。焦り。悔しさ。そう言葉を発する割には、どう見ても楽しそうにしか見えない。


「ならばっ!!」

「ぐっ、コイツっ!!」


竜は俯きかけていた顔を上げ、目を見開いて大地をしっかりと踏みなおす。

そして押され始めていた火砲にまた魔力を籠め始め、彼女の火砲と拮抗状態に戻した。


「負けたくないと、こんなにも負けたくないと感じるのは初めてだ! ああ、そうか、私は負けたくはなかったのだな! 負ける事を望んでいると、ずっと勘違いをしていた!!」

「それじゃあ私がアンタに初めての敗北を教えてあげるわ!!」

「グルルル、まだだ! 私はまだ終われん! 私はまだお前達の様に足掻いていない!!」


竜はその言葉通り、力尽きる最後まで足掻こうとしている。

ただこのまま続けるのであれば、それはアスバちゃんの勝利で終わる。


確かに火砲は拮抗状態に戻った。けど、それは拮抗状態に過ぎない。

その最後の足掻きで押し返せるならまだ勝ち目は在っただろう。

けれど拮抗である以上、まだ余裕のあるアスバちゃんの方が有利。

竜が火砲を撃てなくなった瞬間、この勝負は決まる。


「ゴアアアアアアアア!!」

「はっ、良い根性してんじゃないの。嫌いじゃないわよ、そういうの」


それでも竜は諦めない。最後まで、本当に最後まで出し尽くすつもりだ。

アスバちゃんも全てを受け止めるつもりで、そのまま押し返す気で魔法を放ち続ける。


「・・・いや、違う」


竜は言った。確かに言った。私達の様に足掻いていないと。

つまりそれは、最後の最後まで勝負を捨てないと言う事だ。

勝つ為に、なりふり構わず勝つ為に、最後の最後まで諦めないという意味だ。

となるとこのまま火砲で対抗するとは考え難い。なら―――――。


「っ、まずい!」


外套に仕込んでいる結界石の残りを全て使い、街を覆う結界を発生させる。

それと同時に竜は尻尾を目立たない程度に小さく振り、その尻尾に転移魔法をかけた。

転移したのは尻尾だけ。ぶつりと切れた尾から血が飛び散る。


そしてその切れた尾の先はアスバちゃんの傍に現れ、振った勢いのまま彼女に襲い掛かった。

火砲で最後まで対抗すると見せかけて、不意打ちの攻撃を放ってきた。


「悪いわね。私、こういう時の油断はしないのよ」


けれど彼女は難なく結界で押し留め、そして尾は私の張った結界の上に落ちる。

危ない。結界を張るのが遅れたら街に尻尾が落ちて大惨事だった。

後で竜を怒ろう。これはちょっとやり過ぎだ。周りの事を考えていなさ過ぎる。


それだけ必死って事なんだろうけど、それに巻き込まれる街の人には迷惑この上ない。

リュナドさんの僕だって普段言ってるんだから、尚の事気を付けて貰わないと。

彼だったら絶対こういう所は気を付けるもん。関係ない人の巻き添えは嫌う人だし。


「グルゥ・・・今ので本当に限界か。ああ、悔しい。悔しいなぁ。負けるという事は、こんなにも悔しい気持ちだったのか。全力を出しても届かぬとは、ここまで口惜しい事だったのか」


今の一撃の為に結構な力を割いたのか、目に見えて火砲の威力が落ち始めた。

いや、元々限界に近かったのを誤魔化す為に、不意打ちの為に無理して放っていたんだ。

出せる限界を出し切ってしまえば、後は弱っていくしかないのが道理。


それを見たアスバちゃんは火砲の数を減らしている。それでも押せてしまっている。

限界近くなる前に動けば別だったんだろうけど、別の手を打つには少々遅かったらしい。


「はっ、その割に笑ってんじゃないの、このクソトカゲが」

「くくっ、ああ楽しいさ。嬉しいさ。それは嘘偽らざる気持ちだ。お前に会えて、敗北を教えられて、心から嬉しい。だが、それとこれとは別の話だ。どうも負ける事は悔しいらしい」

「他人事みたいに言ってんじゃないわよ」

「グルル、そんなつもりはないのだがな」


何処か穏やかな、晴れ晴れした様子で語る竜と、それを見て顔を顰めるアスバちゃん。

既に火砲は殆ど威力を無くしていて、派手な見た目だけのものになっている。

今の私の手持ちでも何とかなる威力まで落ちた火砲を、けれどアスバちゃんは押しきらない。


「くくっ、この私が手加減をされる日が来るとはな」


ただ竜はそう呟いて目を閉じると、火砲を完全に消してしまった。

そしてかなり威力を落としたアスバちゃんの火砲が迫り、竜の頭に直撃する。

竜はゆっくりと、とてもゆっくりと倒れ・・・と言うか座った。


「ああ悔しいな。体が、もう、動かん」

「ふん、無茶な魔法の使い方をした以上自業自得よ。そのまま寝てなさい」

「グルゥ・・・そうさせて貰うとしよう。ああ、尾を持って来て貰えんか。くっつけておけば、生やすより早く治る。面倒ならそのまま放置してくれても構わんが」

「そんなんで治るとかおかしいでしょ・・・ったく」


アスバちゃんは竜の尾先を結界に閉じ込めると、そのまま竜の元へと運んで行く。

座り込む竜の切れた尻尾にくっつける様に置き、そして竜は座ったまま眠り始めた。

丸まる余裕もない、って所だろうか。なら小言は起きてからにするとしよう。


「とりあえずこの後は竜神の言う通り会いに行くとして・・・先にパックを探しに行かないと」


避難させたから離れた所に居ると思うけど、頭の上の子なら居場所が解るかな。

あ、そういえば法主さんも居ない。リュナドさんと一緒なのかな?

なら彼女にも後でちゃんとお礼を言わないと。いや、謝るのが先か。


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眠りについた竜の尾に、切れた尾先を繋げる様に置く。

するとそれだけで傷口が治る気配を見せ、やっぱり化け物だと実感した。

もしコイツが自分の事をきっちり把握していたら、今回の様な勝ちはなかったでしょうね。


「意識の無い間の消耗もあったし、実際は引き分けって所かしら?」


あの時と違い、私は竜の手の内を知っていて、竜は私の手の内を知らなかった。

その辺りも勝因の一つだし、五分五分の勝負とは若干言い難い所もあった。


と言ったとしても、このトカゲは認めないでしょうね。

負けは負け。その悔しさを否定させる事はきっと認めない。

だってコイツはずっと、その悔しさを感じたくて生きていたんだから。


「リベンジは受け付けてあげるわ。だから今は休みなさい」


ポンと尾を叩いて、もう一度飛び上がる。

するとセレスは空に居らず、少し探ると街中に降りていた。

けれどすぐに飛び上がり、絨毯には殿下と精霊達が乗っている。


「ああ、迎えに行ってたのね」

「ん、アスバちゃん、お疲れ様。ありがとう、助かった」

「私からもお礼を。先生へのご助力、心からの感謝を致します」

「ふふん。どういたしまして、って言っておこうかしらね、今日の所は」


セレスと殿下の礼を素直に受け取り、私も絨毯に乗って壊れた建物へ向かう。

穴の開いた処から中に入ると、僧侶達から畏怖の視線を向けられたのを感じた。


「な、何をしに戻って来た! 僧兵よ、奴を捕らえろ! 神敵を許すな!!」


ただ太った男がそう叫び、数人の僧侶らしき者達が狼狽える様子を見せる。

そりゃそうよね。あの男何考えてるのかしら。

さっきの戦闘を見てその指示に従える人間が、どれだけいると思ってんのよ。


「別にかかって来ても良いけど、私は容赦しないわよ。消し飛ぶ覚悟があるなら来なさい」


腕を組んでそう告げると、僧侶達は怯む様に下がり始める。

いや、背後から異様な威圧感があるし、セレスの奴に怯えても有るわね。

まあ実際は状況がいまいち解ってないから、あんまり無茶をやる気は無いんだけど。


「何をしている! それでも竜神を崇める僧兵か! 奴らは我らが神を害したのだぞ!」


けれど太った男はその様子を見ても下がる事を許さず、僧侶達に戦う事を強要する。

自分は後ろに下がってるくせに、口だけは良く回る様ね。

少し脅かしてやろうかしら、なんて思っていたら精霊がパタパタと駆けて来た。


『『『キャー♪』』』

「・・・ん、解った。パック、行こうか」

「え、は、はい、先生」


殿下は男に何かを言おうとしていた様子だったけど、声を掛けられ慌てて頷き返した。

私は突然セレスが背を向けた事で、殿下と同じ様に慌てて声をかける。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! どこ行くのよ!」

「・・・ミリザさんとリュナドさんが呼んでる。だから竜神に会いに行く」

「は? あれはアンタが倒したんじゃないの?」

「・・・倒してないよ。あの竜神は、そんなに簡単に倒せる程弱くない」


成程。途中から動く気配が無くなったと思ったけど、そういう事。

戦闘で打ち勝った、って訳じゃないのね。いや、そういう事にしようって話かしら。


「我らが神の元へだと! ふざけるな! 貴様が、貴様が招かれるわけが無いだろう!!」

「・・・」


その言葉を聞いた男は焦った様に叫ぶと、セレスは仮面ごしでも解る冷たい目を一瞬向けた。

あんなに冷たい目を見たのは初めてじゃないかしら。まるでゴミでも見るかの様な目だ。

仮面の意匠が笑顔なせいか、その冷たさが尚の事際立つ。


・・・成程、アイツか。アレが今回の敵か。随分な三下のようね。


よっぽど腹に据えかねているのか、威圧感が何時もの比じゃない。

あんな三下相手にもかかわらず、戦闘に入った時と同じ威圧を放っている。

それが解ったのか解っていないのか、男は喉が詰まる様な様子で口を閉じた。


「どちらが神敵か、それはこれから解るだろう。そこまで大口を叩いたのだ、逃げずにこの場で待っていろ。先生が竜神と対話し、法主殿と共に戻って来るのを」

「なっ・・・!」


驚愕の表情を見せる丸男に、獰猛な笑みを見せる殿下。

あのお優しい彼がこんな表情をするとは、一体アイツは何をやったのかしらね。

まあ良いわ。私が口を出す必要もなさそうだし。


「行きましょうか、先生。ああ、私達にも監視を付けても構いませんよ。そこの男と違い、逃げ隠れする気は一切ありませんから。どうぞご自由に」


私達は逃げ出す気は無い。監視も自由に付けて構わない。

そもそも暴れる気であれば、とうに戦闘に入っている。

空であれだけの戦闘をした人間達が、本気で敵になるつもりなら大人しくある訳ないもの。


それにさっきセレスは言った。竜神を倒してはいないと。

つまりそれは「戦いはしたけど敵対はしていない」と言ったに等しい。

何よりも竜神を容易くないと告げる事で、真実はどう在れ僧侶達への配慮も見て取れる。

なら態々仕掛ける意味はない。せいぜい同行の監視をつける程度の方が良い。


その程度の事が解らない阿呆は少なく、そしてその宣言によりあの男は逃げられない。

そりゃそうよね。逃げれば自分が間違っている、って証明する事になるんだから。

殿下が何も言わなければ別でしょうけど、これで一旦この場を離れる事も叶わなくなった。

今この場に居る全員が、奴の監視役。せいぜい神経をすり減らせば良いわ。


「私も一緒で良いのよね、セレス」

「・・・駄目とは言われてないし、良いんじゃないかな」

「そ、じゃあ付いて行くわ」


セレスは殿下の判断に口を出さずに歩きだし、私もその横を付いて行く。

さあて、竜神様の顔を拝みに行きますか。場合によっては一発ぶん殴ってやる。

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