第355話、人外と話している気がしなくなって来た錬金術師

『貴様の狙いは何ダ。この国をどうするつもりだっタ』


・・・え、何、狙い? 狙いって、さっきの戦闘の話?


いや待って、この国をどうするとか言ってるから、別の話なのかな。

だとしても訳が解らない。だって私この国に何かする気なんてないし。

突然こんな訳の分からない事を聞かれても困るんだけど。


ただ竜神は凄く真面目に聞いて来ている。私が答えるのを待っている。

問答無用で攻撃とかする様子はないし、ちゃんと理由が有っての質問なんだろう。

でもやっぱり良く解らない。うーん、そのままの考えを告げれば良いのかな。


「・・・狙いって言われても、何の事かな。この国がどうとかも、特に何も考えてない、けど」

『・・・惚けるつもりカ』


困惑気味に恐る恐る返すと、竜神も少し困惑した様に返して来た。

えぇー・・・惚けてるつもりはないんだけどなぁ。

だって本当に解んないし、何も考えてないもん。


うーん、竜神はどうも私と考え方がかなり違うっぽい。

普通に会話しても通じていない感じがする。しかもただ通じてないって感じでもない。

たとえるならそう、偉い立場の人と話してる様な、そんな感じに近い。


向こうの望む答えが有るんだろうけど、私にはそれがさっぱり解らない。

けど向こうは望む答えを返すのが当たり前だと思っている様に見える。

だから私が返事をすると怒られて、言葉を重ねると更に怒られるんじゃないかな。

実際竜神との会話はそんな状態だった気がするし。


問われた事にそのまま返したら、怒ってた竜神が更に怒ったもん。

多分聞きたい答えじゃなかったんだろうけど、だとしても何が正解か解らない。

困ったな。そういう会話は苦手なんだけど。普通に人と会話してる感じで困る。


あ、まずい、そう考え始めると何だか緊張してきた。どうしよう。

リュナドさんが居ればこういう時凄く助かるんだけど、居ないから助けを求められない。

んー、大丈夫かな。これ答えたらまた怒られないかな。


「・・・惚けたつもりは、ない・・・むしろ私には、貴方の意図が、解らない」


そんな風に思ってたせいで、返答の声が掠れてしまった。

人間と話してる気分になっちゃったんだもん。緊張しちゃうよ。


竜神は少し困った風に見える様子で首を傾げ、そのまま動かなくなった。

私が緊張し出したせいかな。あ、もしかして聞こえなかったのかな。

魔法の打ち合いは相変らず続いてるし、結構轟音だし、かき消されたのかも。


『我が身はこの国の神ダ。守り神ダ。我が身の望みはただ一ツ。この国が存続シ、我が見守る民が一人でも多く生涯を全うする事。今の我が身はその為にあル。その為に使う存在ダ』


ん、何でいきなり自分の事を? ああ、意図が解らないって言ったからかな。

別に竜神の存在意義とか、在り方には疑問は持ってないんだけどな。


そんなの最初から解ってるもん。だってそうだから私に怒ったんでしょ?

大事な者を傷つけられたから、守るべき者を傷つけられたから、今こうなってるだもん。

私が解らないのは単純に今の質問の意図であって、そっちを教えて欲しいんだけど。


『我が身が守るは無辜の民。その我が身に貴様は何を告げる。何を目的と告げる』


・・・あれ、結局何にも解らないままな様な。それは既に解ってる事なんだけど。


何だか凄く嫌になって来た。この会話変に緊張してくるから本当に嫌だ。

段々竜神が竜神じゃなくて、どこかの領主の偉い人みたいに見えて来たもん。

ちょっと怖い。もう会話も止めて帰りたくなって来た。けど流石に駄目だろうなぁ。


何を告げるって言われても、私の考えはさっきので全部なのに。

望んでる答えとかないのになぁ。私本当に何にも考えてないもん。

そもそも質問の意図が解らないって言ってるのに、自己紹介されても困る。


『何故答えヌ。何故沈黙すル』


質問の意図は解らず、当然答えも出せず、何も言えずにいると竜神が問い詰めて来た。

さっきまでは割と静かに答えるの待ってくれたのに。何で急に。

思わず身構えてしまい、弱った気持で眉を顰める。


『――――っ、貴様は何故、この腕を持ち込んダ。答えヨ』


竜神はそんな私を見て一瞬険しい顔を見せるも、腕を突き出して問いかけて来た。

よ、良かった、怒られなかった。でも腕って・・・丸男の腕の事かな。

今の竜神の体はあの腕で作ったみたいだし、多分そうだよね?


あれ、そういえば今更な話だけど、何で竜神はあの腕を使って出て来たんだろう。

腕を媒体・・・ああ、もしかして竜の血が触媒になったのかな。

何も無い所から出てこなかった事を考えると、そう考えるのがしっくりくる。


あの腕はまだ竜素材の薬で直した影響があったし、腕に仕込みもある。

仕込みに関して言えば竜の血で暴走しているし、竜神召喚の触媒としては十分なのかも。

とはいえあの仕込みは暫くすると崩壊を始めるし、その辺りの影響はどうなのかな。


いや、今はそういう思考は措いておこう。考え込んでいると怒られるかもしれない。

そもそも先から黙ってる事を怒られてるんだし、答えられる事ぐらいは答えないと。

だってこれは簡単に答えられるもん。


「・・・ミリザさんと、リュナドさんが望んだから、私はそれに従っただけ」

『我が半身ガ、だト?』

「・・・ん、それだけ。じゃなかったら、持ち込んでない」


私は丸男の腕を治す気なんて欠片も無かった。

けれど二人が望んだから、それなら治療しようと思っただけだ。

そこに私の意思は無い。態々腕を治しに来たりしない。


『ならば何故、貴様はあの時我にあの様な答えを口にしタ。我に謝れぬなどト』

「・・・だって、出て来てくれないと、謝れない。私は貴方の大事な者を傷つけた」

『――――っ』


当たり前の事を返したつもりだったけれど、竜神は何故か目を見開いて固まった。

今の何もおかしくないよね? うう、また怒るのかなぁ。

リュナドさん、早く帰ってきてぇ。何処行ったのぉ。


『貴様はあの腕が崩れる事ヲ・・・我が身が崩れる事も理解していタ。そういう事カ』

「・・・腕の仕込みの事なら、そうだね。貴方が崩れるかどうかは、断言出来ないけど」


あの腕の仕込みが発動すれば、暴走した竜の血が一瞬で体を巡り、体の機能が一気に暴走する。

そうなる様に薬を混ぜたし・・・その後ボロボロに崩れ落ちる様にもしている。

暴走した薬物を特定の組み合わせで混ぜると、異常な速度で体が壊死し始めるからだ。

私が見つけた訳じゃなくて、お母さんの実験の成果だけど。


これは竜の血でおかしくなった薬だからこその効果であり、即効性の猛毒みたいな物。

暴走だけでも個としては死に至るけど、その後は生物として確実な死を迎える毒物。

一度回れば解毒は不可能。高速で体が崩れ落ちる様な毒を解毒なんて出来ない。


確実に、今度こそ確実に仕留める為に、この薬を腕に仕込んだ。

任意でその薬を流し込める様に、特別な小型結界の中に詰めて。

勿論アイツが何もしなければ結界が解除されない様に、予備の結界石も埋め込んであった。

まあ結界も魔法石も、竜神が顕現した際に破壊されたみたいだけど。


ただこれは腕を繋げた後の話であって、腕単品だと少し話が変わってしまう。

正直さっきはちょっと焦ったし、むしろ竜神が出て来た事で少しホッとした。

確実に丸男を仕留める仕掛けのつもりだったのに、周囲に被害が出るのは焦るよね。


因みに体内の血と混ざらないと壊死の効果は発揮しないから、触れただけならまだ助かる。

怪我した手で触ったりしなければ、触れるだけで死ぬ毒よりはマシな物だ。

とはいえ危険性を考えて予備は作っていない。残った素材も全て焼き払った。

特性の結界に封じてる間は良いけど、外に出してたら性質が変わって更に危険になるし


『成程。貴様を奴が守る訳ダ。これは我が身の落ち度だナ。貴様を見誤っタ』

「・・・?」


私を守るって・・・リュナドさんの事かな。

もしかして受け答えの出来なさに、何時も助けて貰ってる事を察されたのかも。

いや、ミリザさんから話を聞いてるなら、受け答えを期待した事が間違いって判断かな。

うう、だってなんて答えたら良いのか解んないんだもん。難しいよぉ。


『・・・力を使わず体を保つは限界カ。まあ良イ。貴様では我が元へ辿るは叶わぬガ、従える者達が居れば可能であろウ。我が元へ来イ。そこで改めテ、貴様の守護者も交えて話そウ』

「・・・守護者って、リュナドさんの事、かな」

『あア。あ奴が居らねバ、我が身と引き換えにでも貴様を滅ぼしていたかもしれんナ』


ああ、そっか。急に竜神が止まったのは、そういう事なんだ。

彼が居ないのは、きっと竜神の本体にでも話かけに行ってたんだろう。

会話の通じない私の代わりに、怒らせた私の代わりに。


私の為にあれだけ怒ってくれてた彼の事だ。優しい彼の事だ。

戦線に参加出来ないと判断すれば、別の手を即座に実行して当然だ。

この私が簡単に想像出来るぐらい、何時も助けてくれるのだから。


だから竜神は突然静かになって、私の話を聞いてくれたんだろう。

おそらく訳が解っていない私の様子を察し、向こうで捕捉もしてくれてるんじゃないかな。

ああ、もしかするとメイラもかも。あそこに居ないって事は、一緒に行ったのかもしれない。


『貴様の怒りハ、そちらで受けよウ。でハ、待っているゾ』


突然ボロボロと崩れ落ちる竜神に、胸の詰まる思いのせいで答えられなかった。

だって、また助けて貰っちゃったんだもん。本当に、何時も何時も、助けて貰ってばっかりだ。

私は怒りに任せて暴れたのと大差なく、一人じゃ絶対竜神を納得させられなかったと思う。


「リュナドさん・・・メイラも・・・ありがとう」


本当に、私にはもったいない友達と弟子だなぁ。にへへ。

いや、喜ぶよりも、結局役に立ってない反省をするべきなのかなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今代の法主の問いに答える前に、奴に確かめねばならん。

我が問いを理解して何故あの様な事を告げたのか。

事によっては我が身の愚かさに頭を抱える事になるだろうな。


そう思い問うた言葉は、惚けた返答で返された。

一瞬ここまでの意趣返しかと考えたが、どうもそうではないらしい。

我が意図を、目的を、存在意義を話せと、何故か今更告げて来た。


語らずとも解っているだろうに、なぜ本当に今更そんな事を。

奴の立ち回りは、我が身の在り方を理解しているからこそだった。

まあ良い。聞きたいと言うならば答えてやろう。


そう思い要望に応え、そして再度問いかけた。

我が存在を問うた上で、一体何を語るのかと。

だが奴は答える所か、口を閉じ何も語らなくなった。


『――――』


更に先程より眉間に皴が寄り、段々と威圧感が戻って来ている。

何だ。一体何を考えている。問いに答えず戦闘を続けるつもりなのか。

だが威圧はかけて来るものの、仕掛けて来る様子はない。

まるで意図が読めず、最大の警戒をしながらも再度問う。


「・・・ミリザさんと、リュナドさんが望んだから、私はそれに従っただけ」

『我が半身ガ、だト?』


だがその答えに一瞬理解が遅れ、理解しても不可解さから鼻に皴が寄るのが解る。

確かに原因不明の死であれば、我が半身も貴様達も憂いが無くなるだろう。

そもそも死体が真面に残らぬであろうから、突然の失踪に見せる事が出来るか。


我が国の民の死は心苦しいが、あ奴は報いを受ける事をした。

自身が他者を害そうとしていた以上は当然の事だ。その点を咎める気は無い。

だがその判断が我が半身の為ならば、先の我が身への挑発は必要のない物だ。


『ならば何故、貴様はあの時我にあの様な答えを口にしタ。我に謝れぬなどト』

「・・・だって、出て来てくれないと、謝れない。私は貴方の大事な者を傷つけた」

『――――っ』


我が身の大事な物。我が身の大事な者。我が守るべき国の、我が子達。

まさか貴様はその為に、こんな物を仕込んだというのか。

我が身が顕現出来うる危険な物を、我が身が危険と判断して現れる様に。



滑稽だな。ああ、まさしく滑稽だ。我が身を敬う者に危害を加えるなど。



貴様は仲間と自身を害されようと、それでもあの男を我が愛する民と言うか。

我が守るべき民を傷つけた事を謝りたいと、そう言うのか。

それでも判断を曲げる気は無く、だからこそ我が身が現れる算段を付けたと。

つまりアレは挑発ではなく、単純な事実。そして奴が我が身にはらう敬意。


ここまでの全てとは言わんが、殆どがこの女の予定通りか。どうやら上手く踊らされたらしい。

確かに思い返してみれば、この女は自身に対しての攻撃は終始冷静に対処していた。

その首を我が身に掴まれた時ですら、殆ど焦る様子無く最善の手を取ろうとしていた様に。


そしてこの腕・・・滅ぶ我が身を考えれば、対策をしていたと考えるに容易い。

危険に感づき我が身が現れようと、いずれ崩れ落ちれば問題は無い。

まさかあの危険物でこの様な事が出来るとは。恐ろしいのはその知恵と知識か。


もし我が身が顕現せずとも、腕を繋いだ後にあの男は一人で死んでいったであろう。

あの男の死は我が半身の敵を減らし、錬金術師も外敵を排除する事が叶う。

我が身が現れぬのであれば、それはそれで良いと判断した上での事か。


錬金術師に大きな誤算があるとすれば、力を使えば崩壊の引き延ばしが出来る事だ。

我が身が戦う事を選択していれば、まだ戦闘は続いていた。

そうなれば幾ら奴とて、死ぬ可能性は在ったはず―――――。


『俺は兵士だ。民を守る兵士だ。だから民を守る。ただ、それだけだ』


―――――いや、それは無いと、信じていたか。それすらも計算の内か。

あの男が止めてくれると。何があろうと最後は貴様の守護者が守ってくれると。

対した信頼関係だ。そしてあの男であれば、きっと何があろうと守り切るのであろうよ。


恐らく我が半身の覚悟の程も確かめるつもりだったのだろう。

後戻りの出来ない仲間とする為に。仲間とするに値するか図る為に。

奴らが我が身に咎められる状況になれば、一体どういう判断を下すのかと。

つまり我等は揃ってまんまと罠に嵌ったという訳か。何とも頭を抱える話だ。


『貴方の意図が、解らない』


そして、そうか。成程な。奴の語る事は尤もだ。

我が守るべき民を害す気の無い者に対し、我が身は害を与えようとしてしまった。

これは確かに我が存在意義に反する。重大な違反行為だ。


あの沈黙は怒りの意思表示か。当然の怒りであり、当然の責めであろう。

我が身は奴の大事な者達を手にかけようと、全員を始末しようとしたのだからな。

奴にとっては全てが事も無く終わるはずだったと考えれば、その怒りはどれ程のものか。


だがそれでも、我が身を恥じる気は無い。我が身はすべき事をした。

守るべきを守る為に、その為に顕現し戦った。奴がそう考えた様に。

貴様が我が身をこの国の神と敬う事に、けして泥を塗る真似をせぬ者で有る必要がある。

民の前で我が身を問い詰める事を避けた、無言で意志を貫いた錬金術師に敬意を払おう。


『貴様の怒りハ、そちらで受けよウ。でハ、待っているゾ』


最後にそう告げ、錬金術師の仕込んだ滅びに抵抗せずに崩れ落ちた。

全く口惜しい。貴様らが我が国の民であればと、そう思わずにはいられない。

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