第354話、友人たちの本気に驚く錬金術師

「グルルルルアアアアアアァァアアァァァアア!!」

「っのおおおおお!!!」


人と竜。明らかに生物として格の違うはずの二人が、真正面から魔法を撃ちあう。

アスバちゃんは片手を突きだし支える様に、竜はまるで咆哮をぶつけるかの様に。


お互いが吠えながら魔法を撃ちあい、けれどその魔法は拮抗していた。

いや、違う。ほんの少しだけアスバちゃんが押されている。

速度はほぼ同じだったけれど、威力は竜の方が上の様だ。


「どうする! このままならば私が押し切るぞ!」

「んな事は見たら解ってんのよ!」


竜の言う通りこのまま真正面から撃ちあっていれば確実に竜が勝つ。

今回は二人共きっちり魔法を溜め、万全の状態で打ち放っている。

となればこの魔法がアスバちゃんの全力であり、竜はまだ底を見せてない。


前回戦った時もそうだったけれど、あの竜は戦う相手に手加減をする傾向がある。

それは優しいからとか、傷つけない為とかじゃなく、ただ自分が楽しむ為だろう。


抵抗を長く楽しむ為には、出来るだけ無事な状態を保つ必要がある。

その為には手加減が必須で、抵抗の加減を見て少しずつ威力を上げていく。

長く長く楽しむ為に。遊び相手が今の限界を超える所を見る為に。


「やりやがったわね、このクソトカゲ! 絶対そう来ると思ったのよ! あの時も手加減してやがったものねぇ!! 私がアレにどれだけ腹が立ったか知らないでしょ!」




――――――自分の予測を遥かに超え、自らを打ち負かす程の存在を見る為に。




「意識が無い時は優しくぶっ飛ばしてやろうと思ったけど、もう容赦しないわよ! 人を舐めるのも、大概にしなさい!!」


全力の一撃。溜めた状態で放った万全の一撃。けれどそうじゃなかった。

いや、万全の一撃ではあったのだろう。全力の一撃ではあったのだろう。

ただおそらく魔法という形に落とし込めた時点で、一撃の出力に限界が有ったんだ。

改良を加えればいずれ解消出来るかもしれないけれど、現時点の彼女には不可能。


ならもう一発放てば良い。一撃の出力に限界が有ろうと、放つ本人に限界は来ていない。

それが彼女の答え。そう言わんばかりに、空いた片手に魔力が集まって行く。


「わたしを! アスバ・カルアを! なめんなああああああ!!」

「ゴアアァ!?」


既に放っている火砲を片手で支える様に、もう片方の腕を振りかぶる。

二撃目の火砲。彼女の放てる限界出力で放つ、全力の同時二撃。

それは竜の火砲の威力を遥かに超え―――――。


「グルアアアアアアアアアアア!!」

「ぐぅ!!」


高速の二撃目が放たれるとほぼ同時に、竜が火砲の威力を上げた。

見ただけでその威力を理解し、現状では抵抗できずに押し切られると判断して。

やっぱりあの竜、まだまだ余裕が有った。火砲にさっきの倍以上の魔力が籠ってる。


「楽しい、楽しいなぁ! 嬉しくて泣きそうな程にだ! ああ、加減していた事を許してくれとは言わん! 私はそうしなければ楽しめない強き生き物だ! だがそのおかげでお前と会えた! お前の成長の瞬間をこの目で見れた! やはりお前達は素晴らしい!!」

「上から目線で評価してんじゃ、ないわよおおおお!!」


竜が出力を上げ、アスバちゃんの二撃の火砲を押し返す。

そう見えた瞬間、更に一撃が放たれた。三撃目の火砲が。

最早普通の人間には割って入れない、異常な魔法の打ち合い。


「ふはははは! やはりな! まだ限界ではなかろう!!」

「アンタに言われたくはないわね!!」


竜は心底楽しそうに、アスバちゃんも文句を言いつつ口角が上がっている。

あの竜が楽しいのは解る。だって竜は闘う事が楽しいのに、本気を出せないから。

どれだけこうやって戦う事が楽しくても、少し力を入れれば他の生物は壊れる。


だから出来るだけ優しく、なるべく壊れない様に、そして限界以上の力を見る事を楽しむ。

条件を付けて、制限を付けて、手加減をして、その上での勝敗で満足する。

満足するしかないんだ。あの竜は強過ぎるから。そうしないと楽しめないから。


「グルアアアアアア! 本当に、本当に嬉しいぞ! この様な歓喜は生まれて初めてだ!!」


泣きそうだと言った竜の目に、本当に涙が溜まっている。

本当に嬉しくて泣いてるんだろうな。きっと感動しているんだろうな。

まさか人間が、自分を本当に真正面から倒せるなんて、きっと考えた事も無かったんだ。


「なら覚えときなさい! 私の名を! アンタを、竜を力づくでぶん殴れる人間を!」

「ああ、覚えていようとも! この身が亡ぶその時まで、お前の事を忘れるなどあり得ぬ!」


アスバちゃんはそんな竜に応える様に、執拗に真正面から打ち勝とうとしている。

彼女の目的が勝敗なら、別に撃ちあう必要なんかない。それは二撃目を放った時点で解る。


だって同時に魔法を放てるなら、火砲以外の魔法も放てば良いんだから。

彼女は転移だって使える。今は背後に守るべき者も居ない。

竜は意識が有るのだから、下手に人に被害が出る方向へ放つ事も無いだろう。


なら馬鹿正直に火砲を受け止める理由は無い。もっと賢い戦い方は幾らでもある。

実際彼女が初めて戦った時は、竜の攻撃は基本的に躱していた。

それでも彼女は真正面から勝とうとしている。喜ぶ竜をもっと喜ばせるかの様に。


『・・・キャー』

「・・・うん、凄いね」


思わず見惚れるというよりも、異常過ぎて呆けてしまう様な勝負。

とはいえ今の私は呆ける訳にはいかず、それは竜神も同じはずだ。

私達は一瞬の隙をつく為に、その瞬間を狙いあう戦いをしているのだから。


「・・・仕掛けて来ないね」

『キャー』


なのに何故か竜神は、竜とアスバちゃんの戦いを見つめている。

先程までの様な殺意も、怒りも、焦りも何も感じない。威圧感なんて欠片も無い。

むしろ楽しそうな気配すら見せ、その成り行きを見届けようとしている様に見えた。


ただ隙が有るかというと、全く隙が無い。

私の方を見ていない様で、その実こちらに意識は割いている。

ただ今は私よりも、二人の戦いの方が興味深い。そんな感じだ。


「・・・仕掛けてこないなら、私からは、仕掛ける意味はないんだけど、どうかな」

『キャー?』


わかんなーい、か。それはそうか。そもそもあれだけ怒っていたんだもんね。

むしろ突然怒りを収め、ああやって静かな事の方が不思議だ。


このまま終わってくれるなら、もう一度謝って終わらせたいな。

元々悪いのは私だし。確かに私も腹は立ったけど、順番的に原因は私だ。

なら竜神が攻撃してこないのであれば、私も怒りを収めるべきだろう。


『錬金術師ヨ』

「っ・・・なに?」


そんな事を考えていると、急に話しかけられて少しびっくりした。

様子通りの声音だった事もあり、すぐに落ち着いて返事は出来たけど。

やっぱり戦闘中とはまるで違う。凄い穏やかな様子だ。


『貴様に再度問いたイ。問わなければならヌ』


だ、大丈夫かな。これ答えて大丈夫かな。また怒られないかな。

相手は神様だから怖くはないんだけど、また怒らせる可能性を考えるとちょっと緊張する。


だってほら。また怒らせたらやっぱり戦わなきゃいけない訳で、周囲への迷惑が有るし。

状況的に盾にさせて貰ってるけど、街の人達への罪悪感とかも有るんだもん。

あ、その事を意識し始めたら、地上からの視線も気になって来た・・・!


「・・・何かな。答えられる事なら、答えるよ」


緊張ですっと声が出なかった。うう、ちょっと落ち着いて、私。

こういう時はリュナドさんが傍に居れば・・・あれ、リュナドさんとメイラが居ない!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・・・おかしい。段々と力が落ちている。体が壊れていく感覚を覚えている。

あれほど溢れるように感じていた竜の力が、急激に感じられなくなっている。


『・・・制御が外れたのはそれが原因カ・・・それとモ』


楽し気に魔法を撃ちあう竜に目を向け、その嬉しそうな顔に思わず口角が上がる。

何とも自由な竜だ。自由なくせに不自由だったのだろうな。

強過ぎるが故に他の生物に優しく、だがそれ故に戦いの欲求は満たされない。

いや、殺戮を楽しいとは思えないからこその、歪な優しさか。


『・・・良かったナ』


制御を離れたのは、きっと奴の力だ。

心から望む者を見つけた事で意識を取り戻したのだ。

壊れ始めたこの身を言い訳など、あ奴に失礼であろうよ。


『来たか、我が半身』


本体が居る場に、今代の法主がやって来た。

元々あの娘とこの身は繋がっている。対話だけならばあの場に向かう必要は無い。

だがそれでもその選択をしたのは、自分も戦う覚悟を決める為だろう。


そして錬金術師の仲間達を連れて来たのも同じ理由。

逃げ場を自ら無くし、法主としての務めを果たす為に。

我が身の答えにあの人間が納得しなければ、その場で我が身を降ろして戦う為に。


『・・・納得のいく答えなド、元から聞く気などないくせニ』


安全な所に居ろと言ったのに、その言葉の意味を理解しているだろうに。

万が一この身が亡ぶ事があろうとも、それはこの身だけで良い。

法主として仕えてくれたお前が死ぬ必要はない。


そもそも本心では納得いっていないのだろう。この身が奴らを殺す事に。

だからこそ言ったのだ。何も知らず、聞かず、安全な所に居ろと。

法主としての役目を全うし過ぎる娘に、呆れと愛しさを覚え溜め息が出る。


「俺は兵士だ。民を守る兵士だ。だから民を守る。ただ、それだけだ」


そしてその言葉を聞き、更に大きなため息が漏れそうになった。

あの人間の目は、あの兵士の目は本物だ。あの目は本物の戦士だ。

我が身の力を感じ取り、明らかに恐怖を胸の内に抱え、それでも戦う人間だ。


なぜそのような人間が錬金術師を守る。あんなものを作り出す者を守る。

あの魔法使いの娘もだ。あの娘も奴を守る為に我が身に挑んだ。

今でこそ竜と張り合っているが、目的はあの男と同じだろう。


何よりも・・・何よりもだ。


「我が神よ。どうか今一度、今一度お聞かせください。未熟な我等に理解出来る様に、どうかお願い致します。私には、彼女達が敵とは、思えないのです・・・!」


戦う覚悟を決め、死ぬ覚悟を決め、それでも最後まで信じようとする我が愛する半身。

その姿に怒りのまま語るなど出来るはずもない。

可愛い子が死ぬ覚悟だというに、怒りのままに振舞える程傲慢ではない。


『答える前ニ、少し待テ』


ならば、そこまで我が半身が、我が子が望むならば、もう一度確かめよう。

あの気高き戦士が守るに値する者か。あの凄まじい魔法使いが守るべき者か。

あの自由な竜が共にあると決めるに値する者なのかどうか。


『錬金術師ヨ』

「っ・・・なに?」


目は竜に向けたまま、錬金術師へ声をかける。

当然奴は警戒し、構えたまま低い声で答えた。

だが攻撃を仕掛ける様子はない。

様子は、無い。先程から、ずっと。


『貴様に再度問いたイ。問わなければならヌ』

「・・・何かな。答えられる事なら、答えるよ」


問いかけには素直に答え、だがその威圧感は余り変わらぬか。

しかし少々殺意が薄れている様に見える。

それは何が理由だ。この身の変化が理由か。


『貴様の狙いは何ダ。この国をどうするつもりだっタ』


・・・もし今崩れ始めているこの身が、その薄れた殺意の理由とすれば。

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