第353話、状況の再確認をする錬金術師

「・・・さて、それじゃどうしたものかな」


日が沈む前に終わらせるとは言ったものの、具体的な解決案が有る訳じゃない。

精霊に力を借りるとしても、悪いけどこの子が出来る事は余りないんだよね。

それでもその気持ちが嬉しかったし、固まりかけた思考を解してくれて助かった。


取り敢えず状況を覆す一手は有るんだ。その事実だけでも今の状況は悪くない。

黒塊の時の様に誰かの手を借りないと決定打が無い、って訳じゃないんだから。


「・・・段々大振りの攻撃を仕掛けて来なくなった、かな」


竜神の攻撃を躱しながら観察をする。しっかり見て相手の行動基準を読み解く。

身体能力で劣る私に出来る事は、対象を良く見て理解して対応する事だ。

自分の消耗や周囲の被害に焦る必要が無い以上、そこまで手早く決める必要も無い。


まだ日が高いのに「日が落ちる前に」と精霊に告げたのもそれが理由だ。

心に余裕を持たせる為に、わざと余裕のある期限をつけた。

とはいえ流石にそれまでに対処出来てないと、私の方がもたない可能性も考えてだけど。

神様相手に体力勝負は分が悪い。消耗が少ないと言っても限界はある。


「ん、やっぱり、大振りは止めたみたいだね・・・私の失敗待ちかな」


私はさっきまで少し焦っていたけれど、どうも相手も焦っている様に見える。

兎に角私を追い回し、何とか一撃を当てたい。そんな感じの攻撃になっている様な。


こちらは決定打になり得る物を持ってはいるものの、当てる事が出来ずに悩んでいた。

ただしそれは竜神も似た様な物だろう。向こうは一撃も当てる事が出来ていない。

勿論一撃当たったら終わりの私と、多少食らっても問題の無い竜神では条件が違う。


私は確実な一手が欲しくて、竜神は一撃当てさえすればそれで良い。

どちらも一撃を当てる事には違いないが、基本防御に気を割かなくて良い点で竜神が有利だ。

ただその有利を絶対だと思っていないからこそ、竜神は焦っているんだろう。


「やっぱり魔法石は大して効いてない・・・けど、まったく効果が無いって訳じゃないか」


竜神の攻撃を躱しざまに、突進に合わせて、連撃の合間に魔法石を放つ。

その攻撃は悉く命中していて、当てるチャンスが無い訳ではないと証明出来ている。

更に言えば魔法石の魔法でも竜神の軌道を多少変え、衝撃をあたえられている事は確実だ。


おそらく魔法石に詰めている精霊の神性のおかげだろう。

精霊達にその力が有ると解ってからは、全ての魔法石に神性を込めている。

ただし神様として生きる気が無いからなのか、やっぱりその力は弱い様だ。


それでも通用はしている。アレが通用しているという事は、奥の手も通じるという事だ。

きっと竜神もその事実に気が付いている。自分に通じる一手を私が持っている事を。

でなければ偶に異様な回避行動なんてとる訳が無い。


「っ、また、逃げられた」


決める為の一手。そのつもりで魔法石を握っていると、竜神は攻撃を即座に止めた。

握っているのは通常の魔法石だから、思考が読まれている訳じゃないだろう。

その点は安心出来る。もし思考が読まれていたら、絶対に当てられない。


けれど決めるつもりの一瞬を、あの連撃の最中で判断されてしまう。

その事実はやはり焦りを多少覚え、ただし竜神も焦っていておかしくない。

あの軌道がその証拠。当たれば不味いと思っているから逃げるんだ。


だから出来れば私の一撃が放たれる前に勝負を決めたい。

私のミスを誘う様に、隙間なく攻撃を仕掛けたい。

けれど合間合間で回避を取らざるを得ず、追い詰め仕留め切る事が出来ない。


「状況はお互い同じ。私一人が焦る必要はないね」


その事実を理解すると、尚の事心に余裕が出来る。

おそらく戦場が街の上でなければ、もっと条件は不利に働いていただろう。

けれど竜神は国民に害あたえられない。この一点が状況を拮抗させている。


「本当は人を盾になんて、したくはないけど・・・そんな事言ってられないしね」


もし竜神が無差別に攻撃する存在なら、私はとっくに戦場を変えている。

あれは無差別に戦う事が出来ない。だからこそ私は街の上から動く訳にはいかない。


相手は一撃を当てれば勝てるが当たらず、なのに接近しての一撃を当てなければいけない。

私は一撃を確実に当てないと勝てず、けれどその一撃を当てる方法が見つからない。

状況は五分だ。どちらにも有利不利は無い。五分である以上、焦る必要はない。

焦ってミスした方が負ける。これはそういう戦いだ。


「グルアアアアアアアァァァァァアアアアア!!」

「っ、何!?」

『キャー!』


突然の竜の咆哮に目の端で見ると、以前戦った時の様に変態を始めていた。

ここまでじりじりとアスバちゃんが押していたが、どうも容易く終わらせてはくれないらしい。

火砲の根元に凄まじい魔力が集まり始めている。おそらく火砲を『撃ち直す』つもりだろう。


その一瞬に火砲が近くまで来るリスクを背負って、それでも対抗出来るという判断か。

とはいえ危険である事には変わりない。アスバちゃんの火砲は明らかに当たれば不味い。

強靭な竜とはいえ半ば博打の様な手を使わせる竜神に、少し怒りが湧き―――――。


「良い、良いな小さき娘よ! お前は本当に素晴らしいぞ! まさか竜の火砲を単独で再現する人間など、居るとは思わなかった!! 楽しくて堪らないとはこの事だ!!」


・・・あれ? 普通に喋ってる? ちょっと待って、操られてたんじゃないの?


「は!? ちょっと待ちなさいよ! アンタ意識あんの!?」


アスバちゃんは魔法で声を響かせ、竜の元まで声を届けて問う。

竜の声は特に何もしなくても聞こえるから、これで会話は成立するだろう。


「む? 見ての通りだが。ああ、先程までは少々寝ぼけていたのか、余り覚えが無い。気が付けば火砲を撃ちあっていた。だがこの様な楽しい事態に、呆けてなどいられるものか!!」

「はあああああああ!? ふっざけんじゃないわよアンタ!」

「ふざけてなどいないぞ。私は至極真剣だ! 真剣に楽しくて堪らない!!」


竜は変態を済ませると、にぃっと口角を上げて笑う。

トカゲ顔なのに本当に楽しそうなのが解る。表情豊かだ。


『我が制御を弾いた・・・!?』

「・・・成程」


先程から竜神が動きを止めていて不思議に思っていたけど、そういう事か。

まさかここまでずっと寝ぼけていたのかと、竜の発言から一瞬そう思ったけど違ったらしい。

操られていたのは確実で、けれど竜はその制御を弾いて意識を取り戻した様だ。


「さあて、一撃目はお前の勝利だ! ああ負けを認めようとも! たとえ寝ぼけての一撃だとしても竜の火砲だ! 本来小さき者が返せる訳がない! それを撃ち返したお前の勝ちだ!!」

「そりゃどうも!! でもここで終わらせるつもり何てないんでしょうが、このクソ竜!!」

「グルルアアアっ! 当たり前だ! この様な楽しい事態を何故終わらせられる! 何故その力の限界を確かめる前に終わらせられる! 一番楽しいのはここからだろう!!」

「ああそう! ああそうなの! なら私にとっても好都合だわ!!」


アスバちゃんの体に魔力が迸る。今まで火砲を放ち続けていたとは思えない量の魔力が。

そして竜が火砲を止めた瞬間、何故か合わせたように彼女も火砲を消した。


「む、なぜ消した? やらぬのか? これからが楽しい所だろうに」


その様子を見た竜は先程の様子から一変、一瞬でつまらなそうな顔で問いかける。

いや、つまらないというよりも、残念で堪らないって感じかな。本当に表情豊か過ぎる。


「ええそうね。楽しいのはこれからだわ。今度はあの時とは違う。私が! 私自身の力で! 私の魔法でアンタをぶっ飛ばしてやるわ! 条件は五分じゃないと意味が無いのよ!!」

「――――――くっ、グルルアアアアア! 良いな! 本当に良いな小さき娘よ! 私はお前と出会えた事を心から感謝するぞ! 私はこの地に来て良かった!!」

「ああそう、こっちはアンタみたいなクソトカゲに出会って迷惑この上ないわね! 後アンタいい加減私の名前覚えなさいよ! 名乗ったでしょうが!!」

「おおこれは悪い。ああ、ちゃんと覚えているとも。お前達の名は、全員」


喋りながら竜の口元に、アスバちゃんの手元に、尋常じゃない魔力が集まっていく。

竜は兎も角アスバちゃんも、人間とは思えない異常な魔力が収束されていく。


「さあ、始めようかアスバよ! 小さき強大な魔法使いよ!!」

「うっさいクソトカゲ! 絶対その顔ぶんなぐってやるわよ!!」


化け物同士の本気の魔法が、しっかりと溜めた万全の魔法が、改めて放ち直された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カツカツと廊下を早足で歩く音と、空の戦闘音だけが耳に入る。

目の前にはあれから一度も喋らず、ただひたすらに足を進める法主。

護衛は居ない。何時ものお付きの女性すら付けていない。たった一人だ。

その状況で俺に背を向けるという事が、きっと彼女なりの誠意なのかもしれない。


おそらくこの先は精霊が作った地図に有った、見えない何かが居る所。

精霊からは『真っ直ぐ辿り着けない所』と聞いた。

山の結界と似た様な、認識をおかしくさせる力の様な物でもあるんだろう。

だが法主はそんな物はまるで無い様に、迷う気配無く進み続けている。


おそらく法主が認められているからか、その力を弾けるだけの能力が有るんだろう。

ただ少し疑問なのは、俺は特におかしさを感じないんだよな。

どう見ても普通の通路にしか見えないし、迷うほど複雑にも見えない。

もしかして精霊のおかげだろうか。今の俺はちょっと普通じゃないっぽいし。


「・・・」


チラッと横を見ると、緊張した面持ちでメイラが付いて来ている。

殿下を探しに行かないのかと聞いたんだが、彼女は付いてくる方を選択した。


『パック君には精霊さんが付いていますし・・・彼は、大丈夫、です』


どう見ても心配そうな表情でそう言って、俺と一緒に付いてくる事を選択した。

今度こそちゃんと、この国の神から説明を聞きたいと、そう言って。


何となくそんな気はしていたが、どうも彼女は竜神と会話をした事がある様だ。

戦う前の言い合いは、そうでなければ説明が付かないだろう。

そして今度こそと言う事は、その時の説明に一切納得がいっていないんだろうな。


「グルアアアアアアアァァァァァアアアアア!!」

「うを!?」

「きゃっ!」


今のは竜の咆哮か。地響きがする程の咆哮とか、本当に凄まじい。

状況が変わったんだろうか。ここからじゃ音は聞こえても状況が解んねえ。


「良い、良いな小さき娘よ! お前は本当に素晴らしいぞ! まさか竜の火砲を単独で再現する人間など、居るとは思わなかった!! 楽しくて堪らないとはこの事だ!!」


・・・おい待て。アイツまさか意識あるのか。操られてたんじゃないのかよ!

いや、意識を取り戻したのか? でもどっちにしろ外から聞こえてくる会話が不穏すぎる。


「一番楽しいのはここからだろう!!」

「ああそう! ああそうなの! なら私にとっても好都合だわ!!」


待て待て待て待て。お前等何言ってんだ。意識戻ったんだから戦闘を止めろ。

おい本当にふざけんなよ! 後始末誰がやると思ってんだ!!


「さあ、始めようかアスバよ! 小さき強大な魔法使いよ!!」

「うっさいクソトカゲ! 絶対その顔ぶんなぐってやるわよ!!」


終わった。うん、終わった。これもう言い訳が効かねぇ。

あの様子じゃ竜神のせいに出来ない。完全に内輪もめじゃねえか。

もうやだ。お前ら本当にヤダ。何でそんなに自由なの?


「リュ、リュナドさん・・・」

「あ、ああ、大丈夫、大丈夫」


青い顔をしている俺が心配になったのか、メイラが声をかけて来た。

頭を抱えつつも応え、大きな溜息を吐いて法主の後を付いて行く。

おかしいな。お腹が痛くなってきた気がする。泣きそう。


「この奥に、我が神はおられます。どうぞ、お入りください」

「・・・ああ」


どうやら最奥に到着したらしい。足を止めた法主が中に入る様に促してくる。

頷いて足を踏み入れると、中は立派な神殿の一室という様相だ。

祭壇の様な物や、良く解らない飾りや彫刻などがあちらこちらにある。



そしてその奥の台座に、それが居た。おそらくアレが竜神の本体。



干からびたミイラの様な、人間の様な竜の様な、どちらをも混ぜた様な見た目の何かが居る。

普通に見た限りでは悪趣味な置物にしか思えないが、アレが生きていると何故か解った。

これも精霊達のおかげだろう。何故かあそこにいる本体が、凄まじい力を持つと感じる。


「・・・成程、本体、か」


外に居る竜神は倒せそうだった。強い力は持っているが倒せる気がした。

けどヤバい。こいつはヤバい。この本体は勝てるかどうか全く自信が無い。

どうしてなんて理屈は解らないが、明らかに格の違う相手だと感じる。


メイラを連れて来たのは失敗だった。あんな危険な物とは思っていなかった。

身を守るだけなら問題無いなんて、アレの前では考えられない。

もしかして黒塊より格上なんじゃないか、あの竜神。


いや、それが解っていて、彼女は付いて来たのか。

俺と違って自力で力量を感じ取れる以上、全て解って来てるんだ。

止めた所できっと付いて来たに違いない。




―――――本当に優しい子だな、お前は。俺の事も助けてくれる気だったのか?




いつの間にか無意識に止まっていた足を動かし、覚悟を決めて歩を進める。

メイラもそれに追従する様について来て、けれど俺より前に出ない様に手で塞ぐ。


彼女が付いて来た理由は嘘だ。納得の行く答えなんて望んじゃいない。

殿下の事が心配で、けれどそれよりも俺の事が心配で付いて来たんだ。

この化け物に単独で挑む俺を案じて、彼女は俺を追って来た。それが真実だろう。


本当に優し過ぎる。もっと自分の身を第一に考えても良いだろうに。

この化け物に自分が挑もうなんて、子供のする覚悟じゃない。


「メイラ、絶対に前に出るな。良いな?」

「――――っ、はい、わかり、ました・・・」


バツの悪そうな顔で後ろに下がるメイラだが、その頭を優しくなでる。

意図に気が付かれて気まずい気持ちだったんだろうが、気にする必要はない。

そういうのも含めて、俺はやるべき事をやるだけだ。


『来たカ。我が半身』

「はい。我が神よ」

『そして愛し子ト、人の身の化け物ヨ』

「化け物とは酷い言い草だな。お前の方が余程化け物だろうに」

『・・・話をする前にあえて聞いておこウ。貴様は何故ここに来タ』

「俺の役目を果たす為だ」


ああ、そうだ。俺の役目だ。俺の仕事をする為に、俺はここに来ている。

こんな化け物の前に、逃げ出したいぐらい怖い化け物の前に、こうやって立っている。


『役目? 我が身を斬る為ではないのカ』

「はっ、結果的にはそうかもな」

『どういう意味ダ』

「神様なのに解んねえんだな。なら教えてやる」


そう言って目の前のミイラに、干物野郎に槍を突きつける。

震える足に力を込めて誤魔化し、胸の内にある恐怖を押さえつける様に睨む。

教えてやるよ。なんで俺がここに来たのか。気になるならよーく聞けば良い。


「俺は兵士だ。民を守る兵士だ。だから民を守る。ただ、それだけだ」


セレスが俺をそう守ってくれた様に、俺もあいつを、あいつの家族を、兵士として守るだけだ。

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