第352話、攻めあぐねる錬金術師

ここまで竜神の攻撃を見て来たけれど、特殊な攻撃は殆ど存在しない。

基本的には接近して爪で引き裂く。それは見た目通りの攻撃でしかない。

当たれば間違いなく見た目以上の威力があるだろうけれど、当たらなければ問題は無い。


問題はあの火球を引き裂いた攻撃だ。アレは明らかにただ腕を振るった以上の威力だった。

広範囲かつ高威力。その上あの攻撃をされれば正確な範囲は解らず避けられない。

ただしあの攻撃には一瞬のためが要り、放つ動作は見ていれば解る。


「っ!」

『グッ、貴様、まタ!』


ならば街を盾にすれば良い。あの竜神は絶対に街を攻撃出来ない。

基本的に実際に顕現出来る神と呼ばれる存在は、その地に居る人間の信仰心を力とする。

ただしその信仰心を力とする場合、自身の在り方によって振るえる力や対象が変わる。


黒塊が良い例だろう。アレは自分の在り方に疑いを持たず、純粋に望まれたままの存在だ。

だから自分を願った者達を全て殺したとしても、変わらず力を持ち続けた。

黒塊はそう望まれた邪神だから。何もかもを呪い殺す黒い神だから。

その在り方で存在する事で、信仰心を無くした今も強大な呪いとして存在し続けているんだ。


山精霊は逆に神として生きる事を望まず、認めず、ただ自分達で在り続けている。

だからあの子達が持つ神性は細やかで、あくまでその存在は精霊として世界に在る。

あの子達は精霊である自分として振舞い、後から神性が付いて来ただけなのだから。


けれど竜神はこの街の、この国の信仰心を力と変え、そして神である事を受けて入れている。

この国を、民を愛する神。自分の口でそう言っていた。

つまりあの竜神は自分の存在を縛っている。この国の神である事を自分に課している。


故に民に害をなす行動は、そうしなければ民を救えない様な理由が無い限り出来ない。

おそらくリュナドさんの攻撃から空へと逃げたのもそれが理由だろう。

人の多い空間で本気で戦ってしまえば、周囲を巻き添えにする可能性が有ったから。


勿論あの状況で距離を取った以上、狭い範囲を攻撃する手段も有るのだろう。

距離を取り、力をため、一点に狙って攻撃をする。その為の空への逃走。

それを考えれば、まだ未知の攻撃を持っている可能性が有る。油断は出来ない。


とはいえここまで動作の無い攻撃は無い。動きを見逃さない限り避けられる。

この辺りは黒塊より余程やり易い。きちんと予測の出来る体躯をしているのは本当に楽だ。

空を飛ぶ動きも色々と物理的な物を無視しているけれど、逆にそれが読み易い。

速度は確かに異常だけれど、予測が出来れば躱せない事は無い。問題は別の部分。


『ッ、チイッ!』

「・・・やっぱり、読まれてる?」


攻撃の隙。一撃を入れられる隙が見えた一瞬、竜神は全力で軌道を変える。

これではこちらは攻撃に移れない。下手に移る訳にはいかない。



何せ私の手持ちで竜神に通用する物は、たった一発。



この一撃を外せない以上、確実に当てられる状況を作る必要がある。

最初は隙を探る為に、魔法石を幾つか使って動きを観察した。

そして当てられる事は解ったし、これなら行けると思ったんだけどな。


どうも私の攻撃のタイミングを読まれている気がする。

ただその割に、通常の魔法石は避けない。避ける必要が無いと思われているのか。

多分そうだろうな。損傷は殆どない様に見えるし、飛行の阻害も余り出来ていない。


なのにこの一撃を入れられる瞬間だけは、何かを悟った様に全力離脱をする。

まだ実際に使おうとはしていないけれど、使えると思ったタイミングは確実に逃げられている。

これでは当てられない。外したら後が無いのに避けられる可能性が大きい。


「不意を突く必要があるかな・・・一人ではきついけど」


アスバちゃんを目の端で見る。彼女はまだ竜との押し合いをやっている。

じりじりと押しているとはいえ、それはあくまでゆっくりとだ。

どちらもまだ余裕があり、火砲を撃ち続けている以上加勢は期待出来ない。


いや、むしろ竜を抑えてくれているだけ十分な加勢だ。

私一人では、竜神と竜を両方抑えて戦うのは厳しい。

厳しいというよりも不可能に近いか。彼女には感謝しかない。


ちらりと地上に目を向ける。こちらを心配そうに見上げるメイラへ。

けれど一瞬で視線を切り、今頭に浮かんだ物を消す。


「あの子には、やらせない」


リュナドさんが言っていたじゃないか。あの子は戦いたい訳じゃないって。

あの子は私を守ってくれただけだ。守る為に戦わざるを得なかっただけだ。

本当は戦いたくなんかない。誰かを傷つけたくなんかない。

優しい子だ。とても優しい子だからこそ、あの子に加勢はさせちゃいけない。


「リュナドさんは・・・彼も厳しいかな」


今回一番加勢を期待出来るのは彼だけど、問題は彼が飛べないという事だろうか。

何時もと違って戦闘面で完全に頼れる状態だけど、どうもあの羽はただの飾りの様だ。

おそらく彼の「羽が有れば」という言葉に応え、精霊達が見た目だけ作った様に見える。


となると彼に空中戦は出来ない。隙を作って貰うには危険が伴う。

自由に動けない空中では、私の攻撃からの離脱も出来るかどうか。

竜神が地上戦を仕掛けてくれればいいけど、それは絶対に期待出来ない。


「今回は呪いの影響みたいなものが無いから、持久戦も行けるけど・・・」


まだ日は高い。だから動きは良く見えている。けれど日が落ちたら少々不味い。

私は夜目がきかない方ではないけれど、それでも暗いと大分見難くなる。

闇夜の中であの速度で攻撃されると、躱せない可能性が出て来るだろう。

そもそもそうなると体力勝負だ。神様に体力勝負とかちょっと無理がある。


『キャー!』

「ん、そっか。そうだね、私は一人じゃなかった」


私一人でやれるだろうかと、若干焦りの入る思考で手段を考えていた。

けれど頭の上の子が『僕も居るよ!』と声をかけ、そのおかげか少し気が楽になる。

少し気を張り詰め過ぎていた。これじゃ勝てる物も勝てなかったかもしれない。


「日が落ちるまでに、勝負を決めるよ。手を貸してね」

『キャー♪』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空で火砲を撃ちあうアスバと、竜神と空中戦を繰り広げるセレス。

その光景に殆どの者達が言葉も無く見上げていた。

完全に人間の枠を超えた戦闘だ。馬鹿げた化け物同士の戦闘すぎる。


「今なら駆け付けられるってのに・・・!」


幾ら羽を動かしてみても飛べる気配はない。力は有ってもその場に向かう事が出来ない。

精霊達にどうにかならないかと聞いてみても、飛べないという返事しか返ってこない。


『リュナド我が儘ー』

『飛べないんだからしかたないよねー?』

『リュナドジャンプ! ジャンプして! 頑張れー!』


我が儘じゃねーよ! つーかお前等こそ無理言うな!

一回飛んでもその後の制御が無かったらただの的じゃねーか!


「や、やはり、あの女は神敵だった。神が認められた。やはり私は間違っていなかった!」


歯がゆさに顔を歪めていると、そんな声が講堂に響いた。

思わず心の苛つきのまま発言者を睨むも、奴は此方を見ていない。

丸男は空を見上げ、恍惚とした表情で続ける。


「何よりも私の腕から神は顕現なされた。神が我が身を守るべく現れた!」


本気なのか演技なのか、若干戸惑う目と声音だ。

怪しい光がともっている気がするが、それでも本気とは何故か思えない。

この状況を利用して自分の立場を回復しようと、そう考えている様にしか思えなかった。


「ならば貴様は、神の御心を信じず、偽物を神の化身と迎えようとしていた訳だ」

「なっ・・・!」


だから思わず嫌味を口にしてしまい、丸男は余計な事をと言わんばかりに俺を睨む。

やっぱり演技だったか。大した役者だ。僧侶よりも役者になった方が良いんじゃないか。

ただ丸男はフっと笑い、やけに爽やかな笑顔で口を開く。


「だが私は神に認めて頂いた。空で戦うあのお姿がその証拠だ」


いや、これは爽やかというよりも、勝ち誇った顔という奴だろうか。

間違いのない勝ちを確信しているが故の、焦りや薄暗さの無い表情だ。


「そうか。ならこの場で貴様を斬ったとしても、貴様の神は助けてくれるのだろうな」

「っ、な、なんだと!?」

「そういう事だろう? 貴様は神に認められた。ならばここで俺に切られたとしても、きっと神が助けてくれるさ。そうなれば貴様が神に認められたのは確実。死ねばそれで終わりだ」

「ふ、ふざけた事を言うな! く、来るな! 寄るんじゃない!!」


本当に斬る気は無い。斬る気は無いがムカついた。

俺達を完全に悪者に仕立て上げ、自分だけ都合の良い結果を得ようとしている。

さんざん都合良く使おうとしていた俺も切り捨てる気満々だ。

少しぐらい脅しても良いだろう。そんな感情を抱えながらゆっくりと近付く。


『いいぞー! やっちゃえー!』

『僕コイツきらーい!!』

『こんなやつバーンってしちゃえー!』

『でもリュナドはバーン出来ないよー?』

『そうだった! じゃあバーンじゃなくて良いよ!』


・・・本当に頼むから、気の抜ける声援は止めてくれないかな。ばーんってなんだよ。


思わず槍を降ろしてしまい、思いっきり気の抜けた気分で溜息を吐いた。

丸男は俺が本気だと思ったのか、尻もちをついて後ずさっている。

今はこんな無様を晒す奴に構っている暇は無いか。


「法主よ、貴殿も奴と同じか」

「―――――っ!」


さっきから一歩も動かず、ずっと空を見上げている法主に問いかける。

彼女はそこでようやく時間が動いたかの様子で、ゆっくりと俺へ顔を向けた。


布で隠れているから表情は解らない。けれど状況を考えればそれは幸いなんだろう。

この訳の分からない状況で、トップが何を考えているのかは解らない方が良い。

もしあの顔の奥が焦りであるならば尚の事だ。


「法主よ。私の考えは先程告げた。私はこの国の民ではない。竜神を崇める者ではない。我が領地に住む民を守る兵士だ。そしてセレスもその領民。もし貴殿も奴と同じ考えであれば、私はこの国と敵対しなければいけない」

「そう、でしょうね」


法主は声を作っているのか、感情の感じられない声音で返答をする。

何時もの優しい声音でも、謝罪の時の少し焦った様子も無い。

自分の感情を読まれないために、ただ俺の言葉に頷き返す為だけの声音。


「この場で、この状況で、貴殿に問うは酷だろう。だが私は問わなければならない。貴殿は法主として、私達とどう関わるつもりか。返答を頂きたい」


槍を突きつけ、この場で戦う事も辞さない態度を見せて問う。

ただ俺は彼女の事が嫌いではない。未熟な若い身でありながら奮闘する彼女は。


上に立つ力量が有ってその場にいるのではなく、何かしらの条件で立たざるを得なかった。

分不相応な地位でありながら、けれどその地位から降りる事が許されない。

正直自分を見ている様で痛ましいとすら思った事もある。


本当は敵対はしてやりたくはない。助けてやりたい気持ちは多少ある。

だが竜神に従うのがこの国の在り方であれば、そんな悠長な事は言っていられない。

彼女がどう判断するのか。それによって俺もこの場で判断をしなければならない。


この国との戦争を。彼女を俺が斬る覚悟を。この国の民を斬る覚悟を。


「・・・神と、再度対話をしたいと思います」


だが彼女から返って来たのは、いわば判断は保留にするに近い返答だった。

思わず空を見上げ、未だ戦う竜神とセレスを見る。


「そんな余裕は無いと思うがな。貴殿はあそこに割って入れるのか?」


彼女はおそらく特殊な力を持っているのだろう。

けどその力を持って竜神を止める事は出来ないんじゃないか。

それが出来るなら、とうにやっている気がする。

一度戦闘を止め、詳しく問いただし、上手く事を収めようとするだろう。


「あそこにおられるのは我が神の仮初の姿。神は神殿にて居を構えておられます」

「・・・本体が別に居る、という事か」

「はい。ここは神が住まう家。我等はその世話役。神は神殿の最奥にて常に民を見守り、代々法主となった者に治世を神の代わりに任せ、人の手に余る災害に手を貸してくださります」

「なるほど、ならそこに行けば、神と直接話せるわけだ」

「はい。ついて、来られますか?」

「・・・本気で言っているのか?」


今の俺はおそらく竜神を斬れる。つまりそれは、本体を斬れる所に連れて行くと言っている。


「法主よ! 一体何を言い出すのだ! 神聖な神の居に只人を招くなど!」

「貴女も見ただろう! その男が神に斬りかかる所を! 万が一が有ればどうする!!」


法主の発言を聞いた者達の内、何人かが焦る様に咎めだした。

おそらく法主の言葉が真実だと知る者達なんじゃないだろうか。


「その時は、法主として、我が身を使います。不服ですか?」

「そ、それは、だが・・・!」

「少なくとも事ここに至るまで我関せずでいた貴方達に、法主として判断を下す事に異を唱える権利が有るとは思えませんが。貴方達ならば、私がなぜ法主なのか、知っているはずでは?」

「う・・・ぐ・・・!」


先程の感情の無い声音から一変、まるで化け物でも現れたかの様な威圧感を放ちだす。

異を唱え叫んでいた者達は一様に口を噤み、空の戦闘音以外の音が消え去った。

彼女はそれを確認する様に見まわしてから、俺へ顔を向けて動きを止めた。


「精霊公様。私は神に、納得のいく言葉を頂きに向かいます。ついて来られますか?」

「・・・解った。行こう」


迫力のある彼女の声に頷き、槍を握る手に力を籠める。

納得のいく答えを受ければ、俺と殺し合いをする覚悟を決めたのだと理解して。

彼女を斬る覚悟を、殺す覚悟を決めて、彼女の背を追った。

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