第351話、思いを告げる錬金術師
竜が咆哮を上げた瞬間には、既に魔法は出来上がっていた。
だからあの咆哮はわざと私達に気が付かせ、防御行動を一瞬遅らせる為。
今から回避行動をとっても間に合わない。その判断を少しでも鈍らせる行動だ。
「ざっけんじゃないわよバカ竜が! 私が認めた奴が、簡単に操られてんじゃないわよ!!」
だからきっと、彼女でなければ、アスバちゃんでなければ危なかった。
彼女と竜の魔法が放たれたのはほぼ同時。いや、少しだけアスバちゃんが遅かっただろうか。
竜と彼女は同じ魔法を、あの竜の火砲をぶつけ合った。
彼女は竜が放つ前から何かしらの魔法の準備をしていた様に見える。
だから条件はほぼ五分。けれどアスバちゃんの魔法と竜の火砲では性質が違う。
竜の火砲は恵まれた竜の体という才能で放つ、ただ魔力を形に変えて放っただけの物。
アスバちゃんの火砲は人間が放つ為に、魔法という形を整えた物。
だから放つのにほんの少し時間が要り、けれど誤差に過ぎないのが彼女の凄い所だ。
凄まじい速度で放たれた火砲は、竜と彼女のほぼ中間で押し合っている。
幸いぶつかり合った場所が上空だから、魔力が霧散すれば火は消える。
街に被害は出無さそうだし、もしそうなるなら竜神は攻撃を止めさせるだろう。
だって竜神が大事な物はこの国で、この国の人間なのだから。
「ふんっ、こんなものなのかしら! あの時のアンタはもっと強かったわよ!!」
ただ互角に見えた火砲は、じりじりとアスバちゃんが押し始めた。
多分これも、火砲の性質によるものだと思う。
竜の火砲は有り余る魔力をただ力任せに放っている。
対してアスバちゃんは無駄を極限まで無くし、凄まじく丁寧な魔力操作で魔力を圧縮している。
その二つがぶつかり合えば、纏まりの無い火砲の方が拡散しやすいのは道理。
それにしても凄い。アレはもう竜の火砲とは完全に別の魔法だ。
性質は同じだけれど、人間が放てる様に作り変えられている。
けれど彼女の言う通り、あの時の竜の火砲はもっと威力が有ったと思う。
最後の方はアスバちゃんの全力の魔法を、後出しで押し返したのだから。
少しずつ火力が上がる可能性も有るし、楽観視は出来ない。
そもそも今の竜は、あの時の様に変態していない。まだかなりの余力があるはず。
それでも、ここは彼女に任せよう。彼女なら大丈夫だ。
私は私のやれる事を、やるべき事をしなくちゃいけない。
これ以上今回の件の被害を広げる訳にはいかない。
「・・・アスバちゃん、竜の事、任せていい?」
「はっ、誰に物言ってんのよ。むしろあの竜ぶん殴って来てやるわよ!」
多分竜は操られてるだけだから、あんまり怒らないであげて欲しいなぁ。
アスバちゃんの返事に若干の不安を覚えつつも、ここは任せて竜神を追う。
竜神は私の接近に気が付くと動きを止め、何故か攻撃は仕掛けて来ずに待ち構えていた。
『ここならば邪魔は入らヌ。黒き呪いは我が身程空を自由には飛べヌ。精霊を従えし人間はそもそも空を飛べヌ。魔法使いの娘は今暫く動けヌ。それが解って眼前に立ったのカ』
「・・・勿論。そうしないと、貴方に謝れないから」
『何だト?』
やっと真面に謝罪が出来ると思いそう伝えると、竜神は訝しげな様子を見せる。
私が謝ると思ってなかった、って事なのかな。思われてたんだろうな。
きっと竜神の中の私は、見境なく他人を攻撃する危ない人なんだろう。
「・・・貴方の怒りはもっともだと私も思う。だから、ごめんなさい」
『自覚していて尚行動シ、我が身が咎めれば謝罪カ。我が身が現れなければどうなっていタ』
「・・・貴方に、謝れなかった、かな」
私の言葉を聞くと竜神は静かに問いかけて来た。
勿論自覚はしていた。していたけれど、少し考えが甘かったのだろう。
ここまでの怒りを向けられなければ、きっとその怒りを認識は出来なかった。
勿論竜神が怒りなど知る事も無く、謝る機会は一生なかっただろう。
だから素直に返答をすると、彼は歯をぎりッと鳴らして唸り出した。
『やはリ、貴様ハ、生かしてはおけヌ』
こうやって謝って尚、竜神の怒りは解けない。それだけの怒りなんだ。
うん、解ってる。その怒りは良く解ってる。私だって同じだもん。
腹が立つよね。大事な物に手を上げられるのは、自分の事よりも腹が立つよね。だから。
「・・・本当は、こんな事したくないんだけど」
今の私は死ぬ訳にはいかない。不測の事態なら兎も角、自ら死んじゃいけない。
それは弟子達も友人たちも悲しませると、今の私は解っている。
だからその選択肢は取れない。取る訳にはいかない。抵抗しないといけない。
――――――けど、違う。それは今の私の気持ちとは、違う。
今の私はそんな気持ちだけでここには居ない。
そろそろ抑えられない感情が、私を竜神の前に立たせている。
彼と同じ、胸の内に抑えられそうにない怒りが渦巻いている。
「・・・悪いけど、私もちょっと、怒ってる」
『貴様ガ、だト?』
メイラを巻き添えにしたのは私の不徳。アスバちゃんを巻き添えにしたのも同じ事。
リュナドさんの手を煩わせてしまった事も、全て私が悪いんだろう。
全部、そう、全部私が悪い。間違いなく私が悪い。
悪いとは思う。思うけど、だからと言ってアレを許せるかは別の話だ。
アスバちゃんへの攻撃は、全て殺すつもりだった。
リュナドさんへの反撃も、隙が有れば殺す気だった。
メイラへの攻撃も、突破出来れば仕留める気だった。
全て解っていても、罪悪感からここまで怒りは抑えられた。
それは皆が竜神の攻撃に対応出来たから。出来るのが見えていたから。
けどそろそろ抑えられない。もう怒りが罪悪感を上回ってしまっている。
うん、貴方の怒りは解るよ。本当に良く解るよ。
だって今の私も、同じ様に怒っているんだから。
私の友達を、家族を、大事な人を殺そうとした貴方へ。
『――――――ッ』
そんな私の感情に反応したのか、竜神が構えを取った。
悪いとは思うけど、私以外に手を出すなら、私も容赦は出来ない。
友達を、家族を、大事な人を殺しかねない行動を、これ以上見ていられない。
私だけを攻撃するなら幾らでも許容出来たけど、私の周りごと攻撃するなら話は別だ。
きっとみんなは私を助けてくれる。優しい人達だから助けてくれてしまう。
だからこれ以上巻き添えには出来ないし、竜神の行動も放置できない。
竜神は私以外にも手を出し続ける。それがここまでで良く解った。なら。
「・・・これ以上は、やらせない」
『貴様が言う事カ!』
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『チイッ、ちょこまかト!』
接近して攻撃を仕掛けると、一瞬で距離を取る。
ならばと大ぶりの攻撃を仕掛けようとすると、高度を下げて街を盾に取る。
この身が何を基準として存在しているのか、よく解っているや立ち回りだ。
背負っている絨毯で飛んでいるのだろうが、破損させようにも掠りもしない。
見てから対処しているのではない。未来予知かと見まがう程の予測行動だ。
此方の行動の何を見て判断しているのかまるで解らぬ。
動きを変え、フェイントをかけ、その上での攻撃も躱された。
速度は上回っているはずなのに、動きに全く追いつけぬ。
『グッ・・・ええイ、うっとおしイ!』
そして躱しざまに放って来る魔法。たいした威力はないが、微量に神性が含まれている。
損傷は無いが衝撃で速度が殺され軌道を変えられ、思い通りに飛べぬ時がある。
この力はあの小さき精霊の物だろう。この女も精霊の加護を受けているのか。
なればこそあの男の様に化ける前に、手早く倒さねば何が起きるか解らん。
『だがこの程度の魔法しか放てぬならバ・・・!』
化ける可能性はある。あるが所詮可能性だ。恐れるよりも仕留める事が優先だ。
先の通り威力は低く、損傷は軽微。本体にも影響はない。
まだあの小娘は竜の魔法に対抗している。割って入る余裕は無いだろう。
ならば奴が焦りを見せるその時まで、全力で追い回してやる。
『――――ッ!!』
嫌な気配を感じ、急制動をかけて軌道を無理やり変える。
高度を上げて距離を取り、眼下でこの身を睨む奴を見た。
『化け物ガ・・・!』
奴はただの人間だ。魔力量は並で、神性の力も今の所は微量。
そもそも体に力を纏っていない。おそらくあの道具に頼っている。
身体能力も低くはないが、あくまで人間のそれだ。人間のはずなのだ。
だというのに何だ。何なんだこの威圧感は・・・!
玉砕覚悟の勝ち目の無い戦いをする目ではない。そのような温い威圧感ではない。
奴は何かを仕掛ける間合いを見計らっている。先の嫌な感覚はきっとそれだ。
『何ダ、奴は何を狙っていル。どんな手を持つというのカ・・・!』
恐怖の感情を胸に抱いているのを自覚する。アレは危険だと本能が叫ぶ。
理解不能な力を持つ存在だと、下手に手を出すべきではないと。
奴が戦う様子を見せた瞬間から放つ、人とは思えぬ威圧感がこの身を委縮させる。
『・・・貴方に、謝れなかった、かな』
ふざけるな! だから引けというのか! あの様な返答をする存在に!
謝れなかっただと!? それだけか! 貴様の言い分はそれだけなのか!
誰も気が付かなければ国は滅び、謝罪の機会などなかったと!
貴様にとってこの国に生きる民達は、殺しても謝罪すら要らぬ存在だというのか!
我が身が気が付かねば滅んでも仕方のない者達だと、何も知らぬ者達にもそう言うのか!!
ああ、我が愛する国の民が貴様に害をなした事は事実だ。
その事実は覆し様が無く、本来は我が身とて貴様に謝罪をすべきなのだろう。
だがその贖罪に、何の罪もない民を巻き込んで、それでも貴様は何も思わぬと答えるか!!
『絶対に引けヌ・・・!』
たとえ我が身が機能しなくなろうとも、奴だけは刺し違えねばならヌ!
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