第350話、友人の無事に安堵する錬金術師

リュナドさんの背中に羽が生えた事に驚いていると、上空に凄まじい魔力を感じた。

驚いて空を見上げると、講堂を全て吹き飛ばせそうな火球が発生している。


「・・・あれは」


含まれている魔力量に驚いたけれど、その魔法に恐怖は感じない。

感じる訳が無い。むしろ安堵と歓喜の方が心を占めている。

良かった。無事だったんだ、アスバちゃん。元気で良かった。


あの様子だと魔法を封じられてもいないらしい。

封じられた状態であんな大魔法使える訳も無いし。

あれ、じゃあ魔法を封じた魔法使いって誰の事なんだろう。


私アスバちゃん以外に『魔法使い』って言える友人居ないんだけど。

知ってるだけの人に広げたとしても・・・うん、居ないね。


もしかしてあの紙って、アスバちゃんの事じゃなかったのかな。

良く考えたらリュナドさんの部屋と間違えて投げ入れたぽかった訳だし。

となると彼女とは別に、リュナドさんの知り合いの魔法使いが捉えられている?


「何だかよく解んないけど、セレス達と戦ってるって事はアンタ敵よね! そろそろ我慢も限界に来てた所なのよ! 丁度良いわ、私が相手をしてあげる!!」


魔法で声を広げたのだろう、遥か上空に居る彼女の声がビリビリと響く。

どうやら彼女は竜神を敵だと思い、発見と同時に魔法を発動させたようだ。


それは正しくもあり、間違ってもいる。

確かに竜神とは戦っていたけれど、敵かと言われると違うと思うし。

けれどこの場に居なかったアスバちゃんにそんな事が解るはずがないか。


私達と戦闘をしていたという事実があれば、彼女にとっては仲間を攻撃する敵だ。

取り敢えず急いで事情を説明しに向かおうと思い、絨毯に魔力を通す。


「アイツが来てくれたなら、安心か――――――なっ、あのバカ何考えてんだ!」

「――――!」


リュナドさんが安堵の声を漏らした次の瞬間、アスバちゃんへの罵倒を口にする。

でもそれは仕方ないと思う。私も驚いて飛ぶ事が出来なかったもん。

あの凄まじい魔力の火球を、彼女はそのまま落下させたのだから。


竜神は一瞬躱すような動きを見せ、けれどすぐに止まって火球を受け止めた。

火球は不自然な形にたわんで、竜神の手前で押しとどめられている。


「受け止めるわよねぇ! そりゃそうよね、避けたら下にいる人間が吹き飛ぶもの!」

『正気か貴様ハ! 我が身が躱せば貴様の仲間も燃え尽きるのだゾ!!』

「はんっ、セレスの奴がこの程度防げない訳ないのよ! バァーカ!」


アスバちゃん、信頼してくれてるのは嬉しいけど、アレは受け止めると結構厳しいんだけど。

結界石はそんなに大量に持って来てないし、一撃受け止めたらもう予備が無い。


けど多分、彼女は本気で落とす気は無かった気がする。

だって火球の速度がかなり遅かったもん。

冷静になれば気が付けるけど、竜と戦った時とは大違いな遅さだった。

多分竜神が躱すかどうかを見て、躱したら消す気だったんじゃないかな。


いくらアスバちゃんが短気な性格でも、関係無い人を巻き添えにはしないだろう。

口調は荒いけど優しい人だし、本気で私達に魔法をぶつけるとは思えない。


『ガアツ!!』

「――――アスバちゃん、防いで!」


竜神は一度片手を引くと、爪で裂く様な動きで火球に振りかぶった。

その衝撃は火球を引き裂き霧散させ、更にはその上に居るアスバちゃんへと襲い掛かる。


目には見えないけれど、その衝撃は確実にあるはずだ。

でなければ魔力で作られた火球が、あんな訳の分からない消え方をする訳が無い。

思わず彼女に防ぐように叫んだけど、聞こえたかどうかは解らない。


「っ、へぇ、やるじゃない・・・!」


危険を察知したのか結界の密度を上げたらしく、アスバちゃんは無事の様だ。

流石に嫌な物が背中を伝った。今のはメイラに攻撃していた物とは比べ物にならない。

神性の力がどうこう以前に、純粋な力としての規模が大きかった。


ただ竜神は彼女の無事を確認する前に飛び出し、彼女へと突進をしていた。

それが見えていた私も絨毯に魔力を流し、空へと飛び上がっている。

とはいえこの距離じゃ間に合わない。アスバちゃんが防ぐのを祈るしかない。


そう思いながら全力で飛ばしていると、竜神の爪が彼女へと迫る。

竜神の攻撃は結界を貫く可能性が有る。

さっき私が首を狙われたように、一点に集中すれば彼女の結界でも危ない。


「はっ、そう来ると思ったわ」

『ッ、貫けぬだト!?』

「狙いが見え見えなのよ、ばぁーっか!!」

『チイッ―――――抜けン!?』

「あら残念。少しばかり貫けちゃってるわねぇ」


けれど彼女はそれを読んでいたのか、いつもとは桁の違う結界で防ぎきった。

その上微量に貫かれた部分を圧縮し、竜神の爪を絡めとっている。

あの一瞬に、竜神の攻撃は見えていなかっただろうに、完全に防いだうえ裏をかいた。


やっぱり彼女は凄い。魔法使いとしての戦闘能力は桁違いだ。


「・・・良かった」

「あらセレス、遅いじゃないの」

「・・・ん、ごめん」


彼女の無事に再度ホッとしつつ、間に合わなかった事を責められたので素直に謝る。

私が間に合ってさえいれば、そもそも判断に迷ってさえいなければ、こんな事態は無かった。

竜神に向き直り謝罪をしようと、とても怖いけど目を合わせる。


「・・・ごめんなさい」

「グルアアアァァァアアァアアアア!!!」

「なっ、あのバカ竜、何のつもりよ!!」


謝罪を口にしたら、竜の咆哮にかき消されてしまった。

今度はちゃんと言ったはずだけど、多分誰の耳にも届いていない。

けれど再度謝る暇はない。竜の魔法が私達を狙っている。

アスバちゃんの魔法すら弾き返した、あの強力な火砲が!


『吹き飛ベ』


竜神は腕を自ら斬り落とし、高速でその場から飛びのいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「舐められたもんねぇ・・・」


用意された茶を飲みつつ、鍵のついた扉を見て呟く。

中から開ける事が出来ない辺り、どういう意図の部屋か良く解る。

とはいえ窓があるし、扉も特別頑丈には見えないし、どうにでもなるんだけど。


「何も出来ない小娘、と思われてるんでしょうね」


窓は有るが二階であり、加えて言うと中庭みたいね。

叫んで助けを求めても、おそらく誰も来やしないでしょう。

声が響いて不審に思ったとして、一回きりなら黙らせれば良いと思われているわね。


当然そんな風に思われている小娘なのだから、扉を破るとも思われている訳が無い。

むしろ暴れたければ好きに暴れさせ、無力を痛感させるつもりじゃないかしら。


「ん? 何かあったのかしら」


何時頃ここを出て行こうかと思っていると、竜の咆哮がビリビリと響いた。

あの竜が咆哮なんて、やりあった時以来聞いていないわよね。

という事は何かが起きた、と考えるのが妥当かしら。


「黒幕の顔はまだ拝んでないけど、もう良いかしらね」


本当は黒幕の顔を拝んで、ボコって捕らえてからセレスの所に行くつもりだった。

けれど何故か指示を出した人間は現れず、この部屋に詰め込まれて放置されている。

ただ目的の街に付いた事は確かな様だし、いっそのこと出て行っても構いやしないか。


少し悩みはしたけれど、騒動に出遅れては意味が無い。

そう判断して扉の前へと歩いてゆく。


『我が手に集いしは根源たる力。我を阻む物よ、捻じれ、自壊せよ』


扉に手を当て、魔力を流し込んでねじり壊す。

破砕音と共に扉は粉砕し、驚いた顔の見張りと目が合う。


「お仕事お疲れ様。ちょっと散歩に行くわね」

「は? な、え、今、な、何が」

「お休み『雷撃よ、伝え』」

「―――――!」


見張りは悲鳴を上げる暇なく気絶し、そのまま悠々と廊下を進む。

窓から見ていたから解っていたけれど、なかなかに大きな屋敷の様ね。


「あら、仕事人ねぇ」


扉の自壊音を不審に思ったのか、何人かがかけて来る音が聞こえる。

そして階段を上がり私を目にした連中は、その後ろのを見て警戒を強めた。

まあ倒れた仲間が居れば、武器も抜くわよね。


「その程度の腕で、そんな物でどうにか出来ると思ってるから、こんな事になるのよ」

「何を言っている! 動くな! 何をしたか知らんが、魔法を封じられた状態では――――」

「ああこれ」


武器を構える連中に見える様に、手をかざして指輪を見せる。

そして全力で魔力を流し込み、指輪はビキりと音を立てて壊れた。

連中は崩れ落ちた指輪を驚愕の表情で見つめている。


「ねえ、知ってる? 魔法を抑える道具ってね、基本的に魔力を吸い込む物が多いのよ。術者が魔法を使おうとすると、魔力の一部を吸いあげて阻害する。ならその前提で魔法を構築すれば何の問題も無い。更に言えば吸い込めない量を流し込めばこの通り」


ま、魔法を封じる道具に対策する魔法は、セレスの道具実験の後に完成させたんだけど。

あの時は全力で魔力流し込んで壊したからね。もうちょっと綺麗にやりたかったのよ。


「正面から堂々と出ようかと思ったけど、面倒ね『自壊せよ』」

「ま、まて!」


扉に使ったものと同じ魔法を壁に使い、ねじれ壊れた壁から空へと飛び出す。

呼び止められたけれど知った事じゃないわ。むしろ攻撃しなかった事を感謝してほしいわね。


「んん? アイツの傍には居ないわね・・・」


てっきり竜の傍にセレス達が居るのかと思ったら、アイツ以外居ないみたいね。

魔法で周囲を探ってみても、傍に居るのは一般人だけっぽいし。

じゃあ何でアイツあんな咆哮なんて上げたのかしら。

騒動が起きたと思ったから出て来たのに、これじゃ何の意味も無いじゃない。


「ならセレスはどこ・・・あれ、パック殿下じゃない。なんで精霊に運ばれてるのかしら」


何故か精霊に抱えられ、街中を爆走するパック殿下を見つけた。

セレス達の居場所は感じ取れない以上、彼に接触する方が早いわね。

まあ大体何処に居るかは察してるんだけど。

絶対あのでかい建物よね。アレの中が魔法で探れないもの。


「はいはーい、止まりなさい、アンタ達」

『『『『『キャー? キャー♪』』』』』

「アスバ殿! 無事だったのですね!」

「ええ、この通り」


精霊達は一瞬不思議そうな様子だったけれど、私を認識すると笑顔で近付いて来た。

殿下が私の無事を確認した辺り、捕まっていた事は伝えられているって事かしらね。


「殿下、一体なぜお一人なのですか。セレスは何処に」

「言葉は気にせずとも構いません。貴女も私の師の一人なのですから。先生は竜神と戦っておられます。私は危険だと強制的に避難させられました・・・どうか、どうか先生にご助力を」

「竜神と?」


話を聞くと、身を守る事が出来ない殿下だけ避難させられ、あの建物で皆が戦っているらしい。

ただどうも建物全体に不思議な力が在るのか、やっぱり中の様子は解らない。

これはもう直接向かう方が早いわね。取り敢えず状況も解った訳だし。


「解った。任せなさい」

「お願いします・・・!」


悲痛な顔で頼み込む殿下に頷き、全力で空を飛んで建物の上空を陣取る。

やっぱり中の様子は解らない。せめてどの辺りに居るか解れば早いんだけど。


「しまった、位置を聞いとくんだった」


殿下から講堂に居るとは聞いたけど、その講堂がどこか解らない。

これだからリュナドの奴に小言を言われるんだけど、後悔しても仕方ない。

取り敢えず近付けば何とかなるで――――――。


「・・・ふうん」


建物の天井を、何かが突き破って出て来た。多分あれが敵、竜神よね。

どうもセレス達に気を取られているし、奴の更に上を取っている今が好機か。


『我が手に集いしは根源たる力。我が前を阻む全てを塵に帰す。業火をもってその力を見せん』


かなりの魔力を込めて魔法を形成し、状況が解ってないふりをして魔法を放つ。

思った通り竜神は魔法を受け止め、背後にいる連中を庇った。

まあ庇わなくても消せるように、速度は抑えめで撃ったんだけど。


ただ火球を簡単に壊されたのは流石に予想外で、けれどその後の攻撃は予想通り過ぎる。

そうよね。魔法使いを倒すなら、接近戦を挑むのが一番よね。

当たり前すぎる戦法だし、私の事を舐め過ぎよ!


「はっ、そう来ると思ったわ」


魔力を圧縮し、これ以上圧縮出来ないと動きの止まる魔力を、更に強引に圧縮する。

極限まで圧縮した魔力を使って結界を作り出し、神の一撃を受け止めた。

ついでに攻撃した爪を絡め捕り、とどめの一撃を放つ為の魔法を―――――。


「あらセレス、遅いじゃないの」

「・・・ん、ごめん」


高速で飛んできたセレスに気が付き、一旦魔法を放つのを止める。

わざわざやって来たって事は、何か意味が有っての事なんでしょうしね。

その証拠に攻撃を止めさせた事を謝り、竜神に目を向けた。

一応何時でも魔法を放てるように、待機状態で維持しておく。


「グルアアアァァァアアァアアアア!!!」

「なっ、あのバカ竜、何のつもりよ!!」


ただその魔法を、竜神にではなくバカ竜に向ける様に展開させる。

一瞬でも躊躇すればアイツの魔法に吹き飛ばされる。

あの火砲はそういう魔法。躱す考えはむしろ持っちゃいけない。

むしろあのバカを殺す気で撃たないとこっちが死ぬ。


『吹き飛ベ』


その隙をついて竜神は自ら腕を切り落とし、そんな事を口にして高速で離れた。

ああ、つまりアレはアイツに操られているってわけ?

さっきの咆哮もそういう事なのね。はいはい、解った解った。成程ねぇ。


「ざっけんじゃないわよバカ竜が! 私が認めた奴が、簡単に操られてんじゃないわよ!!」


あのクソ神。絶対ぶちのめしてやるわよ!

取り敢えずあのバカ竜は、ぶん殴って目を覚まさせてやるわ!!

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