第349話、何も対処できない錬金術師

リュナドさんの槍捌きはとても綺麗で、槍使いの見本の様な軌道をしている。

だからこそ読みやすい部分が多くあり、更に普段と違う事をすれば警戒もし易い。

偶にやる手合わせではその辺りも理由も有って、勝率は私の方が上をいっている。


けれど今の彼は、だからこその鮮やかさがある。

外道ではない、我流過ぎもしない、素直で基本に忠実な戦い方。

それが余りの速さで繰り出されるせいで、一種の芸術の様な美麗さがある。


けれどやはり基本に忠実な動きは、同じく常識を逸した存在であれば対応出来るのだろう。

先程までは完全に裁くので精いっぱいだった竜神が、段々と躱す動きに余裕が出て来た。

目で追っている様子は無い。純粋な視覚以外の何かで見て躱しているのだろう。


とはいえ先程までと変わらず、反撃に移る事が出来ない様だけど。

ただし単純に防御に徹しているのではなく、反撃に移ろうとして途中で止めている様だ。


反撃に移ろうとした瞬間、その軌道にリュナドさんの槍が降って来る。

だから攻撃を途中で止めて防御行動に移っている。

勿論その判断は刹那であり、人間には不可能な判断の速さと動きだ。

少なくとも私が同じ事をやれば、判断は真似できても体が追い付かない。


けれどこのまま戦い続ければ、おそらく竜神が彼を上回る。

時間をかければかける程、人間であるリュナドさんが不利になって行くだろう。

黒塊がそうであった様に、あの手の存在に『体力切れ』という概念は無い可能性がある。

対してリュナドさんは人間である以上、体力が尽きれば―――――。


「わあってるよ! お前等こそ気合入れろ!!」

『ぐウッ!? まだ力が上がるカ!!』


リュナドさんが叫び、また魔力が膨れ上がる。

疲れて動きが落ちるどころか、むしろ精彩を感じる動き。


もしかして精霊達が彼の言葉に呼応しているんだろうか。

彼が突然誰かに向けて叫んだ事を考えると、意思疎通が出来ているのかもしれない。

それに精霊達同士で合体した時と同じ様に、単純な1+1の強化じゃないのかも。


そもそも彼は精霊達の『腕』を使っていない。

あれは山精霊達にとって最大火力の攻撃のはずだ。

なのに使わないという事は、精霊達の能力を全て身体能力に回している?


「・・・あ」


そこでようやくハッとして、状況の不味さに掠れた声が漏れる。

駄目だ。見惚れている場合じゃない。止めないと。早く止めないと。


竜神の口ぶりから察するに、私が今後も何かやらかすと思われている様だ。

持ち込んだ脅威っていうのは、私が持ち歩いている武装の事だろうか。

ならこれを使って今度は誰を攻撃する気だと、そういう風に思われているんだろう。


ただリュナドさんは私を信じてくれていて、そんな事をする訳がないと言ってくれている。

彼は私を想って怒ってくれて、それ自体はとても、とっても嬉しい。

けれど今回の件は私に非が有る。いや、彼の言い分を考えれば両方に非が有るのかな。

ならお互い様で、一方的にあの竜神が斬られるのは良い結末とは思えない。


「・・・っ!」


止めようと声を出したかったけど、さっきの感情がまだ尾を引きずっていて喉が詰まった。

声にならない声では、当然誰の耳にも届かない。特に必死な二人には絶対に。


「―――――っ」


けど深呼吸している時間なんかない。リュナドさんは持久戦なんてする気はない。

竜神が捌けているから戦闘が続いているだけで、本当なら最初の数撃で終わらせる気だった。


彼の攻撃はほぼ全て人体の急所を狙っている。けれど竜神に人間の急所が通用しない。

つまり彼は最初から竜神を殺す気で、今もそれは変わらない。

メイラの時みたいに止める動きじゃない以上、心を落ち着けている暇なんかない。

そもそも見惚れていたせいで、余計に不味い状況になってるし。


こんな状態でどれだけ声を出せるか解らない。けれど出来るだけ全力で。

腹に力を入れ、息を吸い――――――。


『ガァ!!』

「なに!?」


そこで竜神が斬られるのも構わず、床に足を叩きつけた。いや、違う。

片足で床を蹴った反動だけで、天井を突き破って飛んで逃げた。

完全に防御を捨てた上に攻撃じゃなかったからか、リュナドさんも反応出来なかった。


「っ!」


崩れる天井に焦りながら結界石を新しく発動し、彼を結界内に入れる。

竜神は言葉通り国民が大事なのか、彼以外が被害に遭う様子は無さそうだ。

崩れた天井はほぼ全て彼の上に落ち、結界に弾かれ床に落ちる。


「助かった、セレス」

「・・・ん」


彼に応えつつ、崩れた天井から空を見上げる。

見るとかなり空高くに竜神が見え、羽が生えている様に見えた。

流石にあの羽で飛べるとは思えないけど、物理的な理屈関係無く飛べる可能性が高い。


「くっそ、マジか。空飛べるとか勘弁しろよ。どうするか・・・」

「リュナドさん、私なら、黒塊と私なら、たぶん行けます」


彼が空を見上げながら呟くと、メイラが自分が行くと言い出した。

それは駄目だ。メイラはさっきあんなに怖がっていたんだから。


「・・・駄目だよ」

「セ、セレスさん、で、でも・・・!」

「セレスの言う通りだ。メイラは大人しくしてな」

「リュ、リュナドさんまで、なんで。わ、私だって、セレスさんの為に役に立ちたいです。役に立てます・・・!」


声を絞り出してメイラを止め、リュナドさんが同意してくれたけどそれでも引き下がらない。

気持ちは嬉しいけど、メイラを怖がらせてまでやる価値なんて無いのに。


「なあメイラ。お前は竜神を殺したい訳じゃなくて、セレスを守りたいだけだろう?」

「え、は、はい・・・」

「ならセレスの隣に居れば良い。後は大人に任せとけ。お前はよく頑張った。子供がこんなに頑張ったのに、大人がただ眺めているだけなんて格好悪いだろ? 恰好つけさせてくれ。な?」

「リュナドさん・・・はい・・・お任せ、します」

「ああ、任せてくれ。ありがとな」


リュナドさんの言葉に一瞬呆けた顔を見せたメイラは、けれどしっかりと頷いて応えた。

流石リュナドさんだ。私じゃ納得させられたか怪しかったと思う。

その様子にホッとしていると、彼は鋭い視線を空に向ける。


「とはいえ、どうするか。セレスに絨毯を借りても、自由に動けないしな・・・奴と同じ様に羽でも在れば追いかけて行くんだが。絶対ただ逃げただけじゃないだろうし、早く行かねえと」

「・・・わ――――」


私が直接行く。そう言おうとした瞬間、彼の背中に羽が生えた。

え、精霊達って、まさかリュナドさんと一緒なら飛べるの?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


竜神の言い分に小さくない怒りを覚え、隙をつく為に精霊達と小声で作戦を練っていた。

本当は精霊達に背後を取って貰って囮になり、その間に黒塊で捉える位のつもりで。

ただしその作戦は怒れる精霊達には出来なかったらしい。

むしろ腹が立つから真正面から殴りに行きたい。リュナドだってそうでしょ。と言って来た。


「そりゃ、そうだが・・・」


俺だって腹は立っている。立ってはいるが、怒りだけじゃどうにもならない。

強化した状態で斬りかかって、あの手に傷一つ付けられなかったんだ。

割って入った所で、むしろメイラの邪魔をしかねない。


何せセレスは戦闘に備えているとはいえ、黙って見ているぐらいなんだぞ。あのセレスがだ。

アイツはメイラを可愛がっている。一人で戦わせる事を良しと考えているとは思えない。

けれど手を出せないんだ。だってのに俺に何が出来る。結局凡人の俺には何も出来ない。


法主が止めてくれるかと思ったが、どうも判断しかねている様に見える。

布のせいで表情は解らないが、竜神とメイラの戦い戸惑っている様だ。

こうなると結局、神様絡みって事になるし、メイラに前線を任せるのが最善になる。


「・・・助けられるなら、助けてやりたいさ」


子供が震えながら頑張ってんだ。なのに指をくわえている大人なんてなりたくねえよ。

悔しさを堪える様に拳を握ると、何時もポケットに居る精霊がその拳の上に乗った。


『キャー』

「どうし―――!?」

『『『『『キャー♪』』』』』


珍しいと思い問いかけようとすると、精霊が鎧の中に吸い込まれていった。

それを見た他の精霊達は、それが有ったかと言わんばかりに鳴いて同じ様に吸い込まれていく。

同時に自分の体に、何かが力を貸してくれてる様な、不思議な感覚に襲われた。


『よし、リュナド、いけー!』

『ぶん殴っちゃえー!』

『でもリュナドだから、槍の方が良い?』

『そうだ、槍の方が良いねー』

「は、え、ちょ・・・まさか、精霊達か?」

『そだよー?』


頭に緩い声が幾つも響き、びっくりして周囲を見回す。

けれどまさかと思い問いかけると、また緩い声が返って来た。

いやそれよりも何だこれ、良く解んねぇけど、何だこの力が溢れる感じ。


『リュナド、これならアイツの力耐えられるよー。攻撃も、多分通るー』

「――――――っ、なるほど、なら十分だ。サンキュ、相棒」

『ふふーん』


槍を握る手に力を籠める。確実に一撃を当てるタイミングを狙う。

攻撃が通ると精霊が言うとはいえ、何処まで通用するか解らない。

それに下手なタイミング割って入れば、メイラが怪我をする懸念もある。

攻撃が通用せずに俺がやられた時、俺の体が邪魔で防御出来なかったら笑えない。


幸いな事に奴は俺に注意を余り払っていない。どうもセレスを警戒している。

だからこそ不意を突く為にと、精霊達と少し下がった位置に居るんだが。


「っ!」


竜神が距離を取った。メイラは追撃に行く様子が無い。ここだ。

最初の一撃で決めるつもりで斬りかかり、けれど念の為追撃を重ねた。

けれど奴は倒れる様子が無く、不味いと思いながら更に追撃に入る。


最初の内はまだ良かった。攻撃は当たっていたし、竜神は俺の動きに対応出来ていない。

しかし真面に入ったはずの攻撃は、暫くすると再生して傷跡も見えない。

解っちゃいたが、やっぱり化け物だ。洒落になってねぇ。


反撃に移る動きが見える度、背筋に嫌な物が走る。明らかに異様な力を感じる。

今の所全部潰せちゃいるが、攻撃に移らしちゃまずい。食らったらどうなるか解んねぇ。

死が頭にちらつく。体が竦みそうな程の恐怖を――――。


「ざっけんな・・・!」


怒りで全て掻き消す。ふざけんなよクソ野郎。

何が神様だ。何が竜人公だ。都合の良い事ばっかり言いやがって。

くっだらねえ事する僧侶にてめぇがきっちり罰でも与えてりゃ、何にもなかったんだろうが!


『リュナド何やってるの!』

『そっちじゃないでしょ!』

『あー、もっと早く!』

『また避けられたー!』

『どんどん避けられてるよ! 何やってるのー!』


あー煩い! 頭の中で喚き散らすな! 全員バラバラに話すから気が散るんだよ!


「わあってるよ! お前等こそ気合入れろ!!」

『むー、このー!』

『やるぞー!』

『おー!』

『いけいけー!』

『ふぬあー!』


気の抜ける掛け声と共に、力が増していく感覚を覚える。

口調は間が抜けているが、奴らなりに真剣らしい。

でも気が抜けるから、もうちょっと気合の入った声で喋って欲しい。


けど、これならいける・・・!


『ガァ!!』

「なに!?」


だがこのままでは不味いと思ったのか、竜神は防御を捨てて距離を取った。

遥か上空に逃げられ、どうした物かと思い羽でも有ればと呟く。

すると突然背中に力が集まる感じがして、見ると巨大精霊の体の様な羽が生えていた。


「凄いな、お前等。でもこれなら・・・!」


・・・あれ? 飛べないんだが。どれだけ動かしても浮かびもしないんだが。


『飛べないよー?』

『だって僕達飛べないもーん』

『でも羽は生やした。えっへん』


形だけかよ! ぬか喜びさせるなよ!


『僕だって頑張ったんだもん!』

『そうだそうだー!』

『飛べないんだから仕方ないでしょ!』


あーもう、緊急事態でもこいつらは相変らずこいつらだな!

どうする。アイツはセレスを殺すと告げた。である以上、確実にただ逃げただけとは思えない。

けどさっき口にした通り、絨毯で追いかけた所でそれも意味がない。

足場の安定しない所で戦う術が俺には無い。


「―――――なっ!」


どうしたら良いのかと判断に迷っていると、上空に巨大な火の玉が発生した。

それは法主や僧侶達も驚きの表情で見ており、中には恐怖で腰を抜かした者もいる。


「マジかアイツ! あんな物落としたらここにいる連中も死ぬぞ!?」


精霊達に力を借りているせいか、火の玉に馬鹿げた魔力が含まれているのが何となく解った。

同時にあんな物がここに落ちたりすれば、俺達どころか講堂ごと消し飛ぶ事も。

どうする、防げるか!? 精霊達に頼んで何とかな―――――。


『リュナド何であの火の玉に焦ってるのー?』

『あれ投げつけてこないよ思うよー』

『今日も綺麗な花火するのかなー』

『前の花火綺麗だったよねー』

「は? 何言って・・・まさか!」


焦る俺の思考とは真反対な、気楽な精霊の言葉が頭に響く。

その言葉の意味が一瞬解らず、けれど理解した瞬間強化された目で空を良く見た。

まさか、あの火の玉は、あの魔法は――――!


「何だかよく解んないけど、セレス達と戦ってるって事はアンタ敵よね! そろそろ我慢も限界に来てた所なのよ! 丁度良いわ、私が相手をしてあげる!!」


わー。心配したのが馬鹿らしいぐらい元気だアイツ。何処が魔法封印されてんだよ。

・・・ま、無事でよかった。何だかんだ言って、あいつも子供で女の子だからな。

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