第348話、役に立たない錬金術師

謝るタイミングを逃し、竜神の攻撃にメイラが対応し、止める声もかき消されてしまった。


「・・・あ、あの、待って、二人共」


それでも諦めず声をかけるも、二人に声が届く様子は無い。

ううん、メイラは兎も角、竜神は私に意識を向けている様に見える。

ただそれは私の動きを見ているだけで、声を聴いて意識を向けた感じじゃない。

むしろ今の声も戦闘の衝撃音でかき消されていそうだ。


メイラは戦闘を始めてからずっと、黒で受け止め絡めとる事に集中している。

自分が戦闘に向いてない事を良く解っているのか、能動的に攻撃は仕掛けない。

むしろ受け止める動作も、絡めとる行動も、精霊や黒塊に任せている気がする。


対する竜神は単純な打撃攻撃を繰り返しているけど、多分ただの打撃じゃないだろう。

打つ度に黒が弾け飛ぶ様子は、明らかに通常の打撃攻撃じゃ在り得ない。

おそらく神の力を纏った一撃。普通なら致命傷になる様な攻撃だろう。


けれど弾ける度に黒が修復され、攻撃はメイラまで届いている様子が無い。

むしろもし届いてしまうのであれば、きっと黒塊はメイラを逃がしているだろう。

黒塊の望みはあくまでメイラの幸福。ここで死ぬ事は絶対に納得しない。


そういう意味では今の状況はまだ安心と言えるのだろうか。

ならメイラが竜神の攻撃を抑えてくれれば、喋りかける余裕があるかも知れない。


「ううぅ・・・!」


――――――何を馬鹿な事を考えているんだ私は。メイラが必死に呻いているのに。


あれは明らかに危険な攻撃だ。メイラは必死に怖いのを耐えているだけだ。

大馬鹿だ。この女は本物の大馬鹿だ。何が喋りかける余裕だ。

今お前がやる事は何だ。人の目や罪悪感に怯え、オロオロしている場合じゃないだろう。


「すぅ―――――」


人の目も何もかも気にせず、意識を全て切り落とし、大声を出そうと息を吸う。

おそらく今までの人生で、人前でここまで本気で声を出そうとした事はない。


その後の人の目は痛いかもしれない。きっと何時も通り私は怯えるんだろう。

想像すると怖くて震える。だから想像するのを止める。無駄な思考は切り落とす。

私がやる事はたった一つだ。非を認め、弟子を助け、自分の事は自分で終わらせる。


『チィ、このままでは埒があかんカ!』


ただその瞬間竜神が後ろに引き―――――――。


「シッ!」

『なっ⁉』


リュナドさんが今までで一番の速さで、竜神に切り込んだ。

強化しているとはいえ、斬り終わりまでまるで何も見えなかった。

気が付いたら既に槍を振り切っていて、黒塊ですら傷つけられなかった鱗を裂いている。


「んぐっ!?」


驚きで息が止まり、変な声が漏れる。

だって、今の、おかしいもん。今の速さは絶対おかしい。

あんな速度を出せるはずがない。出せても体が保つはずない。

ただでさえ彼の強化倍率はおかしいのに、今までで一番おかしい動きだった。


『ぐぅ・・・!』


竜神は自分の胴体が裂け、血が噴き出る様子に驚愕の表情を見せていた。

けれどリュナドさんは止まらない。振り上げた槍が掻き消える。

幾つもの閃光が煌めき、その度に鱗が切り裂かれ、けれど竜神も途中で対応し始めた。


負けていたはずの速度に追いつき始め、切り裂かれた部分は血を流しながらも再生していく。

けれど反撃に移る様子が無い。いや、移れないんだ。リュナドさんが余りに早過ぎる。

流石に今は注視しているから見えて来たけど、もうあれは強化の領域の速さじゃない。


『やはリ、一番の脅威は貴様だったカ!』

「うるせぇ、知るか! 黙って聞いてりゃ本当に勝手な事ばっかり言いやがって!」


それでも彼は止まらない。槍も鎧もまるで体の一部の様に彼に応えている。

止めなきゃいけない。止めなきゃいけないはずなのに、その姿に見惚れてしまった。

何でなのか解らない。けれど目を奪われる。声が、でない。


「てめえの言う通り、あいつは何か仕込んだのかもしれねえな! ああ、その点については言い分を否定する気はねえよ! あいつはそういう奴だ! 錬金術師はそういう奴だ! けどな、先に仕掛けて来たのはてめえらだろうが!!」

『なれば無辜の民も全て滅べというのカ!』

「アイツがんな事をする訳ねえだろうが! あいつが、セレスがどれだけの人間救って来たと思ってやがる! あいつは法主に敵にならねえって宣言してんだよ! そんなアイツが約束破って関係無い人間殺す訳ねえだろうが!」

『事実として奴は脅威を持ち込んダ!』

「そもそもその根本の原因が、てめえの身内だろうが!!」


リュナドさんが叫ぶ度に、切り離そうとしていた意識が戻る。

大声を出そうと殺していたはずの心が、視界が色んな物を捉えだす。

けれど胸に有るのは恐怖よりも、泣きそうな程に嬉しい気持ち。


「てめえの都合で、セレスを悪人に仕立て上げてんじゃねえよ! ふざけんな!!」


あ、だめだ、もう、別の意味で、声が出ない。

出そうと思っているのに、泣きそうで喉が詰まる。

意識が切り離せない。止めなきゃ、止めなきゃいけないのに。

彼の言葉が嬉しくて、悪いのは私じゃないと言ってくれるその優しさが胸に来る。


「責任を全部アイツに押し付けてんじゃねえ! 神を名乗るなら、てめえの不始末で起きた事を人のせいにしてんじゃねえよ! 最初から起きない様にしてりゃ良かった事だろうが!!」


魔力が膨れ上がる。彼が槍を振る度に、踏み込む度に、どんどん膨れ上がっている。

彼に魔力は使えないはずだ。彼はその訓練は諦めた。

いや、このこの感じは、この魔力の波長は、彼の物じゃない。


ふと、彼と一緒の精霊達が一体も居ない事に気が付く。

さっきまで彼の周りに居たのに、まさか。


「それでもてめえがセレスを殺すって言うなら、法主には悪いが斬らせて貰う!」


精霊達が、彼と同化している・・・!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


攻撃に備える錬金術師を視界に入れながら、黒い呪いを打ち払う。

だが娘は反撃に徹している為か、どうやっても致命の一撃は届かない。

むしろ攻撃の度に掴みかかって来る黒を弾くのに、余計な力を使う必要が有る。


この体は所詮仮初。破壊される前提で戦う事も選択肢に入れられる。

だがあの黒で損傷すれば、本体にまで呪いが届く可能性がある。

万が一この身が呪いに侵されれば、この国に悪影響を与えかねん。

なれば下手に食らう訳にはいかない。だがそうなると。


『チィ、このままでは埒があかんカ!』


あの黒を突破する術は有る。有るが、ここでは使えん。使えば周囲に被害が出る。

愛すべき民達に害をなす攻撃を放つ事は出来ない。となれば、一旦場所を変えるか。

人の居ない所に行けば、全力で攻撃出来る。とはいえそれはあちらも同じだろうが。


付いて来なければそれで良い。そうなれば時間が出来る。

時間をかければ一点に力を集約する余裕も出来るだろう。

そう判断して後ろに下が――――――。


「シッ!」

『なっ⁉』


閃光が煌めいた。最初はそうとしか感じなかった。

斬られたと気が付いたのは、振り上げられた槍の穂先を見た瞬間。

だがそれがまた視界から消え、攻撃が来ると即座に判断して構える。


『やはリ、一番の脅威は貴様だったカ!』


今代の法主、我が半身が警戒していた男。精霊公と呼ばれる神性を持つ人間。

人の身でありながら、人の身のままで、様々な力を纏う存在。


精霊の力と、神性の力と、魔獣の力と、竜の力。

それら全てが混ざり合わさり、まるで別の力となり得ている。

何よりも怖いのは、その力を『人の身のまま』使っている事だ。


神を降ろし一時的に神になっている訳ではない。

精霊と化し超常の存在となった訳でもない。

魔獣の様な特異な魔力を内包する獣になった訳でもない。

竜の血の力を身に受け変化した化け物でもない。


「うるせぇ、知るか! 黙って聞いてりゃ本当に勝手な事ばっかり言いやがって!」


奴が叫ぶ度に魔力が膨れ上がる。奴の内に居る精霊が呼応する様に強くなる。

何だこれは。一体何が起きている。何なんだこの人間は。

この人間自身はやはり変わっていない。何も変わらず人間のままだというのに。


最初からよく解らない存在だと思った。

神を降ろす素質は無い。魔法を使えるようにも見えない。

身体能力は並で、おおよそ脅威とは縁遠い程度の力しかない。


だというのに神性を纏い、精霊の力を纏い、魔獣の力を纏い、竜の力を纏っていた。

内包しているのではない。ただ纏っているだけだ。周りに漂っているだけだ。

だからこそ理解が出来ない存在で、今代の法主もこの人間を最大に警戒していた。


「それでもてめえがセレスを殺すって言うなら、法主には悪いが斬らせて貰う!」


そしてそれは正しかった。この人間は、人間でありながら、人間ではない。

人の身のまま神を殺す、殺せるだけの力を持つ人間の化け物だ!

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