第347話、自分の非に焦る錬金術師

メイラの黒い腕が更に膨らみあがり、片手だったはずの黒が両手に纏われる。

そして両手から体へと侵食する様に動き出し、足までも巨大な黒と化した。

中に居るメイラの体が見えるのに、何処までも黒く深く、光を全て呑み込むかのような黒。


それは見る者に恐怖を与える力が在り、理性で押さえつけないといけない警戒心が増す。

アレを纏っているのがメイラだと、そう思っていないと、反射的に攻撃しそうな程に。

おそらくメイラの感情に呼応して、黒が周囲に力を放っているせいだろう。


『なれバ、致し方無シ。愛し子ヨ。死を覚悟せヨ』

「―――――――」


けれどその警戒心を、怒りと殺意で全て潰す。

今声を発した存在が何かは解らない。

けれど今、そいつは、確実に言葉にした。メイラを、殺すと。


「っ!!」


手と腕が物理法則を完全に無視して、魔力を纏う様子も無く浮かび上がる。

その瞬間魔法石を放り投げ、炎の魔法を打ち放った。


『神性を纏う魔法カ。だがこの程度』


先程までの強度を考えれば、この魔法で確実に焼き切れたはずだ。

けれど腕は炎の中で確実に存在し、また先の声が講堂に響く。

いや、これは違う。響いているのは頭の中だ。直接頭に意識を叩き込まれている。


となると精神に作用する攻撃を使える可能性がある。

いや、そうか、そういえばそうだった。ここにいる何かは、そういう力を持っている。

即座に結界石を取り出して発動させ、パックとリュナドさんも結界に入れた。


メイラは結界に入れない方が良い。おそらく邪魔になる。

あの黒で結界を壊さない様に気を遣わせる方が危ない。

身の安全を一番に考えるのであれば、いっそ全力で呪いの力を使った方が良いだろう。


「―――!」


結界を張ったと同時に、炎の魔法が消し飛ばされた。

即座に新しい魔法石を放つも、また同じようにかき消される。

単発の魔法石じゃ効果が無さそうだ。重ねて威力を上げるしかない。


ただあの黒を前にして戦うつもりと考えれば、最低限黒塊を倒した時と同じ威力が要る。

けれどそうなると、ここでは倒せない。もしあれをここで放てば死者が出る。


あの一撃を放つには人が多い。守るには結界石が足りない。

手持ちの結界石で皆を守れる威力に抑えたら、今度は仕留められない可能性がある。

ここから家までは遠い。魔法石の補充は期待出来ない以上、そんな無駄打ちは出来ない。


「ふっ!!」


私が悩んでいる一瞬、その一瞬にリュナドさんが踏み込んだ。

身体強化もかけて全力で踏み込み、講堂の床が割れる音が響く。

けれどその一撃は掌で受け止められ、更には手と腕が繋がり始める。


「っ!? リュナドさん、下がって!」

「くそっ、何なんだコイツ!」


唐突に腕から血が吹き出し、明らかな危険を感じて叫ぶ。

それに私の仕込みが動いた。私は何もしていないのに。

ならあのまま傍に居るのは危険だ。一旦距離を取った方が良い。


けれど彼も同じ判断だったのだろう。声をかけるよりも早く後ろに下がった。

吹き出した血はそのまま床に落ちる事は無く、空中で何かを形作る様に蠢く。


それは血液なはずなのに、まるで脈動する様な。

いや、違う、血液じゃない。どんどん肉が、皮が、体が出来ている。

血の後を追う様に、腕から肉体が作り上げられている。

その腕も明らかに丸男の腕ではなく、引き締まった形に変化していた。


「精霊達、パックの事をお願い。ここから逃がして」

「先生!?」

『『『『『キャー!』』』』』

「ま、まって、僕もここに、ここに残ります! 先生! 先生!!」


パックは精霊に抱えられ、強制的に講堂を離れて行く。

ここに残りたいみたいだったけど、それは許容できない。

あれはきっと危険だ。パックを守りながらじゃ戦えない。


『弟子を逃がしたカ』


パックの声が遠のくと、今度は確かに声が響いた。

今度は頭にじゃなく、しっかりと声が聞こえる。

見るともうほぼ体が出来上がって来ていて、喉から声を出したのだろう。


『だが我が狙いは貴様ダ。錬金術師』

「?」


狙いは私? ならなぜさっき、メイラに死を覚悟しろなんて言ったのか。

いや、良く考えれば、メイラは相手の事を知っている口ぶりだった。

という事は最初から狙いは私で、その邪魔をするならメイラもという事かな。

なら私を攻撃する前にメイラに警告していた、と考えるのが自然だろう。


ああ、なんだ。なら簡単だ。私一人が狙いなら、何も心配は無い。

ちょっとだけ安心した。全力の一撃を当てる事に悩む必要なんてなかった。

つまりここから逃げれば追って来る。それなら何の気兼ねも無くなる。

倒せるかどうかは別として、周りの事を気にする必要が無くなったのは大きい。


『貴様だけは逃がさヌ』


対策を構築している間に、どうやら完全に体を作り上げたらしい。

ソレは竜の様な頭と鱗と爪を持った、人型の何か。

まるでリュナドさんの鎧がそのまま生物になった様な、そんな姿の存在。


威圧感が凄まじい。さっきは怒りで気が付かなかったけど、圧力が尋常じゃない。

気を張っていないと呑み込まれそうな程、異様な力を感じる。

ただ纏っている力は魔力じゃない。となると神性か呪いか、その辺りなんだろうか。

黒塊以降多少の対策はしているけど、この手の存在とは相性が悪い。


『『『『『―――――――!』』』』』


突然講堂に居た人の多くが跪いて礼を取った。

それはミリザさんも同じで、丸男すら同じ様に礼を取っている。

アレの持つ圧力のせいだろうか。それとも精神を操られたのだろうか。

これは早々にこの場を離れる必要が有るかな。私のせいで巻き添えは心苦しい。


「我が神よ。竜人公様が我らが御前に顕現成された事、我等にとっては生涯語れる誉れにございます。ですがどうか、矮小故偉大なる神のお考えには及ばぬ我等へ、どうかお教え願いたく存じ上げます。なぜ貴方は彼女を、錬金術師を殺そうというのでしょうか」


絨毯に魔力を通そうとしていると、ミリザさんがそんな事を言い出した。

ん? 竜人公? って事は、ここの神様って事だよね。

神様に殺意を抱かれているって事は・・・あれ、もしかして、その、嫌な予感が。


『我が愛する民を害す者を滅ス。ただそれだけの事ダ』


怒りから一転、サーッと血の気が引いて行くのが解る。

不味い。どうしよう。確実にあの一件が原因だこれ。

神様が愛すべき民を害したって、どう考えてもお付きの人に斬りかかった私の事だ。


それは殺意を抱かれても仕方ない。大事な物に手を出した敵なんだから。

私だってライナ達が殺されそうになったら、相手を許せるかどうか。


ど、どうしよう、本当にどうしよう、こうなると攻撃なんて出来る訳が無い。

だって悪いの私だし。さっき殺されかけたけど、それでも悪いのはどう考えても私だもん。

あ、謝らなきゃ、早く謝らなきゃ。許してくれるかどうかは別として、とにかく謝罪を。


「・・・ご――――!?」


謝ろうとした瞬間竜の咆哮がビリビリと講堂を揺らし、驚きで思わず息を呑んだ。

何か有ったんだろうか。あの竜が咆哮を上げるなんて珍しい。


『あの竜は既に我が手の内ダ。今の咆哮はその警告ダ。逃げ道は何処にも無イ』


え、まさか今の咆哮って、この神様が竜にやらせた事なの?

竜を操る力が有るって事かな。だとしてもまさかあの竜を容易く操れるなんて。

最悪謝りながら逃げ回ろうと思ってたのに、これじゃ逃げたら挟み撃ちにされる。


ど、どうしよう。謝って許して貰えなかったら、本当にどうしようもないんだけど・・・!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『・・・すまんナ』


意にそぐわぬ威嚇の為に使わせている事を、竜に向けて謝罪を口にする。

おそらくあの竜は気ままな逸れ竜。でなければこんな所に居るはずがない。

そしてこの体に流れる力強き血は、きっとあの竜の血。


良く馴染む。本当に良く馴染む。まるで元々自分の体かの様に。

故にあの竜に干渉するのも容易く、自分の体を動かす様に操れた。


錬金術師はその事に驚いているのか、先程の圧力が消えている。

それとも自分の非を口にされ、言い逃れが出来ぬ状況に狼狽えたか。


どちらにせよ、仮面の奥の眼光は緩んでいない。構えも解いていない。

先程の言葉への弁明も無く、ただ戦闘に備えている。

ならばやはり奴は全て理解してやっていたのだ。

この腕の中に仕込んだ物を解放すれば、一体何が起きるのかを。


『―――――――』


ぎりっと、思わず歯を噛み締める。怒りで頭がどうにかなりそうだ。

こんな物を、こんなふざけた物をこの国に持ち込むなど。

我が身が単独で顕現出来てしまう様な、こんなふざけた劇物を。


腕の中に仕込まれていた、竜の血で完全に暴走した何かを封じた物。

こんな物が人の身に流し込まれれば、確実に周囲への被害が出る。

少なくともこの身はそれを見た。国が、街が、亡ぶ姿を見た。

竜の血で暴走した物が行きつく先を。最早真面な生き物とは呼べぬ化け物の結末を。


あの男にこの血の力を御する事など出来ぬ。ならば結末はあの時と同じ。

元より錬金術師が奴に力を与える道理は無く、目的は惨たらしい死に他ならない。

奴の死だけならば許容しよう。奴は自身の行動の報いを受けるだけの事。


だが暴走の果てに無辜の民が死ぬ様な事は絶対に許容できぬ。

この地には我が身が有るが故に暴走は防げるが、そんな事は結果論だ。

奴が行う事は変わらぬ。どれだけの被害が出るか解らぬ行為なのは変わらぬ。


『貴様ハ、けして許さヌ』

「・・・ご――――」

『許さないのは僕の方でしょ!』


敵意をむき出しに告げると、奴の頭の上の精霊が叫んだ。

錬金術師は何かを口にしようとしていたが、精霊に任せたのか口を噤む。


『そうだよ! 僕とっても怒ってるんだよ!』

『もうちょっとで主が死んじゃう所だったんだぞー!』

『お前なんか嫌いだー! ぷんぷん!』


続く様に他の精霊達が主を守る様に立ちはだかる。

そうであろう。貴様らはその女を主と仰いでいる。

ならばお互いに譲れぬであろうよ。敵同士にしかなれぬであろうよ。

だからこそ、貴様らと共に歩めぬと、解っていた。


「貴方の相手は、神様の相手は、私ですよ。セレスさんじゃない」

『!』


愛し子の力が膨れ上がって行く。呪いが更に深くなっていく。

身の内に抱える呪いの力が、怒りと共に増幅されている。


「黒塊。来て」

『我が娘の望むままに』


娘に応える様に呪いの塊が目の前に現れ、黒が更に膨れ上がった。

やはり、惜しい。あの娘は神の力を十全以上に発揮できる。だがそれでも。


『黒き呪いの神ヨ。宿主もろとも滅ぼしてくれル』


この娘は惜しいが、我が身が優先するはこの国の民の命だ。

竜の血をこの様に使う人間。貴様の存在は絶対に許しておけぬ。

放置すれば更なる害が出る。どれだけの民が死ぬか解らぬ。


コレは人同士の営みから逸脱した存在だ。なればこそ神として誅を下す。

そして錬金術師が死ねば、この娘は黒き呪いをまき散らしかねない。

なればここでその呪いも断つが最善。


「やっぱり、ちゃんと説明する気は無いんですね。なら私は、貴方を許せない」

『その想いはこちらとて同じ事』


何も知らぬ娘が師を想う。それを間違っているなどとは言わぬ。

たとえ理由を話したとしても、師を殺される怒りは消えぬだろう。

むしろ事が起こっておらぬが故に、尚の事我が身への怒りしかあるまい。

その想いは正しい。その怒りは正しい。故に我が怒りも通させて貰う。


『神としテ、我が道理を通すのミ』

「神様だからって、何でも思い通りになると思わないで!」

「・・・ちょっと、まっ―――――」


錬金術師が何か言葉を発した様だが、力がぶつかり合った衝撃音にかき消された。

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