第346話、不測の事態に対応する錬金術師

ミリザさんに呼ばれ、言われた通り丸男の手を鞄から取り出す。

そして氷の魔法を解いて、問題無さそうな事を確認してからパックに手渡――――。


「――――っ!」


腕がピクリと勝手に動いたのを感じ、反射的に手を引いた。

その判断は正しかったらしく、腕が私にとびかかって来る。

もし素直に渡していれば、私ではなくパックを襲っていたかもしれない。


何故、何が原因で、勝手に動き出したのか。

そうなり得る仕掛けは施しているが、まだ発動させた覚えはない。

何よりも発動させた所で、こんな状況には本来ならない仕掛けだ。

幾つか疑問が頭に浮かぶも、流石に思考している時間は無い。


疑問の解決を即座に止め、今まさに私の首を掴む腕に対処するべくナイフを抜く。

これはもう躱せない。パックを守る為の動きに合わせられてしまっている。

喉に力を入れつつ、振り上げたナイフを上から突き刺した。


「ぐっ・・・!」


外れない。ナイフが突き刺さり、肉を切り裂いても落とせなかった。

それどころか握る力が段々強くなっている。これは、まずい。息が、できない・・・!


「ふっ!」


私が対処出来ないと判断したのか、リュナドさんが槍を下から振り上げた。

おそらく強化も使ったのであろう一撃は鋭く、手首から下を綺麗に断ち切る。

切り落とされた部分は撥ねる事無くボトリと床に落ちた。


「――――――ぐぅっ!」


けれど手が私の首を握る力は緩む事無く、むしろ更に力が増している。

もう息が出来ないとか、そんな問題じゃない。これは、このままじゃ、折られる。

不味い。これは本当に不味い。早く外さないと。


結界石を発動させ、その勢いで腕を弾き飛ばそうと試みる。

けれど私の首を掴む手は結界に抵抗し、重ねて発動しても弾けない。

いや、それ所か結界の一部をぶち抜いている。指先だけが首に食い込む。


呼吸は出来るようになったけど、抑えられている所が不味い。

このままじゃ意識が落ちる。気を失えばそのまま首を折られて死ぬ。


「先生!」

「セレスさん!」

「くっそ、どうなってやがる!!」

『『『『『キャー!!』』』』』


私を心配する悲痛な声が耳に届き、リュナドさんが槍を捨てて手で外そうと試みる。

精霊達も群がって掴みかかるも、それでも外れる気配がない。

精霊の掴んだ部分の肉が裂けて骨が見えても、首を握る力は一切衰える様子が無い。


ああ、これは駄目かな。このままじゃどうしようもない。

結界石を新しく発動させて、リュナドさんと精霊達を弾く。


「なっ、何を!?」

『『『『『『キャー!?』』』』』


弾けたのを確認したら封印石を発動させ、爆発の魔法石を取り出す。

このまま爆発で吹き飛ばす。これが一番確実な対処方法だろう。

物理的に切れた事から察するに、爆発に耐える程の強度はおそらく無い。


「駄目です先生!」

「セレスさん、待って!!」


私が何をしようとしているのか、魔法石の使い方を学んだ二人は解った様だ。

けどごめん。もう止めるのは無理かな。少しでも躊躇したら、このまま首を折られる。

そうなったら私は何も出来ないし、その後他の人も同じ事になるかもしれない。


こうなった原因は解らない。解らないけど、私の可能性が高い。

薬が上手く作用しなかったのか、それとも別の要因があるのか。

どちらにせよあの薬が切っ掛けなのは間違いないのだから。

魔法石を発動させ、腕を吹き飛ば―――――――。


「!?」


発動させようとした瞬間、黒い何かに呑み込まれた。

結界も、私も、魔法石も、そして――――――。


「こ、のぉ!」


メイラの怒りのこもった声が響くと、喉を掴んでいた手が弾き飛ばされた。


「――――かはっ、げほっ! げほっ!!」


圧迫から解放されてむせ込みながら、何とか呼吸をして周囲を確かめる。

私を覆っていた黒はもう近くには無く、ただメイラの腕を大きく覆っていた。

何時かこっそりと見た、大きな黒い腕を構えて、手を睨み付けている。


「先生、大丈夫ですか!?」

『『『『『キャー!?』』』』』


パックはむせる私の傍に駆け付け、精霊達も心配そうに見上げている。

ただリュナドさんは捨てた槍を構え直し、メイラと同じく手を睨み付けていた。

私に寄って来なかった精霊達も同じ様だ。唸る様に鳴きながら睨んでいる。


「セレス、動けるか?」

「けほっ・・・うん・・・大丈夫・・・」


リュナドさんに訊ねられ、むせながらも応える。

意識は問題無い。視界が白くなりかけていたけど、何とか戻って来た。

少しよろめきながら魔法石を手に取り、彼の横に歩を進める。


「――――、み、みたか、皆の者! や、奴はあの様な物を! あの様な得体のしれない物を、私の腕に付けようとしていたのだ! 自らの失態を誤魔化す為に治せると嘘を吐いて!」


そこでハッとした様子を見せた丸男が、講堂に声を響かせた。

確かにこの状況では、流石に丸男の言い分が正しのかもしれない。

あんな物を繋げた事を「直した」なんて口が裂けても言えないし。


「やはり、やはり私は間違っていなかった! 錬金術師は、奴は、この女は神敵だ! この様な怪しげな物を作り出し、神を誑かす化け物だ! 人の身に化けた悪魔だ!」


丸男が叫ぶたびに、講堂のざわめきが大きくなって来る。

私への敵意の視線を感じる。物凄く睨まれているのが解る。

ううん、私だけじゃない。メイラとパックもだ。

私がやった事なのに、私の失敗なのに、何で。


「弟子達も同類だ! きっと王太子殿下も偽物に違いない! もう一人の弟子など何だあの黒い禍々しい物は! 見ているだけで恐ろしい!」

「―――――っ」


私のせいだ。私のせいで、二人も悪者にされてしまった。

ど、どうしよう、どうしたらいいんだろう。

丸男の言い分なんてどうでも良い。けど周りに居る人は違う。

敵じゃない人を敵に回してしまう。私の失敗のせいで敵を作ってしまう。


「皆の者よ、こ奴らを逃がすな! 絶対に逃がしてはならん! 逃がせば―――――」

「黙りなさい!」

「黙って!」


丸男が高らかに語るのを、二人の女性が止めた。

奴よりはるかに良く響いたその声は、ミリザさんとメイラ。

皆がその剣幕に驚いたのか、ざわついていたはずの講堂が静かになった。


けれど二人の意識は丸男に向いていない。吹き飛ばされた手に向いている。


「私は、言いましたよね。セレスさんに手を出すなら、絶対に許さないって・・・!」


――――黒が、膨れ上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何が、起きた。


最初は驚愕でそれしか頭に無く、けれど少しして状況を認識出来る様になって来る。

突然私の腕が錬金術師を襲い、そして錬金術師は命からがら助かった様に見えた。

実際はどうかは解らない。もしかすると余裕が有ったのかもしれない。


だがそんな事はどうでも良い。これは好機だ。好都合だ。


「――――、み、みたか、皆の者! や、奴はあの様な物を! あの様な得体のしれない物を、私の腕に付けようとしていたのだ! 自らの失態を誤魔化す為に治せると嘘を吐いて!」


おそらく奴はあの腕を私に付け、その後自殺にでも見せかけるつもりだったのだろう。

だが自らの力量を過信し、策に溺れよった。

態々一番やっては不味い時に墓穴を掘ってくれた。


今この講堂にはあらゆる所属の僧侶たちが集まっている。

そして誰の目から見ても、この失態は覆せまい。


錬金術師は何も言い返す様子は無く、ただ立ち尽くしている。

いや、内心は腹立たしいのだろうが、挽回の手段が無いのだろう。

天は私を見放していなかった。やはり最後に笑うのは私なのだ!


「皆の者よ、こ奴らを逃がすな! 絶対に逃がしてはならん! 逃がせば―――――」

「黙りなさい!」

「黙って!」


勝利を確信して僧侶たちを扇動しようとして、耳に痛いほどの声が響いた。

その声は静かになった講堂にきぃんと残響し、発した二人に皆がくぎ付けになる。


「―――――っ!?」


邪魔をされた怒りをぶつけようとして、声を発せない事に気が付く。

いや、それどころか、息が、苦しい。体が、動かない。

ち、違う、震えている。なんだ、なんだこれは、一体何が起こっている!


「私は、言いましたよね。セレスさんに手を出すなら、絶対に許さないって・・・!」


理解不能の状況の中、小娘が可愛らし気な声を唸る様に響かせる。

その目は落ちた私の手に向いていて、法主も同じ様に見えた。


「!?」


次の瞬間小娘が腕に纏っていた黒が膨れ上がり、異形の腕を形成する。

誰もがその黒から目を離せない。そうして理解出来た。今の状況が。








―――――――恐ろしい。







ただ、それだけ。その感情に囚われ、指一本真面に動かせない。

あの黒は駄目だ。アレは駄目な物だ。あれは、神と、同じ物だ。

あれに逆らう事は、神に逆らうに等しい。何故、どうして、あんな小娘が。


『なれバ、致し方無シ。愛し子ヨ。死を覚悟せヨ』

「!?」


―――――――神の声が、確かに、講堂に響いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ここからはちょっとした報告です。

どうやら二巻の情報が出ていた様です。

私がポカをやらかさなければ、多分問題無く出ると、思いたい。


https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000214/

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