第345話、前に出なくて良いと安堵する錬金術師
「病状が回復の兆しを見せた。ただし念の為、後一日様子を見たい。との事です」
ミリザさんから連絡を受け、彼女の部屋に招かれたらそう告げられた。
どうやら丸男は回復したらしい。となると明日には治療をする事になるのかな。
「ならば明日には終わらせられる様に進めて貰えるか、ミリザ殿」
「勿論です」
私の心の中を見透かしたように、リュナドさんがミリザさんに頼んでくれた。
すると彼女は笑顔で頷き、その様子は相変らず優し気で落ち着く声音だ。
今日は彼女の自室で人も少ないからか、何時もの布は被っていない。
「やっと観念した、と思うには希望が過ぎるでしょうか」
「さてな、それは私よりもミリザ殿の方が良く解っているのではないか?」
「・・・そうですね。あの様な手段を思いついても、本当に実行する者は普通居ません。ですがあの男はやってしまった・・・パック殿下には、本当に申し訳なく思っております」
リュナドさんの返事を聞き、困った様な顔でパックに謝るミリザさん。
あの様な手段って、私に施術をさせないって言った事かな。別に気にしなくて良いのに。
パックだってやる気満々なんだし、誰も彼女を責めてはいないと思う。
そんな私の気持ちを知っているからか、パックはニコッと笑顔を返した。
「お気になさらず。アレの罪はアレ自身が問われる物です。法主殿の責ではありません」
「・・・それもこれも、私が未熟な小娘だからでしょう。私がもっと上手く立ち回り、人心を集められていれば、この様な結果は産まなかった。殿下の才が羨ましく思います」
「私とて少々小賢しいだけの小僧です。ただ先生と出会えた。私と貴女の違いはたったそれだけの事。貴女が羨む才など私には有りませんよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
悲しそうな顔をする法主さんに、パックが慰めの言葉を口にする。
ただその内容に頷いて良いのかどうか、少々首を傾げるのは私だけだろうか。
だってほら、人の心をどうこうって話なら、絶対私は何の役にも立ってないもん。
確実に最初からパックの才能だよ。何も教えた覚えとか無いし、教えられる事も無い。
むしろ私が教えて欲しいぐらいだ。人心掌握って私には一番縁の遠い言葉だと思う。
まず自分の言いたい事が口に出来ず、口にしても見当違い、っていうのが私だもん。
私に出来る事は人を怒らせる事ぐらいだ。出来たくなかったけど。くすん。
「メイラ様も、怖い思いをされたのではありませんか?」
「え、えと、だ、大丈夫です。その、セレスさんも、リュナドさんも、精霊さんも居ますから」
『『『『『キャー♪』』』』』
「ふふっ、確かに。精霊様方が付いていれば、万が一は無いでしょうね」
メイラの返答で、精霊達が嬉しそうに声を上げる。
更にミリザさんに肯定されたからか、楽し気に踊り始めた。
でもいつも一緒の三体は兎も角、他の子達は今回あまり関係ない様な?
まあ良いか。楽しそうだし。あ、お菓子落として崩れ落ちた子がいる。
今日は柔らかいお菓子だったから、振り回したせいで千切れたみたいだ。
愕然とした顔で落ちたお菓子を見つめている。
『キャ~・・・キャー♪』
ただすんすん泣きながら拾って、口にした瞬間笑顔になったけど。
もう落とした事も忘れてそう。本当に何時も何時でも幸せそうだね。
「セレス様。此度の事、本当にご迷惑をおかけしました」
「・・・・・・別に、私は貴女に、迷惑をかけられた覚えは、何もないけど」
精霊達をぼーっと眺めていたせいで、何時も以上に反応が遅れてしまった。
けれど彼女はそんな私を咎める事も無く、返事をするまで待ってくれる。
ああ、だから心地いいのも有るのかな。彼女は絶対返事をするまで待ってくれるから。
「・・・私は貴女を、責める気はない。責める必要も無いと、思ってる」
「ふふっ。そうでしょうね。貴女は、そう言うと思っていました」
私の返答を予想していたのか、笑顔で応えてくれるミリザさん。
少し・・・ううん、かなり嬉しいかも。どう返事するか解って貰えてたんだもん。
もしかしたら彼女も、私の事を解ってくれる人、なのかな。そうだと凄く嬉しいな。
実際迷惑をかけられた覚えとか無いもんね。むしろ私が迷惑をかけた。
謝るべきは私の方であって、彼女に落ち度は欠片も無いと思う。
「・・・ごめんなさい」
「―――――、な、にが、でしょうか」
思わず謝罪の言葉を口にしたけれど、何に対する物か解らなかったらしい。
流石に全部を理解はして貰えないという事だろうか。
いや、唐突に謝ったら何に対しての事か解らないよね。普通はそうだ。
「・・・貴女に落ち度は、無いから」
「そう、ですか・・・」
謝罪の意味を口にすると、彼女は考え込む様子を見せる。
そのせいかリュナドさん達も同じ様な雰囲気になり、少々表情が険しい。
あ、あれ、何だろうこの空気。なんだか凄く気まずい様な。
私はただ、ミリザさんは悪くないよって、ただそれだけだったんだけど。
な、何か変だったかな。おかしな事は言ってないと思うんだけどな。
『『『『『キャ~♪』』』』』
そんな中、精霊達はご機嫌にお菓子を食べている。
私もそっちに混ざりたい。この空気何だか怖い。
無言に圧力が有って、緊張で泣きそう。
何よりこうなった理由が解らないのが一番辛い。
「・・・元より私の落ち度。多少の事は許容致しましょう」
けれど暫くしてミリザさんがニコッと笑顔を見せ、私の謝罪を寛容に受け入れてくれた。
でもアレを多少の事、って言って良いのかなぁ。人を殺しかけたのは大事だと思う。
いや、優しい人だし気を使ってくれたのかもしれない。私ちょっと泣きそうだったし。
「そう言ってくれると助かる。ミリザ殿、明日は頼んだ」
「はい。こちらこそお願い致します、リュナド様」
ホッとしているとリュナドさんが私より先に応え、ミリザさんも優しい笑顔で応える。
そっか、リュナドさんは私の心配をしてくれてたのか。それで顔が険しかったんだ。
という事は、パックとメイラの様子もそのせいだったのかな?
皆に心配されていたと思うと、情けないと思う反面嬉しい気分だ。
いやでも、もうちょっと気を付けないと。うん。
そうしてその日はそれ以上の事は特に報告も無く、穏やかにお茶をして終わった。
勿論今日もパックは施術の最終確認と、明日の為に頑張っていたけど。
そうして翌日、私達は迎えに来た僧侶さんに連れられ、広い講堂へ案内された。
「―――――」
ちょ、ちょっと人が多過ぎないかな。し、視線が痛い。怖い。
これは幾ら何でも人が多過ぎる。かなり広い講堂なのにぎゅうぎゅう詰めになってる。
予定通りに私が施術していたら、怖くて出来なかったかも。
助けたいって思いが有れば別だけど、特にアレを助けたくはないし。
あ、でもやらないと皆に迷惑がかかるんだ。怖くてもやらないといけないんだった。
パックに感謝しておこう。いやむしろ、私の施術を拒否した丸男に感謝かな?
・・・いいや、アレに感謝なんて要らない。パックにだけ感謝しておこう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僧侶さんに連れられ、治療の場である講堂に向かう。
彼の治療を錬金術師の薬で行う。その事を多くの人に見て貰う為に。
勿論元々はもっと違う思惑も有ったんだろうけど、パック君によって作戦は潰された。
「・・・パック君、大丈夫ですか?」
「ええ、問題有りませんよ」
けれどこの人の多さに思わず怯え、そして先日の襲撃を思い出して心配になった。
突然誰かが飛び出してきて、パック君を襲うんじゃないかって。
だから法主さんが信者さんに挨拶をしている間、こそっと彼に尋ねてしまった。
襲撃された件は彼本人から聞いた。きっとあの時出会った覆面の人の事だと思う。
セレスさんと一緒に鉢合わせた時の事を伝えると「流石先生だ」と彼は言っていた。
どうやって情報を得ているのか解らないけれど、セレスさんは全てお見通しなのだと。
確かにあの時、曲がり角から出てくる前にセレスさんは立ち止った。
あれは最初から来ると解ってないと、どうやったって説明できない。
その点を考えれば襲撃の心配なんて、する必要は無いのかもしれない。
「・・・でもパック君、施術中は、無防備じゃないですか」
パック君は魔法石を使える様になったし、運動能力も低くないと思う。
けど、施術に集中してる時は、咄嗟に動ける程の意識を他に割けない。
もし治療中に襲われれば、今度こそ彼は殺されるかもしれない。
「その為にも、精霊達に守って貰ってます。大丈夫ですよ。安心して下さい」
『『キャー♪』』
パック君は笑顔で言うけれど、内心警戒をしているのは解ってる。
だって昨日セレスさんが言ったもん。態々法主さんに言ったんだもん。
『・・・貴女に落ち度は、無いから』
態々先に謝って、法主さんには落ち度が無いって、そう言った。
それはきっと、この場で何かが起こる可能性が有って、セレスさんが対処するかもしれない。
なら誰が一番危ないかって、パック君が一番危険な所に居るんだ。
人は簡単に死ぬ。死ぬ時は本当にあっさり死ぬ。万が一が絶対に無いなんて思えない。
「安心なんか、できないですよ。心配です。心配ぐらい、させて下さい」
「――――、そうですね。ふふっ、ありがとうございます。おかげでやる気が出ました」
「へ?」
パック君は何故かニヤッと笑い、その言葉通りやる気に満ちた表情を見せる。
けれど何故そんな顔をするのか良く解らず、首を傾げるも問いただす事は出来なかった。
法主さんの挨拶が終わり、あの男が出て来て、パック君も表に出て行く。
リュナドさんとセレスさんと私も少しだけ前に出たけど、基本的には端っこだ。
あの男に近付かない。その約束を守る為に。そして私はセレスさんを守る為に。
リュナドさんは利用されない為に。そうなるとパック君が一人になる。
本当は全員を守れれば良いんだけど、私はまだそんな自信がない。
無理をして力を使えば、黒塊の呪いを無差別に振りまいてしまうかもしれない。
それは何よりも恐ろしい。大事な人も全員私が殺してしまうかもしれないんだから。
「では錬金術師様。彼の腕を、お渡しいただけますか?」
「・・・」
パック君が軽く挨拶を終えると、法主さんが相変らず優しい声をかけて来た。
セレスさんは少しの間をおいてコクリと頷き、降ろした鞄に手を入れる。
そして氷漬けの腕を取り出すと魔法を解き、その腕をパック君に手渡そうと――――。
「―――――っ!?」
―――――腕が、セレスさんの喉を、掴んだ。
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