第344話、遭遇する錬金術師

森での狩りは全部パックがやってるし、解体もメイラとパックがやっている。

肉や素材は量が多ければリュナドさんが持ってくれるし、僧兵さんも持ってくれた。

ついでに薬草類の採取もやったけど、それも平坦な道の森だからかたいして動いていない。

そもそもその採取ですら、弟子二人が「任せて下さい」と言うのでほぼ動いてない始末だ。


なのでここ数日軽い運動すらしておらず、少し体を動かしたくはある。


今日はお休みなのだし、森の調査がてら多めに森を歩き回ってみようか。

結局あの森に魔獣が居ない理由は何にも解ってないし、日が落ちるまで歩けばいい運動だろう。

いや、最近戦闘訓練を余りやってないし、少しはやっておいた方が良いかも。

うーん、どうしよっかな。あ、いや、その前に確認する事が有る。


「ちょっと外に体を動かしに行きたいなと思うんだけど、メイラは部屋に居る?」

「一緒に行きます!」

『『『キャー!』』』


残るならリュナドさんとパックに任せるつもりだったけど、それなら一緒で良いか。

とはいえこの目のままというのも良くないし、目薬は使っておこう。

その後一応腫れが引いてからと思ったけれど、私を待たせたくないと言われ外に出る。

部屋の外に出ると複数の気配を感じ、けれど見える位置には居ない。


「・・・あ」


しまった。結局どっちにするのか決めないまま出てしまった。

いやでも良く考えたら、森に出かける時はミリザさんへの報告が要るんだっけ。

となるとお願いをしに行く必要が有る訳で、誰かに話しかけなければいけない。


・・・うん、訓練で良いや。


知らない人に話しかけないといけないかもしれないし、知ってる人を探す間の視線も辛い。

その場合メイラもきっと辛いだろうし、素直に近場で軽く訓練を終わらせよう。

リュナドさんも誘って・・・いや、止めておこう。彼は何時も兵士として訓練してるんだし。

一緒に居てくれるとありがたいけど、折角だし彼にも休んで貰おう。


「・・・たしか」


精霊に見せて貰った見取り図からは、広めの中庭があったはずだ。

そこなら敷地内だろうし外出報告は要らないだろう。それなりの広さなら精霊と訓練も良いし。

行き先を決めたらメイラを手を繋ぎ、人の気配と視線を避けながら中庭へと向かう。


『『『キャー・・・!』』』


道中何故か精霊達が前後に陣取り、きょろきょろと周囲を警戒していた。

曲がり角の度にそっと顔を出し、安全が確保されると手招きを繰り返す。

でもそれ向うを見る時に思いっきり顔出してるから、気が付く人はすぐ気が付くよ。

唯一有効なのは、珍しく小声な事ぐらいかな。普段が騒がしいだけとも言うけど。


「この辺りは、人の気配がしないね」

「そうですね、全然いませんね」


人の気配を避けつつの移動だったけれど、途中から避ける必要が無くなった。

目的地に進むにつれ人の気配が消えていき、今いる辺りは全く人が居ない。

という事は、中庭には人は居ないのか。それは好都合―――――。


「メイラ、待って」

「え?」


足音を殺しながら誰かが走って来る。微かだけど曲がり角のむこうから足音が聞こえる。

聞こえる感じ走って来てるから、タイミング的に角で鉢合わせになる。

こっちは気が付いてるけど向こうはどうだろう。んー、止まれなかったら危ないかな。


そう判断して手を引き、メイラは不思議そうにしつつも立ち止まる。

精霊達は気が付いているのかいないのか、私と同じように足を止めた。


「―――――!?」


曲がり角の向こうから現れた人は、私達を視認すると驚いた様子で壁を蹴った。

その反動で後ろに下がり、私達から距離を取る。

ぶつかると思って焦ったのかな。大丈夫だよ、気が付いてるから。


かなり走って来たのか随分呼吸が荒い。

口を布で覆っているから余計に息苦しそうだ。

もしかしてミリザさんと同じで、顔を見せちゃいけない人なのかな?

体形が解らない格好だから、男女すらも判別がつかない。


「・・・どうぞ」


そんなに急いでいるならと思い、壁の端に寄って道を開ける。

メイラは私の顔と相手をキョロキョロしつつ、一緒に動いてくれた。

ただ精霊達が何だか少し不機嫌だ。壁に寄ったけれど相手を睨んでいる。


そのせいか向こうも警戒したらしく、構えを取った上に睨まれてしまった。

う、目力が凄い。怖い。は、早く行ってくれないかな。

いや、精霊達を警戒してるなら、私が先に行けば良いのかな。

あ、そうか。もしかして最初の動きは、私達に道を譲ってくれたのかも。


「・・・先に通った方が、良い?」

「―――――」


恐る恐る尋ねると、相手は一瞬後ろに下がろうとする気配を見せる。

けれど踏み止まると来た道に視線を向け、すぐに視線を戻して私達に向けた。

今のは何か意味が有る行動なんだろうか。どうしよう、全然解らない。


困った顔でメイラを見ると、困惑した表情でキョロキョロしている。

どうやらこの子も解らないらしい。困った、助けを求められる人が居ない。


「―――――っ」


どうしたら良いのか困惑しながら立ち尽くしていると、突然ばっと走り去っていった。

通り過ぎる際に私の事をずっと睨んでいたけど、やっぱり気遣いを無為にしちゃったのかな。

何だかすっごく敵意を感じたし、きっとまたやらかしちゃったのかもしれない。


「セレスさん、今の、良かったんですか?」

「・・・どうだろう」


どうしたら良かったのか、やっぱりメイラにも解らなかったみたいだ。

うう、また一人怒らせてしまった。外に出るべきじゃなかったかなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「馬鹿な、そんな馬鹿な・・・!」


刺客からの失敗報告を聞き、思わず呻きながら頭を抱えた。

失敗をした事にではない。いや、あの小僧が強すぎる事実は頭を抱える事だ。

だがそれよりも、もっと重大な事がある。


「何故錬金術師が、その様な所に居る・・・!」


逃走時に錬金術師に出会った。人払いを済ませた逃走経路でだ。

今回の件は小僧の隙をつく為に、一人になる瞬間を狙ったものだ。

故に小僧の発言から一人になる可能性考え、実際に一人になったからこその実行。


襲撃のタイミングは前々から決めていた物ではない。

なのに、なぜ、あの女は逃走経路に待ち構えていた。

誰にも気がつかれず、監視の目を欺いて!


『通らないのか。逃げてる途中なんだろう。気になるなら先に通ってやるぞ』


あの女は逃げる刺客の道を塞いでおきながら、ぬけぬけとそう言い放ったらしい。

それも脅しをかける様に威圧を込めて、一部の隙も無く戦える立ち姿で。

つまる所、貴様の情報はすべて筒抜けだ、と挑発してきたのだ。

なれば王子が一人になった事も、奴の策の内か・・・!


「・・・裏切者が居る」


それしか考えられん。でなければ逃走経路で待ち構えられる訳が無い。

精霊に聞かれる可能性を考え、情報が伝わらぬ様に注意を払わせている。

なのに何故あの女に筒抜けなのか。裏切者の存在以外納得が出来ん。


人を囲う暇が何時あった、等と問う意味は無い。

現実として情報を抜かれている。気にするべきはその事実だ。

この際問題なのは、方法や手段などではない。誰が裏切り者かだ。


「側近の者達、ではなかろうな。であれば流石に魔法使いの小娘は捕らえられまい」


私とて側近を疑いたくはない気持ちは有るが、それを措いても除外して良いだろう。

もし奴が全ての情報を本当に把握しているならば、人質をとられる愚策は行うまい。


ああ、そうだ。それを考えれば少し落ち着いて来た。

こちらには人質が居る。この一点だけは奴を出し抜けている。


「・・・そうだ。焦るな。惑わされるな」


そこまで完璧な訳がない。奴は確かに優秀なのだろう。でなければ王族の師になどなれぬ。

だからこそ今回の件は、全て自分の策の内だと思わせる罠だ。

魔法使いが捕らわれた事すら策の内だと、私を疑心暗鬼にさせる為の罠だ。


「例の小娘はどの辺りだ」

「急ぎで運んでおります故、後1,2日も在れば到着するかと」


たとえどんな策が在ろうと、人質が手元に在れば怖いものは無い。

小僧は私が軽率な手に出ると思っているのだろうが、これだけは本当に最後の手札だ。

そしてその手札を見せつけてやれば、あの女は言う事を聞かざるを得ない。


「ならばあと数日、小娘が到着するまでは、このままだ。念の為、信用出来る者以外はけして近づけるな。裏切者が居る可能性が有る。人質は最後の切り札。あれだけは絶対に失えぬ」

「はっ」


側近は私の言葉を聞くと、小娘の面倒を見る人間の相談に向かう。

その後ろ姿を見届け、思わず大きな溜息を吐いた。

これで本格的に後がなくなった。もう腕の治療からは逃げられん。

切り札が手元に来るまでは粘るつもりだが、その程度が限界だろう。


「・・・くっ」


恐怖で震える体を抑え込む。これから起こる事を考えると、震えが止まらない。

あの女は私に近付けない。そう解っていても、奴の目を思い出すと恐ろしい。

奴への恐怖は建前ではない。腹立たしい事に心の奥底に刻み込まれている。


いや、正確には、奴を見て思い起こされた。恐怖心がたたき起こされた。

貴様はどうしようもなく恐れていると、無意識の恐怖が私を叩きのめした。

そして奴の意向にそう弟子の手にかかる恐怖は、胃液が逆流するかと思う程に恐ろしい。


「忌々しい・・・!」


だからこそ腹立たしい。怒りが恐怖をかき消す程に。

何故私がこんなにも恐れねばならぬ。なぜこんなにも苦しまねばならぬ。

私こそが、この国の法主に本来相応しい、そう称えられべるき人間だというのに!


「諦めて堪るものか・・・!」

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