第339話、端っこで弟子の頑張りを見つめる錬金術師

「と、いう事の様ですが、貴方は一体・・・どういう身分の方なのでしょうか」


パックは凄く楽しそうな明るい声で、にっこりと笑いながら問いかけている。

下賤とか言われた事に怒っている様子は無い。


ただ法主さんに確かめた事を考えると、彼女に気を遣ったのかもしれない。

パックは優しい子だし、私と違って気遣いの出来る子だ。

ここで怒ったら法主さんが気にするとか思ったんじゃないかな。多分。


「・・・凄いね、パックは」


思わずぼそりと呟いてしまう。だって私はまた怒っちゃってたから。

自分が色々悪く言われるのは良い。嫌だけど言われても仕方ない人間だと思うから。

けれどあの子は良い子だ。私と違って賢い子だ。それをあの男は貶したんだ。


リュナドさんの時も腹は立ったけど、それとはまた別の怒りがふつふつと湧いた。

けれど怒りのままに行動をすれば周囲に迷惑をかける。

あの子は私よりもそれが良く解っている。周りが良く見えている。


これじゃどっちが師匠か解らない。本当に私は錬金術以外は駄目過ぎるなぁ。


「パック君、きっと喜ぶと思います」

「・・・ん、何が?」


自分の駄目さと弟子の優秀さにへこんでいると、メイラが凄く嬉しそうに声をかけてきた。

けれど何の事か解らず問い返すと、彼女はクスッと笑ってから口を開く。


「セレスさんにそう言って貰えたら、きっと何より嬉しいと思いますよ」

「・・・そう、かな」

「はい。絶対です」

「・・・そっか」


じゃあ、へこんでる場合じゃないね。ちゃんとパックの事を見ててあげないと。

それで全部終わった時、めいいっぱい褒めてあげよう。

私じゃあの子の思慮に全く付いて行けないから、何処まで評価できるかは解らない。

それでも喜んでくれるなら、出来る限りの理解を頑張ってみよう。


「・・・じゃあ、ちゃんと見てなきゃね」

「はい」


嬉しそうに頷くメイラに、思わず口の端が上がる。

先程感じていた怒りや体に入った力が消えていく。

私が今感情で先走る様な事無く、心静かに居られるのは全部二人のおかげだね。


「お、王太子殿下とは露知らず、ご無礼を申し上げました。で、ですが、私は貴方が師と呼ぶ人物に問答無用で切られたのです。この腕をご覧下さい。この様な事をする人物をもう一度近づけたいなどと、普通考えるでしょうか。ましてはその弟子と聞いて」

「確かに。その点は同意しましょう」


優秀な弟子二人にほんわかしていると、丸男が弁明を始めたらしい。

パックはその言葉を否定せず、実際言っている事は解らなくもない。

攻撃してきた人間を、気にせず近づけるのは難しいだろう。

実際私は問答無用で切りつけた。そこは事実だ。


「ですが貴方が斬られた原因は、彼に対する不敬では? 今回の一件はそこに尽きる。なれば我が師を恐れるよりも、貴方自身の信仰を試す場なのではないでしょうか」


ただ私が斬った理由をパックが告げてくれて、その事が異様に嬉しい。

私の事を解ってくれてる気がして、私は何も悪くないって言われてる様な気がして。

実際はその後色々やらかしちゃったから、悪い事だらけなんだけど。


「わ、私はあの者の事を考えるだけで震えて来るのです。奴が同じ部屋にいるだけで、恐ろしくて堪らない気持ちを、懸命に抑えているのです。竜神公様への敬意と信仰を示したいからこそ、この状況を耐えていると考えて頂きたく願います」

「成程、貴方はこの場に居る時点で、自信の信仰を示していると」


アイツ私の事、そんなに怖いんだ。けどリュナドさんが要るから我慢してると。

それでなのかな。怖がって逃げる割に時々笑ったりしてるのは。

でもやっぱりアレ、獲物狙ってるみたいな様子に見えるんだけどなぁ。


「なれば我が師への恐れと不敬は、不承不承ながら了承しましょう」

「か、寛大なお心、感謝いたします。殿下」


不承不承と言う割には、ニッコリと笑顔で告げるパック。

丸男はホッとした顔を向けてから、礼を取って頭を下げる。

ただその瞬間、パックの顔がいきなり冷たくなった。


「ですが、我が身を下賤と告げた。その点に関しての弁明を聞いておりませんが」

「―――――!? で、ですので、先程の・・・」

「師への恐れ故の行動。ええ、確かに聞きました。それでは私を近づけたくは無いでしょう。ですが貴方は他者を『下賤』と貶めた。貴方は確かに高僧の立場なのであろう。だからこそ他者へ手を差し伸べるべき立場であり、下々の者の手を取るが正道ではないのか」


冷たく、何処までも冷たく、聞いてるだけで凍えそうな声音でパックは問う。

部屋の端で聞いてる私の背中がピンと伸びてしまうぐらい迫力がある。

声量自体は小さいはずなのに、怒鳴られるより遥かに怖く感じた。

丸男は焦った様に顔を上げ、けれど何かを言い返さずパックを見つめている。


「私は余り信仰に詳しい身ではない。だが信仰とは力なき者を救う為に、拠り所になる為に在る物だと、私はそう思っている。故に先程の発言の意図を正確に問いたい。貴殿の言う信仰とは何だ。他者を下賤と断じる信仰とは何だ」

「そ、それは・・・」


パックが冷たい声音のまま続けると、丸男は視線を逸らして口ごもる。

表情からはとても焦りが見え、周囲の僧侶達もオロオロしている様に見えた。


でも何で口ごもるんだろう。周りの人が焦る理由も良く解らない。

自分の信仰について聞かれてるんだから、答えれば良いだけなのに。

僧侶なんだから普通は答えられるよね。あ、パックが怖くて喋り難いのかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


聞いていないぞ! 王太子が来るなどとは私は聞いていない!

おのれ法主め、意図的に情報を伏せたな!


『予定より訪問人数が増えると通達されました。どうやら錬金術師様のお弟子様が来られるそうですね。おそらく貴方の腕の治療の補佐に連れて来るのではないでしょうか』


奴の言葉を真に受けた自分も呪いたい。あの女が素直に情報を寄こす訳がないのだ。

ああ認めよう。焦りがあったのだろう。追い詰められて周りが見えていなかったのだろう。

奴に弟子が居る情報は元々知っていたが故に、余計にその言葉を疑わなかった。

平民の女の弟子に、貴族が居る等とは考えなかった。いや、信じていなかったのだ。


ならば疑うべき内容に目を向けず、希望的な想定に縋った私も悪い。

対策を取っているからと、錬金術師と弟子は私に手を出せぬと考えていたのが悪い。

いや、今はそんな反省などしている場合ではない。この場を切り抜けなければ。

焦る思考を落ち着けようと、小さく息を吐きながら小僧を見つめる。


「―――――」


なんて目をする小僧だ。コレは小僧の目ではない。

王太子などと言っているが、もう王座に就く者の目だ。

幾度か目にした、人を支配し断罪する側の目だ。

ここで私を仕留める。その感情があの目から見えて来る。


「黙っていては、私には何も解らないのですが。ぜひ信仰の教養無き身に、高僧の方から直々に説教を頂いてみたいものです。ああ、お立ち下さって結構ですよ」


だが奴は先程の冷たさが嘘の様に、また柔らかく優しい笑みを見せた。

その目から先程の威圧感は完全に消え、それが殊更恐ろしい。


感情が一切読めない。目の奥に本来有るはずの本音が何も解らない。

本当に優しい笑みを、優しい言葉をかけられた様な錯覚を覚える。

絶対にそんな訳がないのに。間違いなく在り得ないと解っているのに、錯覚しそうになる。

何なんだこの小僧は。幾ら王族とはいえ、一体何を見て来たらこの歳でそこまでになれる。


「わ、我が身の不敬は言い訳のしようも在りません。ひ、平にご容赦を」


ならばここは下手に言い訳を重ねる方が悪手。

立場では小僧の方が上だ。その上で後ろにあの錬金術師が居る。

ここで下手に逆らえば、あの女を動かす理由を作ってしまう。

たとえ奴が私に手を出せないとしても、奴が近づける理由が出来る時点で不味い。


「私はその様な事は聞いておりませんよ」


だが小僧は私の言葉を聞き、ニッコリと笑って告げた。

話を逸らして逃げる事は許さない。確実にその意味を込めて。


「私は貴殿に、貴殿の立場を問うたはずです。その答えがまだ一度も在りませんが?」


そしてその笑顔のまま、じわじわと追い詰めようとしている。

解っていたからこそ避けた言葉を、確実に私に言わせる為に。


「先生への恐怖と不敬。そしてそこから来る私への不敬。その謝罪は受け取りましょう。素直に謝罪された以上、貴方に罪を問うのも無粋ですから。私はあくまで先生の弟子として、補佐としてこの国に来た。その点を鑑みれば尚の事です。法主殿にも迷惑をかけたくはありませんしね」


ゆっくりと歩を進めながら、心から愉快そうに聞こえる声音で語る。

どう考えても私を追い詰める為の殺意の言葉が、ただただ純粋に楽しそうに聞こえる。


その上で『法主とはいい関係を築いている』と、そう告げられてしまった。

私の不敬を許したのは奴が居るからだと、そう取れてしまう一言だ。

本来なら私のせいで問題が起きた。周囲の者達がそう考えてもおかしくない発言だ。


「で、貴方はどういう立場の方なのでしょう。少なくともこの国での信仰は、民を守り導く為の物であると存じています。その信仰を持つ貴方は、一体どういう立場なのでしょうか」


心からの疑問。そう思える声音に、何も返せず俯く。

まずい。まずいまずいまずい。ここでの下手な答えは死を意味する。


これは言質を取る為の罠だ。どう答えても貴様を潰すという言葉だ。

なのに余りの声音の優しさに、思わず下手な言い訳をしてしまいそうになる。

けれどその瞬間、この小僧は私を潰す気だ。そのつもりで此処に立っているのだ。

ならばとれる手段は、現状の最善手は一つしかない。


「お、恐れながら申し上げます。我が身は僧として高位に在りますが、未だ修行中の身。故に間違いも起こし、だからこそ他者の間違いを許す者だと思っております。我が不敬に言い訳は致しません。我が間違いを否定致しません。受け入れた先にこそ許しの心があるのですから」


奴の顔を、目を見ずに頭を深く下げて告げる。

この化け物が、今の言葉の意味を解らぬ訳が無い。

私をここでこれ以上追い詰める事がどういう結果を生むか解るはずだ。


「ええ、確かに。許しとは必要な物でしょう。罪を問うは世を律する為に必要な物ですが、そこに許しが無くては弾圧になってしまい、それは時として大きな間違いを生む。なれば自らを未熟と見つめるは必要な事でしょう。成程ありがとうございます。参考になりました」


そして予想通り、小僧は私の言葉の意図を理解した答えを返して来た。

考える素振りも無く即答した事に驚きはするも、やはりという安堵に小さく息を吐く。


『これ以上私を追い詰めるなら、魔法使いの身に間違いが起こるかもしれないぞ』

『理解した。ならばこの問いはここで終わりにしよう』


今のはそういう意味だ。頭が回る相手はこういう時はやり易い。

感情よりも損得を冷静に判断出来るからな。

もしそれでも押し込んで来るというのであれば、あの女が止めに入っただろう。


そう考え少しだけ頭を上げ、錬金術師の足元に目を向ける。

奴は先程下がった位置から一切動いていない。つまりはそういう事だ。

小僧は錬金術師の損になる行動はとらない。いや、取れないと思って良い。


結果小僧は私の在り方に納得し、むしろ感謝の言葉を告げた。

これで最悪の状況は避けられたか。


「では、その許しの心を、我が師にも向けて下さると、そう思っても宜しいですね?」


その発言に、この小僧は間違いなくあの女の弟子だと、そう感じた。

脅しが通じるのは錬金術師一行にだけ。周囲の者が同調する事柄を止める事は出来ない。

ならば自らの発言で墓穴を掘らせれば良い。この小僧は即座にその手法に切り替えた。

私自身が発言した事であれば、私の取り巻きを利用する事も出来るだろうと。


先程の了承は刃を収めたのではなく、一度引いて斬る機会を伺っているのだ。

未だ抜き身の剣を構える小僧に、前回あの女に良い様にあしらわれた記憶が蘇る。


「―――――っ!」


ふざけるな。今度はあの時の様な無様は晒さん。

温いぞ小僧。確かに貴様は聡い。その歳では考えられぬ力を持っている。

だが貴様には恐怖が足りん。私の思考を止める程の物は無い。奴の代わりは務まっていない。


この程度で追い詰めたなどと思ってくれるな、小僧が!

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