第338話、我慢を頑張る錬金術師

警戒しなければいけないのだけど、思わず顔がニマニマしてしまう。

仮面の恐怖軽減の効果も有るせいか、人が居るのに緊張感がどこかに飛んで行ってしまった。

だってリュナドさんが嬉しい事言うんだもん。それも立て続けに。


「・・・フフッ」


思わず笑い声が漏れてしまい、すると皆がビクッと体を震わせた。

あ、あれ、驚かせちゃった、のかな。多分そうだよね、今のは。

皆が丸男に意識に警戒していた所を邪魔しちゃったのかな。


浮かれて早速失敗してしまった。私は静かに待ても出来ないのか。

うう、リュナドさん怒ってないかな・・・。


「落ち着かれましたか?」

「・・・ああ、この通りだ」


リュナドさんの反応を気にしていると、法主さん・・・あ、そうだ、ミリザさんだった。

気を付けないとうっかり呼び慣れた方で呼んじゃう。思い出して良かった。

あれ、でもさっきはリュナドさんも法主殿って呼んでたし、別に良いのかな?


いや、取り敢えず今はその疑問は置いておこう。

彼女が落ち着いたらしい丸男に声をかけ、カツカツと近づいて行く。

リュナドさんは歩く様子が無いので、私は相変らず彼の背後のままだ。


「では、精霊公様からお伝えされた予定を告げます」

「・・・待て、法主よ、その前に彼の方に礼を取るのが先であろう」

「おや、顔を合わせた時点でされないので、する気が無いのかと」

「私を無礼者に仕立て上げるつもりか。法主ともあろう者が、その様な事を」

「失礼な事を言われますね。であれば最初から礼を取れば良いだけの話でしょう」


どう考えてもミリザさんの言う事が正しい。礼儀と言うなら最初からやれば良い。

やらなかったのは自分なのに、人のせいにするのは間違っている。


「・・・どちらでも構わんが、早く済ませて頂けんか」

『『『『『キャー!』』』』』

「失礼致しました、精霊公様。精霊様」

「も、申し訳ありません、竜神公様。どうか、どうかご容赦を・・・!」


私がそんな事を考えていると、リュナドさんが凄く低い声で行動を促した。

精霊達もそんな彼に続く様に不満そうに声を上げ、ぴょんぴょんと跳ねて抗議・・・なのかな?

ミリザさんは即座に綺麗な礼をとって謝罪し、丸男は震えながら汚い礼を取る。

そして私は彼の不機嫌そうな声音に、思わず固まってしまっていた。


だって、だって今の、びっくりするぐらい不機嫌そうだったんだもん・・・!


良く見るとリュナドさんの手、物凄く力を込めて握られている。

ううん、鎧姿だから解り難かったけど、全身に力を入れている様に見える。

わ、私のせいかな。さっきの私の行動で怒ってるのかな。それとも今の丸男になのかな。


「・・・何に、怒ってるの」

「――――――すまない。少々短気だった。礼程度、私は気にしないと、それだけの事だ」


びくびくしながら声をかけると、彼は一瞬息が詰まった様な様子の後で静かにそう告げた。

あ、よ、よかった、私の事じゃなかった。あぁ、びっくりしたぁ。


「―――――」


今、丸男が一瞬笑った。すぐにその表情を消したけど、獲物を見る様な目をしていた。

そのせいで反射的に魔法石に手を伸ばしかけて、けれど手を繋いで居たおかげで堪えられた。

メイラとパックに感謝しないとだね。繋いでなかったら構えてた気がする。

本当に私は堪えるという事が苦手過ぎるなぁ。最近本当にその辺り自覚してへこんじゃう。


「寛大なお言葉、感謝致します。改めて、またお目にかかれた事を光栄に思います。竜神公様は変わらず雄々しく、神々しいお姿に、この身はただ打ち震えるばかりです」

「・・・そうか。では法主、挨拶は済んだ」

「はい、精霊公様。ではここからは私が――――」

「お、お待ちください、竜神公様」


リュナドさんが促すとミリザさんが頷きながら応えようとして、焦る様子の丸男に阻まれた。


「――――今度は何ですか」

「法主にではない。私は竜神公様に願い請うたのだ」

「そのお方が私に話しを促したというのに、邪魔をするつもりですか?」

「それは詭弁であろう。私はあくまで、法主の言葉を遮ったにすぎん」

「法主の言葉を遮っても何も問題は無いと?」

「異な事を言う。我が国の法主は何時から他者の言論を弾圧できる立場になったのか」


ミリザさんも丸男も段々と声音に怒りが見え、険悪な会話になっている気がする。

というか、一体丸男は何をしたいんだろう。ミリザさんは予定を話したいだけなのに。

何か有るんだとしても、その話を聞いてからやれば良いだけだと思う。


「話が進まん。用があるなら手短に話せ」

「はっ、申し訳ありません、竜神公様。ではお答えさせて頂きます。竜神公様が予定を決めになられたのであれば、ぜひ貴方様の口から聞かせて頂きたく。どうかお願い致します」


見かねたリュナドさんが声をかけると、丸男はミリザさんを無視する様に答えた。

べつに予定なんて誰から聞いても同じだろうに。何で態々そんな事。

どうしよう。物凄く苛々して来る。ミリザさんは大丈夫なのかな。大丈夫な訳ないか。

布で顔を隠してるから表情は見えないけど、言い合ってる時は機嫌の悪い声だったし。


なんて思っているとリュナドさんが歩を進め始めたので、私もそれに付いて行く。

すると丸男が「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、近くにあった椅子にぶつかりながら後ずさった。


「く、来るな! 貴様は私に近寄るな! そこでとまれぇ!!」

「・・・貴様が話をしろと言ったのだろう。突然何を言い出すのか」

「りゅ、竜神公様の事ではありません! その後ろの者の事です! そ奴は私の腕を問答無用で切り落とす様な者! 同じ空間に居るだけでも恐ろしいのに、近付いてくるなど・・・!」


リュナドさんは男の言葉を無視し、カツカツと足音強めに近付いて行く。

彼が足を止めない以上、当然私も付いて行き―――――丸男はまた悲鳴を上げて逃げだした。

視線を私から一切逸らさず、周りの僧侶達が宥めるのも聞かず、こけながらも部屋の端に。


「く、来るなぁ! 近寄るなぁ!」

「・・・貴殿がその様子では、腕の治療は難しいと言うしかないな・・・いや、それが狙いか」


リュナドさんは怯えて叫ぶ丸男を見ながら小さく呟き、最後の言葉は更に小さな声だった。

アイツの腕を直す為に来たのに、奴が腕を直させない様にしているという事かな。

ただでさ彼に迷惑をかけているのに、更にかけるつもりなのか。


「――――――」


ぎりぃと、音がなるほど歯を噛み締めてしまう。

そのせいかパックとメイラが不安そうな顔を見せ、リュナドさんも困った顔で振り向いた。

いけないいけない。平常心平常心。深呼吸をして心を落ち着けよう。すーはー。


良し、冷静に考えよう。丸男が逃げる相手は私だけだ。

つまりリュナドさんを相手にするのは平気で、私さえ近付かなければ良い。

彼の傍を離れるのも、奴を近付かせるのも不安だけど、それが一番簡単な解決方法だ。


そして治療に関しても事は簡単だ。私以外の人が治療すれば良い。

どうせ直すのは奴の腕だ。綺麗に治してあげる必要なんてないし。

やり方を僧侶さんの誰かに教え、薬を渡してしまおう。

その結果曲がってくっついても私の知った事じゃない。


「・・・リュナドさん、私は少し、離れてようか」

「・・・そうだな。頼む」

「・・・ん」


怒りを完全に消す事は出来ず、それでもきちんと彼に訊ねられた。

すると彼は頷きながら返してくれたので、私の判断は間違ってなかったらしい。

その事だけには少し嬉しくなりつつ、メイラとパックの手を放して出入口に下がろうとする。


本当はずっと繋いでいたいけど、多分リュナドさんの傍の方が安全だ。

彼の周りには常に複数の精霊達が居る。私一人が守るより、一瞬に対応出来る手数が多い。

誰か一人を守るなら兎も角、複数を守るなら精霊達に任せた方が確実だと思う。

と思っていたのだけれど、何故かメイラは手を放してくれなかった。


「・・・パック君、お願いします」

「ええ、お任せ下さい」


二人は顔を見合わせる事なく、丸男を睨みながら通じ合っていた。

その様子は何だかちょっと怖くて、口を挟めない空気を感じる。

弟子二人の様子に呆然としていると、私が手を引かれる形で出入口に移動をしていた。


「セレスさん、私はずっと、傍に居ますから」

「・・・ん、そっか」


私が一人で離れるのを心配してくれたんだね。

本当に単純だなぁ、私って。メイラのこの言葉だけで機嫌が直るんだもん。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先生の笑みの意味を考えるのであれば、おそらく愉快とは程遠い感情だろう。

敵を見つけ、あの手紙の差出主の可能性が有り、だからこそ余計に下手な事は出来ない。

たとえアスバ殿がどれだけ超人的でも、無事を確認できるまでは何も。


そして先生の怒りの理由は、この男の態度を見ていれば良く解る。

この男は僕達を軽視している。先生だけではなく、リュナド殿の事も。

いや、もっと言えばこの男は、自分以外の全てを軽視している様にしか見えない。


きっとこの男は、挫折を殆ど知らずに生きて来たのだろう。

どうにもならない挫折が多少在ったとしても、それ以外はどうにか出来てしまったのだろう。

今の様に他者を軽んじ、思う様に発言を通し、好きな様にやって来たのだ。

出来ない時が在ったとしても、その後に出来得る限りの力で捻じ曲げて。


―――――――不愉快だ。


この男には信念が無い。有るのはただの我欲。

地位を手に入れた先に成す事等考えていない。

ただ自分がその高みに立つ事で、気分良く生きたいだけの俗物だ。

それが、この短いやり取りで、良く解った。


「・・・何に、怒ってるの」


そんな怒りを抱えて男を見据え、けれど先生は何を怒るのかと低く告げた。

勿論今のはリュナド殿に向けた物であり、僕に向けた物ではないのだろう。

ただ何故か今の言葉は、この場に居る全員に告げられたように感じた。


アレに怒るだけ無駄だと。アレを怒りを向ける様な同等の相手と思うなと。

何よりも下手に怒りを向ける事で、アスバ殿の身の安全を損ねる事をするなと。


―――――嗤った。


見逃さなかったぞ。貴様、先生を嗤ったな。よりにもよって先生にそんな顔を向けたな。

もう間違いない。こいつだ。この男だ。こいつこそが先生の敵だ。

先生も確実に気が付いている。手を繋いでいるから一瞬反応した事に気が付けた。


けれど先生が怒りを殺して抑えている以上、僕にはまだ何も出来ない。

この男が法主に逆らい、崇める様な言葉を吐く相手にすら舐めた事をしていても。

グッと堪えて先生の手を握り、そして茶番の様な怯える演技に心底腹が煮えたぎる。


「・・・リュナドさん、私は少し、離れてようか」


先生は奴の行動の意図を正しく理解したのだろう。

奴にとって危険な人物は先生であり、だからこそ先生が近づくのは許さない。

これは警告だ。だから先生は歯を食いしばりながら、自分一人が離れる事を選択した。





ならば、私が、僕がやる事が、やれる事がある。やらなければいけない事が在る。





「・・・パック君、お願いします」

「ええ、お任せ下さい」


メイラ様の言葉に頷き返し、先生の護衛を彼女に任せる。

此処は敵地であり、そして先生の数少ない脅威が存在する場所。

先生は神性には勝てない可能性が有る。その事をメイラ様は知っている。

だからメイラ様は先生の傍に。そして僕は先生の代わりに。


「お初にお目にかかります。私の名はパック。偉大なる錬金術師であるセレス様の弟子が一人。未熟なれど貴方への処置は私が致しましょう。先生でなければ、恐ろしくないでしょう?」


貴様の手など解り易くて嗤う事も出来ない。

狙いは竜神公手ずからの治療。そして奇跡の体現者としての立場の確立。

やり口が露骨過ぎて先を読むも何もない。たったこれだけで潰せる事だ。


「なっ、なにを、下賤の者が私に触れて良いと―――――」

「面白い。貴方は王太子を下賤と断じるのですね。法主殿、これはこの国の総意ですか?」


そしてこの男は私を知らない。当然だ。知らせていないのだから。

この場に王太子は来ない。来るのは精霊公と錬金術師。そしてその「弟子」だけだ。

だから考えなかった。王族が、身分で言えば自分より上の人物が、この場に出て来るなど。


この国で僕が「王太子」だと知るのは、法主と法主が本当に信用する人間だけだ。

まあネズミがいる可能性を見る為に、わざと情報を伏せた所も有った訳だが。

この様子では法主の周りは本当に大丈夫な様だ。それが逆に怖くも有るが、今は良いだろう。


「まさか、その様な失礼な事! 王族の方は最低限法主と同格。もしくはそれより貴い方々と思っております。王族の方を下賤などと言える立場の者はこの国に居りません」

「と、いう事の様ですが、貴方は一体・・・どういう身分の方なのでしょうか」


わざとらしい慌てた声音で語る法主だが、布の奥は随分楽しい顔をしていそうだ。

そしてそれは僕も同じく、ニッコリと笑顔で男に問いかけた。


もし今の発言を押し通せば、それは「私」を侮辱しただけの話では済まない。

この男は「王族」を侮辱する人間だと、そう周囲に認知される。

そうなれば事体は「組織内で問題を起こした人物」等という可愛い評価では収まらない。


貴様の取り巻きはまだ兎も角、貴様を疎んじている連中はどう動くか。

利益と損害の天秤を貴様が保ち続けられるなら、きっと何処までも強気に出られるだろう。

だがそこまで強気には出られないからこそ、こんな茶番をしているのだろう?


さあ、次はどういう手で来る。幾らでも相手になってやる。

貴様の考えうる手を、その全てを叩き潰してやろう。





―――――貴様に殺意を覚えているのは、ここにも一人居るとよおく教えてやる。

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