第337話、主人を想う錬金術師
「彼女は約束だけは確実に守る。彼女が貴殿らの敵にならぬと口にした以上、貴殿らが敵対せぬ限りの害になる行動はとらん。敵対する気が無いのであれば、その覚悟は別の事にとっておけ」
私がどうしたものかと狼狽えていると、リュナドさんがそんな事を言ってくれた。
思わず彼に目を向けるも、彼は背中を向けているので表情は解らない。
けど見慣れた彼の背中を見て、何だか無性に込み上げてくるものがある。
「・・・ん、約束は、守る、よ」
嬉しくて、彼の言葉がとても嬉しくて、思わず泣きそうになった。
けれどその感情をグッと堪え、彼の言葉に応える様に宣言する。
リュナドさんが信じてくれている。なら私はそれを裏切らない。
約束は、絶対に、守る。私は私が頼まれた事を徹底する。
そう改めて言葉にして、彼と法主さん達に向けて,何より自分に向けて告げた。
「ええ、宜しくお願い致します」
法主さんは私の言葉を受け取ると、とても綺麗な礼を取ってそう言ってくれた。
とても優しい声音にホッと息を吐き、けどやっぱり僧侶さん達の警戒は解けない様だ。
何処か体に力が入っているし、私を見る目も少々きつめのままだもん。
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊達も挨拶をしたかったのか、リュナドさんの前に出て槍を掲げて鳴き声を上げる。
僧侶さん達は皆律義に膝をついて、出来るだけ目線を合わせる様に頭を下げていた。
それが気に入ったのか精霊達も僧侶の礼を取り、おかげで皆笑顔になってたと思う。
精霊達が意図してやったとは思えないけど、ちょっと感謝したい。
「ふふっ、精霊様方は何時も楽し気ですね」
『『『『『キャー♪』』』』』
法主さんがクスクスと笑いながら言うと、胸を張って応える精霊達。
怒られている時以外は何時も楽し気な精霊達が少し羨ましい。
「では、面倒だとは思いますが宜しくお願いしますね、精霊公様」
「法主殿よ、彼等の前で良いのか、その言い草は」
「本音を話せぬ者達を改めて会わせよう、等とは思いませんよ」
「ふっ、成程」
二人がそんな会話をした後、法主さんはチラッと私の顔を見た様な気がした。
特に何かを言う事無く扉の前に移動したので、私の気のせいかもしれないけど。
「では、参りましょうか。何処まで演技か本音か、貴女に見極めて頂きましょう」
彼女はそう言うと、扉を開いて外に出て行った。
今のは一体誰に向けた言葉だろう。見極めって話だし、リュナドさんにかな?
だとしても何の演技を見せるんだろう。演劇を見に行く予定は無かった気がするけど。
なんて悩んでいるとリュナドさんが付いて行ったので、私も慌ててその背を追う。
当然手を引いているパックとメイラも付いて来て、さらに後ろに僧侶さん達が付いて来る。
皆でぞろぞろと部屋の外に出たら、外で待機していた僧侶さんが先導をする様だ。
法主さんがその後ろに付いて行くので、当然私達もまたぞろぞろと付いて行く。
暫く歩くと段々と広い通路に出て、大きな広間に辿り着いた。
部屋の中には大きなテーブルと多数の椅子。
そして沢山の人が待ち構えていて、思わずすっと彼の背後に―――――。
「―――――」
隠れようとした動きを止め、敵の存在を視認する。隠れては敵が見えない。
丸男が奥の席に座っている。ただ視線は此方に寄こさず、何処かおどおどしている様だ。
ただこちらに気が付いていないはずはない。部屋に入った時一瞬私を見たし。
「竜人公様がおいでなされました」
「―――――っ、あ、ああ」
丸男の隣にいる僧侶が声をかけると、慌てた様に顔を上げて此方を向いた。
その視線はリュナドさんに向いており、ただそれだけで少しイラっとする。
とは言え私が余計な事をすると、きっとリュナドさんと法主さんが困る。
そう思いグッと怒りを堪え、奴の一挙手一投足を見つめる。
我慢はするけど、するのは私から仕掛ける我慢だけだ。
もし変な事をすれば、リュナドさんに害の有る事をすれば、そこまで我慢は出来ない。
「―――――ひっ」
そう思い丸男を睨んでいると、奴は怯えるような声を上げて椅子から転げ落ちた。
流石にその反応は私も驚き、それは他の人達も同じ様だ。
誰もが驚いた表情で丸男へと視線を向けている。
「く、来るな! 私に近寄るなぁ! その目で私を見るなぁ!!」
「げ、猊下、お気を確かに・・・!」
「お、落ち着いて下さい。奴はまだ入り口に立っただけです・・・!」
丸男は怯えて叫び倒し、転がる様に部屋の橋に逃げ出した。
周りの僧侶達は一瞬呆けていたものの、すぐに近寄り宥めようと声をかける。
けれど丸男が怯える様子は中々収まらず、周りの僧侶達は皆困った表情だ。
「・・・どう思いますか、精霊公様」
「さてな。あの様子はどちら、とも言い難いな」
並んで立っていた法主さんがリュナドさんに声をかけ、応えるリュナドさんの声は低い。
二人の会話の意味は良く解らないけど、何だか二人共機嫌が悪そうに感じる。
「・・・錬金術師様は、どう思われますか」
え、私? どうって、何が? 何の事?
何の事を聞かれてるのか良く解んない。
ど、どう答えたら良いんだろう。素直に言えば良いのかな。
「・・・何を聞かれてるのか、解らない」
「そうですか。失礼を申し上げました」
あ、よ、よかった。怒られなかった。
でも多分、本来なら解る事なんだろうな。
そう考えると、謝らせたことが申し訳ない。
だってリュナドさんは返事してたし、だから同じ事を私に聞いたんだと思う。
なら悪いのは答えられない私で、彼女が謝る必要なんか何もない。
「・・・気にしなくて、良いよ。謝る必要も、無い」
「ありがとうございます。寛大なお言葉、感謝致します」
ただそんな私を責める所か、優しい声音でお礼を告げる法主さん。
やっぱりこの人は優しいなぁ。精霊達が仲良くなる理由が良く解る。
そんな話をしている間に丸男は落ち着いたのか、けれど震えながら立ち上がっていた。
自分の力で立てないのか、近くにいる僧侶に支えられながら席に戻ろうとしている。
ただ見た限り、足取りはしっかりしている様な気がするけど。
態度と表情と体の動きが合ってない。弱ったふりして近付いて来てる感じだ。
「・・・手負いの獣」
片腕が無く、継戦能力をないと見せかけ、一撃が届く距離を狙っている様に感じる。
胸がざわつく。リュナドさんに近づけていはいけないと頭は警告している。
あれは全く弱っていないと、私の眼と意識は確実に告げている。
けれど約束は約束だ。リュナドさんの許可が出るまで私は動けない。
私の感情なんて今は関係ない。ただやるべき事をやるだけだ。
・・・なんだか、私の方が「待て」をさせられてる「獣」みたいな気がして来た。
となるとリュナドさんが私の主人かな。それは・・・あれ? 嫌じゃないかも。
だってその立ち位置で考えると、彼を守るのも私の役目だと思うし。
「・・・主人を守るのは、仕える獣の役目、だよね」
うん、良いな。すごく良い。彼を守れる役目は凄く嬉しい気がする。
いっつも守られてばっかりだから、偶には逆も良いよね。
ああ、それにその立ち位置は私に丁度良い。だって「獣」に思考は要らないもん。
「精霊公様、その・・・」
「問題無い。奴が下手な真似さえしなければ、セレスが手を出す必要は無い」
法主さんが何かを言おうとしていたけど、それを遮る様にリュナドさんが告げる。
ご主人様がそう言うなら、私は大人しく「待て」をしていよう。
難しい事は要らない。獣の役目はただ主人を信じ、指示と共に獲物の喉笛を噛み切るだけだ。
「セレスは私の判断に従うと告げた。彼女は約束を破らない。絶対に」
そう言ってくれる、信じてくれるリュナドさんを、私も信じていれば良い。
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「・・・手負いの獣」
背後でぼそりと低く呟くセレスの声が耳に入った。
つまりはそれが、先程の法主からの問いの答えという事なんだろう。
当然法主も今の言葉は聞こえているだろうし、周りの僧侶達も聞こえているはずだ。
全員その意図を理解したのか、表情が一層引き締まった。
法主が訊ねた時はすっとぼけ、けれど何故か意識を外してから答えを告げた。
その理由は解らないが、今は一旦その疑問は置いておこう。
セレスの発言から察するに、目の前の男の様子は演技。
あの怯える様子も、焦燥しきった表情も、弱弱しい歩みもだ。
そのつもりで観察をすれば、成程確かに胡散臭い。
よくよく見れば足運びがそこまで弱くない。
時折よろけている様に見えはするが、実際の所は自分で踏みとどまれている。
あれはわざと体勢を崩し、けれど怪我をしない様にしてるな。
僧兵なら良く見れば気が付ける演技だろう。気が付くと中々に下らない。
そもそもあの紙を放ったのは、奴の可能性が一番高いんだよな。
俺達が身動きを取れなくなった場合、一番得をするのはどう考えてもこいつだし。
そもそも取り巻きに「猊下」と呼ばせてる辺りに心根が透けて見える。
やはり法主よりも、こいつの方が警戒すべき相手か。
そもそも弱ってるって言うなら痩せやがれ。
「・・・主人を守るのは、仕える獣の役目、だよね」
そしてその胡散臭さが癇に障ったのか、背後でまーた怖い事言い始めやがった。
世間的な認識と照らし合わせれば、俺が「主人」でセレスが「獣」って事になるだろうな。
つまり「獣」が諦めてないのであれば、同じく「獣」として相手になると。
取り敢えず俺からは「何処の世界に主人を掌で転がす従僕が居るんだ」と突っ込みたい。
「精霊公様、その・・・」
「問題無い。奴が下手な真似さえしなければ、セレスが手を出す必要は無い」
法主が若干不安そうな声をかけて来たので、次の言葉が来る前に宣言しておいた。
いや、正直俺も不安なんですけどね。セレスは奴の事を目茶苦茶敵視してるし。
そもそも殺した方が良い、ってのが元々の判断だからなぁ。
多分殺意が抑えられないんだろう。いや、抑える気が無い、ってのが正解か。
―――――それでも、それでもだ。
「セレスは私の判断に従うと告げた。彼女は約束を破らない。絶対に」
先程告げた事を、もう一度改めて口にした。
セレスは何時だってそうだった。だから今回だってそうだ。
予想外の事や理解不能な事は在れど、その一点だけは信用出来る。
すっとぼけた時の言葉は不安しかないが、断言した言葉に嘘は無い。
ああ、そうか、だからか。今回の件は俺の判断で行うべき事だもんな。
つまりさっきの言葉はただの独り言で、判断を促す言葉じゃない。
あくまで判断を下すのは俺であって、だからこそ法主の問いには答えなかったのか。
回りくどいし解り難い気の使い方だ。危うく気が付かない所だった。
「信用出来ないのであれば、それでも構わない。結果で見せるだけだ。何時だってそうしてきた様に、今回だってそうするだけだろう。彼女は、そういう人間だ」
だから、もし彼女が俺の判断を待たない時は、きっとそうせざるを得ない時だ。
俺との約束を守る為に、俺との約束を破らねばならなかった時の様に。
その言外の意味が伝わるかは解らないが、法主に向けてそう告げる。
「解りました。無粋な質問でしたね」
「構わん。まだ貴殿と我らの関係は浅い。不安が当然だ」
「・・・そうですね」
法主の返答からは、言外の意図まで伝わった、と取るには早計だろう。
それでも発した言葉以上の意味が有る、という風には受け取られたように思える。
ただ最後の彼女の言葉がやけに弱弱しく、それが少々気になった。
「・・・ふふっ」
背後からすっごい嬉しそうな笑い声が聞こえた気がする。
今のご機嫌な笑いって、誰に向けた物なんですかね。若干不安なんですが。
自分でああ言っておきながら何だけど、セレスの約束って「最終的には守る」形なんだよなぁ。
そもそも俺の言葉に従うって話も、俺が決めた事なんだからお前がやれって意味だし。
とはいえ今更被害者ぶるつもりは無い。これは俺が決めた事だ。俺の仕事だ。
後はまあ、うん。あれだ。何だかんだ言って、俺もちょっと頭に来てんだよな。
てめえが余計な事考えなけりゃ、今回の事態は無かったんだ。
万が一アスバの身に何かあってみろ。お前だけは絶対にただじゃ済まさねぇ。
その首撥ねられるだけで済むと思うなよこの野郎。
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