第336話、敵意が多くて敵の判断が付かない錬金術師

精霊達が帰って来るのを一日待つ。と言ってもただ部屋でじっと待つ事は出来ないらしい。

法主さんとは既に今後の打ち合わせをしたけれど、他の人達との顔合わせ等もあるそうだ。

そこは当然リュナドさんに全部お任せ、と思っていたけど駄目だった。


「さて、行くか」

『『『『『キャー♪』』』』』


リュナドさんと精霊に声を掛けられ、当然の様にパックとメイラが立ち上がった。

二人は彼に付いて行くつもりらしい。となれば私は部屋で一人になってしまう。

外に出て知らない人に合うのは嫌だけど、こんな所で一人にされるのはもっと嫌だ。

頭の上の子は一緒に居てくれるだろうけど、それでも残るのはちょっと寂しい。


「・・・ん」


嫌々な気持ちを隠せずに頷き返しつつ、リュナドさんの後ろに付いて行く。

パックとメイラとは手を繋ぎ、精霊達は周囲をキャーキャーと撥ね飛びまわっている。


道中敵意を感じる視線を幾つか受けたけど、これは致し方ない。

だって私のやった事を考えれば当然だ。むしろ怒鳴られないだけマシだろう。

私だって無関係な人を攻撃した人って知ってたら、警戒の目を向けずにはいられないもん。


視線の強さに恐怖を感じるけど、彼が傍に居るからそこまで怖くない。

両手にパックとメイラが要るから尚の事心強い。これは完璧な布陣な気がする。

とはいえ罪悪感まで誤魔化してはいけないとは思うけど。

だって私は睨まれて仕方ない事をしたんだもん。そこは忘れてはいけない。


「・・・んー」


ただ難点を上げるとすれば、そのせいで敵が解らない事だろうか。

私の行動が原因で敵視されているのか、リュナドさんの件の敵なのか全く解らない。

自業自得で敵の判別がつかないのは本当に情けないと思う。


思わず俯きながら歩く事暫く、とある部屋の前に立つ僧侶さんへリュナドさんが声をかけた。

すると僧侶さんは部屋の中へ声をかけ、どうやら中には法主さんが居るらしい。

中から彼女の声がすると扉は開かれ、私達は全員部屋へと迎え入れられた。


「お待ちしておりました、精霊公様。錬金術師様。お弟子様方も」


法主さんが笑顔で迎えてくれた部屋には、見覚えのある顔が何人が居た。

私が前回食堂で騒動を起こした際、法主さんの傍に居た人達だと思う。

当然お付きの女性も法主さんの背後に控えていて、罪悪感から思わず目を逸らしてしまった。

他の人達の視線も厳しい気がして、仮面を付けていても顔を見るのがちょっと怖い。


「錬金術師様、どうか、されましたか?」


すると法主さんが困った様な、そして心配なそうな声音で訊ねて来た。

私の様子を見て心配をかけたのかもしれない。

いや、もしかすると怒りの感情の方を悟られたんだろうか。

今の私は恐怖と怒りが混ざって自分でも何だか変な感じになっていると思う。


「・・・何も、無いよ。気に、しないで」

「そうですか、私が神経質過ぎた様ですね。もうしわけありません」


怒りに関しては何も話せない。リュナドさんがそう決めた事だから私は従わないといけない。

そして視線に関しては私が悪いのだから仕方ない。むしろ睨まれて当然だ。

どちらにせよ私から言える事は何も無く、だから当然法主さんは何も悪くない。

むしろ変に心配をかけてしまい、こっちこそ申し訳ない。


「本当は前回の会食後に紹介したかったのですが、あの様な事になってしまいましたので、改めて彼らを紹介させて頂きますね。先ずは既に顔見知りの者達を――――」


前回の会食、というのは流石に昨日の食事の事じゃないだろう。

あの様な事になったのでという事は、何かしらが有って紹介できなかったと言う事。

つまり前回私が起こした問題のせいで、紹介する余裕が無かったという事だ。


成程、集まっている人達の視線がきついのも頷ける。

皆私の事を怒っていて当然の人達だったのだから。

私のせいで予定が変更されたのであれば、その怒りは在って当然だろう。


・・・リュナドさんが前に立ってくれてなかったら、こんなに冷静に納得出来てないけど。


いや、むしろ今日は弟子二人の存在の方が、影響が大きいかもしれない。

この子達の前で余り恥ずかしい姿は見せたくない。そう、思ってる、自分が居るから。

その自覚と共に二人の手を少しだけ強く握り、一度呼吸を深くしてから顔を上げた。


「―――――彼らは、貴女のお眼鏡にかないませんか?」


すると全員が体を強張らせて私を見つめ、それどころか法主さんもビクッとしていた。

そして何故か不思議な事を問われ、思わず首を傾げてしまう。

私にそんな事を問う理由も権利も無いもん。むしろ私が眼鏡に敵うかどうか問う方が自然だ。


「・・・それはむしろ、私が、問われる事じゃない、かな」

「――――確かに、その、通りです」


私の言葉に法主さんはコクリと頷いてくれたので、私の考えは間違ってなかったみたい。

けれどその肯定は安心出来るような事ではなく、むしろ気を張って構えなければいけない。

そう思い深く息を吐きながら構えていると、彼等は突然手を組んで頭の上に掲げて礼を取った。


「未熟な身なれど、覚悟はしております。どうか、宜しくお願い致します」


覚悟? 覚悟って何の事だろう。よ、良く解らないけど、認めて貰えたのかな。

いや、私が暴れることを覚悟してる、って事なのかな。

うう、やっぱりそんなに警戒と心配されてるんだ・・・メイラとパックの視線が痛いよぅ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日は私の信用出来る者達を、改めて紹介させて貰う事になっていた。

先日の神の言葉に不安は有るが、下手に予定を変更する事も不安材料が増える。

むしろ彼女達の様子を見る機会を増やし、見極める材料になるかも知れない。

そう思い予定通り精霊公達を招き、何時も通りの自分で接していた。


「・・・はぁ~」


すると唐突に、深く重苦しい溜息と共に、一瞬で部屋の重圧が増した。

いや、きっとそう感じるのは私が未熟者だからだろう。

彼女の溜息の意図が読めず、そして彼女の機嫌を損ねた事実はとても怖い。

けれどそれは私だけではなく、他の僧侶達も同じなのだと表情から読み取れる。


「―――――彼らは、貴女のお眼鏡にかないませんか?」


部屋に入った時点で、何か様子がおかしい事は気が付いていた。

けれど何も無いと答えられた以上、私にそれ以上を問う事は出来ない。

考えを読む事が出来ない上に、下手に踏み込めば呑み込まれかねない相手なのだから。


けれどもしかするとあのおかしな様子は、ここに居る者達へ向けた何かだったのでは。

私が紹介を改めてする程の者達かと、そういう感情からくる不機嫌だったのでは。


「・・・それはむしろ、私が、問われる事じゃない、かな」


けれどそんな私の安易な考えは、心から不機嫌そうな彼女の言葉で否定された。

彼女が不機嫌なのは間違いない。声音も態度も心底不機嫌だ。

けれど彼女が不機嫌な理由は、彼女が私達を認めていないからではない。


私達が彼女を見定める気が無い。その心根が気に食わないと言われたんだ。

そして何よりも私への叱咤だ。最初から私へ負けを認めてどうすると。

呑み込まれる事を恐れ、格上だからと尻込みし、見定めるべき物から逃げる。

そんな私達の態度に彼女はイラつき、そして解りやすく是正してくれた。


「未熟な身なれど、覚悟はしております。どうか、宜しくお願い致します」


だからこそ余計に彼らは認めてしまった。この人物には敵わないと。

故に彼等が持つのは何が起ころうと私を支える覚悟だけ。

情けないと思われるだろう。みっともないと思われるだろう。


けれどこの状況で「自分を見定めろ」と言って来る貴女に勝てる訳がない。


良い様に使えたはずだ。貴女を化け物の様に見ている私達の方が扱い易かったはずだ。

なのに貴女はそれを改めさせた。目の前に居るのは一人の人間だと自ら改めた。

お前達のその目で見て、私を使うべきかどうか考えろと。


両手を弟子と繋ぐ事で塞ぎ、何を言おうと手は出さないとまで見せる錬金術師。

最初こそ何の為かと思ったが、アレは敵意無しという意思表示だ。

自分が動けぬ様、弟子達も飛び出せぬ様、そこまでした上で私達に選択させた。


だから、余計に分からない。それともこの考えこそが、もう罠に嵌っているんだろうか。

何かの間違いなのでは。どうしてもそう思わずにはいられない。







・・・・我が神よ。私にはどうしても、彼女が神敵とは思えません。

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