第335話、もう少しだけ待つ錬金術師
「戻って来なかった、か」
「これで紙が投げ込まれた時に街には居なかった、という事だけは確定しましたね。嬉しくない事実確認ですが」
溜息を吐く様に呟くリュナドさんに、不愉快そうな様子でパックが応える。
とはいえ不愉快なのはおそらく全員なのかもしれない。
リュナドさんもメイラも顔を歪め・・・私も怒りを抑えているのだから。
朝起きてメイラと共にリュナドさんの部屋に向かい、精霊が帰って来たかを訊ねに来た。
そして帰ってきた返事は『まだ戻っていない』というものだ。
何時もリュナドさんと一緒の精霊達も、何故戻って来ないのかと不安そうに鳴いている。
『『『『『キャー・・・』』』』』
「精霊さん、食事が美味しくなくて憂鬱なのは解るけど、ちょっと静かにしてようね。今大事なお話ししてるから」
『『『『『キャー!』』』』』
違った。単に今から食べる物が憂鬱なだけだった。
はーいと手を上げる精霊達を見て、ほんの少し気が抜ける。
こういう様子を見ていると、ただノンビリ帰って来てるだけなんじゃとか思っちゃうなぁ。
いや、多分、ない。この子達はきっと、ちゃんと帰ってくるはずだ。
山精霊達は少々考え無しで、見栄っ張りな所が有って、適当な返事をする事がまま有る。
けれど真面目なお願いをした時は、ちゃんと出来る事を伝えてくる子達だ。
幾ら山精霊とはいえ、今回の件で適当に返事をしたとは思えない。
つまり『すぐにアスバちゃんの無事を確認出来ない状況』という事だろう。
それがアスバちゃんの意思でただ出かけているだけなら全く構わない。
けれど攫われて確認が取れないのであれば、彼女が無事かどうかも怪しくなる。
「なあ、今更な質問で悪いんだが、セレスに聞きたい事が有る」
「・・・なに、リュナドさん」
「もしアスバの魔法を封じるとして、セレスに封じる事は可能なのか? 前確か、そういう道具を使った結果、魔力で無理やり壊されたって言ってたよな」
確かに疎外系を簡単に突破された事は有る。けど多分、不可能では、ない。
彼女の魔法を封じる事は、絶対に出来ないという訳じゃないと思う。
ただ普通の道具で彼女の魔法を封じるのは不可能だから、素材が大量に要る。
彼女の魔力は尋常じゃない。普通の封印具じゃ魔力を流し込むだけで壊れるだろう。
けど不可能ではないという一点が、彼女が無事だと断じれない要素だ。
「・・・万全の準備を施せば、出来ない事はない、と思う」
「不可能じゃない、って事か」
「・・・ん」
彼の呟くに頷きで応えると、眉間の皺が更に深くなった様に見えた。
そしてその眉間を隠す様に頭を抱え、困った表情を私に向ける。
「一応確認しておきたいんだが、それは毒物の様に体内に取り込む類もあるのか?」
「・・・もしそういう物なら、彼女の魔法は封じれないと思う・・・ううん、封じられたとしても一時。早ければ当日に彼女は魔力を解放してる。きっと、今頃街に戻ってるはず」
体内に取り込むのであれば、彼女の魔力を封じれるだけの量が要る。
そんな大量の物を胃腸に入れられるとは思わないし、圧縮させたなら今頃排泄してるだろう。
排泄で出てこない様な大きな物なら、そもそも呑み込む事も無いはずだ。
「先生、封じる道具が使い捨てで、複数在れば、どうでしょうか」
「・・・それなら、確かに、封じたままには出来るかもしれない」
けれど現実的じゃないと思う。その為にどれだけの素材が必要なのか。
普通の人間相手なら可能だろうけど、対象が『アスバちゃん』という点で無理が有る様な。
彼女の魔力を常に安定して封じるなら、身に着ける道具にした方が余程効率が良い。
「・・・彼女の魔力を使い捨てで抑えるなら・・・多分鉱山を二つ・・・ううん、三つかな。それぐらいの量の素材を、使い捨てする様な事になると思うけど」
でないと多分途中で効果が切れて、彼女は自力で逃げ出すだろう。
縛られていたって関係ない。無詠唱で即座に発動できる彼女に拘束なんて意味が無い。
「無理だな。この方法は除外で良いか」
「もしそんな動きが有れば、流石に全員が解りますね」
そうなんだ。皆は解るんだ。私は解らない様な気がする。
「そうなると尚の事解せないな。あいつ本当に魔法封じられてるのか?」
「アスバ殿の強さと、先生の説明を聞いていると、段々不可能な気がしてきました」
「え、で、でも、もし本当だったら、アスバさんが危ないですよ! あの人だって、無敵じゃないと、私は、思うんです・・・けど・・・」
リュナドさんとパックの言葉に対し、メイラが慌てた様に詰め寄る。
ただ皆が『珍しい』という表情を向けると、段々声が小さくなってしまったけど。
そしてちょっと恥ずかしそうな様子で私の後ろに隠れてしまった。
とはいえ二人に気を害した様子はなく、ただ真剣な表情で考え込んでいる。
「確かにそうだ。アイツは魔法が使えなきゃただの小娘だ。だからこそ、解せないんだがな」
「そうですね。あのアスバ殿が、その事を理解していないとは思えない」
「ええ。アイツは魔法に絶対の自信を持っている。けれどそれは、逆を言えばそれしかないという事でもある。その力を使えない様にされる事を警戒していないとは思えない」
「封じられたふりをしている、という可能性も、有るかもしれませんね」
「あー・・・アスバならやりそう」
封じられたふり。そんな事をする意味が有るんだろうか。
いや、きっと有るんだろう。この二人が言うなら無い訳がない。
けど、だとしてもそれは、現状ではただの想定だ。彼女が無事な保証は無い。
「で、でも、魔法じゃ、どうしようもない力とかだったら、どうですか?」
そう考えていると、メイラがまたも慌てた様に口を開いた。
この子もアスバちゃんが心配なんだろう。その焦りが少し嬉しい。
「魔法では? メイラ様、それは一体どういう事でしょう」
「・・・その、黒塊の力の様に、魔法とは違う力で封じるって、出来ないんでしょうか」
「それは・・・先生、どうでしょう」
「・・・解らない。だから、出来る可能性は、有る」
黒塊の呪いの力。つまり神性の力で魔法を封じる。
それは出来るとも出来ないとも言い難い。
つまりできる可能性が有り、神性を込めた道具である可能性が有る。
もしくはそういった力の使える神性と共にある人間が傍に居るか。
むしろそちらの方が危険だ。アスバちゃんを抑えられる実力が有るという事になる。
そう思い結論を告げると、リュナドさんとパックの目が凄まじく鋭くなった。
「・・・リュナド殿」
「ええ、もしそれが可能なら、一番怪しいのは、彼女ですね」
「ですが現状、あの方にそんな事をする理由が有るのでしょうか。ただの悪手だと思いますが」
「解りません。ただ解っている事は、この建物の中の事は精霊達の認識に誤差がある事です」
「誤差・・・精霊達の諜報を阻害されている? となればあの見取り図。アレを完成させたのは、むしろ信用させる為の罠。その可能性もぬぐい切れませんね」
見取り図? 何の話だろう。何か作る予定だったのかな。
いや、そっちは、今はどうでも良い。
重要なのはその『彼女』だ。その人物が敵の可能性が有る、という事だろう。
なら聞いておきたい。警戒はしておかないといけない。
「とはいえ先ずは精霊の帰還を待ちましょうか。見つかったのが遅くて、帰って来るのが遅いだけって可能性も無くはない。それにアスバが見つからなくても夜までには帰ってくるはずです。その時には少なくとも向こうの状況は解る。続きはその後に。俺ももう少し、考えたいので」
「解りました。そうしましょう。幸い腕を繋ぐのは数日後ですしね。先生も宜しいですか?」
あ、え、お、教えてくれないの? あ、でも、怪しいってだけだし、確信じゃないのかな。
そうなると今私に教えるのは不味い、って思われたのかもしれない。
実際先走った件が何度も有るし、今も完全に敵の判断が付いたんだって思い込んでたもん。
「・・・ん、解った」
アスバちゃんは心配だけど、もうちょっと待とう。うん、そうしよう
神性が敵の可能性か。今なら、対処は可能かな。
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「流石にもう、追手の心配は無いだろう」
此処は既に、国境を越えている場所。
態々『私に』そう教えてくれた。
「はっ」
馬車の外からのそんな言葉を思わず鼻で笑ってしまう。
だって、今のは別に言う必要のない言葉なのだから。
そんな事言わなくたって、連中の誰もが解っている事だもの。
何処の者好きが貴族でもない魔法使い一人の為に、兵を他国に送り込むっていうのよ。
そんな事をすれば騒動になるのが目に見えている。
少なくとも、攫われた確証も無いのにそんな事は出来やしないわ。
よっぽど相手の事を考えていない、武力制圧のみを目的とした国家でもない限りね。
「はっ、つまらない事するわね。そんなにアイツらが怖いの?」
つまりは私の心をしっかりと折り、変に暴れないようにする為の言葉。
下手に暴れて逃げない様に、逃げた所で助けは来ないと言い聞かせる為に。
今間違った選択をすれば一番危ないのは私だという脅しよね。
頼みの綱の魔法を使えない小娘が、見知らぬ土地で一人になって生きて行けるのかと。
くっだらない。むしろ私が全く暴れないのが逆に不安ってツラしちゃってるくせに。
「そもそも魔法を封じた小娘相手に、随分と念入りな辺りも臆病よね」
今の私は腕を肘までロープで縛られている。足もきっちり外れない結び方だ。
全く外す気の無い、解くよりもナイフで切った方が早い結び方ね。
正直食事がし難いからすっごい面倒くさいんだけど。
「・・・この状況でそんなに落ち着いていられる君は『異常』だと思うがね」
「あら、お褒めにあずかり光栄だわ。こんな小娘を攫う様な相手じゃなければね」
「普通の小娘はそんな挑発はしない。怯えてすくみ上るものだ」
「なら今まで攫った小娘が普通じゃなかったんでしょ」
「私達は普段人さらいなどしない!」
「知らないわよそんな事。普段してようがしていなかろうが、今してるじゃないのよ」
「ぐっ・・・あの毒婦が全て悪いんだ。恨むなら奴を恨むべきだ」
馬鹿じゃないの。それで正直にセレスの事を恨む奴がどれだけ居るのよ。
むしろ責任を人に擦り付けるこいつらを今すぐ潰してやりたい気分だわ。
つーかこいつら解ってんのかしら。それもう誰が主犯か言ってる様なものなんだけど。
いや、隠す気が無いのね。今後も私を人質にするつもりな訳だし。
「・・・兎も角休憩にする。食事もすぐに作る。少し待っていなさい」
「早くしてよね。ずーっと移動で疲れてんだから。せめて食事くらいちゃんと食べさせてちょうだい。あ、昨日の食事は酷い物だったんだから、もう少しましな物用意してよね。あれなら家畜の餌の方がまだ美味しいわ。私は人質なんでしょ。丁重にもてなしなさい」
「・・・はぁ」
私の言葉に返事をせず、溜息を吐いて去って行く男を見送る。
その顔は『もう疲れた』と書いていて愉快だわ。
「さて、私は最終的に何処に運ばれるのかしらね」
私の魔法を封じる程の道具を用意した人物。出来ればぜひご本人に会いたいものよね。
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